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この手を離さない title

act.44

 理沙が出て行った後、あっさりと「ディナーにしようか」とショーンに言われ、定光達はショーンが実際に住むアパートメントに向かった。
 例の"秘密の通路"はスタジオ奥のプライベートスペースの一番奥の扉の向こうにあり、秘密の通路に相応しいコンクリート打ちっ放しの不愛想な通路だった。
 通路の先にも同じようなドアが付いており、ドアを開けるとショーンのスタジオビルの真後ろにあるアパートメントビルのテラスに出た。まさか外に一旦出るとは思わず、定光は少し驚く。
 だが、連絡通路のドアと室内へ入る掃き出し窓までにはテラスの周囲沿いにテント地の庇が巡らせてあり、雨でも濡れずに行き来できるようだ。
 滝川も、建物の面白い造りにキョロキョロと見回している。
「何も気を使わなくったってよかったのに」
 ショーンは、本日の差し入れを持つ定光の方を返り見ながらそう言う。
「いや、これくらいはさせてもらわないと、自分も落ち着かないから……」
 定光がそう言うと、ショーンはそっかと肩を竦める。
 ショーンは掃き出し窓をガラリと開けると、「ただいま」と大きな声でそう言った。そして定光達の方を振り返り、「どうぞ、入って」と手でジェスチャーをする。
「お、お邪魔します」
 定光が思わず日本語でそう言いながら頭を下げていると、それを横目で笑いながら滝川はそのまま入っていく。
 定光は恨めしそうに滝川を睨みつつ室内に入ると、その天井の高さに驚いた。
 アパートメントの一室とは思えないくらい天井が高い。まるで小さな美術館かギャラリーのようだ。よく見ると向かいに小さな階段があり、ロフトスペースへと繋がっているようだ。そのせいで、この天井高なのだろう。
 白い壁にシンプルモダンなインテリア。定光の好きなタイプの部屋だ。ショーンがこの部屋に拘るのもわかる気がした。
 部屋は湿気を帯びた空気と何やら芳しい香りがほんのりと漂っており、その匂いは突き当たりの左側の廊下の先から漂ってくる。どうやら左の大きな壁の向こう側がキッチンらしい。
「靴を脱ぎたいなら、スリッパあるから言って」
 ショーンにそう言われ、お言葉に甘えることにする。
 やはり一日中靴を履き続けることには慣れていない。
 定光達は、そのままキッチンへと案内された。
 キッチンはリビングとは違い普通の天井高で、明るいイメージのリビングとは違って青いタイルが印象的なシックな空間となっていた。
「コウ、お客さん、連れてきたよ」
 ショーンがそう言ったので、定光はより一層畏まった。なにせ世界中に愛されているスーパースターの恋人とご対面するのだから。
「は、初めまして!」
 辿々しい英語でそう言って頭を下げた定光は、相手の顔を見てぽかんと口を開いた。
「 ── あれ? 君は……」
 相手もそう日本語呟いたきり、同じようにぽかんとしている。
「え? ミツ、コウと知り合いなの?」
 ショーンも定光と"恋人"を見比べつつ、呟く。
 定光は滝川に肘鉄を食らって、ハッと正気に戻る。
「さっき、グローサリーでワインを選んでもらったんだ」
「こんな偶然もあるもんだなぁ」
 コウと呼ばれた男 ── 羽柴は、頭を掻きながら、定光の方に小さな紙袋を翳して見せた。
 定光も苦笑いしながら、同じように自分が持つ小さな紙袋を翳してみせる。
 結局、食卓にはチーズのオイル漬けが二瓶並ぶことになった。


 最初は、偶然の出会いとショーンの恋人が男性……しかもかなり年上の日本人であることに強張り気味の定光だったが、羽柴の温かいもてなしに次第にリラックスをして、羽柴の手料理を充分に楽しんだ。
 ショーンが言っていた通り、羽柴の料理の腕はセミプロと言ってもいいぐらい鮮やかで、盛り付けも難しいことはしていないのだが、洗練されたものだった。
 メニューは、牛スネ肉のソースを太めのパスタに絡めたもの、ハム・チコリ・クルミのサラダ、小魚とセロリ・ニンジンのマリネにオニオントマトスープ。そしてメインデッシュはちょうどいい頃合いにグリルから出されたTボーンステーキだった。
「ショーンと同世代のお客さんだって聞いてたから、食べられると思って」
 目の前で美味そうな湯気を立てる迫力の肉の塊を見て、定光は息を呑み、滝川は「うまそー」と声を上げた。
「こっち側がサーロインで、こっち側がヒレ肉だよ」
 ショーンも滝川と同じ上機嫌で、説明してくれる。ウキウキしながら肉を切り分けているショーンを見て、定光は今更ながら「やっぱりショーンはアメリカ人だ」と実感した。
 一方羽柴の方は、マリネのセロリをついばみながら、少し引き気味で肉に群がるショーンと滝川の様子を眺めている。
「 ── あのー、羽柴さんはお肉、好きじゃないんですか?」
 定光が向かいに座る羽柴におずおずと訊くと、彼は苦笑いした。
「嫌いというわけじゃないんだけどね。昔ほどはそそられなくなったってとこかな。なにせ、もう年だからね」
「だから、こういう時じゃないとステーキ焼いてくれないんだ」
 ショーンが口の周りに肉の脂を纏いつかせながら、そう言ってくる。
「ああ、なるほど……」
 定光が頷くと、滝川が定光の皿に切り分けた肉を投げ置いた。
「ほら、早く食え」
「あ、そうだね。いただきます」
 定光は羽柴に会釈をして、ナイフで肉を切り分けた後、その一切れを口に入れた。
「ん! 美味しいです」
 噛み応えはあるが、想像していたよりもずっと柔らかくてジューシーだ。
「意外に柔らかいですね」
 定光が素直な感想を呟くと、羽柴はニコニコと笑いながら「アメリカンビーフも悪くないだろ?」と言った。
「コウはどれくらい食べるの?」
「んー? 今君のお皿にのってるヤツの4分の1でいいよ」
「えー? それっぽっちしか食べないの?」
「その代わり、君が得意でない小魚は俺が食べるんだ」
 ショーンが顔を顰めてオーバーに両肩を竦め、「だって小骨が嫌なんだよ」と愚痴た。
 恋人というより親子という雰囲気で、定光は思わず笑ってしまった。
 羽柴がショーンよりずっと年上だからそう見えるのだろうが、ショーンが明らかに羽柴に甘えているのが肌の感覚からもビンビンと伝わってくる。
「ん? 何かおかしなことでも言ったかな?」
 羽柴からそう言われ、定光は「いえ、そういうことじゃないです」と返した。
「なんかお二人の様子を見てたら……。ショーンが彼らしくいられているのは、羽柴さんが側にいるからなんだって、凄く感じて」
 定光が辿々しい英語でそう言うと、羽柴もショーンも目を丸くして口をつぐみ、互いに顔を見合わせた。
「あ! ご、ごめんなさい。なんか偉そうなこと言ってしまって……」
 定光が焦った声を上げると、ショーンが突如ガタリと席を立ち、ぐるりと回って定光のところまで来ると、突如定光をぎゅっと抱きしめた挙句、その頬にぶちゅーとキスをしてきた。
「!」
 今度は定光がフォークとナイフを持ったまま硬直し、その様子を隣に座る滝川が大人しくじぃっと見つめていた。
 やがてショーンは顔を起こすと、「君はどれだけ僕を魅了したら気がすむの?」と演劇じみた表情と声色でそう言って、何事もなかったかのように席に戻っていった。
 定光は依然固まったまま、ギョロギョロと視線を泳がせていると、横目で見ていた滝川がフォークの先を唇で挟みつつ、定光を見つめてくる。
「な、なんだよ?」
 定光がその視線に居心地の悪さを感じて小声で囁くと、滝川はニタリと笑って、「おまー、右のほっぺ、脂まみれだぜ」と答えた。
 ギョッとする定光に、羽柴が大きなため息をつきながら、清潔なナプキンを定光に差し出したのだった。

 

この手を離さない act.44 end.

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編集後記


うわ〜、年度末、おっそろし〜〜〜(大汗)。

昨日も仕事でしたの国沢です。
やってもやっても仕事が終わらない・・・(脂汗)。
ということで、URL配信も滞りがちとなっており、皆様にご迷惑をおかけしております。
申し訳ありません・・・。

察しの良い方はもうお分かりでしょうが、「おてて」も二次創作モノも続きが全然書けておりません!!!
二次創作はまだストックがあるけど、「おてて」はもう僅かなので、「おてて」だけ更新お休みさせてもらうことになるかもです(滝汗)。
重ね重ね、申し訳ございません・・・。

それと、「おてて」の制作が難航している理由がもうひとつ。

ここにきて、新が心を閉ざし始めてしもた。

これは、毎回恒例の「間違った方向に書いているから筆が止まっている」のとは質が違い、新が昔の傷になかなか向きあおうとしないために、こんな感じになっているのだと思われます。


あ〜、キャラって「生物」だわ〜・・・本当に・・・。

自分が設定したくせに、と愚痴ておりますが、新の闇は国沢が思っているより、結構深かった(汗)。
そこをなんとか打開しないといけないんだけど、そこはミツさんの神通力次第というなんとも他力本願なイメージが国沢の中で出来上がっています。
作者がどうこうできるものでもない小説ってなんだ?!www
自分でも気持ち悪いと思うけど、そうなんだもの(涙)。
大筋はコントロールできるけど、細かなところはキャラ任せなんだもん(どよ〜ん)。
よくこんな状態で小説が書けてるよな、と呆れている今日この頃です・・・。
上手くまとまってほしいよ・・・(涙目)。
それではまた。

2017.3.12.

[国沢]

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