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お正月スペシャル2

<side-SHINO>

 大晦日は、ほんのりと香る豆の煮える匂いで目が覚めた。
 昨日引っ越し作業がようやく終わり、その上、俺が今日引っ越しのお披露目を年越しついでにやってしまおうと言ってしまったものだから、その準備に追われて、目が覚めたのは朝とお昼の間の中途半端な時間だった。
 昨日は、不足している食材の買い出しから帰ってきた後、ホームパーティーをするには大皿やグラスなんかが全然足りないことに気付き、千春と葵さん共通の友人のフードコーディネーター宅から、急遽撮影で使っている食器類や椅子、小さなテーブルなんかを借りてくることになって、二人でまた引っ越しさながらの荷物を部屋に運び込む羽目とはってしまった。
 まぁ、言い出しっぺは俺だから、俺が文句を言う立場じゃないけど。
 結局夕べは、一日中肉体労働をしていたみたいなものだから、二人でベッドに入ると途端に爆睡してしまった。
 引っ越しして初めての夜だというのに、新しいベッドの使用感なんて浸る間もなく、二人とも泥のように眠ってしまった。
 俺が目を覚ますと、部屋の中の空気がどことなく湿気を帯びていて、ほっこり暖かかった。
 ごろりと身体を反転させ隣に目をやると、やっぱりそこに千春はおらず。
 寝室の外からカタカタと作業をする音が聞こえてきていた。
 きっともう、料理の仕込みを始めてるんだ。
 俺は、えいやっとベッドから起き上がって、そのままキッチンへと向かった。
 寝室を出ると、一気に視界が広がる。
 なぜなら、壁とドアに阻まれているのは、玄関前の長い廊下と寝室、トイレや浴室関係のみで、後はキッチンからリビングダイニングまで一続きに繋がっているからだ。
 しかも千春は片付けが上手なので、雑多に見えるものは綺麗に隠し、見えてもいいようなものはそれぞれの物にちゃんと置き場を構えているので、随分すっきりして見える。まったく、俺が住んでいた部屋とは大違いだ。昨日は千春に、「使ったものは、ちゃんと元の位置に戻してね」と鋭い視線で釘を刺された。ま・・・、努力はするけどさ。俺にそれができるか、正直自信はない。無意識でしちまうことだし。
「おはよ。ごめん、寝坊して・・・」
 キッチンに立つ千春に声をかけると、さっぱりとした表情の千春が振り返った。
「あ、おはよ、シノさん」
 機嫌はよさそうだ。
 千春は、大きな肉のかたまりを糸で羽交い締めにしてるところだった。
 こうして料理をしている千春をたまに見ると、千春は多分料理するのが結構好きなんだなって思う。
 千春自身はそんなことを口には出さないが、料理をしている時の千春の表情は凄く集中している顔つきをしていて、料理を作り終わった後はスッキリとしている。俺に対する当たりも柔らかくなるから、きっとストレス解消になっているんじゃないかなって思う。
 食わしてもらっている俺がそんなこと言ってちゃ、怒られそうだけど・・・。
「これ、なに作ってんの?」
 千春の横に立って覗き込むと、千春は「ローストビーフ」と答えた。
「え? ローストビーフって、家で作れるものなの?」
「家で作らなくて、どこで作るって言うんです?」
「いや、レストランとかデパ地下とかお肉屋さんとかで買ってくるものとばかり・・・」
「それじゃ予算オーバーしちゃいますから。買うと高いんですよ、ローストビーフは。それに新しいオーブンも入れたし、時間さえあればできるものですから」
 相変わらず、堅実なお答え。
 千春は、金を使うところは躊躇わず大胆な使い方をするけど、日々の生活に関わるお金に関しては、相当シビアだ。今回の引っ越し関係で出た不要なものは極力リサイクルに出して、それでもダメなものだけ捨てに行った。
 千春はそれを祖母のせいだと言うけれど、多分性分だよね、これは。
 ホント、いい奥さんだなって思う。 ── 男だけど。
 夕べは、歯磨き粉の出し方で怒られた。
 俺が何に気なしにチューブの真ん中を握って歯磨き粉を出してたら、「後ろから押し出してくださいよ!」と注意された。
 千春は、「シノさん、本当にA型なの?」ってよく呟いてる。
 確かに仰る通り、俺ってかなり大雑把だけどさ。
 キッチンとリビングの合間に置いてある石油ストーブに目をやると、ストーブの上に赤い大きな鍋がのっかっていた。
 重い蓋を開け覗き込むと、中にもうひとつ蓋が出てきた。
「千春? これ、なに?」
「ああ、黒豆ですよ。シノさん、中蓋取らないでね。空気に触れると、皺が寄るから」
 そう言われ、俺は慌てて蓋を閉めた。
 その様子を見て、千春がクスクス笑う。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。流石に僕もおせち料理はまだ作れないから、せめて黒豆ぐらいはね。黒豆は、正月に限らず祖母がよく煮てたんで」
「そうなんだ」
 へぇ~と俺が言うと、千春は肉に塩と黒コショウを擦り込みながら「こんなことなら、真面目に祖母からおせち料理を習っておくんだった」と呟いた。
「僕もこんなに料理をする生活を送る事になるなんて思ってなかったからな・・・」
 千春はそう言いながら手を洗い、今度は多量の野菜をざく切りしていく。
「シノさん、早く顔洗って髪の毛整えてきたら? 今日も凄く爆発しちゃってるよ」
 えっ!と俺は思いつつ頭に手をやると、確かにあちらこちらの髪が立っていた。
 髪の毛が少し伸びてきて、美住さんにかけてもらったパーマが緩くなってきてるんだと思う。
 年明けにはデフォルトに行かなきゃな。
「シノさん、朝の支度が済んだら、リビングのセッティング、お願いしますね」
「わかった」
 俺は身支度を終えると、キッチンに立つ千春の指示を受けながら、パーティーの用意を進めた。
 ダイニングテーブルを部屋の真ん中に置き、白の細長いテーブルクロス(?)の上に深紅のクロスを重ねて敷き、片隅に借りてきたグラス類や小皿を置いた。いくつかの小さなキャンドルを赤いガラスの小さな器に入れる。
 酒に関しては社長が「俺に任せておけ」と言っていたらしいので、期待してる。
 昨日、買い物中になぜか俺の電話に千春宛に電話がかかってきていて、何やら随分と話し込んでいた。
 後で訊くと、料理に合わせた酒を持って行きたいからと、千春に確認の電話がかかってきたらしい。なんだか意外に千春と社長って、ウマが合うのかな。
 そこで一旦お昼休憩の声がかかって、その日のお昼ご飯は、ご飯に半熟の目玉焼きとウィンナーをのっけて塩と粗挽きの黒こしょうに醤油を少しだけ垂らした丼が出た。
 「手抜きでごめん」って言われたけど、俺、こういうご飯も好きだ。そのことを伝えると、千春はテレくさそうに笑った。
 その後俺は、お昼の食器の片付けや洗濯をしたり、テーブルに飾る花を買いに行ったりしながら過ごした。
 その間にも料理は続々とできてきて、俺はいつかの日の朝のテーブルの様子を思い出した。
 あの日千春は、何を考えていたかよくわからないが、日が昇ると同時に目を覚まして、もくもくと料理を作ってたんだよな。
 今じゃいい思い出だ。


 約束の時間となる七時頃には、テーブルクロス ── 後で訊くと、テーブルランナーって教えられた ── の上に、大皿料理が並んだ。
 ローストビーフに白菜と水菜のシュリンプサラダ、アクアパッツァ、ミックスビーンズと粗挽きウィンナーのトマトスープ、サーモンのマリネ、リンゴのタルト、それに黒豆。あとは、千春がいつも作り置きしている常備菜のカブの甘酢漬けやキンピラ、インゲンのしょうが醤油漬けなんかを小さな器に盛った。他の前菜メニューは、昨日デパ地下で購入したものをお皿に盛り直した。
「あとはパスタを作るけど、それはみんなが来てから仕上げます」
 千春がふぅと大きく息をつき、コーヒーで一休みしていたところに葵さんが来た。
「わぁ、凄い!!」
 食べる事が好きな葵さんは、真っ先にダイニングテーブルの上の料理を見て歓声を上げた。
「なんか温かい! これ、ひょっとして成澤君、作ったの?」
「ああ、そっちの大皿ものはそうです。でも全部じゃないですよ。デパ地下のも混ざってます」
「え~、凄い! 前から思ってたけど、器用ねぇ」
「どれも仕込んでからオーブンにかけっぱなしとか、コンロにかけっぱなしとか、和えるだけ、漬けるだけ、みたいなものばかりですよ。全然おせち料理とかじゃないですし」
「あ、でも黒豆あるじゃない」
「しいていえば、それだけおせちですね」
「ごくろう、ごくろう」
 葵さんはダイニングチェアーに座っている千春の後ろに回り込むと、千春の肩を揉んだ。
「あ、シノ君、チーズと天然酵母のパン買ってきたから、カットしてもらっていい?」
 葵さんにそう言われ、大きな紙袋を指差された。
 中を開けてみると、素朴な色のパンと見た事もない種類のチーズの固まり、それにジャムが二瓶入っていた。ええと、ジャムの種類はミックスベリーにイチジク。美味そうだ。
「わっ、こんなにたくさん!」
 俺が思わずそう呟くと、千春が「え? ちょっとこっちに袋ごと持ってきて」と言われた。
 俺が千春の元に紙袋を持って行くと、千春も中を覗き込んで目を丸くした。
「こんなに? これ随分高かったんじゃないの?」
「え、これ、そんなに高いパンなの?」
 俺がそう訊くと、千春は頷いた。葵さんは顔をしかめる。
「何言ってるの! そこのテーブルに鎮座してる固まり肉よりは随分かわいらしい金額よ。シノ君、切る事ぐらいできるわよね。私と一緒に切りましょう」
「ああ、それなら僕がカットしますよ」
「成澤君はいいのよ、休んでて」
 ということで、俺は葵さんと一緒にパンとチーズを切る作業を始めた。
 その間にコーヒーを飲み終えた千春が、ダイニングテーブルの側にコーヒーテーブルを移動させ、そこにオーブントースターをキッチンから移動させてきておいた。
 そうこうしていたら、田中さん夫妻と田中さんと仲良しの女子3人組がやってきて、その次にデフォルトの面目が到着した。
 皆、千春の作った料理に歓声を上げ、目を丸くしていた。
 そこに、「遅くなってすまん」と社長が手島さんを引き連れてやってきた。
 クーラーボックスには、明らかに我が社の倉庫にあったと思しき、ハイクラスのワインや蒸留酒が入っていた。
「わぁ!本物のシャンパンよ!」
 そう黄色い声を上げたのは美住さんだった。
 スタッフの上田君が「シャンパンに偽物なんてあるんですか?」なんて質問をしている。
 美住さんは、上田君をどつきながら、「アンタ、そんじょそこらのスパークリングワインも全部シャンパンって思ってるんじゃないでしょうね?」と言った。
「こんなにお酒の専門家が集まってるのに、恥ずかしいじゃないの!」
 社長は、赤いモヒカン髭面のおじさんがオネェ言葉を発しているのに、ちょっと面食らっているようだった。
 聡子ちゃんに訊くところ、最近美住さんは、オネェキャラであることをあまり隠さなくなってきているらしい。
 お酒が到着したところで、そのシャンパンで乾杯ということになった。
 その後は、皆で料理に群がることになったのだが、全員が千春の料理を美味しいと言って、本気食いしていた。
 社長の奥さんは、ローストビーフを一口食べて「まぁ、おいしいわ。ジューシーで」と驚いた顔をし、千春を片隅に連れて行って、レシピと手順を紙に書いてほしいとお願いしているほどだった。
「お前、こんな手料理、いつも食ってんのか!!」
 俺はと言えば、手島さんにそう言われながらどつかれて、折角のシャンパンを零してしまう。
「ちょっ、手島さん、勘弁してくださいよ」
「あ~、俺も早く結婚してぇ~」
 手島さんは、俺の事なんか気にする様子もなく、叫んでいた。


 デザートとコーヒーが皆に行き渡る頃には段々と落ち着いてきて、俺は田中さんと初めて会う田中さんのご主人とソファーで話し込んだ。
「法医学者なんですか?」
「ええ、そうです」
 今まで俺の住む世界には全く縁のない職種を聞いて、俺は目を丸くした。
 田中さんのご主人は、背は俺ほどではないが、すらっとした日本風の美男子だった。
 なんか、粋な感じというか知的な感じというか。
 千春とは違った、クールさを感じさせる人だ。
「それはまた、専門的なお仕事ですね・・・」
「まぁ、そうですね」
 俺は田中さんと旦那さんを代わる代わる見た。
「 ── で、接点はどこに? だって、俺達の仕事とまるで畑が違うじゃないか」
 田中さんは、ふふふと笑った。
「知り合ったのは立ち飲み屋だったんです。この人が悪酔いしてて、お酒を床に零したりしてたから、私が怒ったの」
「へぇ」
 俺はもう一度旦那さんを見た。
 悪酔いして、クダを巻くような人には見えない。
「何かあったんですか?」
「いや、お恥ずかしい。両親が僕に黙って無理矢理セッティングした見合いの場に騙されて連れて行かれて、それで腹が立ってたんです。僕もまさか、10も違う小娘に酒の飲み方を叱られるとは思ってもみませんでした」
「10?!」
 俺はビックリして、思わず大きな声を出してしまった。
「そんなに年が離れてるんですか?」
「ええ、そうなの。年の差婚なんですよ」
 そんな風には見えない。
 確かに旦那さん落ち着いてるけど、俺とそう変わらないか、年上でも二つ三つぐらいに思っていたからだ。
「いい大人なのに、だらしない!って言われて。初対面なのに大げんか」
「で、二人して店を追い出されたの」               
「その後、なんだか決まりが悪くなって、二人でラーメン食べに行って、名刺交換したって流れですかね」
「この人、実家は開業医のお坊ちゃんなんだけど、家族の反対を押し切って、全然儲からない法医学者になっちゃった人で、実家と折り合いが悪いの。その話を聞いてたら、なんだか同情しちゃって」
 二人して、テレくさそうにアハハと笑った。
 その表情を浮かべる様がどことなく似ていて、年の差はあるけど雰囲気が一緒だった。
 いわゆる、似た者夫婦っていうのかな。
 年の差はあるけど、とても似合っていた。
 俺もいつか千春とそんな風になれるといいな。
 姿形は違うけど、雰囲気は似てるねっていうようになればいい。
 そうなれば、素敵だと俺は思った。

<side-CHIHARU>

 「人は見かけに寄らないな。君がこんなに料理が得意とは」
「本当に。主人が作家の澤清順先生の家に行くぞなんて言い出すものだから半信半疑で来たけれど、まさかこんな素敵な手料理でもてなしていただけるなんて、意外だったわ」
 加寿宮夫妻に手放しに褒められ、僕は苦笑いした。
「そこまで褒めていただかなくても・・・。人間、食べて行かねばならないのですから、どうせ食べるなら少しでも美味いものをリーズナブルに食べたいってことですよ。卑しいだけです」
「何を言っているんだ。そういうのが大切なんじゃないか。褒められたら、素直に喜べばいい」
 そんな風に加寿宮社長と話していたら、葵さんの姿が見えない事に気がついた。
「あれ? 葵さん、どこにいったんだろう・・・。失礼します」
 僕は中座して、葵さんを探した。
 葵さんは、キッチンから奥にある洗面スペースにいた。
 しゃがんで洗濯機を眺めている。
「葵さん。気になるんですか、洗濯機」
「ああ、ごめん、アタシったら」
 葵さんは立ち上がってテレくさそうに笑った。
「今度買い替えようと思ってたとこなの。ドラム式って使いやすい?」
「いや、これはルックス重視で買ってしまったものなので、使いやすさを追求するならもっといいものがあるでしょうね」
「ふ~ん」
「よければ、部屋、案内しましょうか?」
 僕がそう言うと、葵さんは目を輝かせた。
「いいの?」
「ええ。別に隠すものはありませんし」
 僕はバスルームやキッチン、クローゼット等を案内した。
「で、二人の愛の巣がここってわけ?」
 寝室のドアを軽くノックしながら葵さんが訊く。
「愛の巣って・・・。ま、確かに寝室ですけどね」
 葵さんがキラキラした目で僕を見上げる。
「 ── 見たいんですか?」
 葵さんは露骨に頷いた。
「別にどうという事のない寝室ですよ」
 引き戸になっているドアを開けると、葵さんは「わぁ、寝室におっきな本棚がある! それに洗面台も」と歓声を上げた。
「本棚はリビングにあると雑多な感じになるんで、あえて寝室に持ってきたんです。眠る前に読書することも多いし、都合がいいんですよ」
「この小さな洗面台もオシャレね。寝室にあるなんて珍しい。どうして?」
 そう言いながら振り返る葵さんに、僕は顔を顰めた。
「野暮な質問はしないでくださいよ」
「 ── え、あ、失礼いたしました・・・」
 葵さんが顔を赤らめる。
 ヤダな、きっと想像したんだろう。
 葵さんはバツが悪そうに本棚の前に移動すると、本のタイトルを眺めた。
「やっぱり、いろんなジャンルの本を読んでるわねぇ。ドキュメンタリー物も多い」
「そこら辺は仕事関連ですね」
「アート系の本も結構多い・・・。この洋書、素敵ね」
「ええ。古本屋で見つけました。見たかったらお貸ししますよ」
「え?! 本当? この色使い、衣装の参考にしようかしら・・・。こっちは、小出さんが成澤君を撮った時の写真集でしょ。私もこれ、持ってる・・・・。ん? あれ?」
 葵さんは、本棚の一番端っこに並べられてる背表紙にタイトルのない本に手をかけた。
  ── あっ、それ、マズい!!
 僕がそう思った時は既に葵さんはそのアルバム仕様の本をガバッと開いていた。
「ヤダ! これ、シノ君?」
 あちゃぁ・・・。
「葵さん、手が早い・・・」
「あら、見られたくないものだった?」
 僕が右手の指で眉間を抑えつつ、数回頷いた。
「なんでよ。とってもキレイじゃない。凄く自然な表情のものもあるし、こっちの写真なんてまるっきりモデルみたいよ。とても美しいわ。シノ君って、やっぱりこう見ると凄くハンサムよねぇ、あなたとは全く違うタイプだけど。 ── でもこれ、どうやって撮影したの? 小出さんよね? 撮影したの」
 僕は、小出さんに写真集を出す取引をして、個人的にシノさんの写真を撮影したことを説明した。
「そうなの・・・。この写真も素敵ね。これもいっそ写真集として発売しちゃえばいいのに」
「葵さん、いくらなんでもそれは。シノさん、一般人ですし」
 僕がそう言うと、葵さんはペロッと舌を出した。
「そうよね。こんな写真集が世に出ちゃったら、シノ君、ただではおれなくなるわね。前に写真週刊誌にすっぱ抜かれた時も大変だったものね」
 葵さんは一向にアルバムを手放す様子はなく、どんどんページを捲って行くので、僕は慌ててそれを取り上げようとした。だが身のこなしがネコのような葵さんに、すいっと交わされてしまう。
「なぁに? 往生際が悪いわね」
「葵さん、もういいでしょ? 返してください」
「えぇ? 最後まで見たっていいでしょ?」
「いや、そっから先は何かと悪い・・・」
 そう言っている側から、葵さんはページを捲ってしまった。
 シノさんのヌードのページ。
 しかも、その先は僕との絡みもあって・・・。
 絶対に茶化されると思って、僕はタハハと顔を覆った。
 だが葵さんは予想に反して急に大人しくなると、そっとベッドに腰掛けてしまった。
「ん? どうしたの葵さん」
 葵さんはしばらく俯いたまま、「うん」と籠った声で返事を返すのみで、膝の上にアルバムを開いた状態で固まってしまっていた。
 そこは丁度僕がシノさんを後ろから抱きすくめている写真だった。写真は上半身しか写ってないが、もちろん二人とも生まれたままの姿で。
 ゲイの絡みなんか見ちゃって、気分でも悪くなったのかな?
 葵さん、そういうのには耐性がありそうなのに・・・。
「葵さん?  ── 気分、悪いの?」
 葵さんは無言で首を横に振る。
 いつも明朗闊達な彼女の見た事もない様子に、僕は焦ってしまった。
「葵さん?」
 僕は両膝をついて葵さんの顔を覗き込むと、葵さんが涙していることに気がついた。
「え?! 泣いてるの?」
「ちょっと、大きな声出さないでよっ」
 葵さんがグズグズと鼻を鳴らしながら、声を荒げる。
「感動に浸ってるんだからっ」
 葵さんの言葉に、僕はハッと鼻で笑ってしまった。
「感動? ただのゲイカップルの絡み写真ですよ?」
 僕がそう言ったら、葵さんに軽く蹴りをかまされた。
「もうっ! 本当に天の邪鬼なんだから! これをちゃんと見なさい!」
  ── いや、僕はもうそれ何度も見てますけどね。
 僕がそう答えると、葵さんは「成澤千春の目は節穴か!」と返された。
「ここには、本物の純粋な愛の姿が映ってるじゃない! とても幸せそうだし、切ないし、美しいわ」
「写ってる身としては、そう言われるとテレるだけですけどね」
「本当にあなたは素直じゃないんだから・・・」
 葵さんにふと頬に手を添えられ、僕はマジマジと葵さんを見た。
 葵さんは、まるで菩薩様のような微笑みを浮かべた。
「嬉しいのよ。あなたがやっと本物の伴侶を得る事ができたってことが実感できて」
「葵さん・・・」
 危うく僕も鼻の奥がじんわりとした。
 そんなに僕のことを気にかけてくれてたなんて・・・。
 こちらこそ感動に浸っている僕に、葵さんはあっけらかんとこう言った。
「このアルバム、持って帰ってもいい?」
「 ── 絶対にダメです」
 僕は即答した。
 危ない。危うく雰囲気にのせられるところだった・・・。  


 その後、意外に早くパーティーはお開きになった。
 このまま年越しするんだろうなと思っていたので僕は拍子抜けしたのだが、なぜか葵さんが音頭を取って早めのお開き宣言をしたのだった。
 僕もシノさんも不思議そうに葵さんを見たが、葵さんが曰くありげにウィンクすると、その意味を察したのか、田中さんが男性陣に「もう充分楽しんだでしょ! 早く帰りましょ!」と号令をかけ始めた。
 手島さんは最後まで粘っていたそうにしていたが、結局は社長や田中さんに引きずられるように帰って行った。
  ── まぁ、ようするに年越しの瞬間ぐらい、二人きりでゆっくり過ごせってことなんだろうな、これは。
 さすが、葵さん。
 シノさんはそこのところわかっていなかったようで、「なんか皆、あっという間に帰っちまったな」と呟いていた。
 幸い料理は皆がキレイに平らげてくれていたし、田中さんや社長の奥様がある程度食器の洗い上げをしてくれたから、後片付けは楽だった。
 僕らはコーヒーを入れて、すっかり片付いたダイニングテーブルにつくと、ほっと一息をついた。
「 ── 千春、お疲れさま」
 シノさんがコーヒーカップを前に差し出したので、僕も同じようにそうしてコツンと小さな乾杯をした。
「シノさんこそ、ホスト役お疲れさまでした」
 不器用なシノさんなのに、皆へのお接待トーク、結構頑張ってたもんね。
「シノさん、そんなに酔ってないね? 結構飲んでたみたいなのに」
「なんだか緊張しちゃって・・・。酔えなかったよ」
 シノさんはそう言いながら苦笑いする。
「ま、これで落ち着いたね。大変だったけど、引っ越し報告と年末年始の挨拶が一気にできたからよかったかも」
「うん」
「あ、そうだ。シノさん、これ、飲む?」
 僕は席を立ち、冷蔵庫の野菜庫からおもむろにシャンパンボトルを取り出した。
 僕が翳したボトルを見て、シノさんは腰を抜かぬ勢いで驚愕の表情を浮かべた。
「そっ、それ、ドンペリのゴールドじゃないか!!」
 さすがシノさん。
 お酒弱いけど、銘柄はわかってる。
 ドンペリニョン・レゼルヴ・ド・ラヴェイは、ドンペリの中でも最高級の一品だ。
 ちまたで出回っているキュヴェとは桁が違う。
「どうしたの、それ?! まさか、買ったの?!」
 シノさんがそう訊いてきたので、僕は肩をすくめた。
「さすがに僕もそんな豪快な買い物は腰が引けますよ。これ、加寿宮さんからのプレゼントです。皆に黙ってくれたんです。二人で飲めって」
 加寿宮さんからの粋なプレゼント。
 僕は、冷蔵庫からもうひとつ隠していたイチゴを取り出して、テーブルにおいた。
「シノさん、開けて」
 僕がシノさんに黄金色に輝くボトルを渡すと、シノさんは緊張気味にボトルを開けた。
 爽やかなオレンジのような香りがサァッと広がった。
「こんなの、一生に一度飲めるか飲めないかだぞ」
 シノさんはそう呟きながら、硬い手つきでグラスに注いだ。
 僕がシノさんの向かいに腰掛けると、僕らは見つめあった。
「乾杯」
 グラスを併せると、先ほどのコーヒーカップとは比べ物にならないくらいに華やかで繊細な美しい音が当たりに響いたのだった。

 

here comes the sun お正月スペシャル2 end.

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編集後記

この後は当然、ラブラブシーンに突入・・・なんですけど、今後の本編の進み具合によって足かせになりそうなので、ちょっと書けませんでした(汗)。
すみません。
なんか、本当に山なしオチなしの感じで申し訳ないです。

あ、ご挨拶が遅れましたね。
あけましておめでとうございます!
皆様、どのようなお正月を迎えられましたか?
国沢はといえば、例の如く箱根駅伝+寝正月だったんですが胃腸炎の後遺症なのか、すっかり胃が細ってしまって、全然暴飲暴食ができませんでした(泣)。おいしいもの、もっとたくさん食べたかったのに・・・!
おかげで、体重は増えませんでしたけど・・・。かといって減りもしてない・・・。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

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