act.68
その日の夜。
ふいに身体を揺すられた気がして、定光は目を覚ました。
まぶたを擦ると、そこには眠そうな顔つきの村上が、ベッドの側にしゃがんでいた。
「ミツさん、寝てるところ、すんません・・・」
「・・・ん? どうした・・・」
定光は身体を少し起こすと、自分がショーンに抱きつかれて寝ていたことに気がついた。
村上と顔を見合わせて苦笑いをし、そぉっとショーンの腕を剥がす。
定光が村上に向き直ると、村上が「ミツさん、あれ」と部屋の入口を指さした。
「新さんの様子が変です」
「 ── ああ・・・」
定光はため息混じりにそう答えた。
滝川の”いつもの”癖だ。
滝川は、うつろな顔つきでドアに鍵をかける仕草を何度も何度も繰り返していた。
定光が意識的に抱きしめるようにして眠り始めてからはその”癖”は収まり、日によっては捕まえていなくても大丈夫なことがあったから気を許していたが、環境が変わることで再発したのかもしれない。
「アイツ、たまにああやって寝ぼけるんだ・・・」
定光がそう言うと、村上は心配げに「寝ぼけるっつーか・・・。早くしないとママが来るって呟いてますよ」と囁く。
定光は「わかってる」と頷いた。
ベッドを降りようとする定光に、村上が「新さんの母親のせいですか?」と訊いてきた。
定光は村上の前で足を止め、頷いた。
それを見た村上は、露骨に顔を顰める。
村上も、滝川の母親が会社のロビーで騒いだ時にそこにいた。その時のことを思い出したのだろう。
「村上、新はああ見えて、このことを気にしてる」
「新さん、知ってるんっすか? このこと」
「ああ」
「 ── どうしたの・・・?」
背後から声がしたので、同時に振り返った。
ショーンがさっきの定光と同じように目を擦りながら、ベッドの上に身体を起こしていた。
「ああ、ショーン・・・。ごめん、起こしてしまった」
「ああ、いいんだよ、そんなこと・・・」
ショーンはそう言いつつ、定光越しに滝川の奇行を目にする。
「アラタ、どうしたの、あれ?」
ショーンが不安げに訊いてきた。
定光は改めて、ざっと滝川の奇行について説明をした。
「そうなんだ・・・。なんとなく問題を抱えてそうだとは思っていたけど。結構重いんだね、彼の心の傷は」
そう言うショーンに定光は言った。
「同情するのはやめてあげてください。変に気を使わないで。それが新を余計辛くさせるから」
定光はなんとか英語でそう告げると、村上に視線をやって「村上も」と言った。村上のために日本語で同じことを言おうとしたが、村上は、「さっき言ったことはわかりました」と言ってくれた。
定光は、ベッドの端に座ってショーンに向き直り、「ベッド代わってもらっていいかな? 俺が捕まえていたら、彼の癖は収まるから」と告げると、ショーンは「もちろんだよ」と頷いた。
「村上も、もう寝てくれ。知らせてもらって助かったよ」
村上は「いや、そんな大したことしてないっす。・・・てか、俺、トイレ行くところだったっす」と言いつつ、慌ただしい動きでバスルームに駆け込んで行った。
定光は滝川に近づき、肩に手をそっと置くと、耳元で「鍵はもうかかったよ。ママは来ないから安心しな」と声をかけた。
滝川のせわしなく動いていた手が止まり、だらりと下に垂れたのを見て、定光はダブルベッドまで連れていった。
丁度ショーンは、滝川が元々寝ていたベッドに引っ越しをしてくれていて、定光は滝川を今までショーンが寝ていたところに寝かしつけた。
おとなしく眠り込む滝川の様子をショーンと二人で確認した後、定光もベッドに横になり、滝川を捕まえるようにして、再び眠った。
翌朝。
定光が目を覚ますと、滝川はまだ眠っていた。
ベッドの上で部屋の中を見回すと、ショーンも村上も、だらしない格好でまだ寝ている。
定光は時計を見た。
丁度皆起きないといけない時間だ。
定光は、仕掛けていたスマホの目覚ましアラームを止めると、カーテンを開けた。
爽やかな朝の光が部屋の中に差し込んでくる。
窓を開けると、清々しくひんやりとした新鮮な空気とともに濃い緑の香りがした。思わず定光は深呼吸する。
いい天気だ。
絶好の撮影日和といえるだろう。
目前の湖の湖面も凪いでいて、素晴らしい景色が広がっている。
季節も真夏の盛りは過ぎて、光の色も幾分優しい。
スカイ島は、東京より北の位置にあるにあるので随分涼しく過ごしやすいといえる。
ここでは、数多くの場所で撮影をせねばならないが、陽が長い時期なので予定通り無事に撮影を終えられそうだ。雨にふられない限り。
定光は、多少寝不足感を感じてはいたものの、体調については問題はなかった。
この景色と空気のお陰で、気持ちのいい寝覚めといえた。
部屋の中を振り返ると、部屋の明るさに反応してショーンと村上が同時に目を覚ましていた。しかし滝川はなおも寝ている。
「おはよう」
定光が英語で挨拶をすると、ショーンが日本語で「オハヨ」と返してきた。
「ミツ、眠れた?」
「ああ。ショーンは?」
「うん、僕も大丈夫。ムラは?」
ショーンに名前を呼ばれ、村上は瞬時にテンションが上がったようだ。
ベッドの上に立ち上がり敬礼をすると、「熟睡であります!」と日本語で叫んだ。
しかし叫んだ瞬間、「あ」と声を上げ、滝川に目をやりながら、村上は自分の手で口を押さえた。
自分の大声が滝川の琴線に触れたのではないかと、ビビったのだ。
しかし滝川は、なおも眠り込んでいる。
ホッと胸を撫で下ろす村上を横目で見ながら、定光はダブルベッドに戻った。
「起こすの?」
ショーンが心配げにそう訊いてくるので、定光は頷いた。
「もう起こさないと、撮影に遅れるかもしれないから。朝食は絶対に食べてもらわないと」
ショーンは寝乱れた自分の髪の毛を手櫛で整えながら、「ミツは意外にアラタに対してスパルタだよねー」とノンキな声で言った。
「そんなことができるのは、世界広しといえどもミツさんだけっすからね」
村上はアクビを噛み殺しながらそう呟きつつ、バスルームに消えていく。
「ほら、起きろ、新」
定光が滝川の身体を揺すると、何度か定光の手を払う仕草を見せたが、やがて滝川は目を覚ました。
ぼんやりとした顔つきで定光のことを見上げてくる。
「おはよう」
定光が声をかけると、滝川は「うん……」と呟いたまま、周囲を見回す。
「あれ……? 俺、最初からここで寝てたっけ……」
「途中から代わってもらったんだよ」
定光がそう言うと、滝川は、村上を追って髭を剃りに行くショーンの後ろ姿を見つめながら、「ああ……」と呟いた。
大体の事情を察したらしい。
滝川はベッドの上に膝を立てて座ると、本当に長い息を吐きながら溜め息をついた。
一時期奇行が収まっていたことも滝川は知っていたから、ショックだったのだろうか。
定光はベッドの端に座ると、滝川の顔を覗きこんで、こう伝えた。
「少しずつ治していけばいい。 ── 間違っても、消えてなくなりたいだなんて、もう思わなくていいから」
滝川は視線を宙に泳がせた。
浮ついた表情だったので、定光は「大丈夫か?」と訊いた。しかし滝川はそれについては何も答えず、「タバコを吸ってくる」と部屋の外に出て行った。
この手を離さない act.68 end.
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編集後記
ショーンとミツさんが抱き合って眠ってる姿って、結構いい景色なんじゃないかなって思ったりした国沢です。
皆さん、こんにちはー。
新くんは、相変わらず挙動が不審な感じなんですけど、あまり重苦しいお話にしたくないなぁと思ったりしていますが、国沢もその辺は、どうなるかよくわかりません(←通常運転)。
ここは村上くんの活躍に期待・・・というところでしょうか。
さて、先週から話の舞台がスコットランドのスカイ島に移っておりますが、そういえば「つい一週間前にスカイ島に行ってきたとこです」というコメントを読者の方からいただきまして、
マジ、羨ましいっす。
素敵ですよねぇ、スカイ島。
まるでファンタジー映画に出てきそうな景色が目白押しで、憧れます。
特に「妖精のプール」と呼ばれる泉は、写真を見る限り、尋常じゃないくらいきれい。
写真はおそらくプロのカメラマンの撮影したもので色補正もされてるんでしょうから、実際の見た目と全く一緒というわけではないんでしょうが、それにしても雄大ですねー。美しいですねー。
仕事とはいえ、こういうところに行けるとは、ミツさんご一行は羨ましいです。
ま、国沢が単に行ってみたいから、そういう風に話を書いている節がありますけどwww
妄想するのは自由なんでね、ええ。
ミツさんと新にとっては大事なお仕事ですが、国沢からしたら、
もうハネムーンでよくね?www
って心境です。
それではまた。
2017.9.24.
[国沢]
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