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nothing to lose title

act.32

<side-CHIHARU>

 ── 澤清順のスキャンダル記事が、明日発売の写真週刊誌に掲載されるらしい。
 岡崎さんの携帯に入ってきた情報は、その知らせだった。
 そのスキャンダル記事っていうのが、夜の盛り場で男と遊び回ってるっていうような内容だったら僕も一切動じないところだが、その内容がどうも僕とシノさんに関することらしいと知って、僕は顔面が蒼白になった。
「待って。落ち着いて。今、浅田君が現物を馴染みの書店からぶんどってこっちに向かってるっていうから・・・」
 岡崎さんは落ち着けと僕に言ったが、そう言ってる岡崎さんの声自体もちょっと震えていた。
 写真週刊誌に僕のことが掲載されたことは、過去にもあった。
 文壇デビューした後、僕の姿が写真やテレビに取り上げられて「ハンサム過ぎる小説家」などと陳腐な形容詞をつけられて騒がれた時は、僕がゲイであることをカミングアウトしていることや、奔放な夜遊びの様をまるでどこかのタレントと同じような扱いで記事にされた。
 ドSで私生活が派手な若いゲイの小説家っていうレッテルが世間一般に広まったのは、その記事のせいだった。
 そのお陰というのも変な話だが、それ以来、作家の仕事以外の仕事が舞い込んで来るようになって、ほとほと困った僕を見かねて、流潮社がマネジメントまでしてくれるようになったっていうのがこれまでの経緯で・・・。
 それ以後は、写真週刊誌が取り上げるまでもなく、僕の姿は巷で溢れ変えるようになったから、特にマークされることもなくなっていた筈なのに、なぜ今このタイミングで? 
 第一、どこかのアイドルや俳優じゃあるまいし、小説家の私生活なんか取り上げて、雑誌の売り上げが上がるとでも思ってるのだろうか。別に誰かを殺した訳でも、隠し子を作っていた訳でもない。
 僕がそんな疑問を思わず口にすると、岡崎さんはハァ~と長い溜め息をついて、「雑誌の売り上げは上がるでしょ。ドSキャラだった澤清順が今は純愛に胸を熱くして通い妻してるってネタは」と脱力した声で言った。
「澤くん、あなた自分が世間から結構注目されてるってこと、もう少し自覚した方がいいと思うわ。世間の人にとって、あなたみたいに美しくて若いゲイの小説家なんて今だに謎に満ちた存在なのよ」
 岡崎さんは僕の向かいの椅子に腰掛けると、「つい最近まで、私にとっても謎だらけの存在だったんだから」と呟いた。
 重苦しい空気が辺りを包んだその時、慌ただしく鳴らされたチャイムの音が、沈黙を切り裂いた。
 二人で顔を見合わせて、玄関に走り出る。
 ドアを開けると、岡崎さんの部下の浅田君が息を切らしながら飛び込んできて、紙袋に入った週刊誌を前に突き出した。
「ハァ・・・ハぁ・・・、こ、これです・・・」
 岡崎さんが受け取って、乱暴な手つきで紙袋の口を破ると、その袋を床に叩き付けながら雑誌を取り出した。
「・・あー・・・」
 思わず二人同時に声が出る。
 表紙から既に、『美し過ぎるゲイ作家・澤清順に本命の恋人発覚!~恋人もまた美し過ぎる一般会社員だった!』とでっかい字が踊っている。
「なんてセンスのない見出し・・・」
 職業病なのか、岡崎さんがその見出しにダメ出しをする。
「岡崎さん・・・、そ、そんなこと言ってる場合じゃないですよ・・・。な、中、見てください」
「ああ、そうだったわね」
 岡崎さんが浅田君に促されて、ページを捲る。
 なんと僕の記事はご丁寧にカラーページに掲載されていた。
「あぁ・・・・」
 思わず僕の口から声が漏れる。
 どれもこれも、身に覚えのある光景が写真に写っていた。
 一番大きく掲載されていたのは、葵さんと三人でレストランに食事に行った時、葵さんを待っている間に僕がシノさんにバラの花束を手渡してるところだった。
 本来は、葵さんへの誕生日プレゼントを買い忘れたシノさんに「シノさんから葵さんに渡して」と僕がシノさんに花束を預けているところなのだが、写真のキャプションには『プロポーズの返事は定番の赤いバラで?!』とバカバカしい文言が並んでいた。
 写真は、レストランでの食事の後、タクシーに乗り込む僕とシノさんの姿 ── その時は葵さんもいたのに、彼女の姿は都合よくカットされている ── や、葵さんの誕生日パーティーの帰り、シノさんのマンションの近くで少し言い争いをした後、手を繋いでマンションに入るところまで連続で撮られた写真も載っている。
 他には、シノさんだけが撮影された写真もあった。会社から出てくる瞬間の写真だ。その写真のキャプションには、『S.Sさんは、そのままの写真をご紹介できないのが惜しいほどのハンサム』と書かれている。
 僕の顔はそのまま掲載されていたが、シノさんの顔にだけは、まるで犯罪者みたいに”目線”(目を隠す黒い線)が印刷されていて、なんだか滑稽だった。
 しかしその”目線”は凄く細くて、シノさんを知らない人なら街でシノさんに会っても気づかないかもしれないけれど、シノさんのことを知っている人なら、確実にシノさんとわかるだろうなって感じで、会社から出てくる写真に至っては、会社の名前が入っている箇所は”ぼかし”処理がされていたが、建物の形はよくわかる写真で、社員なら一発でシノさんだとわかるに違いない。
 記事には、シノさんが『千春』という人物にテレビで公開プロポーズをしたことにも触れられていて、僕の本名が成澤『千春』であること、僕が甲斐甲斐しくシノさんのマンションに通っていること、僕がシノさんと付き合い始めてから一切夜遊びをしなくなったこと、シノさんが僕に負けず劣らず物凄く美形であること、二人で既に”ハネムーン”旅行に行ってきたこと ── どうやら温泉旅行のことらしい ── 、そしてシノさんの身長や身体付き、高校を中退して今の酒類卸メーカーに就職していることなど、シノさんの簡単なプロフィールまで事細かに書かれていた。
 『ドSな顔の裏に、貞淑な妻の顔 ── 』だなんてチープなキャッチコピーまでつけられて、まるで女子会でキャピキャピ騒ぎまくる女の子達の会話のような記事・・・。
 どうしよう。
 僕の身の回りはともかく、これでシノさんの周囲にシノさんがゲイの男と付き合ってることがバレてしまう。
 シノさんへのゲイに対する迫害や偏見が降り注いで、シノさんが傷つくのは目に見えている。
 そんなの、僕には耐えられない。
 シノさんが僕と付き合うことで辛い思いをするのなら僕は、そのまま付き合ってなどいられない。
 でも、シノさんを失うなんてこと、今の僕に耐えられるのか。
 どうしよう・・・どうしよう・・・。
 目の前が、グラグラする・・・。
「ちょっと、澤君、大丈夫?」
「澤先生、顔色、真っ青ですよ」
 そういう二人の声が遠くでこだまして。
 僕の意識は、岡崎さんの悲鳴とともに、暗転した。

 目を覚ますと、僕はベッドに寝かされていた。
「・・・千春?」
 傍でシノさんの声がした気がして頭を動かすと、シノさんがほっとした表情を浮かべて、僕の顔を覗き込んでいた。
「よかった、気がついた」
「・・・? シノさん、なんで・・・?」
 シノさんがこんな時間なのにそこにいるのが信じられなくて、僕は夢か幻覚を見ているのではないかと思った。
「千春が倒れたって岡崎さんから知らせがあって。田中さんにそのことを話したら、外出届書いておくから様子を見に行ってこいって会社をたたき出されたんだよ」
 シノさんは優しげな声でそう言って、くしゃりと笑った。
 田中さん?  ── ああ、田中さんね・・・。ホント、僕らここのところ彼女に世話になりっぱなしだ。今度、なにかお礼をしなきゃ・・・。
「でも、知らせって・・・シノさん、携帯は?」
 シノさんはポケットから真新しいiphoneを取り出して、僕の目の前に翳した。
「昼休みにね。これを機に、思い切って乗り換えしてきた。これで晴れていつでも無料で千春と電話できるようになった」
 シノさんはそう言った後、気難しそうな表情を浮かべて、「でも使い方、全然わからないんだよな。千春、後で教えてくれよな」と唇を尖らせる。
 その顔つきが可愛くて、僕はクスクスと笑った。
「ああ、よかった。笑っていられるぐらいなら、大丈夫みたいね」
 ふいに岡崎さんの声がして、僕はハッとした。
 あの記事のことが脳裏に浮かんだ。
 ガバリと身体を起こす。
「そうだ! シノさん!! 大変なことに・・・」
 僕の慌てようとは打って変わって、シノさんは凄く穏やかな顔で、ベッドの上に腰掛けた姿勢のまま、僕を落ち着かせるように優しく僕の肩を撫でた。
「うん、さっき岡崎さんから聞いたよ。雑誌も見た。この後、社に帰って社長に話してくる。岡崎さんもついてきてくれることになってるから、心配いらないよ」
 シノさんが寝室の入口に立つ岡崎さんをチラリと見た。
 岡崎さんはウンと頷く。
「週刊誌の出版社の方には、うちの社の方から厳重に抗議をする方向で話が進んでいるわ。あなたのことならともかく、一般人である篠田さんの素性がわかりやす過ぎる記事の構成に問題があると。でも時間的な問題で発売差し止めまでは難しいらしいわ。仮に裁判を起こすとしても、その場合は篠田さんがそうしなければならない。そうなると例え発売された週刊誌を自主回収するところまで持っていけたとしても、その頃には既にかなりの部数売れてるでしょうし、そもそも裁判となると篠田さん自身の身の回りにその事実が伝わることになる」
「それは返って騒ぎが大きくなると流潮社の顧問弁護士さんにアドバイスされたんだ」
 僕は、息を飲んでシノさんと岡崎さんとを交互に見た。
 酷く混乱してる。この僕が。
 でも、ただひとつわかるのは、僕の存在がシノさんにとても迷惑をかけてるってことだけ。
「シノさん・・・ごめんね・・・・」
 岡崎さんが見ていることはわかっていたけど、僕は涙が止められなかった。
 壊れた蛇口みたいに、ボロボロと涙が溢れ出た。
「僕のせいで・・・ごめん・・・」
 シノさんが抱きしめてくれる。
「千春のせいじゃないよ。千春が悪いんじゃない」
「だって・・・! シノさんとつきあってるのが普通の人だったら、週刊誌になんて追いかけ回されたりしないし、付き合ってるのが女の人だったら、別に周りにバレても、そんなに支障はないのに、ゲイとなんか付き合ってただなんてバレたら・・・・」
「大丈夫だよ、千春」
「いいや、大丈夫なんかじゃない」
 僕はシノさんの腕から逃れた。
 ゲイという偏見がどれほどキツイものなのかを知っているのは、この場で僕だけだ。
 世の中はゲイに対して、それほど優しくできているものではない。
 それをまだシノさんはわかってないから。
「大丈夫なんかじゃない。僕はそれを知っています。絶対に、仕事に支障が出てくる。仕事だけじゃない。普段の生活にも偏見の目がついてまわることになる。それだったら・・・そうなる前に、僕達は・・・」
  ── 別れた方がいい。
 そう言うつもりだった。
 シノさんと別れて、例え僕が生きられなくなっても、それでもシノさんのことが大切だから。
 この関係がシノさんの周囲に知られる前に別れれば、シノさんだって「付き合ってない」って周りの人に言える。
 だから、今、この瞬間に別れようって。そう言うつもりだった。
 でも。
 そう言う前にシノさんが僕の口を手で塞いで。
 シノさんは僕に言った。
「千春、一緒に住もう」と。

 

here comes the sun act.32 end.

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編集後記

すみません、今週から日曜日の定期更新に変更することにしました。
仕事の関係上、土曜日が潰される確率が高くなりそうな気配なので、いっそのこと安全な日曜日に更新することにしました。ご了承ください。

さて、今週は台風の中の更新になりました。
くしくも、話の内容も荒れ模様で・・・。
今までのんびりモードだったヒヤカムも、なんだか暗雲がたれ込めて参りました。
やっとここにきて動きが出てきたというか。
国沢の書く小説的な(?)展開になってきたというか。
そのまま日和見モードで終わらないっていうのがね・・・。

いやぁ~、外は嵐ですね~~~~。

台風の進路に当たる地域の方は、くれぐれもご注意なさってください。

[国沢]

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