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この手を離さない title

act.16

 情熱的なキスを交わし、定光も滝川も熱く乱れた息を吐き出した。
 滝川が、手に持っていたハンディカメラを足元に落として、ガシャリと音を立てたが、二人ともその音が耳に入らなかった。
 定光の頬を包む滝川の手が指が、定光の肌を何度も柔らかく撫で、髪を梳く。
 定光の髪を覆っていたターバンは、カメラ同様ぽろりと床に落ち、定光の汗に湿った髪は、滝川の手によって掻き乱され、ボサボサになった。
 滝川の手に触れられる全てがなんとも心地よく、その手に身を委ねているだけでひどく安心できる。
 今この瞬間だけは、滝川が他のどの女のものでもない、自分だけのものだと思えた。
 思えば、太ももを触らせた時も、既に定光の身体はその心地よさをわかっていたのかもしれない……。
「 ── お前んちのベッドは狭いから……。ミツ、俺の部屋に来るか?」
 額をコツンとぶつけ合いながら、滝川がそう訊いてくる。
 定光は、瞼を瞬かせながら、こくりと頷いた。
「 ── お前……言ってる意味、わかってる?」
 再度念押しするように甘い声で滝川が訊いてくる。
 定光はその声に酔ったように、再びこくりと頷いた。
「よし」
 滝川に手を繋がれ、グイッと引っ張られる。
 二人は床に落としたカメラもターバンもそのままに、ジムを出た。
 表に停車してあったバイクに、二人同時に跨る。
 滝川がエンジンをかける間に定光はリアシートの両サイドに引っ掛けてあるヘルメットを取って、黒いメットを滝川に被せ、白い方を自分の頭に被せた。
「捕まれ。振り落とされるぞ」
 滝川にそう言われ、定光がギュッと滝川に掴まると、滝川は物凄い勢いでバイクをスタートさせたのだった。


 滝川のマンションの部屋に着くと、玄関ドアが閉まった瞬間に、定光は再び唇を奪われた。
「 ── んっ……」
 滝川の舌で口の中を愛撫される。
 定光が両腕を滝川の首に回すと、腰に手を置かれ、抱き上げられた。
 定光はそのまま、長い脚を滝川の身体に巻き付け、コアラのように滝川の身体にしがみつく。
 定光はクライミングシューズを履いたまま、寝室に運ばれた。何度も何度もキスを繰り返しながら。
 ドサリとベッドに身体を落とされ、定光の脚が跳ね上がると、そこで初めて二人は定光がまだ靴を履いたままだということに気がついた。
 思わず定光が苦笑を浮かべると、滝川も笑いながら定光の靴と靴下を一つずつ脱がしては後ろに放り投げた。
 滝川は、脱がせ終わった定光の足先に軽くキスを落とす。
 すると定光はハッとした顔つきをして、足を引く素振りを見せた。
 滝川がグッと足首を掴んだまま引き寄せると、定光は「俺、シャワー浴びてない。きっと汗臭いから……」と蚊の鳴くような声で言った。
 滝川は定光のスベスベの脛に頬を寄せると、「シャワー浴びたって、どうせすぐ汗塗れになるし」と答えた。
 それを聞いた定光は、これから先に起こることを想像したのか、カァッと頬を赤らめた。
 その表情が堪らなく"愛らしい"。
 二十九の男を捕まえて、"愛らしい"だなんて形容もないのだが、滝川にはそう見えるのだから仕方がない。
 思えば、始めて会った時から、見ていて飽きないヤツだと思った。
 自分が美形であるということをどこか持て余していて、それをまったくひけらかさないし、武器としてそれを使うでもない。
 滝川と違って両親に真っ直ぐ素直に育てられたのか、実にフラットなものの見方をして、ニュートラルに物事を受け入れることができる。
 表情は飾り気がなく自然体で、思ったことが割と直ぐに顔に出るタイプだ。
 だから、定光が仕事に関して何か悩んでいることはわかっていたが、まさか自分に才能がないゆえに今の部署に"左遷された"と考えていたなんて、まったく意外なことだった。
 思えば、ショーン・クーパーのセカンドアルバムのジャケットに一目惚れして、しかもそれが自分と同じ日本人が手掛けたアートワークだと知って、正直驚いた。
 ショーンのアルバムが売れるのは、単にアルバムジャケットの良さだけではないことは十分わかっているが、それでも世界に通用するグラフィックデザイナーが自分と同じ日本人だということに誇りを感じられた。
 当時滝川は、アメリカでアジア人に対する人種差別が今だにあるということを実際に経験し、自分が日本人であることに劣等感を感じていた時期だった。
 だから芸術専門学校の教師に、パトリック社の社長と会ってみないか、と言われ最初は難色を示していた滝川も、ショーンのアルバムデザインを手がけたデザイナーがパトリック社にいることを聞かされてから、直ぐに考えを翻し、日本に行くことに対して二つ返事をした。
 それは、あのデザイナーに会ってみたいと純粋に思ったからだ。
 そして実際に会ってみると、自分とひとつしか違わず、尚且つ白人のような容姿をしていたことに驚いた。
 忘年会の席で、あの髭面を最初見た時は、"日本人のくせに外人みたいな顔して、オマケにジョージ・ルーカスでも気取ってるのか、顔中ヒゲまで生やしてアーティスト風情を演出してるのか"とイケ好かなく思った。
 日本人として誇りに思っていた自分の気持ちを、定光の容姿に踏みにじられたように感じたのだ。
 だから、ヒゲを剃れと言ったのは、最初は完全に嫌がらせのつもりだった。
 化けの皮を剥がしてやろうと思った。
 しかし実際に無理矢理ヒゲを剃ってやると、滝川の予想と違う反応が返ってきた。
 怒り出すことまでは想定していたし、高圧的に来るのなら、腕力でのしてやろうというぐらいに思っていたのに、素顔を晒されてしまった定光は、オドオドとした表情を浮かべ、最終的には目に薄っすらと涙を溜めながら、「お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」と怒鳴った。
 定光の予想外の美しさに圧倒されたのもあるが、それよりも定光が自分の容姿にコンプレックスを抱いていることがその瞬間にわかり、"なんで?"という疑問が湧いた。
 逆に、そんなに美しい容姿をしているのなら、堂々としているべきだ、とさえ思った。
 それ以来、定光は滝川の興味を惹き続けている。
 彼のことを知るにつけ、もっといろんな表情が見たくなった。
 最初は彼の才能と容姿に惹かれたのかもしれないが、彼の内面が段々わかってくると、むしろそちらの方に惹かれ始めた。
 定光は容姿もさることながら、その内面が非常に愛らしい性格をしていた。
 何にでも一生懸命で、極度のお人好し。困っている人がいたら、自分が後々大変になることも厭わず助けに行く。
 一度に複数の物事を考えることはできず、どこか不器用で、仕事でもポカをやることもあるが、彼が一度あのエクボが浮かぶ笑顔を見せると、その場がパァッと明るくなった。
 これはもしかして、惚れてるかもなぁと思い始めたのは、もう四年も前のことだ。
 友人に対する好意では説明しきれない感情が、滝川の中に湧き上がってきた。
 しかし自分が同性を好きになるだなんて経験はそれまでまったくなかったので、正直どうしていいかわからなかった。
 定光は滝川に近づいてくる女達とはまったく違うし、それによく考えたら、自分から誰かを好きになったのは、定光が始めてだった。
 色恋事はいろんな女達と様々な駆け引きをしてきたが、定光に対しては、どう接していいかわからない。
 挙句、まるで小学生が好きな女の子をわざと苛めるというのに近い行動を取ってしまっていた。
 当然そんなことで定光が滝川の恋心に気づくわけもなく、まして滝川が定光に愛を告白するなんてことは、とてもできなかった。
 なにせ同性同士だし、それに自分はこの通りちゃらんぽらんな人間で、オマケに性に関しては"ひどく汚れている"。
 今のところ奇跡的に良好な"友人関係"は築けているのだから、滝川がそこに恋愛感情を持ち出すことでそれが壊れてしまうのも怖かった。
 ずっとこのまま、セクハラギリギリラインの友情を続けていけばいい、と自分に言い聞かせていたというのに、定光の子供みたいに泣き噦る顔を見て、堪らなくなった。
 自分の中でブレーキをかける前に、思わず定光に、恋人に触れるようなやり方で触れてしまった。
 これまで何度もセクハラ紛いのことをしてきたが、いつも必ずそれが冗談にできる"逃げ道"を定光にも自分にも作りながら注意深く触れてきたのに、その瞬間だけは夢中になってしまって、"本気で"触れてしまった。
 頭で理解するよりも身体で理解することの方が早い定光のことだ。
 滝川の指に込められた想いにドン引きして、てっきり手を弾かれると思っていたのに、あろうことか定光からキスをしてくれるとは……。
 定光と"本気のキス"をした瞬間、滝川の中から定光に対する想いが溢れ出してしまった。
 これまで長いこと溜め込んできた想いが先行して、「俺の部屋に来るか?」だなんて訊いてしまった。
 それでも怯まずこくりと頷いた定光を見て、滝川が愛おしく思わないはずがない。
 ずっと、もうずっと長い間、こうして触れてみたいと願っていたのだから……。

以下のシーンについては、URL請求。→編集後記


 

この手を離さない act.16 end.

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編集後記


やっときたステルス更新。



本日は、半分以下が「おてて」初のステルス更新となっております・・・。

いやぁ、ひっさびさに書くなぁ、この単語。「ステルス」www
現在同時連載中の二次創作小説チームはパスワード制にしたんで全体がステルス状態だから、大人メニューと分けなくてよくなっているので、なんだかこの方式の更新パターンが久しぶりのような気がします。

このシーンを書いた時は、そのままエチシーンに雪崩れ込むのかと思いきや、なぜか新視点の「初恋事情」がむくむくと浮かんできたので、それがエチの前段となっております。
新さん、随分長いこと片思いしてきたのねぇ・・・。
ということで、大人シーンは、URL請求制となっています。ご請求いただいたアドレスには、当サイトの大人シーンを全て掲載していく予定ですので、一度請求するだけで当サイトに公開中の全ての小説の大人シーンが閲覧可能となります。
18禁シーンご希望の方は、画面右側の「URL請求フォーム」からお気軽にお申し込みください。

ではまた〜。

2016.8.20.

[国沢]

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