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この手を離さない title

act.73

 無事撮影旅行から日本に帰国して、定光と滝川は、空港からそのまま自宅へと帰った。
 会社には帰国の知らせは入れておいたが、今回は随分長い海外出張だったので、今日の午後から明日までは休暇をとる予定になっていた。
 久しぶりの我が家に帰ると、郵便ポストは案の定DMやらチラシでいっぱいになっていて、旅の疲れを助長させた。
 玄関ドアを開けて大きな荷物を中に入れ、玄関先にドカリと二人で荷物を下ろすと、同時にふぅーと溜め息をついた。
 やっと帰ってきた、という気分になる。
 ふいに定光の目の前で、滝川が首から肩のコリをほぐすように手で撫でる仕草を見せた瞬間に、なんだか定光はムラッときた。
 定光は、いきなり滝川を捕まえて、唇を奪う。
「ウッ・・・ん・・・っ」
 鼻を緩く鳴らしながら、滝川の身体を壁に押し付けた。
 激しくキスをしあう。
 思えば撮影旅行に出ている間、セックスは一回もしなかった。
 周囲に常に人がいたので仕方がなかったが、”溜まっている”のは事実だ。
 定光が、キスを続けながら滝川のジーンズのベルトを緩めにかかると、キスから逃れた滝川が、ヘッと笑った。



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 久しぶりのスキンシップは、玄関先の一回では当然終わらず、その後風呂場で一回、そして帰りがけの駅で買って来た弁当を食べた後、ベッドでもう一度となって、それが済んだ後は、互いに気絶するように眠った。
 翌朝目が覚めると案の定昼近くで、定光はベッドに寝っ転がったまま、「うーん」と唸り声を上げた。
「 ── 洗濯物とか荷物の片付けとかしないといけないけど、面倒くさい〜」
 その声で隣の滝川が目を覚ます。
 さすがに疲れもあって泥のように眠ったのか、あの奇行も出ずにぐっすりと眠れたらしい。
 彼は起き抜けからスッキリとした表情で、「そんなの別に今日やらなくてもいいじゃん……」と言いながら、背中から定光の身体を抱き締めてきた。
 掛け布団の中は互いに裸のままだったので、滝川の素肌が直接肌に触れる。
 定光はさりげなく、前に回された左手の火傷の跡を見たが、そこはもうすっかり乾いてカサブタができていた。
 定光は安心したようにひとつ欠伸を噛み殺すと、「明日まとめてコインランドリーに突っ込もうかな……」と呟く。金はかかるが、手間は大幅に省ける。
 滝川の、定光の腹部を撫で撫でする手をそのままにしながら……滝川は性的な意味で触っているというより、定光の肌触りを楽しんでいるといったような雰囲気だったからだ……「今日の昼飯どうする?」と訊いた。
「デリバリーでいいんじゃね?」
 滝川がすぐにそう答えてくる。
 定光は少し顔を顰めた。
「昨夜もそうだったじゃないか」
「昨夜は弁当だろ? 第一、お前が何か作るって言っても、冷蔵庫は空っぽだろうが」
 滝川にそう指摘され、定光は「あ、そうだった」と気がついた。
 長期に渡る海外出張だったから、その前に腐りそうな食材は全て使い切っていた。
 確かにこれから起きてすぐ食材を買いに行き、昼食を作るまでの馬力があるとは言えない。
 長旅の疲れや昨日の濃厚なスキンシップのせいで、全身が怠くて仕方がない。
 普段から体力がある定光でそうなのだから、滝川はもっとだろう。
「ベッドの上で食えるメニューがいいー」
 そう言いながら、定光の身体越しスマホを手に取って、デリバリーメニューを検索している。どうやら、下手したら今日一日、ベッドから出ないつもりでいるのかもしれない。
「さすがにベッドの上で、モノは食わさねぇからな」
 定光は、おとなしく滝川の腕の中に収まったままで、そう言った。
 以前寝室でピザを食べた時は、寝具にピザの臭いがついて閉口した。
 いつも洗濯物を干しているベランダなら少しスペースがあるし、そこに木製の折りたたみテーブルと椅子を置けば、簡単な食事ならできるだろう。
「あんまり匂いのキツくないやつにしようぜ」
 定光がそう言うと、滝川は素直に「そうだな」と答えて、「寿司にでもするか」と呟く。
「昼間から寿司なんて、ちょっと贅沢だな」
 定光がそう言うと、「店屋物の寿司なんて贅沢のうちに入るかよ」と言われた。
 定光の家は、貧しくはなかったがそれでも寿司はご馳走メニューで、特別な日でないと口にしなかった。その点滝川の家は明らかに裕福な家庭だったようだから、そこら辺、感覚が違うのだろう。
 試しに「お前、子どもの頃、よく寿司を食ってたのか?」と訊ねると、「ああ。家の敷地から出ることは殆どなかったけど、本物の板前がやって来て、寿司だのすき焼きだの、よく食ってたな」と答えた。
 滝川の母親は、滝川を外に出さない代わりに、衣食については随分贅沢をさせていたようだ。滝川が季節を問わずにペラペラなTシャツを好んで着ているのは、その時の反動だという。母親が選んだ服は、高級ブランド品や仕立てられたオーダー品ばかりだったらしく、その時の服は全部家に置いてきたらしい。
 親と決別して、アメリカで初めて目についたのがあのオジーTシャツだったらしく、Tシャツの中で悪魔のような笑顔を浮かべるオジーを見て、「かえって悪魔払いができそう」と感じたらしい。
 それ以来、オジーTシャツは手放せないと滝川は言った。
 結局、昼食は寿司の盛り合わせを2人前頼み、その後はまたベッドでゴロゴロとして過ごした。
「なぁ、髪の毛っていつになれば切っていいの?」
 定光が、自分の髪を数本摘んで目の前にかざしながらそう言うと、「なんだよ、お前。切りたいのか?」と滝川が不機嫌そうな声を上げた。
「だって、さすがにこれは伸び過ぎだろ……」
 定光は溜息をつく。
「縛ってたら楽なんだけどさ……。昨日みたいにゴムを外して汗を掻くと、あっちこっちにペタペタくっつくのが気持ち悪い」
 髪は肩を越えて、5、6センチまで伸びていた。
 定光がそう言うと、滝川も「うーん」と唸っている。
 滝川は定光と同じように定光の髪を指で掬い上げながら、「でもキレイだけどなぁ……。長いの……」と呟いている。
「俺の髪、サラサラじゃねぇからさ。すぐに束になってうねるし、もっさりしちまうんだよ。いくら髪の毛縛っても、今後年配の取引先の人と打ち合わせする時に気まずいしさ。明日会社に行ったら、有吉にまた切ってもらおうと思って」
 定光がそう言うと、滝川は「えー」っという声を上げたが、「前CMに出た時ぐらいの長さならいいよ。それより短いのはダメ」と行った。
 定光は内心、「それもそこそこ長いじゃん……」と思ったが、切れないよりはマシかと思い直し、「わかった」と答えた。
 丁度そこでチャイムが鳴らされる。
「あ、寿司が来たな」
 定光はベッドから抜け出すと、クローゼットから部屋着を取り出して身に纏った。
「なんだよ、服着ちゃうのかよー」
 またもや不服を申し立てる滝川に、「裸で寿司を受け取る訳にいかねぇだろ、バカ」と軽くいなして、定光は玄関に向かった。
 思えば、財布やら鍵やらをそのまま玄関先に放りっぱなしにしていた。
 我ながら、昨日は随分餓えていたな、と思う。
 再び鳴らされるチャイムに、廊下のインターフォンで「はい、今行きます」と答え、玄関まで出た。
 そこに置き去りにされた荷物達もさることながら、昨日の残滓までいたるところにそのままで、定光は顔を赤らめながら、慌ててティッシュで拭いた。なんだか臭いもそこに残ってそうで、鼻をスンスンとさせる。
 しかし、配達員をあまり待たせるのも悪いと思い、観念してドアを開け、寿司を受け取った。
 寿司を持って寝室に帰ると、滝川がベッドの上に身を起こして、誰かと電話で話していた。
 クローゼットから簡易のテーブルセットを取り出しながら、密かに耳をそばだてると、どうやら不動産関係での連絡らしい。
 ベランダで昼食をとる最中、「なんの電話だったんだ?」と訊くと、「俺のマンション、借りるんじゃなくて買いたいって言ってきたやつがいるんだって」と答えた。
 定光は、目を丸くした。
「借りてみてよかったからじゃなくて、いきなり買うって?」
「ああ。働いている場所から近くって、部屋の状態がすこぶるいいからって」
 滝川はそう言いながら赤身のマグロを頬張りつつ、「酢飯がマズイ」と呟いた。
 定光は眉間にシワを寄せながら、「マズくてもなんでもいいから、最低でも半分は食え」と言った。
 ゲンナリしている滝川に、「それで? 売るつもりなのか?」と訊くと、「ああ」とあっさり答えた。
「いいのか? 折角の資産なのに、簡単に手放して」
 そう言う定光に、滝川は「まだ食える」らしい赤だしを啜りながら、「借り手のつかねぇマンションより、マシじゃね?」と言った。
 確かに、これまで借り手がつかなかったから、そこからの収入はなかった。むしろ不動産業者の管理料と税金がかかるので、ただ持っているだけでは赤字である。
「 ── それに……」
 滝川は、パンツいっちょの姿でもどことなく姿勢を正すと、こう続けた。
「お前と一緒に住む家が欲しいなぁって思った時の頭金ぐらいにはなるんじゃね?」
「 ── え……?」
 定光は一瞬滝川の言っている意味がわからなかったが、滝川がバツが悪そうに口を尖らせているのを見て、ハッと意味を理解した。
 みるみる顔が真っ赤になる。
 つまりは、今の賃貸の部屋ではなくて、戸建てか分譲マンションを2人で購入する時の資金にしたい、ということだ。
 まるで滝川から変化球のプロポーズをされたみたいで、定光はやたらドキドキした。
 それは滝川にも伝染して、しばらく2人であまり酢の効いていない、ぼんやりとした味の寿司をギクシャクと無言で食べた。
 でもさすがに何も反応を返さないというのはフェアじゃない。
 そう思った定光は、食事が終わった後こう返事をした。
「次の休みの日から、家探し、始めてみるか」

 

この手を離さない act.73 end.

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編集後記


今週は、甘々ラブラブモード全開でお送りしました。

てか、The other dayの更新も今週エロ更新なんですよねwwww

エロって重なるなぁwwww

なんというかそのー、この二人のいちゃいちゃの休日なるものを書いてみたかったんですよね、普通に。
だって、2週間以上もお預け食らってたら、このお年頃の健康な成年男子だったら、我慢できないでしょ(笑)。
ましてラブラブならねぇ。
変化球プロポーズして、なんだか照れまくってる新もかわいいし、それを受けて真っ赤になってるミツさんもかわいい。

こんな二人の何気ない日常シーンを書くのが結構楽しいんですよね。
スーパーに食料品を買いに行くシーンとかも書こうかな、と思ったりしたんだけど、本当にただの日常生活を描写しただけになるんで、さすがにそこは我慢しましたw
でも、そういうシーンに幸せが滲み出るものなんじゃないか、と思ったりもします。
それではまた。

2017.11.4.

[国沢]

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