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この手を離さない title

act.08

 翌週の月曜日。
 パトリック社は、朝から妙な緊張感に包まれていた。
 今日は例の大手オーディオメーカーTVG社の復活をかけた大一番の大切なCM撮影日だった。
「おはようございます」
 定光は、十時に受付でTVGの担当者三名……常務の西理、広報部の柏井浩二と宮脇綾を出迎える。
 相手もこちらも双方が若干硬い表情で挨拶を交わした。
 誰もが、今日滝川が撮るCMがいかに重要な仕事なのかを肌で感じているのだ。
 定光が一階の撮影スタジオに案内すると、スタジオ内は数多くのスタッフが時折大きな声を上げながら、撮影セットを仕上げたり、照明の位置を整えたりしていた。
 TVGの担当者らも高い天井を見上げながら、「いやぁ、さすがに迫力がありますな」と大きく深呼吸をした。
 その時、滝川が珍しく時間ぴったりにスタジオに現れる。
 定光は滝川を手招きした。
「今回ディレクションを担当します、滝川新です」
 定光が滝川を三人に紹介すると、「ああ、こちらがあの滝川さんですか! 思ったよりお若い」と常務の西が感嘆の声を上げた。
「その若さであのアルビレオのCMの撮影をしたんですか?」
 西は大手自動車メーカーの高級ハイブリッド・ハッチバック車のCMを持ち出して言った。
「ええ、そうです」
 定光が頷くと、西は益々感心したようにホォと唸った。
 そのCMは、滝川の仕事の中で、西ぐらいの年配の人間には一番ピンと来る作品だろう。
 あの時は、海外向けにも使われるCMとあって、日本各地の美しい自然の風景の中にピカピカに磨き上げられた車をポツリと置いて、一切車を動かさずに定点カメラで日の出から日の入りまでカメラを回しっぱなしにして撮影した。
 日頃観光客など一切立ち入ることのない山の奥地や海岸、地元の人しか知らない富士山が見えるベストスポットなど、ロケ地選びと撮影許可を得る仕事では定光もかなり苦労をした。
 膨大なVTRの中から三十秒に纏め上げる編集作業は、滝川が何日も編集室に篭らなければならないシロモノだったし、挙句滝川はその後ぶっ倒れて、一週間寝込んだほどの仕事だった。
 放送以前はクライアント内部で、車が走るシーンがないことに否定的な意見も上がったらしいが、クライアントの会長のゴーサインが出て放送されるや、その年のCM大賞の栄冠を勝ち取った。
 特に海外での評価が高く、"ニッポンの美しい自然と静謐な精神の中で育まれた高品質の車"というイメージが見事定着し、ハッチバック車だというのにこれまで高級セダン車に乗っていたユーザー層が挙ってアルビレオに乗り換えた。
 滝川と苦労して制作した作品だけに、定光にとっても思い出深い仕事だ。
「初めてまして。滝川です」
 滝川は、珍しく非常に紳士的に挨拶をした。
 穏やかな笑顔を浮かべ、西を始め、柏井、宮脇とも握手を交わした。
 最後に握手を交わした宮脇に至っては、若いくせに苦み走った"いい男"の雰囲気を醸し出している滝川に、早くも甘い視線を向けた。
 定光は、そんな滝川を怪訝そうに見つめる。
 いつもの滝川は、ろくにクライアントと挨拶もせず、いきなり撮影の仕事に入ることが殆どで、大抵のクライアントが滝川の乱暴な撮影の仕方に目を丸くする。そこを作品の出来の良さでごり押しするのが滝川の常だった。
 だが、今回は全くアプローチの仕方が違う。
 西とアルビレオの撮影秘話などを話しながら、非常に穏やかで魅力的な笑顔を三人に振りまいていた。
 暴れていない時の滝川は、とても雰囲気のあるハンサムな男だから、女性担当者はおろか、他の男性担当者二人も魅了している様子だった。
 「いやぁ、監督されたあなた自身がこれほどまでに魅力的なんだから、あなたの作品が魅力的なのは当然だ」などとまで西に言わせている。
  ── 新のヤツ、一体なにを企んでるんだ?
 定光は滝川の様子を眺めながら、怪訝そうに眉を顰めた。
 本当なら、絵コンテまで決まってる仕事なんか、はっきり言って"ただ撮るだけ"だ。
 そこに創意工夫の余地などない。
 滝川が先日言った通りの"つまらない仕事"の筈なのに、滝川の様子はおよそそんな風には見えない……。
「やっとアイツも大人になったなぁ」
 定光の横に立った笠山が、感慨深げにそう言う。
 定光は笠山を横目で見ながら、そうなのかなぁと首を傾げた。
「お! 西! 久しぶり!」
 笠山が西に声をかける。
「おー! 笠山! 久しぶりだなぁ!」
 笠山が話の輪の中に入ってきたので、滝川は「じゃ」と三人に挨拶をして、ぐるぐると両肩と首を回しつつ、スタジオの奥に向かっていった。
 まるでライブステージに向かうロックアーティストのように。
「いやぁ、良いものが撮れそうですね」
 先方の広報部・柏井が、定光の元にやってくる。
「は、はぁ……」
 定光が躊躇いがちに返事をすると、柏井に「不安なんですか? 滝川さんなら、大丈夫ですよ」と逆に励まされてしまった。
  ── なんだか、胸騒ぎがする。
 定光は、今日の主役である若手女性タレントの入り時間を柏井に確認しながら、少しだけ唇を噛み締めた。


 定光の胸騒ぎが的中したとでもいうのか。
 撮影開始予定時間三十分を過ぎても、肝心の女性タレントは現れなかった。
 女性タレントのスケジュール管理はTVG側が担当していたので、柏井が大慌てで電話をかけまくっていた。常務の西ですら、周囲のスタッフに頭を下げていた。
 柏井が先方のタレント事務所に連絡を取ったところ、どうやら今朝本人が自宅におらず、現在でも居場所が掴めていないという。
 その向こうでは、ディレクターズチェアの上に体育座りの格好で座った滝川が、呑気にタバコを吹かしていた。不思議と怒りも暴れもしない。
「新さんの落ち着き具合が、逆に怖いっすね」
 村上が定光に耳打ちしてくる。
「ああ、そうだな……」
 腕組みをした定光がそう答えた時、滝川が動いた。
「おい、ミツ!」
 定光を呼ぶ。
「ん?」
 定光が返事をすると、定光の方を振り返った滝川は、「お前でカメラテストするわ。中に入れ」と言ってきた。
「 ── え? 俺で?」
 定光は顔を顰めた。
 思わず村上と顔を見合わせる。
「時間が勿体ねぇからさ。早く」
 滝川の発言に、スタジオ中がサワサワと少し揺らめいた。
 皆、戸惑っているのだ。
 問題の女性タレントと定光では、性別も違うし、身長もまるで違う。
 定光で照明の位置を合わせても、女性タレントが来たら、また合わせ直しになる。それではあまりテストの意味がない。
 しかしTVGの担当者達は、そんなことまでわからない。「ああ、どうぞそうしてください」と安堵の声を上げる。
「ミツ、早くしろ」
 滝川の声が少し強くなった。要するに、命令に逆らうな、という意味だ。
 スタジオの中では常にディレクターが王様である。
 定光は、躊躇いつつもセットに近づいた。ふいに「あ!」と滝川が声を上げたので、定光もピタリと足を止める。
「そうだ。瀬奈! ミツの顔、作ってやって」
 滝川の発言に、ますます定光は顔を顰めた。
「お前、俺にファンデーションまで塗る気なの? テストなのに?」
「軽くだよ、軽く。光の反射具合がわからねぇだろ?」
 定光はマジマジと滝川を見つめた。
「反射具合がわからない、だ?」
  ── わからないわけがない。なにを惚けたことを言ってるんだ?
「いいから。おい!瀬奈!」
「は、はい!」
 有吉瀬奈が駆け寄ってきて、「ミツさん、こちらにきてください」とスタジオの片隅にある化粧台を指し示す。
 定光は怪訝そうな顔つきのまま、化粧台に向かった。
 定光の後を追う瀬奈の腕を、滝川が掴む。
 瀬奈が振り返ると、滝川は「お前、アフターファイブ用にブルーグレイのカラコン持ってるだろ。使い捨てのヤツ」と訊いた。
「え。新さん、よく知ってますね。そのこと」
 瀬奈が驚き混じりの笑みを浮かべ、そう返してくる。
「それ、ミツに入れろ」
「えっ。でもミツさん、すでに使い捨てのコンタクト入れてるじゃないですか。近眼用の。それに私の度付きじゃないから、そんなことしたらミツさん何も見えなくなっちゃいますよ?」
「いいから。ヤツが暴れてもその仕事をやり遂げろ。俺は、お前の腕を見越して頼んでる」
 滝川が真面目な顔付きで瀬奈を見つめると、瀬奈も何かを汲み取ったらしい。笑みを消して、「わかりました」と返事をする。
「あ、それから、髪型はちょっと毛束感を出したラフなヤツにしろ。ミツの髪色の陰影とウェーブがキレイに見えるように。長めの髪を数本、顔の横に垂らすようにして」
 手でジェスチャーをつけながら滝川が指示を出すと、瀬奈はウンウンと頷いて、「任せておいてください。飛び切りキレイなミツさんに仕上げます」と言った。
 それを聞いていた周囲の者も、顔に緊張感を漲らせて、滝川に指示を仰いできた。
 滝川の回りにいるスタッフ達はもう、滝川がカメラテストなんかではなく、定光で"本番"を撮るつもりでいるのを理解したのだ。
「新、カメラ位置はどうする?」
 三人のカメラマンが滝川を囲んだ。
「二カメと三カメは、ミツがセットに入る手前から撮ってくれ。二カメは向かって左斜め上から。三カメは向かって右の真横から。トリミングは後で俺が編集でするから、一先ず全身を抑えてほしい」
「わかった」
 カメラマンの三人はいずれも滝川より早くパトリック社にいるベテランだ。滝川の身振り手振りで、おおよその雰囲気を理解できる。
「ミツがばみり位置まで来たら、正面を向かせて、デモ機の再生ボタンを押させる。デモ機からは一曲だけ流れるようにするから、その曲を聴いてるミツを撮り続けろ。ミツの仕草やら手元の動き、表情、お前らがキレイだと思う場面をガンガン切り取れ。引きやアップ、いろいろありだ。ただし、あんまりミツの表情に見とれ過ぎて、そればっか撮るなよ。表情は正面から一カメで抑える」
 二カメと三カメ担当の二人が、ウンと頷く。その表情は、既に"闘う男"の顔付きだ。
「曲は五分三〇秒っきゃねぇ。しかも一発勝負だ。撮り直しはできねぇケースだぞ。死ぬ気で撮れ」
「了解」
 カメラマン二人が、滝川の肩をポンと叩いて散っていく。
 取り残された一カメ担当は、「あのー、俺への指示は?」と自分を指差して訊いた。
 滝川はにっこり笑って、カメラマンの肩を揉むと、「ノムさんは後ろで見学してて♡ 一カメは俺が撮っちゃうから」と小首を傾けて言った。
 「そんなのないよー」と愚痴るカメラマンの向こうから、「え!? カラコン入れるの!?」という定光の声が聞こえてくる。
 滝川は化粧台まで出向いた。
 定光は既に髪の毛もセットされ、薄く化粧をされていた。
 化粧といっても、定光の滑らかで透き通るような肌を輝かせるような、ハイライトを薄く利かせたナチュラルなものだ。そして上品なベージュピンクのチークを薄っすらと入れられ、頬が自然と上気したような瑞々しさも漂わせている。
 髪も、滝川が指示を出した通り、定光の濃淡のある淡いブラウンの髪を引き立たせるような髪型に仕上がっていた。
「瀬奈、過去最高の仕事に仕上がってる」
 滝川がそう声をかけると、瀬奈が誇らしげに笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
 どうやら彼女もかなりの手応えを感じているらしい。
 しかし一方で定光は、顔を顰めながら滝川を見上げた。
「カラコンまで入れろって、お前、どういうつもりだ? 本当にカメラテストか? これ」
 鈍感な定光も、さすがに気づいたらしい。
「せっかく瀬奈にキレイにしてもらったのに、そんな顔すんな。お前は俺の言う通りにすればいいの」
「言う通りにって……。俺で本番撮って、ただで済むと思うのか? クライアントのオーダーは……」
「いいから。ミツ、黙れ」
 滝川は定光の傍にしゃがみ込んで、定光を見つめた。
 定光が口を噤む。
 滝川は、膝に置かれた定光の手をギュッと握って一言言った。
 「俺を信じろ」と。

 

この手を離さない act.08 end.

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編集後記

今週の「おてて」は、
新は絶対に何かを企んでいる(ミツさんの見立てでは)の巻
でした。

日頃、相当の暴れん坊な新は、ジェントルマンを装うこともできる子なの。


黙っていれば、男前〜〜〜〜!

ちなみに、この「おてて」の”影の主役”(と勝手に国沢が思っている)笠山さんの絵面イメージは、 ピエ◯ル瀧さん。
つい最近まで朝ドラに出てましたが、国沢、とっても好きな俳優さんです。
・・・てか、俳優っていうより、国沢の中では、電気グル◯ヴの人ってイメージが強いですけどね、いまだに。
そういや、最近アーティスト出身の俳優さん、増えましたよね。
星◯源さんとか、藤原さ◯らさんとか。国沢のご贔屓筋であるミッチロリンも兼業アーティスト。
でも、なんといっても最近国沢が注目しているのは・・・

池◯貴史 氏。

というか・・・



いや、実は彼の出演作品、国沢はまだ見てないんですけどねwww
なんでも映画「海街diar◯」とかテベーエスの某弁護士ドラマにご出演なさっていたとか???

アフロのままで???

池◯氏といえば、アフロヘアがトレードマーク。
池◯氏からアプロとったら、それは池◯氏ではなくなる・・・と感じた国沢。
むろん、ドラマも映画も、アフロのままで出たんだろうなぁ???と思いつつ画像検索していたら、アフロじゃない池◯さんの写真も見つけた。



酷い絵面wwwww

いやぁ〜、好きやわ〜、レ◯シ♥
ライブ行きたい、ライブ。
今度のツアーではうちの県には来ませんが、また来ないかな?と期待しつつ。
またもや、本編と関係ない話ばっかりしてしまった(汗)。
ではまた。

2016.6.19.

[国沢]

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