irregular a.o.ロゴ

この手を離さない title

act.72

 砂漠のオレンジ色に見える砂丘の中に突如あらわれた白い大地の奇怪で神秘的な風景の中での撮影は気温との戦いで、特に昔の紳士が着る厚手の服を身にまとったショーンは一番厳しい状況だといえたが、そこはプロというか、それとも元々がそういう体質なのか、ショーンは顔に汗をかかず(本人曰く、首から下がヤバイと言っていたが)、スタイリストが用意してくれた真紅やロイヤルブルーのサテン布の小道具も効いて、とても印象的な写真が撮れた。
 とはいってもやはりシンシアとは違うカメラマンでの撮影で、そのせいか定光のダメ出しが複数回あった。
 今回のカメラマンも腕が悪いわけではなかったが、シンシアほど光の調子や周囲の環境のセッティングにこだわりを見せるタイプではない。
 シンシアは、最初から定光の好みの写真をズバリ撮ってくれていたから、スカイ島での撮影は時間が余るほど余裕があったが、今回はそうではなかった。
 それでも、スタッフ全員で知恵を絞って、時間がかかってもいい写真を撮ることができたので、返ってスタッフ間の絆は強まったような気がする。
 皆、同じように汗だくになって一つの目標に向かって力を尽くすことは、よい充実感を生み出す。
 サラから開放された滝川は、自分の担当する映像を撮る傍ら、定光の撮影がうまくいかない時には、実に鋭くて的確なアドバイスをしてくれた。
 それに言葉がなにかと不自由な定光の代わりに定光の意を完璧に汲み取って、スタッフ達に英訳する役目も果たしてくれた。
 それまでは、単なる”変わり者”という認識だけに終わっていた滝川への見方も、デスフレイの撮影がきっかけで次第に変化した。ようは、「こいつは変人だけど、クリエイティビティのセンスは、ピカイチだ」と理解してくれたようだ。


 次の撮影地は同じアフリカ大陸のエチオピアだった。
 丁度大陸を横断する形での移動となった。
 目指すは、世界一標高の低いといわれるエルタ・アレ火山だ。
 赤く燃える灼熱のマグマのすぐ側まで見に行くことができる。
 日本ならそんなところがあれば即刻立入禁止だが、さすがアフリカはそこら辺がダイナミックに大雑把だ。
 ただし、火山のある国境付近は何かと危険なため護衛の兵士をつけなくてはならず、撮影の許諾の念押しも合わせて、首都のアディス・アベバで一日足止めとなった。
 アディス・アベバは首都ということもあって、予想以上に近代的なビルディングが立ち並んでいる。治安も首都は比較的いいらしい。
 観光シーズンとしては些か早いタイミングで、雨季の蒸し暑さの名残が残る気候だったが、耐えられないほどではない。
 丁度オフシーズンの最期の時期ともあって、観光客の邪魔にならない形での撮影が比較的楽にできそうだった。
 無事に許諾関係の話がつき、夕方にはエルタ・アレへのオプションツアー会社があるメケレに飛行機で移動した。
 ここで兵士の手配とガイドを調達する。
 このへんの交渉事は、定光と村上が行った。
 村上は、相変わらず関西人のノリでコミュニケーションを取り、少し強引な条件もグイグイ通して行った。
 定光も、村上が海外でこんなに度胸があるとは思ってもみなかった。いや、海外というより、アフリカの空気があっているのかもしれない。
 翌日から、車でエルタ・アレを目指すことになった。
 ナミブの時とは違い、車窓からは低い木が生えた山脈地帯や岩山等、様々な景色が移ろっていった。
 火山が近づくに連れ、砂の上に真っ黒い溶岩石が点在しているという不思議な光景に変わっていき、遠く向こうでは小さな砂の竜巻が渦巻いていた。
 まっ平らな砂漠を抜け、やがて荒れ地に出た。
 そこがエルタ・アレの麓のベースキャンプだった。
 エルタ・アレには夕方出発するということで、ガイドが用意してくれた食事を取り、銘々が機材の準備や打ち合わせを行った。
 今回は特に夜間の撮影になるので、ショーンだけを照らす強力なライトのセットが曲者で、なかなかの重量があった。
 火口までは車が入れないため、急遽ラクダを手配することになった。
 しかしショーンは、逆にそれが楽しくて仕方がなかったらしい。
 ラクダの姿を始めてみて、随分はしゃいでいた。
 そして夕方から、ベースキャンプを出発する。
 その日は河口近くの村に野宿することになるので、人数分の寝袋とテントを持参しなければならない。
 まるでその様子は登山そのもので、まさかミュージシャンのアルバム・ジャケットの写真を撮りに行く一団だとは現地の人も想像もしないだろう。
 途中休憩を挟みながら、火口近くの村に到着した。
 ここで撮影に必要のない荷物はすべて置いて、荷物番の村上以外は火口を目指した。
 周囲は既に暗闇に包まれていて、村の向こうに赤くぼんやりした光が見えた。火口は村から歩いてほんの五分程度のところにある。日本では考えられない。
 小高い丘を越えると、いきなり真っ赤に光る火口が現れた。
 現地のオプションツアーは、定光達ご一行で人数がすべて埋まってしまっていたため、他の観光客の姿は皆無だった。
 ゴーッという熱風の轟音を聞きながら、撮影の準備をする。
 デスフレイの経験が活かされて、投光機の明かりの中でも皆迅速に準備を整えた。
 皆がセッティングを急いでいる最中、定光はふと滝川を見た。
 滝川はひとり、火口の一番側でうねるように動く赤いマグマを眺めていた。
 その横顔は恐ろしいほど、マグマの動きに囚われているように見え、定光は一瞬どきりとした。
 まるでそのまま火口に飛び込みそうな気配が合ったからだ。
 定光は慌てて滝川の側まで行くと、腕を掴んだ。
 滝川が目を覚ましたかのように瞬きを数回して、定光の方を見た。
「ん?」
 ぼんやりした返事に、定光は「近づきすぎだ」と声をかけた。
「30分に一度、マグマが吹き出すらしい」
「ああ・・・」
 滝川は気のない返事をして、定光と共に火口から少し距離を取った。
 ドローンは火口上空を飛ばすことはできないので、滝川は周囲から距離を取って撮影することになる。
 滝川は、ふいにスイッチが入ったように、自分の撮影の準備を始めた。


 結論を言えば、撮影はデスフレイの時より順調に終わった。
 それでも時間が少しかかったのは、マグマが吹き出すタイミングで撮影を二回ほど行ったので、マグマが吹き出すのを待つ時間が長かったためだ。
 それ以外は、熱風が吹き付けてくる中でも首尾よく撮影ができた。
 ショーンを照明で照らしたバージョンとマグマの明かりだけでのバージョンと様々なシチュエーションで撮影ができた。
 ここまで来る道筋が困難だったが迫力のある写真が撮影できて、近郊の村に帰ってからの打ち上げは、誰もが充実感に満たされていた。
 撮影旅行はこれで一旦終了となるため、皆、名残惜しそうに今回の旅での思い出を語り合った。
 次は約一ヶ月後に、南米南端での撮影となるが、それに参加できないスタッフもいたので、中には涙を見せるスタッフもいた。
「こんなに思い出深いアルバム作りは、これまでもなかったし、これからもないと思う」
 ショーンは、ワインを片手にそう熱く語った。
「地球上の素晴らしい営みが見られたし、これまで経験したことがないことばっかりで、本当にミツには感謝してる。ありがとう」
 ショーンがワインの入ったコップを定光に向かって翳すと、軽く拍手が起こった。
 定光は顔を赤らめ、「いや、僕のしたことなんて、撮影場所を企画しただけだよ」と言った。
「そのアイデアが凄いんじゃないか」
 ショーンがそう言って笑う。
「ミツが今回の企画を出さなけりゃ、僕は一生デスフレイもエルタ・アレも来ることはなかったよ。でも来てみて、本当に感動したんだ。この経験は絶対に曲作りにいい影響を与えてくれる。それに・・・」
 ショーンはスタッフ一人ひとりの顔を見つめると、最後に定光を見て、こう言った。
「この個性バラバラなメンバーをひとつにまとめていてくれたのは、ミツ、君だよ。君はアートディレクターでもあり、同時に皆の調整役や場の雰囲気づくりもすべて行ってくれていた。君がいなければ、この仕事はこんなにもうまくできていなかったよ」
 定光はそう言われ、「いや・・・」と萎縮した。
 自分は、言葉があまり流暢でないし、自分がこうなった方がいいと思う方向にいくように行動をしていただけだ。
 そんな大仰なことは何一つしていない。
 定光がそう繰り返すと、「なんでもかんでも遠慮するのは、ミツの悪い癖だ」とショーン以外の他のスタッフからそう指摘された。ショーンも頷いている。
「アラタのように、ふんぞり返ってるぐらいが丁度いいんだ、ミツは」
 誰かがそう言って、その場に笑いが起きた。
 定光が隣の滝川の姿に目をやると、確かに滝川は腕組みをして、偉そうにふんぞり返っていた。
「まったく、本当に対照的な二人ね」
 女性スタッフから、再び笑いが起こる。
「あなたの仕事ぶりは、ラクロワにも報告しておくわ。きっと彼女も、できあがってきた写真を見て、満足するはずよ」
 定光は、自分の仕事をこうしてスタッフ全員に評価されたのが嬉しかった。
 日本では、割と日陰に隠れた仕事をすることが多いので、こういう機会は貴重だった。
「ありがとう。全員が実力のあるスタッフの皆さんから、最高の評価をもらって、こんなに嬉しいことはありません。僕にも、この仕事は一生忘れられない仕事になると思います」
 定光がそう言うと、再び温かい拍手が沸き起こった。


 その後少し仮眠を取って、スタッフ皆で火口越しの朝日を観に行くことにした。
 今回こそは仕事抜きで、銘々が好きなようにして朝日が登るまでの時間を過ごした。
 特に村上は、荷物の見張り番を交代してもらって初めて火口を見る形となったので、一人異様なテンションで叫んでいた。
 だがやがて、誰ともなく「皆で記念に写真を撮ろう」と声が上がって、結局は火口と朝日をバックに皆で集合写真を撮った。
 紫から朱色に変化していく空とゆらゆらと立ち昇る蜃気楼のような熱気に歪んだ太陽が印象的な、よい集合写真が撮れた。
 滝川もまた、持参したカメラで様々な景色を撮影していた。
 特にマグマは随分魅せられたようで、熱心に撮影していた。
 定光は、滝川に近づいて声をかけた。
「ありがとう、新」
「ん?」
 滝川が、カメラから顔を上げる。
 定光はもう一度「ありがとう」と伝えた。
「なんで?」
 滝川が怪訝そうにそう訊くので、定光は「お前がいなかったら、最後までできてなかったよ、この撮影旅行は」と答えた。
「俺様の助言あってこその写真の出来だからな」
 滝川がいつものように尊大にそう言ったのが、むしろ定光には心地よかった。
「ああ、その通りだよ」
 定光はそう言って笑う。
 そこを滝川がパチリとシャッターを切ったのだった。

 

この手を離さない act.72 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記


台風じゃーーー!!!
二週連続。

今この時、台風が通過しております。
でも、前の台風より大丈夫かな?
前回のは風がすごくて、近所の土手にある大木がボッキリいきました(汗)。
久々の強烈風台風でした。
皆さんの地域は、大丈夫だったでしょうか?

さて、一方「おてて」は、まるでハネムーンが今週も進行中でございます(笑)。
仕事なんだか、ハネムーンなんだかwww
あ、でも、周囲に人がいすぎて、「初夜」はお預けっぱなしだから、やっぱハネムーンじゃないか(笑)。

ちなみに前半にでてきた撮影場所は、ナミブ砂漠の「デスフレイ」。


映画「セル」でも度々登場してきた、神秘的な風景の場所です。
元はオアシスだったらしく、それが干上がってしまって、今のような姿になったのだそう。

そして後半に出てきたのは、エルタ・アレ。
エチオピアにあります。
世界一低い位置にある活火山で、火口まで比較的容易に行くことができるのだとか。


こちらも大変幻想的な絶景ですね。
活火山なので、当然時々噴火が起こり、闇夜にパッとマグマが飛び散るらしいです。


美しくて吸い寄せられそうだけど、近づきすぎるのはやはり危険ですね。
でもそれだからこそ、魅力的なのかもしれません。
それではまた。

2017.10.29.

[国沢]

NEXT NOVEL MENU webclap

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.