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nothing to lose title

act.74

<side-SHINO>

 アメリカ映画に出てくるようなホームパーティーに参加するはこれで二回目だけど、今夜のパーティーはとても素敵だった。
 女性同士で指輪を交換してキスするシーンに遭遇するなんて人生で始めてだったけれど、とても美しかった。
 よく考えたら、俺だって同性の千春と付き合っている訳で、世の中には俺達と同じように女性同士で愛し合っているカップルがいてもおかしくないんだよな。
 葵さんが日本からいなくなってしまうのは寂しいけれど、目尻に涙を浮かべつつ笑顔を浮かべていた葵さんは最高に幸せそうだったから、俺は心の底からよかったって思ったんだ。
 パーティーの帰り。
 千春とタクシーに乗り込んで帰路についた。
 千春の膝には、帰り際、葵さんが俺らにくれたクリスマスプレゼント ── お揃いのデザインで色違いのお茶碗だった。いわゆる夫婦茶碗ってやつだろうか・・・が乗っかっている。
 タクシーに乗ってからというもの、千春は終始無言で、車窓の外を見つめていた。
 その横顔が妙に切なくて、俺は思わず声をかけた。
「千春・・・、どうした?」
「ん?」
 千春がこちらを見る。
「なんか元気ないなって思ってさ。やっぱり悪酔いでもしたんじゃないか?」
 空きっ腹にワインをがぶ飲みしていたから、気持ち悪くなってるんじゃないかと思った。
 しかし千春は、バツが悪そうに少し微笑んで、首を横に振った。
「大丈夫。気分が悪いんじゃないです」
「じゃ、なんで?」
「うん・・・。葵さんが幸せを掴んだのは凄く嬉しいんですけど・・・。これから日中に呼び出して愚痴る相手がいなくなるなぁと思ってしまって。彼女には僕が不安に思っていることをよく聞いてもらっていましたから・・・。友人の幸せを素直に祝ってあげられないなんて、僕ってやなやつですね」
 千春はそう言いながら、また窓の外に目をやる。
  ── 不安・・・。不安か。
「不安って・・・、それ、俺と付き合い始める前? それとも、後?」
 千春は再び俺を見た。
 困ったように顔をくしゃりと顰めるような笑顔を浮かべる。
「 ── 言いにくいけど・・・両方、ですね」
 俺は自分の心臓がドクリと脈打つ音を聞いた。
「俺、千春を不安にさせるようなこと、してたんだ・・・」
 俺がそう言うと、千春ははっきりとした笑顔を浮かべて、首を大きく横に振った。
 千春の手が、そっと俺の手に重なる。
「違いますよ。シノさんのせいじゃありません。僕が一人勝手に妄想して、勝手に不安になってるだけ」
  ── そうなんだ・・・。以前ほどはっきりとは見せなくなったものの、やはり千春の『不安症候群』は今だに続いているんだと思った。
 俺は重ねられた千春の手から自分の手を引き抜き、千春の手を上からしっかりと握る。
「例えば、どんな?」
 俺がそう訊くと、千春はまた顔をしかめた。
「えー? それ、聞きたいですか?」
「聞きたい」
「でもそんなの訊くと、シノさん僕にますます幻滅してしまうかも」
「そんなことないよ」
「そうかな・・・・」
「そうだよ」
 俺があまりにも自信満々にそう言ったものだから、千春は呆れ顔で俺を見た。
 千春は少し運転手さんの様子をうかがう素振りを見せ、小さく咳払いすると、声を落としてこう切り出した。
「まぁ、例えば・・・、シノさんがやっぱり女の人と付き合う方がいいって思ったりしないか、とか・・・、シノさんがどんどん素敵になっていくから、周りの女性に猛烈アプローチされてるんじゃないか・・・とか。そんなことですよ。 ── まぁ、いずれにしてもろくなものではないです」
 俺の心はドキドキと脈打った。
 まるで俺が浮気でもするような男と思われていたっていうのは少しショックだったが、同時に不特定多数の女性達に嫉妬心を燃やしてる千春が物凄く可愛くも思えた。 ── だってそれって、それほど俺のこと好きでいてくれてるってことだろ?
「千春は、俺が浮気しそうで不安なのか?」
 俺がそう訊くと、千春は俺から顔を背けるようにまた窓の外に目をやった。
「そういうことじゃないです。なんて言うかその・・・完全に僕のエゴみたいなものですよ。ノンケの人と付き合うと常にそのリスクはつきまとってくるものだから、年中行事みたいなものです。気にしないでください」
 俺は千春の手をグイッと引いた。また千春が俺を見る。
「俺にとって付き合うのは千春が始めてだから、俺だって根っからのゲイかもしれないだろ?」
 俺がそう言うと、千春はブスッと口を尖らせて、俺の小鼻を指で摘んだ。
「 ── あなたの初恋の人は一体誰でしたっけね?」
「ぶかつのへんぱいまへ~じゃ~」
 鼻が摘まれてたから、何だかちゃんと言えなかった(汗)。
「僕みたいな根っからのゲイは、まかり間違っても部活の女子マネージャーなんかを好きになったりしません」
  ── はい。仰る通りです・・・。
 千春は俺の鼻を解放すると、肩を竦めて、「とにかく僕が勝手に悶々としているだけですから、シノさんは気にしないでください。四六時中モヤモヤしてるのは、僕の性分なんでしょうから」と言った。
 そっかぁ、性分か。
 俺はこうと一度決めたら余り揺らがないというか悩まないタイプだから、俺とは違って千春は凄く繊細なんだよなって思う。繊細だからこそ、素晴らしい小説が書けるのかもしれないし。
 でも、俺のことでいつも不安にさせてるのは、少し悲しいなぁと思った。
 そこまで思って、俺は「あっ」と思いついた。
 そうだ、クリスマスプレゼント。
 田中さんに怒られながら買ったプレゼント、本当なら家に帰ってから渡そうかと思ってたんだけど。
『今よ、今今!!』
 まるで小さくなった田中さんが俺の肩に乗って、俺の耳に囁いてくれたような気がした。
「千春?」
 俺が声をかけると、千春は再び「ん?」と優しい声で答えて俺を見た。
「少しの間、目を瞑って」
「え? 目を?」
「うん」
 千春はチラリと運転手に目をやった。そしてヒソヒソ声で「まさかキスでもする気じゃないでしょうね?」と訊いてくる。
「いやいやいや。キスなんてしない、しない」
 俺が手のひらを横に振ると、千春は怪訝そうな顔つきのまま、目を閉じた。
 俺はズボンのポケットからケースを取り出すと、蓋を開けて指輪を取り出した。
 そしてそのまま千春の左手を取り、薬指にそれを通した。
 プラチナ製で蒼い細身のラインが入ったデザインリング。リングの中央に、小さいけど本物のダイヤモンドがはめ込まれてある。ユニセックスのデザインで、千春のしなやかな魅力をよく表しているリングだと思った。
 最初は田中さんにアドバイスをもらいながらも、でも最後は自分で一番千春に似合いそうな指輪を選ぶことができた。デザイン重視で選んでしまったお陰でリアルに給料三ヶ月分になってしまって、生憎俺の分まで揃いで構えることはできなかったけど(汗)。
 敏感な千春は、指にひんやりとしたものが当たるのを感じたのか、指輪をはめ終わる前から、「え? 何、シノさん、これって・・・」と酷く動揺した声を上げた。
「目を開けていいよ」
 俺がそう言うと、それでも千春は恐る恐るといった様子で目を開けた。
 そして予想通り、自分の指にリングがはまっているのを見て、千春はヒュッと息を飲み込んだ。
 俺は、リングのサイズが間違ってなくってよかった・・・とほっとしていたのだが、千春はそれどころではなく。
「こ、これ・・・、ど、どうしたんですか・・・???」
「どうって・・・クリスマスプレゼントだけど・・・」
  ── なんだろう、この反応。俺、プレゼント選び、失敗したかな(汗)。
「こ、こんな高価そうなもの・・・な、なんで・・・」
「確かにそれなりにしたけど、一番千春に似合いそうだと思って・・・嫌だった?」
 千春は全力で首を横に振る。
 その様子を見る限りでは喜んでくれたようだけど・・・、でもなんで歯を食いしばってんだ?
「ち、千春? どうした? 怒ってんのか?」
 千春はまた首を横に振る。
「じゃなんだ? 気分悪いのか?」
 千春はまた首を横に振る。
「じゃ・・・」
「タクシー、降りたい」
「え?」
「タクシー。降りたいッ!」
 まるで吐きそうな勢いで千春がそう言ったんで、俺は慌てて運転手さんに言って、タクシーを降りた。
 途中で降りたとはいえ、俺の家まではもう目と鼻の先だった。
 バタバタとタクシーを降りた後、千春はブロック塀に手をついて前のめりになって俯いたんで、本気で吐き出したのかと俺は背中を擦った。
「おい、千春、大丈夫か?」
「う~~~~~」
 唸っているから、てっきり吐いてるものだと思って横から覗き込んでみたら。
 千春はボロボロと涙を零して泣いていた。
「え? 千春、泣いてるの?」
 俺は心底驚いて思わずそう口走ってしまうと、案の定千春に肘鉄を食らった。
「グエッ」
「泣かせたのは誰なんですか?!」
 千春は突如身体を起こすと、俺の身体を両手でドンと突き飛ばしながら、「僕はね、涙もろくなかったんですよ、前は! こんなにすぐ泣くようになったのは、あなたのせいですよ!!」と怒鳴った。
  ── ひぇぇ、こ、こわっ!
 千春は指輪に目をやると、またボロボロと涙を零しながら、
「しかも凄い僕に似合ってるじゃないですか、このゆびわ~~~~~!」
 と泣き出した。
  ── だったら、いいじゃないか。なんで怒り気味なんだ???
 う~ん、千春って時として感情的になり過ぎると、反応がまったく普通じゃなくなるから、本当に謎の生き物だって思える。
「千春、と、取り敢えず、お、落ち着け」
「これが落ち着いていられますか~~~?! だって、僕は・・・僕の準備したものは・・・うわ~!」
 千春は取り乱したまま、俺の家の方向に向かって歩き出す。
 完全に置いてけぼりを食らった形の俺は、慌てて千春を追った。
 千春はエグエグと嘔吐きながら、子どものように手で何度も涙を拭って、歩いている。
「ご、ごめん。なんか返って悪いことしちゃったみたいで、ごめん」
 俺自身なんで謝ってるのかわからなかったけど、取り敢えず謝った。
 千春は横目で俺をジトっと見た後、「身に覚えもないのに、謝るのは悪い癖」と言う。
  ── う~~~~、こういう時でも千春は鋭い。  
 一先ず家に無事帰り着いて、俺は千春をダイニングキッチンの椅子に座らせると、手早くお茶を煎れて、千春に飲ませた。
 俺もお茶を啜って、ほっと溜め息をつく。
 鼻の頭を真っ赤にした千春は、まだ鼻をグズグズ言わせていたが、ようやく落ち着いてきたようで、
「取り乱したりして、すみませんでした」
 と頭を下げた。
「いや、いいんだよ。ちょっと、びっくりしたけど・・・」
「まさか、こんな素敵なプレゼントを貰えるなんて、予想してなかったから・・・。僕は、シノさんがクリスマスプレゼント買うの絶対忘れてるって勝手に思い込んでたから。ごめんなさい」
  ── う。や、やっぱ鋭い(大汗)。
「凄く、凄く嬉しかったです・・・。自分でも訳がわからなくなってしまうくらい。タクシーでのこと、後半記憶がまるでありません」
 ちょっとくたびれ調子の千春だったが、指輪を見てまたちょっと泣きそうになってるのを見るにつけ、それほどまでに喜んでくれたんだなぁとやっと実感できた。
 俺は千春の両手を握り、「それぐらい喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」と言った。
 千春が、俺の指をじっと見る。
「シノさんの分はないの?」
 グスっと鼻を鳴らしながら、千春が訊いてくる。
「いやぁ、それが千春の分買うので資金がつきて・・・」
 俺がそう言うと、やっと千春は笑顔を浮かべた。
「だってこの指輪、質のいいものですもんね。高かったんでしょう。じゃ、シノさんの分は、僕が買いますね」
「う、うん・・・。でも千春、千春は今日のためにもうプレゼント用意してくれてたんだろ?」
「そうですけど、でも・・・。シノさんのプレゼントに比べたら見劣りし過ぎて、渡せませんよ。指輪をお返しに買います」
 俺は首を横に振った。
「指輪より、千春が俺のことを思って準備してくれたプレゼントの方がずっといいよ。ここにあるんだろ?」
 俺がそう訊くと、千春はバツが悪そうに顔を顰めた。
「ええ・・でも・・・。言っておきますが、本当にたいしたことないものですよ」
「うん。でも俺はそれが欲しい」
 千春は苦笑いした。
「まったく、本当にあなたは欲がない人ですね」
 千春はそう言いながら席を立って、プレゼントを取りに寝室に姿を消した。
  ── 千春、わかってないなぁ。 
 俺は『欲がない人』なんかじゃないよ。千春が俺のことを思って買ってくれた物に対して、欲望ありありなんだ。
 つまり俺は、千春に関しては欲があり過ぎる程あるってこと。
「はい、これです。開けてがっかりしないでくださいよ」
 ややヤケ気味に、千春は正方形の上品な箱を差し出した。
 赤いリボンをかけられた白い箱は、しっかりした造りで、千春が言うように安物のようには見えないけど。
 ワクワクしながら箱を開けると。
 滑らかな黒革の財布だった。
 つやつやと輝いていて、手触りのいい本革。内側の革はヌメ革のようで、使い込むほどに味が出てきそうなものだ。小銭入れがガバッと開く、実用性も兼ね備えた美しい財布だった。 
「コードバンの財布です。シノさんが今使ってる財布、端っこ痛んできてたみたいだから。それを思い出して」
 千春にそう言われ、ハッとした。
 そうだ。確かに俺の合皮の財布、端っこがほつれて来てたんだけっけ。
 俺は財布を手に取り、開いたり閉じたりしてみた。
 初めて持つ本革の財布は、革とオイルの香りがプンとして、なんともステキだった。
「凄く嬉しい。千春に指摘されてなかったら、俺、ボロい財布、ずっと使ってた」
「財布は他の人にも結構見られてますから、いいのを持つにこしたことはないと思って。とはいっても、有名ブランドのものでもなんでもないから、さほど高価なものではないけれど、でも仕立てはいい財布だと思います」
 千春がそう言うなら、間違いない。
 俺は千春を見た。
「 ── ありがとう。大切に使う」
 赤い鼻のままの千春が、うんと頷く。
 俺はそれを見て、あっ!と思いついた。
「赤鼻のトナカイさんだ!」
 千春の顔を指差して思わずそう口走ると。
 千春はギョッとした顔をして、電話台の棚に置いてある小さな手鏡を取り出して、自分の顔を見た。
 雲行きの怪しさに、俺は思わず「しまった!」と両手で口を被う。だが、時既に遅し、で。
 鏡の向こうから現れたその瞳には、メラメラと不機嫌オーラの炎が揺らめいていて。
「誰のせいで、赤鼻になったんでしたっけね?」
 千春はそう言いながら、テーブルの下で俺の向こう脛を勢いよく蹴り上げたのだった。

 

here comes the sun act.74 end.

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編集後記

なんだか砂糖ざりざりの今週、いかがだったでしょうか。
田中ちゃんに指導を受けながらシノさんが購入したプレゼントは、指輪でした。

ま、千春にも無事(?)喜んでもらえたみたいで、よかったです。

そう言えば、夕べ、なんだか面白げな夢を見ました。
なんか妙にリアルだけど、内容はファンタジー(笑)。

千春(それともチャンミン氏か?)がなんとバンパイヤ。それで、なぜか仲間に追われて、日本に逃げ延びてきた中で偶然シノさん(ユノユノ氏か?)と知り合って、性別、そして種族を越えた禁断の恋に落ちるというような内容でした。
ちなみにシノさんはなぜか刑事で、ファンタジーなのにサスペンス調でした。細かなストーリーまでは覚えてないけど(汗)。
舞台は現在の日本だったから、全然ファンタジー感は薄かったですけどね。
そんでなぜか、日中でも千春は動いてたから、そこら辺はやはりいい加減な夢の成せる技でしょうね。

千春の長い脚で、シノさん羽交い締めにされて、うんうん唸ってました(笑)。
(一応、千春はバンパイア的身体能力の持ち主ということが窺えました)

いやぁ、なんだか面白い夢だったなぁ。
最後は、シノさんが千春に噛まれることを望んで、血を交換し合い、永遠の命を得ることで愛を誓う・・・ってなエンディグでした。

では、また来酒(←来週のまちがい)~~~~!

[国沢]

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