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nothing to lose title

act.52

<side-CHIHARU>

 「以前から僕の小説を買って頂いていた方達には、申し訳ないと思っているんですが。小説を書き始めたきっかけと訊かれれば、それは『あてつけ』で、その後も書き続けた動機と言えば『お金になったから』ですね」
 僕がそう答えると、インタビュアーは「でも、そんな動機でも現に小説が売れたっていうのは、やっぱり才能ですよね?」と笑いまじりで訊き返してきた。
 遠くでカシャカシャとカメラのシャッター音が響く。
 日曜日だというのに、僕は仕事をしていた。
 まぁ、小説家家業なんて曜日の感覚なんて必要ないのかもしれないけれど。
 でも、仕事場に置いてきたシノさんのことが気になって仕方がない。
 今朝のシノさんは昨日と比べ、普通に身体が動かせるようにはなっていたけど、折々で無意識に腰に手を当てていたから、まだ本調子という訳ではないのだろう。
 シノさんには「なるだけ早く帰ってきます」と言って出てきたけど、シノさんは「仕事なら仕方がないよ。ちゃんと集中して仕事頑張って」と声をかけられた。
 シノさん、そういうところ、意外に鋭いんだよね。いつもは鈍感な癖に。
 シノさん自身仕事に妥協しないタイプだから、僕みたいなのらりくらりと仕事している人間は許せないんだろうと思う。
 まぁでも、これでも僕は、シノさんと付き合い始めてからは割と真面目に仕事をこなすようになったけれど。
 今僕は、これまで取材を受けてきた時とはまるで違う、白いシャツにジーンズ、素足にサンダルというナチュラルなスタイルでカメラの前に座っていた。
 取材が始まる前にスーツも用意されていたけれど、スタイリストさんが僕の来たなりの格好の方がいいと言い張って、普段着のままの取材となってしまった。
 これまでも私服でそのまま・・・ということはあったけれど、それはいつももっときちんとした格好をしていたし、今の僕のように起き抜けに髭を添っただけ・・・というようなラフな格好では決してなかったし。
 だから、こんな格好で取材を受けていいのかなと思ったりもしたけど、スタジオの中は概ね好意的に僕を向かえてくれた。
 今日は、書籍情報誌の巻頭特集の取材だった。
 スチール写真と僕の小説の宣伝記事、インタビュー記事で構成された内容になるらしい。
「いい加減な僕の小説でも売れたというのは、時代の雰囲気にマッチしてたんじゃないでしょうか。以前の僕の小説は小綺麗に見えて、裏側はどこか殺伐としていて、一種投げやりなところがあった。以前の僕の小説を買ってくれていたのは圧倒的に同世代の人達だったし、僕の書く世界に満ちた『皮肉』に共感してくれていたんだと思います。それを『才能』と言われると、ちょっとそれは違うんじゃないかな、と感じます」
「なるほど。 ── で、前作の『All You Need is Love』で大胆な作風の方向転換を計りますよね。それはどういう心境の変化だったんですか?」
「心境の変化というよりは・・・。そうせざるを得なかったといったところですね。書かずにはいられなかった。自分が人生を歩いて行く上で、そうしなければならなかった、ということです」
「それは、どうしてそういう・・・」
「それを話し始めると、完全にプライベートのことになっちゃうけど」
 僕が苦笑いすると、また激しくシャッター音が鳴り響いた。
「小説家というのは、例えフィクションでも、やはりどこか自分の実生活での体験に多かれ少なかれ影響を受けるものです。金儲けで小説を書いていた頃だって、多少なりとも自分の経験がきっかけになってシチュエーションなり会話なりが生み出されてきた訳ですから。あれを書いた時分は、僕自身人生が行き詰まっていました。まさしく主人公のように、この世から消えてしまいたいと願っていたし、いろんなことに謝りたいと思っていました」
「それは、過去の自分との決別・・・ということでしょうか?」
「ええ・・・。そうですね。 ── いや。それは正確には正しくありません。今思えば、あれを書いた頃は決別したいというような心の余裕もありませんでした。懺悔するので精一杯だったというか・・・。むしろ、言い訳をしたかった心境に近いですね」
「言い訳? と言いますと・・・」
「今まで嘘ついててすみません・・・ってところですかね。『All You Need is Love』を発表した頃は、作風が随分ウェットになったと言われたものです。あまりに違い過ぎて面食らったと感想をくれた読者の方もいた。皆さんが仰られるように、僕はちっともクールじゃないし、もっとドロドロした人間だということ曝け出したかったんだと思います。皆が思ってる程、僕はいつも涼しい顔をしている訳じゃないということを。だから、以前のすました顔をした僕を好きだったファンの方には、騙していて申し訳ないという気分でした」
「けれど、逆にそれがまたヒットしますよね。発刊部数は前々作に追いつく勢いです。発刊されて一年と経っていない時点でこの部数ということは、明らかに前々作を超えようとしている訳です。これは、本音を曝け出した澤先生が受け入れられた・・・ということではありませんか?」
「・・・そうだと、いいですけどね」
 僕はふと力の抜けた笑みを浮かべた。
 するとシャッター音がいくつも鳴り響いたのはもちろんのこと、インタビュアーやその周りを取り囲んでいた他のスタッフ達もなぜか顔をほころばせた。
「まぁ、題材自体が世間的にはあまり受け入れられにくい設定ですから、その点を考慮に入れると、我ながら善戦しているなぁと思っていますけど」
 僕がそう言うと、その場で和やかな笑い声が上がった。
「その後も、コラムやエッセイ等でも澤先生に変化が見られていると話題ですね」
「随分緩くなったって言われますね」
 僕が笑うと、インタビュアーは首を横に振りながら、「視点に暖かみが出てきたと好意的に受け止められている訳じゃないですか」と彼女も笑った。
「クールな文体は変わらずだけれど、着目点が変わったというか。そんな澤先生を同じ業界の作家さん方も評価しています。どうお感じですか?」
「素直にありがたいと思っています。 ── 多分、僕がそんなことを言ってる自体、お世話になってきた先輩作家さん達は目を丸くすると思いますけどね。きっとホッとされてるんじゃないですか? あの悪童がやっと落ち着いたって」
 インタビュアーは楽しそうにクスクスと笑う。
「やはりそれは、昔の自分と決別できたってことなんでしょうか?」
 そう訊かれ、僕は少し考え込んだ。
「んー・・・。はっきりと意識してそう思った訳じゃないんですけどね。決別したというより、こんな僕でも変わることができた、ということでしょうか。 ── だから、いい方向に変われるチャンスはね、誰にでもあるってことです。出会いなり出来事なり・・・ひとつでね。自暴自棄になっていた僕が言うんですから、確実ですよ」
「澤先生の場合は、それが、いいパートナーとの出会いだったんですね」
 さっくりそう訊かれる。
 遠くで控えていた岡崎さんをチラリと見ると、苦虫を噛んだような表情をしていた。
 僕が、公にシノさんのことに触れられるのを毛嫌いしているという思いが頭にあるからだ。
 でももうその点に関して、僕は恐れない。
 僕らは共に壁を乗り越えることができたと感じていたから。
 そのことを世間から揶揄されても、シノさんはきっとそんな理由で僕からは離れて行かない。
 そう確信できてるから。
 僕は大きく息を吸い込み、ふーと吐き出すと、妙にすっきりとした心境で言葉を繋いだ。
「そうですね。僕の場合は、そうでした。パートナーが僕を救ってくれた。これまで、社会にへそを曲げて、ひねた見方でしか見ることができなかった愚かな僕を叱ってくれたのはパートナーでした。人間、それほど捨てたものじゃない。一生懸命生きることは恥ずかしいことじゃないと教えてくれた。だからもう、僕の反抗期は終わり、かな」
 僕がそう答えたことに、岡崎さんは目を丸くして驚いていた。
 随分離れた場所に立っていたけれど、彼女の驚きようが手に取るように伝わってきた。
 その後、感慨深そうな表情を浮かべた彼女を見て、僕が次のステージに上がれたことをこういう形でも岡崎さんに伝えることができたことを、僕は誇らしく思った。
 でも、その劇的な出来事が起こっているとは、他の人は知り由もなく。
 インタビュアーは「それは素晴らしい出会いですね。私もあやかりたいわ」と笑った。
「早くも澤先生の新作を待望する声が多いですが、これからの展望はいかがですか?」
「正直、まだ新作という気分にはなっていないんです。そんなことを言うと編集者は怒るかもしれないけれど」
 僕がニヤニヤしながら再度岡崎さんを見ると、岡崎さんは口をヘの字にして大げさに肩を竦めた。
 岡崎さんの周囲で笑いが起こる。
「今は、僕の役割がなんなのかを探している段階です。丁度、反抗期を終えた子どもが、自分って何だって模索を始めた時と同じような感覚かな? 前作を含めて、これまで僕は自分のためだけに小説を書いてきたから、今後もそれでいいんだろうかと思うこともあります。それに今は、生き直すことで必死なんですよ」
「生き直す?」
「まともな人間として、ね。これまでの僕は、そりゃぁもう酷い人間でしたから。今はちゃんと真面目に生きるってことはどういうことかをいろいろ学んでいるところです。 ── 小説家としては、どんどん面白くなくなっていきそうだけれど」
 僕が肩を竦めると、周囲で笑い声が起こった。
 インタビュアーが大げさに顔を顰めて、「それは困るわ。私も澤先生の小説の一ファンなんですよ」と言った。
 僕は、笑みを浮かべ「ありがとうございます」と会釈した。
「先生、ぜひ作品を書き続けてください。期待しています」
 インタビュアーがそういって取材を締めると、スタッフから大きな拍手が沸き起こったのだった。


  
 写真撮影を終えた僕は、メイク室でファンデーションを落としてもらった。
 ファンデーションなんてあまり好きじゃないんだけど、撮影の時は強制的に塗られてしまうから仕方がない。
 しかもメイクさんに「先生、お肌、ピチピチですね~」と黄色い声を上げられてしまった。
 僕の背後で岡崎さんが、「こう見えて澤先生はまだ20代ですからね」と口を尖らせる。
 別に岡崎さんと比べられた訳じゃないのに、さも若いから当たり前だと言わんばかりの言葉だった。
 最近岡崎さん、妙にカリカリしてる。
 また男と別れたのかな?
 メイクスタッフは、岡崎さんの方向を向いていなかったので岡崎さんの空気感に気づかなかったのか、それともただのKYなキャラなのか、
「いや、これは素敵な恋をしている証拠ですよ~。肌が綺麗なのは前からですけど、血色が生き生きしているのは初めてですもの」
 と言い放った。
「そうかな?」
 僕は思わず、鏡に顔を近づけた。
 血色がいいなんて初めて言われた。
 僕はシノさんと比べると、どちらかというとオクール系の肌色で、調子が悪い時でもあまり顔色に出ないタイプだから、当然顔色がいいのも表面に出ないと思ってた。
 けれども今日は、そうじゃないらしい。
「そうですよ。以前メイクさせて頂いた時とは、全然違います。だから今日は、ファンデも極力薄塗りにしてます。きっと今日の写真は、今までにない澤先生のナチュラルな魅力が凄く出てると思います。幸せ感が溢れ出てますもの」
 僕は思わず恥ずかしくなって、口元を手で覆った。
  ── 自分では気づかなかったが、そんなにもニヤケてたのか、僕は?
 シノさんをついに男として抱けた喜びが、本人が思っている以上に表に出てたってことか。
 なんと恥ずかしい人間だろう。この僕という男は。
 やっぱり僕は、クールなキャラだなんてとんでもない。僕は相当ウエットだ。
「お疲れさまでした~」
 そう言われつつ岡崎さんとスタジオを出ると、岡崎さんは僕の脇腹に肘鉄を食らわしてきた。
「なんかいいことあったの? あのメイクさんの言ってたこと、あながち外れてないでしょ?」
 岡崎さんの肘鉄が、昨日のシノさんを思い起こさせて、僕は自分の顔が熱くなるのを感じていた。

<以下のシーンについては、URL請求。→編集後記>

 「ヤダ! 澤君、赤くなってるの?!」
 岡崎さんに声を上げられ、僕は咳払いした。
 そりゃ、シノさんとのセックスを思い出したら、赤くならない方がおかしいってものでしょ。アソコまで変化しないだけでも、幸いってところだ。
「僕だって人間ですからね。赤くもなりますよ」
 僕が口を尖らせて言うと、岡崎さんがハハハハハと気のない笑い声を上げた。
「澤君がテレてる貴重な姿をみせてもらったわ。いいわね、ラブラブで」
 その台詞に僕は斜に構えて岡崎さんを見た。
「 ── 岡崎さん、ラブラブなんて、生まれた年代がバレそうですよ」
「子憎たらしいところは変わりないのね」
 岡崎さんは、両手をだらりと垂れて首を横に緩く振った後、また歩き出した。
「今日の仕事はこれだけよ。どこに送って行けばいいの?」
「あ、仕事場でいいです。お願いします」
 流潮社の黒塗りの車に乗り込む前に、ふと岡崎さんが僕の方を振り返った。
「ひょっとして仕事場に、篠田君、いるの?」
 ジトッとした目つき。
 でもここで嘘ついてもすぐにバレるから、僕は「ええ、いますけど」と答えた。
 岡崎さんはハァと長い溜め息をついて、「いいわねぇ、『ラブラブ』で。でも、ちゃんと次回作を書く準備もしてよ~」と嫌みっぽく言った。
 わざとまたラブラブなんて使うところに刺がある。
  ── 間違いない。岡崎さん、これは確実に男と別れたな。

 

here comes the sun act.52 end.

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編集後記

先週はお休みしてすみませんでした。
いや~。半沢直樹、見始めたら、それで頭がいっぱいになっちゃって・・・。
面白いですね。あのドラマ。
特に香川のテルちゃんのあのアクドイ顔つきがス・テ・キ・・・!!!
むろん、堺さんの迫真の演技もよいですが。

・・・。

ミッチー、ガンバ!。

さ、今週のヒヤカムですが。
表面的には少ししか書けてませんが、ステルスで大人シーンも書いてます。
前回の大人シーンはシノさん視点でしたが、今回は同じ夜の千春視点バージョンです。
前回のシノさん視点があまりエロくならなかった!というのが千春視点を書いた要因だったんですが・・・。エロいかなぁ、これ???

ま、いっか。

なんか二人が幸せそうだから、よしとします。

それに引き換え、岡崎さん。
未婚のオイラがいうのもなんですが・・・、早く幸せな結婚しろよ!!!

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[国沢]

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