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この手を離さない title

act.67

 翌日、定光はここにきて移動の疲れが出て、ホテルの部屋でほとんど寝て過ごした。
 時差ボケの影響もあったのかもしれない。
 逆に滝川は飛行機の中で寝ていたのがよかったのか、時差ボケの影響もなく撮影前日の束の間の休暇をのらりくらりと堪能したらしい。珍しく部屋に帰ってくることなく、出かけたままだった。
 今回の撮影現場はスコットランドのスカイ島というところで、まるでお伽話に出てくるような雄大でファンタジックな風景が広がっている島だった。
 ショーン達一行は、小さなワイナリー風のホテルを借りきった。人数が多いから自然とこうなる。3つ星で素朴なイメージのホテルだったが、ホテルの周辺は静かで、客室の窓からは小さな湖が見える。スタッフもフレンドリーで好感が持てた。
 定光達にあてがわれたのはファミリールームで、当初の予定は定光と滝川、村上とエニグマの若手スタッフが一緒だったが、なぜかショーンがせっかくあてがわれた個室を放棄して、エニグマスタッフと交代したいと言い出した。まったく、珍しいワガママを言う”スター”だ。だが、ショーンは、「まるでハイスクールの合宿みたいだ」と部屋を移ってきた瞬間にそう言ってはしゃいでいた。
 学生時代はクラブ活動もしておらず、ハイスクールを出てからすぐにミュージシャンの世界に飛び込んでいるので、これまで同世代の者同士で泊まり合う経験がないという。
 しかし部屋には、シングルベッドが2つにキングサイズベッドが1つで、一瞬微妙な空気が流れた。
 海外のホテルは、ダブルベッドかキングサイズベッドの方が多いのだから仕方がない。
 定光と滝川は普段から一緒にダブルベッドで寝ているのだから、定光達がキングサイズのベッドを使えば話は早いのだが、村上がいる手間、軽々しくそれを言い出す訳にはいかない。定光が言い淀んでいる様子を、滝川は何も言わずソファーに座り、白けた目つきで眺めていた。結局ショーンが「くじ引きで決めよう」と言ってくれて、結果ショーンと定光がキングサイズのベッドを使うことになった。幸いキングサイズなので身体が大きい男二人でも窮屈にはならない。
 定光が寝ている間、ショーンはシンシアや撮影助手達とロケハンに行ってくれたようだ。
 夕食時、ダイニングルームに皆で集まった時に、シンシアがコンパクトカメラで撮影してくれた写真をいくつか見せてくれて、今回の撮影する場所や時間、方向などを一緒に検討した。
 夕食は、ショーンが言っていたような合宿所かホームパーティーのような雰囲気で、楽しいものだった。
 シンシアの娘サラはやっと滝川を見つけた、と言わんばかりに滝川の膝に乗り、隣のシンシアママから食事を食べさせてもらっていた。その間滝川は無心の表情で完全にサラの存在を無視していたが、サラは滝川の膝に座っているだけで満足なのか常にご機嫌がよかった。


 「 ── サラはアラタくんにべったりね」
 食後、コーヒーとブラウニーを楽しみながら、シンシアはそう呟いた。
「ホントだねー」
 定光とショーン、シンシアが同時に長テーブルの隅に目をやると、テーブルの上に座り込んだサラを前にして、滝川がテーブルにだらりと肘を付きながら、大人に話すように普通に会話をしている。
 本来ならサラはまだウーウーとかダァダァとかしか話せないはずなのになぜか会話が成立しているようで、周囲の笑いを誘っていた。
 なんと滝川はサラに向かって、「現場に入ったら、他の人を邪魔することはしちゃいかん」と仕事上の心得を懇々と話している。
 自分のことを棚に上げての発言で定光は呆れてしまったが、ショーンは面白くてしかたがないらしく、「サラ、アラタの言うことわかるかな?」と呟いている。
 しかし、滝川がサラにこのようにして付き合っているのは、定光からしたら意外だった。
 今はサラに髪の毛を引っ張られているが、怒るでもなく放っておいている。さすがに痛くなってきたら手を払いのけているようだが、それでも怒ることはしない。ただ「力の加減を覚えろ」と諭している。
 滝川は過去のトラウマから女性に対して冷たい態度をとることが多いが、赤ん坊は別なようだ。
 サラも滝川に注意されているうちに、していいことと悪いことを覚え始めているようである。
「正直、凄く助かるわ」
 シンシアが定光に向かって苦笑いした。彼女が顔の方向を変える度に、プラチナブロンドの繊細な髪がさらさらと揺れる。
「私がこんなに彼女から離れていられるだなんて、サラが産まれてから初めてのことだもの。夫は仕事が忙しくて家にいないことも多いし。まさかアラタくんがサラを躾けてくれるだなんて。許されるなら、彼を今後もベビーシッターとして雇いたいくらいよ」
 それを聞いて、定光は笑った。
「さすがにそれは僕が困るかな」
 定光は肩を竦ませる。
「愛しているのね、彼を」
 シンシアに小さな声でそう言われ、定光はちらりとショーンを見た。ショーンは「僕は言ってないよ」と首を横に振る。
「あなたと彼を見ていればわかるわ」
 隙かさずシンシアがそう言う。
「友情以上の絆があることぐらい」
 定光はなんだか不安になって、「そんなにわかりやすいですか?」と訊き返した。
「会社ではオープンにしていないんです。仕事に私情を持ち込んでると思われたくないから」
 定光はそう言いながら、少し離れたところでエニグマの若いスタッフとカードゲームに興じている村上のことをちらりと見た。シンシアとショーンもその視線を追う。
「私は敏感な方だから、大丈夫じゃないかしら」
「シンシアには、僕の恋愛についても、いろいろズバズバと指摘されたから」
 定光はショーンを見つめ、眉間にシワを寄せながら笑みを浮かべた。
「本当に?」
「ああ。彼女や理沙がいなかったら、僕はコウと付き合うことはできなかったよ、多分」
「へぇ」
 定光は目を見張った。
 シンシアはコーヒーを楽しみながら、「でもそのことがなければ、私は夫と知り合わなかったわ。だからお互い様なの」と微笑んだ。
 定光は、身体のこわばりを取ってリラックスすると、「僕は長距離恋愛が無理なタイプなんです」と話した。
 数少ない恋愛相談者が増えて、ここぞとばかりに定光はそのての話題を口にした。
「離れてしまうと、すぐに自然消滅してしまう。手で触れられる距離感でないと多分長続きしない。だから新が海外で仕事をするだなんて言い出したら、正直ヤバイかも」
「ミツは体感型なんだね」
 ショーンにそう言われて、定光はドキリとした。
 前に滝川にもそう言われていたからだ。
「そう思う?」
「うん。僕もそういうところがあるからね。コウにはよくウザがられてるよ」
 ショーンはそう言いながら、苦笑いをする。
 定光は、ふぅと軽く溜め息をついた。
「 ── アイツが仕事を始めたのは元々アメリカだったし、やっていけるだけの才能があるから、すぐにでもそんなことを言い出しそうなんですけどね」
 定光がそう言うと、「ミツもついていけばいいじゃん」とショーンに言われた。
 定光はうーんと唸る。
「ただ、ついていくだけじゃね。言葉もスマホの翻訳機能を使いながら漸く会話できてるレベルの僕じゃ、なかなか海外で仕事は見つけられないだろうし。アイツの過去の仕事ぶりを聞くと新の稼ぐ金で養われることもできるんだろうけど、僕も一応男だしね」
 そっかぁと呟くショーンに続いて、シンシアは穏やかな目で滝川と定光を交互に見て、こう言った。
「あなた達は離れたりしないわ。きっとそういう運命よ」
 まるでファンタジー映画に登場するエルフの女王のように何もかも見透かすような瞳で定光を見つめ、シンシアはそう言った。

 

この手を離さない act.67 end.

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編集後記


皆様、台風の最中の三連休、いかがお過ごしでしょうか?

さて、今週の「おてて」はスコットランド編ということで。
なんかいいですよねー、海外の小さな石造りのホテル。
憧れます。
ちなみに、今回出てきたスカイ島のホテルは、こんな風なホテルをイメージしています。


佇まいが素敵ですよねー。文章での例え方がよくわからなくて『ワイナリー風』としましたが、このタイプのホテルっていったいどういう種類になるのかしら???

ちなみにこのホテル、実際にスカイ島のある3つ星ホテルで『Marmalade Hotel』というところです。
むろん、国沢は行ったことありません!!!www
そもそも、スコットランドに行ったことないから・・・。
中の様子や周辺の風景はどんな風になってるかわかりませんので、その辺りの描写は想像です。あしからず。

でも、こういうホテルでゆっくりと滞在してみたいわー。
時間とかお金とか、そういう心配なーんもせずに、一ヶ月ぐらい過ごしてみたいwww
ま、庶民には到底ムリdeathけどwww

前はバリ島に憧れてて、よく妄想旅行に行っていたけど、今はスコットランドブームがきてます。
ドラマの影響が強いんですけど。
これね、これ↓


雄大な景色を堪能してみたいわー。
ああ、妄想はつきん。
それではまた。

2017.9.17.

[国沢]

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