act.64
滝川の姿を見失ってからしばらく、定光は駅から家の周辺を探して回ったが、滝川を見つけることはできなかった。
仕方なく家に帰って、ダイニングキッチンの椅子に座り、まんじりともせず滝川が帰ってくるのを待った。
時計を見るともう日付は変わっていて、定光は緩く頭を振る。
完全に自分は失敗した、と思っていた。
滝川の敏感さにもう少し配慮すべきだった。
そういえば滝川は、気にしていない素振りをするくせに実は気にしていた、ということがこれまでにも何度かあった。しかもそれは、定光が勘付いたのがそれだけのことで、実際にはもっとあるのかもしれない。
滝川は普段から饒舌だが、自分の内面については外に見せないところがあるので、何を考えているかわからないことが多々ある。
まさか自分が滝川に"あのこと"を黙っていたのがそこまで滝川を傷つけていたとは、思いもよらなかった。
今更ながら、滝川に叩かれた左頬が痛む。
当然の報いだと定光は思った。
滝川をパニック状態に陥るまで追い詰めたのは、自分だ。
これまで滝川に殴られる寸前までいくことは何度かあったが、実際に手を出されたのは今回が初めてだった。しかし定光は、叩かれたことについてショックを受けたり、または恐怖を感じたりはしてなかった。それより定光の不安を今も煽っているのは、叩いた後の滝川の表情である。
ギョロッと病的に目を見開き、自分の手を食い入るように見つめていた。
あの時傷ついていたのは、定光ではなくむしろ滝川だった。
まるで気持ち悪いものでも眺めるかのように自分の手を見て一瞬顔を歪ませた後、弾けるように走り出した滝川の姿を思い出し、定光はハァとため息をつきながら、両手で両目をゴシゴシと擦った。
── 頼むから、無事に帰ってきてほしい……
そう思いつつ、居ても立っても居られなくなった定光が、テーブルの上の鍵を掴んで立ち上がろうとした時、定光のスマホが鳴った。
ハッとして画面を見ると、そこには村上からの着信のシグナルが出ていた。
定光は慌てて、スマホを掴んだ。
「 ── もしもし?」
定光が電話に出ると、電話口からいかにも眠たそうな村上の気だるい声が聞こえてきた。
『 ── あー……ミツさんっすか?』
「ああ」
『夜分遅くに、すんません……』
「いや、いいんだ。ひょっとして新が?」
期待も込めてそう訊くと、村上は『そう、そうそう……。わかりましたぁ?』と答えてくる。
定光は心底ホッとして、椅子に再び座り込んだ。
「よかった。村上ん家に行ったんだな」
『そうなんっすよ……。どういうことかよくわかんないっすけど……。新さん、ベロベロっす』
「え?」
『酒をしこたま飲んでてぇ……、ベロベロっす』
どうやら定光を巻いた後、どこかの飲み屋で酒をがぶ飲みして、そのまま村上の家に転がり込んだらしい。
『そのまま家に泊めてもいいんですけど……。新さん、ベロベロなのが余計にフェロモン出してんのか、うちの彼女が色めき立ち始めたんで……、迎えにきてもらっていいっすか?』
こんな時間に悪いんですけど、という村上の言葉に被せるように、定光は「もちろん、すぐ迎えに行くよ」と答えた。
定光は、深夜でも対応してくれるタクシーを呼んで、村上のアパートまで走らせた。
昔のように酒に酔った勢いでたまたまその場で知り合った女のところにしけこむのではなく、村上のところに転がり込んだことに、定光は胸がギュッとなった。
車窓を流れる深夜の街の風景を見つめながら思わず涙が出そうになって、定光はそれをなんとか堪えた。
村上のアパートの下でタクシーに待ってもらうように頼むと、そっと階段を上がって一番奥の村上の部屋のチャイムを鳴らした。
少しして、ドアが開く。
そこに立っていたのは、眠気まなこの村上だった。
「村上、悪かったな。迷惑かけた……」
定光がそう言うと、村上は欠伸を噛み殺しながら、「確かに超迷惑な感じで来られましたよ……」と言う。
どうやら滝川は、ご近所に響き渡るような物音をさせながら来たらしい。
部屋の奥に向かう村上について部屋に入ると、狭いリビングのソファーに滝川は突っ伏して眠っていた。その寝顔は、意外にも穏やかだ。
定光は思わず跪いて、「……よかった……」と身体の底から振り絞るような声で囁いた。
村上は定光の左頬が赤いことに目ざとく気づいたらしい。
「 ── ミツさん……、ひょっとして、その頬……」
定光は村上を見上げると、少し微笑んで「俺が悪かったんだ」と答えた。
村上は少しため息をついて、顔を顰める。
「冷やしますか?」
「いや、いい。大丈夫。とにかく、こいつを連れて帰る」
定光が視線を感じて目線を動かすと、寝室らしき部屋の襖が少し開いていて、そこから目が覗いていた。村上の彼女らしい。定光が「ご迷惑をおかけしました」と声をかけると、襖の向こうから「いえいえ!」と甲高い声が帰って来た。
村上が益々顔を顰めて、ボリボリと背中を掻く。
「ヒトミちゃん、声がツートーン上がってるよ……」
村上の呆れたような声に、定光は少し笑う。
「ミツさん、すみません。スッピンでミツさんに会いたくないってことらしいんで……」
「ああ、いいよ全然。こちらが突然押しかけたんだ。気を使わないで」
そして村上と共に再び滝川と向き直った。
「ミツさん、どうします?」
「おぶる。背中にのせてくれ」
男二人でなんとかグニャグニャの滝川の身体を起こして、定光の背中にのせる。
「 ── 大丈夫っすか? ミツさん」
「ああ、慣れてるから。本当にすまなかったな」
滝川を背中に抱えて、玄関に向かう。
後ろからついて来た村上が、「ミツさん、新さんの靴どうします?」と訊いてくる。
「え? ああ。今持って帰るのは無理そうだから、悪いけど明日会社に持って来てもらえるか?」
「了解です」
「すまないな」
「何をおっしゃるやら」
「ありがとう」
定光の横から身体を滑り込ませた村上が玄関のドアを開けようとしたが、ふいに彼は思い起こしたように、定光にこう言った。
「あ、そうだミツさん。新さん、さっき寝言でこんなこと言ってました」
「寝言?」
「もう消えてなくなりたいって」
── お客さん、元の場所でいいんだね?とタクシーの運転手に訊かれ、「はい、お願いします」と定光は答えた。
定光の隣では、滝川がいまだ完全に眠り込んでいる。
定光はそんな滝川を見つめていたが、ふと涙がこみ上げてきて、窓の外に顔を向けた。
ポロリと溢れた涙を、運転手に悟られないように、手で拭う。
── 消えてなくなりたいだなんて……
寝言でそう言ったからには、誰かに対する当てつけでもなんでもなく、本気でそう思っているのだろう。
反射的に自分が定光に暴力をふるったことが、滝川にかなりダメージを与えているようだ。
定光に対しての暴力といっても、日頃の暴れっぷりから考えれば可愛いものだったが、考えてみれば会社のスタッフでも滝川に意図的に暴力を振るわれた人間はいない。全て滝川が駄々をこねて暴れている最中に「手が当たった」やら「肘が当たった」やらで痛い思いをする人間がいるくらいである。
滝川が殴る仕草を見せることは多々あったが、結局はいつも誰かに止められて、殴るまでには至らない。 ── というよりは、もしかして端から、殴る姿勢は滝川のデモンストレーションなのかもしれない……。
以前から漠然と考えていたことが、真実味を帯びて、再び定光の頭の中に浮かんだ。
本気の殺気を感じたのは、滝川の母親が会社に来た時だけだ。
あれは確かに、定光と村上が止めなければ、本気で殴ろうとしていた。
定光は再び滝川を見つめる。
母親の呪縛から逃れられないと感じたから、消えてなくなって終わりにしたいと思ったのだろうか。
そんな風に感じている滝川に、自分が滝川に"隠していること"を話すことはできるのだろうか、と不安になる。
自分はただシンプルに滝川を好きでいたいし、自分にはそれができると本能的に感じていたが、きっと滝川はそうじゃない。
彼にとって、人を好きになることは、痛みと隣り合わせの苦しいことなんじゃないかと思えてきた。
でも、それでも。
これは自分のわがままかもしれないが、俺は新に、俺を好きでいてくれることに挑戦し続けて欲しいと願う。
生きて、生き続けて、全てを乗り越えて欲しい。
そう思った定光は、少し自暴自棄な苦笑いを顔に浮かべた。
── 本当に恐ろしいのは、この俺かもしれないな。生命をかけてと新が言ったのは、ヤツに俺がそう言うよう仕向けたのかもしれない……
定光は唇を噛み締めて、シートの下にだらりと垂れた滝川の手を握った。
滝川の手は、定光がそうしても握り返してこなかった。
この手を離さない act.64 end.
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編集後記
もう全然「おてて」のストックはなくなってるんですけど、国沢、また新しいゲームを始めてしまいました・・・。
40も超えたのに、まだまだ現役でゲームしてるオイラって一体(遠い目)。
しかもMMORPGちゅーやつですわ。
一度始めると、際限なくなるやつですわwww
キレイなエルフになって、野山を駆け回りたかったのよ。
ひらりひらりとキレイなおべべを翻しながら。
リアルが低身長・短足・並みの顔なだけにwww
始めたゲームは「リネージュ2 レボリューション」ってやつ。
PC版で大ヒットしたやつを、モバイル版に移植したものらしいです。
グラフィック、きれいや〜。
そのかわり、端末は燃えるように熱くなりますwww
ipadでやってるけど、アイスノンで冷やしながらゲームしてる始末www
ダメな大人感満載ですみません(大汗)。
ちなみに、国沢の作ったキャラは、こんな感じ。
まだまだ装備が整わず、地味な服ですが・・・。
これから素敵になる予定。
もし同じゲームやってる方がいらっしゃったら、お友達になってください(笑)。
・・・・・。
てか、ちゃんと小説書けよ。
それではまた。
2017.8.27.
[国沢]
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