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この手を離さない title

act.53

 翌朝、ベッドサイドの電話が鳴った。
 定光がむくりと身体を起こして電話に出ると、電話の相手はショーンだった。
『朝食を食べにおいでよ。今度は、二人で』
 定光は二つ返事をして、受話器を置く。
 後ろを振り返ると、滝川が珍しく目を覚ましていた。
 随分質のよい眠りを得られたのか、スッキリとした寝覚めだったらしい。
「 ── ショーンか?」
「ああ。朝食を食べに来いって」
 定光がそう答えると、滝川はベッドの上に身体を起こし、両手で顔を擦る。
「シャワー浴びる時間あっかな?」
 一通りの仕事が片付いて、やっと風呂に入る気になったらしい。
「先に俺が行って、ショーンに伝えておくよ。何ならゆっくり湯船に浸かって来い」
「湯船に浸かると逆に疲れっから、今はシャワーでいいわ。ああ、頭が痒い……」
「早く行って来い!」
 定光が笑い混じりにそう言って滝川の脚を軽く蹴ると、滝川は反抗もせずバスルームに消えて行った。
 その後定光もベッドから起き出すと、Tシャツとジーンズに着替えた。そして滝川の後を追うように、風呂場に向かう。洗面台が風呂場にあるからだ。日本の家では別々になっていることが殆どだが、欧米ではこのタイプが多い。
 シャワーカーテン越し滝川がシャワーを浴びる音を聞きながら、洗面所で顔を洗った。
 鏡を覗き込むと、少し無精髭が伸びていたが、それよりも伸びているのが気になったのは髪の方だった。長い毛先は肩まで届いている。
「もう直ぐゴムがいるようになるかもな……」
 定光はそう呟きながら寝乱れた髪を手櫛で整えた。
 滝川に「先に行ってるからな。必ず来いよ」と声をかけて、ショーンの家に向かった。


 ショーンの家に着くと、丁度羽柴が仕事に出かけるところだった。
「慌ただしくて、すまないね」
 そう断りを入れながら出かけて行く羽柴を、ショーンが甲斐甲斐しく見送っている様子を見ていると、スターが未だに羽柴に"ゾッコン"なのがよくわかる。
「忙しい最中に来てしまって……」
 定光がそう言うと、ショーンは「アラタは?」と訊いてきた。
「何日ぶりかにやっと風呂に入る気になって、今シャワーを浴びてるところ」
「そりゃ、そのやる気を邪魔しちゃダメだね」
 ショーンも滝川の扱い方が次第にわかってきたようだ。
 その日の朝食は、しっかりとしたメニューだった。
 トーストしたマフィンにベーコンとポーチドエッグがのったもの、アボカドと茹で海老のサラダ、豆とサイコロ状にカットされた根菜をコンソメで煮た具だくさんスープ、よくソテーされた太めのソーセージ、カットフルーツに自家製のヨーグルトをかけたもの……。見た目もボリュームも満点の朝食だった。
「わぁ、これは美味そうだな」
「今朝はコウが作ってくれたからね。だから味も保証するよ」
 ショーンがウインクする。
「ショーンが作ってくれた朝食も美味しかったのに」
 定光はフォークを手に取りながらそう言うと、ショーンは向かいに座りながら、「それでもコウが作る料理には敵わないから」と肩を竦めた。
 ショーンは定光のカップにコーヒーを注ぎながら、自分のカップにもそれを継ぎ足した。
「僕はもう食べちゃったから、後はアラタと二人で全部食べちゃってよ」
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
 一口サラダを口に含むと、急に空腹感が増して来た。ショーンが言うように全部ペロリといけそうだ。
 ショーンは頬づえをつきながらコーヒーを啜り、定光を眺めてくるとこう言った。
「問題は解決した?」
 定光はショーンに目をやる。
 ショーンにはあの夜のケンカについて話していたものの、それが決定的な問題に発展していることまでは話していなかった。
 定光が怪訝そうな表情を一瞬浮かべると、ショーンは苦笑いして、「お節介なのは僕の悪い癖だね」と呟いた。
「でも、気になって。あの夜のケンカは、ただのケンカじゃなかったんだろ?」
 ショーンにそう言われ、定光は頷いた。
「ショーンはどうして……」
「アラタに訊いたんだよ」
 そのセリフに定光は少し驚いた。
「え? あいつが素直に話したの?」
 するとショーンはアヒル口を益々尖らせて、「ううん。ちっとも」と呟いた。
「でも、凄く悩んでいるみたいだったから。コウも心配してた」
「そうだったんだ……。それは心配をかけてしまって……」
「謝らないでよ。こっちが勝手に心配してるだけだから。でも、アラタを見てると痛々しいし、何かをしてあげなくちゃって思わされる。 ── でも、他人がするより、ミツがした方が絶対にいい。アラタにはミツが必要だし、ミツじゃないとダメだって、僕はそう思ってる」
 ショーンに力強く言われ、定光は微笑みを浮かべる。
 ショーンにはこうして少しずつ勇気をもらっている。
「ありがとう。問題は解決したよ。多分。当面は大丈夫だと思う」
 それを聞いてショーンも同じように微笑みを浮かべると、「それは良かった。さ、冷めないうちに食べて。もう邪魔はしないから」と言った。
 その後は、たわいない会話を交わしながら、朝食を楽しんだ。
 滝川が現れたのは、定光が食後のコーヒーを楽しんでいる時だ。
 「温め直そうか?」というショーンに、滝川は粗野な身振りで手を左右に振ると、「あ〜、いい、いい、面倒クセェから」と答えた。
 その実に滝川らしい態度にショーンは安心したらしい。彼はにっこりと微笑むと、「コーヒーだけはいつでも温かいよ」と滝川のカップにコーヒーを注いだ。
 滝川は飢えた肉食獣のように、猛然と朝食を食べ始めた。
 ここ数日、ろくにちゃんと食べていなかったから当然といえば当然だったが、その食べっぷりに定光やショーンも目を丸くした。
「あの〜……冷凍のピザもあるけど、温める?」
 ショーンがおずおずと尋ねると、滝川は「んが」と声にならない声を上げながら頷いた。
「す、すみません……」
 代わりに定光が顔を赤らめながらそう言うと、ショーンは声を出して笑いながら、ピザを電子レンジの中に突っ込んだ。
「食欲があるのはいいことだよ。 ── あ、ねぇ、今日はどうするんだい? 急な休みになっちゃったけど、どこか観光したい場所があれば案内できるよ。僕もシングル曲のトラックダウンはシンシアの撮影が終わってからにしようって決めたし。時間はある」
「そうだなぁ……」
 C市には仕事モードで来ていて観光だなんて発想はしていなかったから、定光は少し返事に臆した。その代わりにと言ってはなんだが、なぜか滝川がゴクリと口の中身を飲み込み、返事をする。
「今日俺達忙しいぜ」
 定光は顔を顰めて、隣の滝川を見遣る。
「は? なんか予定あったっけ?」
 思わず日本語でそう訊いた定光を置き去りにして、滝川は英語でこう捲し立てる。
「今日はミツと一日中セックスするつもりだから、出かけるのはムリ」
「!!」
 あまりの爆弾発言に定光は目をまん丸にして絶句した。一方ショーンは一拍置いた後、大爆笑する。
「本当に仲直りできたんだね、君達。いやぁ、よかったよかった」
 正気に戻った定光は、滝川の胸倉を掴んで、日本語で怒鳴った。
「ちょ! お前! 何言ってんだよ?!」
 滝川はいたって普通の表情で、スープをズズズズズと啜りながら、「昨夜不発に終わったから、埋め合わせしようかと思って」と答える。
「ヤリたくねぇのかよ?」
 そう訊かれ、定光は滝川の胸倉を掴んだまま、むぐぐぐぐと唸ってしまった。
 正直、しばらくスキンシップから遠のいていた上に、確かに昨夜は最後までできなかったから、定光も悶々としているのは否定できない。
 滝川に痛いところを突かれた定光がその場で固まったままでいると、ショーンは二人が日本語で会話していたにもかかわらず、大体の状況は理解できたらしい。
 ショーンは頬杖をついてニヤニヤとすると、「今日はスタジオビルには近づかないようにしておくよ。セックスローションが足りなくなったら内線かけて。在庫はあるから」と言ったのだった。


 朝食を食べ終え、二人して部屋に戻ると、ソファーに腰を下ろして一服する滝川を定光は気まずい思いで見つめた。
「なんだよ?」
 滝川が不機嫌そうな声を上げる。
「なんでそんなツラしてんだ?」
 定光はため息を吐く。
「人様にセックスするだなんて宣言なんかするなよ」
「人様って……ショーンは友達だろ?」
「友達にだって普通そんなことは言わないものなんだよ。恥ずかしいだろ?」
「別に。なんも」
 定光はカーペットの上にガックリと膝をついた。
  ── そもそも滝川に対して常識を求める方が間違っているのか……。
 滝川は少し微笑みを浮かべ、やっと小憎たらしい表情を収めると、タバコの灰を手にした灰皿の上で器用に弾きながら、口を開いた。
「まぁ、一日中ってのは大げさに盛ったけどよ。俺だってお前の肌が恋しいって真剣に思ってんだぜ?」
 定光はその場にペタンと座り込み、滝川を見つめる。
 滝川は一回唇を噛み締めた後、タバコを指に挟んだ手の付け根で目頭をグリグリと擦った。
「お前も俺の肌が恋しいって思ってくれてると、俺は嬉しい」
 そう言われ、滝川から少し視線を外した定光は、苦笑いをした。
 時折滝川は、親に置いてかれる子どものように、焦った口調で可愛げのあることを口にすることがある。こういうのが、滝川に気のある人物からすると、たまらない気持ちにさせられるのだろう。きっと滝川の周囲を彩っていた女性達もそう感じていたに違いない。なぜなら、定光もそう感じるのだから。
 定光はズルズルと這いずって滝川の足元まで近づくと、徐に滝川のジーンズのボタンに手を伸ばした。

 

この手を離さない act.53 end.

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編集後記


先週は一週お休みをいただきました。
実は、会社の業績祈願をするために「大麻比古神社」と「金毘羅さん」に行ってました。

大麻比古神社は、徳島県鳴門市にある「徳島の一の神様」です。
龍神の赤ちゃんの気が満ちた神社だそうで、境内の真ん中には巨大なクスノキのご神木があります。
生まれたばかりの神様の初々しさをそのまま表しているような、凄く清々しい空気感の神社で、とても気持ちのいい風が吹いてくる境内です。
ここは、祈願の内容を小さな紙片に書いて袋に入れておくスタイルのお守りがあります。
昨年度、初めて大麻比古神社を訪れて、見事願い事が結願しましたので、お礼と新たなお願いをするためにお参りに行ってました。
ちなみに、去年一緒に行ったメンバーのうち結願したのは4人中3人。
結構な確率じゃないかと思われます(笑)。

ただ、この「おわさはん」(国沢は「おおあささん」と呼んでますが)、なにせ生まれたばかりの赤ちゃんのような「純粋な気」のため、新しいことにチャレンジする時にお願いするには最適なんだそうですが、純粋なだけにいい方にも悪い方にも転ぶ危険性があるらしく、悪い方に転ばないように見守ってくれる役目を果たすのが、「金毘羅さん」なんだそう。

「金毘羅さん」については、四国外の方でも聞いたことがあるでのはないかと思ったりもします。
「金毘羅歌舞伎」で有名なところですね。香川県にあります。
売られているお守りがまっ黄色だし、参道にはおみやげ屋さんもいっぱいあって、結構「商売の神様」チックなイメージがある神社ですが、本来は「海の神様」(海運の神様)だそうです。
より観光地化しているのは金毘羅さんなので、お店を見ながらの参拝も楽しいのですが、ここの神社の一番の難点が、「著しい長さの階段があること」。
マジ、ハンパないです。
とりあえず、基本のお参りに辿り着くまでに785段の階段を登らねばなりません。
奥の院までいれると、1368段にもなります。
普段から慢性の運動不足で体力のない国沢は、本宮殿までの785段だけでも死ぬ思いです。
一段の段差もそれなりに高く急なので、はっきりいって苦行です。
昨年も今年も、もれなく貧血を起こしつつ、上まであがりました(大汗)。
一段登る度に血が下に下がっていくのがわかるんだよねwww
その結果、全身冷や汗をかきつつ、耳たぶは凍る勢いで冷たくなっていきます(笑)。
まぁ、倒れるまではいきませんけど・・・。
自分より随分年上の人生の先輩達の中でもひょいひょい登っていく人もいますので、そんな人を横目で見ながら、自分の筋力のなさに情けなさを感じつつの参拝です。
それだけに、ご利益ありそうだけどwww
大麻さんと金毘羅さんは、県は違えどもそんなに離れていないので一気に参拝してしまうのが吉だと思います。
パワースポットめぐりがお好きな方は、ぜひどうぞ。しんどいけどwww

それではまた。

2017.6.4.

[国沢]

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