act.84
会社の終業時間を過ぎても、ソファーの上の定光は起きる気配がなかった。
「ねぇ、そろそろ起こした方がいいんじゃない? ご飯食べなきゃ」
デスクの後片付けをしながら、島崎希が声をかけてくる。
村上はパソコンから顔を上げて、壁掛け時計を見た。
「ああ、そうだね」
村上はソファーの側に跪くと、定光の身体を揺すった。
「ん?」
村上は顔を顰める。
定光の顔を覗き込むと、病院から帰ってきた時は青白かったのに、今は顔全体が赤らんで、呼吸も「ハァハァ」と熱を帯びているようだ。
「のぞみん、ちょっと来て」
「なぁに?」
「これ、ひょっとしてミツさん、熱出てる?」
「え!」
希が駆け寄ってきて、定光の首を触る。
「わ! これ、出てるってもんじゃないですよ! ちょっとどうしよう!」
希の声を聞きつけて、由井と藤岡が「どうした?」と寄ってくる。
「ミツさん、凄い熱が出てます」
村上が二人を見上げてそう告げると、今度は由井が定光の額に手を置いた。
「確かに……。おい、誰か仮眠室から掛け布団とブランケットをいくつか持ってきてくれ。本当は上で寝かせたいが、残っている者で定光を運べそうなヤツはいないからな……」
定光は筋肉質な身体つきをしているので、見かけより体重が重いことは会社の人間なら誰でも知っている。
「由井さん、俺が取りに行くわ」
藤岡がそう言って、オフィスを出て行く。
「島崎は、冷蔵庫に冷却パックか何かないか見て来てくれ。村上、お前は……って、どうした?」
由井は定光の服を緩める手を止めて、目を丸くする。
村上は床の上に正座したまま、膝の上に拳を作り、両肩を震わせて泣いていた。
「 ── もうミツさん、ボロボロっす……。きっと新さんもボロボロっす……。二人が一体どんな悪いことしたっていうんですか? なんでこんなに苦しまなきゃいけないんですか? 可哀想で、見てらんない……」
「村ちゃん……」
立ち上がっていた希ももらい泣きしながら、呟く。
しかし由井は、厳しい声を村上にかけた。
「お前が泣いたって何も解決しないんだぞ。今は定光と新を全力で支えていくのが俺達の役目なんじゃないか。さっさとケツを上げて、夜間診療してる医者を探して、往診に来てもらえるよう、拝み倒せ」
「は、はい」
村上は服の袖で洟水を拭うと、パソコンで病院を調べ始めた。
その頃になると、騒ぎを聞きつけた他の課の連中も顔を見せ始める。
「由井さん、このテーブルどけて向かいのソファーくっつけると、もう少し楽に眠れるんじゃない?」
「ああ、そうだな。そうしよう」
「じゃ、運んじゃうねー。よいしょ」
「スーさん、ちゃんと持ち上げてよー。太鼓腹が邪魔なんだよー」
「そんな酷いこと言わないでよー」
「布団と毛布持ってきたよー」
「はいはい。こっちで受け取るわ」
「由井さん、冷却枕持ってきました」
有吉瀬奈が希を伴って、オフィスに入ってくる。
「有吉、まだ残ってたか。助かった」
瀬奈は定光の様子を覗き込んで、「汗拭いた方が良さそうですね」とタオルで定光の首筋を拭った。
「脱水が心配ですね」
「そうだな……」
「由井さん、医者、捕まりました! これから、拾いに行ってきます!」
村上が鞄を掴んで、オフィスを出て行く。
「村上、気をつけていけよ!」
「うぃっす!」
由井は定光を振り返った。
いまだ苦しそうに荒い息を吐き出す痛々しい定光を見て、由井は唇を噛み締めた。
耳元で「んガッ」という聞きなれない声を聞いたような気がして、定光は目を覚ました。
周囲は薄暗く、定光は一瞬自分がどこにいるのかわからず、周囲を見回した。
最初に目に入ったのは、自分の頭の脇でソファーのヘリに凭れかかって眠っている村上の頭だった。その向こうに、ブラインドの隙間から明け方の薄暗い陽の光が細い線となって差し込んでくるのが見えた。
視線を間近に戻すと、ロングソファーをくっつけた即席のベッドに自分は寝かされており、布団や毛布を幾重にもかけられていた。
ソファーの側には、事務椅子に腕組みして座ったまま眠っている由井の姿が目に入った。
身体はどんよりとした疲労感を感じたが、首から上は妙にスッキリとしていた。
定光が寝返りをうって身体を横に向け、ゆっくりと瞬きをしていると、由井が目を覚ました。
「目が覚めたか。気分はどうだ?」
「俺……一体……」
声が喉の奥に絡まって、定光はひとつ咳をする。
「熱を出してたんだ。医者が言うに、噛まれた傷口からバイキンが入ったんだろうって」
由井にそう言われ、定光は思い当たった。
そう言えば、滝川の入院している病院の医者からも気をつけるようにと言われていた。
定光はため息をつくと、「すみません……」と謝った。
「実は新の病院からも薬を出されてたんです。熱が出る前に、早く飲んでおけばよかった。迷惑をかけてしまいましたね」
「誰も迷惑だなんて思ってないよ。その薬は、朝食を食べてから飲めばいい。今はまだ往診してくれた医者が打ってくれた抗生物質の注射が効いてるはずだから」
このさっぱりした感じは、高熱が出たせいなのかと思った。
「明日、新を退院させるって?」
「ええ……。朝、正式に許可が出たかどうか病院に確認して、午後に迎えに行くことになると思います」
それを聞いた由井は、探るように定光を見た。
「お前がそんな状態で、迎えに行けるのか?」
「熱さえ下がれば、なんとか……」
「迎えに行くのは、会社の他の人間がするから、お前は朝になったら家に帰れ」
「ですが……」
「新を連れ帰るにも、家の準備もいるだろう?」
そう言われて、定光は「そうですね……」と呟いた。
「それから、社長には俺から話を通しておくから、そのまま4、5日会社を休め。きっと新が落ち着くまでしばらくかかるだろうし、お前自身も身体を休める必要がある」
そう言われて、定光は少し身体を起こした。
「でも、そんなに休んでしまったら、シングル曲のデザインワークが……」
「そのことなんだがな。俺はここが考え時だと思う」
「 ── どういう……ことですか?」
定光の問いかけに、由井が前屈みに体勢を変える。
「シングル曲の仕事を一度ノート側に返す方がいいと、俺は思う。新の仕事はもちろん、お前の仕事もな」
「由井さん」
「お前はまず、新を毎日リハビリに通わせなければならなくなる。それに新を仕事に復帰させるのなら、会社でも家でも四六時中お前は新に時間を割かなけりゃいけなくなるだろう。そんな状態で、いつ自分の仕事ができるんだ? 苦し紛れにツギハギの時間でした仕事で“完璧です”と胸が脹れるのか? 今仕事を返せば、ノート側だって対応できる時間が充分ある」
定光は言い返せなかった。
確かにその通りだと思ったからだ。
常に大局を見て冷静に判断する由井らしい意見だった。
「幸いショーンは、お前と新に好意を持ってくれている。次回のシングル曲の仕事が他に流れたとしても、アルバム自体の仕事は引き続きさせてもらえるだろう。だから今は、引くことも英断だと思わなければ。きっとショーンだってわかってくれる。お前らの状態は、彼だって目の当たりにしたんだから」
定光は、小さく頷いた。
鼻をグスッと言わせ、「確かに、由井さんの言う通りです」と呟いた。
「この仕事に固執したのは……ハッキリ言って、俺のエゴです。予定通り受けた仕事をこなすことで、新の母親に勝とうと思った。意地でした。それが結果的にアイツを追いつめ、傷つけてしまった。 ── 考えが甘かった……」
定光は、眉間にシワを寄せ、目頭が熱くなるのを我慢しながら、少しの沈黙の後、先を続けた。
「俺はただ、早く普段の自分達を取り戻したかったんです……。ただそれだけだった……」
由井が優しげな、それでも苦々しい表情を浮かべ、定光を見つめてくる。
「お前の気持ちはよくわかる。でもすぐに元通りには戻れない。焦ってもいいことはないぞ。 ── ハッキリ言って、俺にとってはショーンの仕事より、お前や新の身体の方が断然大事だ。社長だって、そういう考えだろう。仕事は、身体を壊してまでするものじゃない。わかるな?」
定光は頷く。
「ショーンの仕事が万が一アルバムまで流れたとしても、無理してお前と新を失うくらいなら、流れる方がいい。お前が休んでいる間、俺がノートに話をしに行く」
「待ってください、由井さん」
定光は、完全に身体を起こした。
まだ熱の名残なのか単なる空腹のせいなのか、多少身体がふらついたが、我慢できないほどではなかった。
「仕事を降りるのなら、自分自身の口で伝えに行かせてください」
沈黙のままの由井に、定光は重ねて「お願いします」と頭を下げた。
由井が観念したように、頷く。「お前は、そういうヤツだよな」と小さく呟いたのだった。
この手を離さない act.84 end.
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編集後記
今週は、久々にスーさんが出てきてご機嫌の国沢。
え? スーさんって、誰だって?
以前新がミツさんの背中に蓮の絵を描いた時に、それを写真撮影したカメラマンの鈴木さんです。
そう、
太鼓腹の鈴木さんですwww
まさにこの写真のイメージwww
スーさん、ビールが大好きなんでしょうねwww
さてさて。
相も変わらず「ホビット」フィーバーが続いている国沢。
先週は、
このお二人が
ホビット撮影時にガチでお付き合いしていた・・・という噂を最後に取り上げましたが、その噂を裏付ける様々な検証が、全世界の腐女子協会会員の方々によって当時行われました。
その1 やらたペアルック
努力が結集した検証画像がこちら。
デニムシャツにいたっては、物凄く細かく検証されてたwww
この二人、身長差が5〜6センチぐらいだから、トップスは多分同じサイズのものが着れるんですよね。
お二人とも、芸能人然とした派手な生活があまりお好きでなく、私服も割と無頓着・・という噂があるので、手近にあるものをパパっと着ちゃうとか。
・・・・・。
手近にあるものをパパっと着ちゃうとかぁ〜。
二回も言うなwww
いやね、言いたいこととしては、同じ服がパパっと着れる距離にお二人がいたっていうのがね、萌ポイントなわけですよ。
つまりペアルックというか・・・
同じものを着てる
っていう、一歩踏み込んだペアルックなわけです。
その2 密かに仲良し
先週も「この二人はプライベートでかなり一緒にいるのに、公の場でそれあまり話題にしない」ということを書きましたが、いろいろな写真を見ていると、確かにヒソヒソと仲がいいんですよね、この二人。
休日は公園やゴルフ場などでデートを楽しんだり、お正月はどちらかのご実家(多分リーの実家じゃないかと思われ)で家族と過ごしたという親密ぶりをプライベートでは発揮しているお二人。
なんと公園デートに至っては、ファン(?)によって写真も撮られてた。
男二人で公園にお出かけするって、なかなかないシチュエーションよね。
リラックスするために逆に一人で行く、とかいうのはあると思うんですよ。
でも二人きりで公園に行くのって、男女間でも恋人同士じゃないとあまり行かないように思うんですよね?
だって、公園でなにするかってったら、話すしかないわけでしょ。
二人で行ったら。
もしくは、互いに無言で趣味の読書に耽るとか?
だとしたら、更にガチで付き合ってんじゃんねwww
焼肉屋に行く無言カップル、みたいなwww
ゴルフ場でどこかの子供達と二人でカートに乗ってる写真も見ましたが、眉毛王が物凄くはしゃいでて、可愛かったwww
いやぁ、本当に仲がいいんだなぁと。
なのに、公の集合写真ではこんな感じなわけです。
アップル社に招かれて、二人でトークショーに出た時も、この険しい雰囲気。
さては、二人の仲を
隠したいの???
そう腐女子協会の方々にそう思われても、不思議じゃないわけです。
でもねぇ、隠し切れないの。
ラブなビームがダダ漏れなの。
先の映画イベント(?)の時も、こんなラブシーンがカメラにしっかり捉えられていた。
おまけに撮影会が始まる前にはこのお二人、なんと隣同士の椅子でラブラブしてた。
ドワーフ王、ものすごっく楽しそうwww
国沢、思うんですけど、表向き眉毛王の方が好き好き度合いがわかりやすいけど、ドワーフ王の方がうちに秘めてる好き度具合が深いように思うのよね。
眉毛王のことが可愛くって仕方がない、みたいな。
ドワーフ王(の中の人)は、とても穏やかで落ち着いた性格の方のようですので、愛し方も密やかな感じじゃないかと思うんですよね。
アップル社のトークショーでも、リチャードがリーを見つめる視線の方が甘さを帯びているように思う。
・・・・・。
余計なお世話
ですか???www
すみません、幸せな詮索が止まりませんwww
国沢は、いつか馬に蹴られて死にますwww
最後は、この映像でお別れ。
ドワーフ王の愛情が、密やか過ぎ〜〜〜〜!
最終的に、その愛は晴れて報われましたとさ。
ではまた。
2018.1.21.
[国沢]
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