act.47
<side-SHINO>
「今回の難局を、皆の自発的な働きで乗り越えられたこと、私は誇りに思う」
朝の第一会議室にマイク越しの社長の声が響いた瞬間、社員からワッと歓声があがった。
それと同時に、俺の周囲にいた人達が次々と俺の肩や頭、腰を軽く小突いてくる。
営業職ばかりか事務職の皆までが協力してくれた結果、取引停止になっていた中堅スーパーチェーン店の取引が再開になり、本社にいる社員全員が会議室に集まっていた。配送部までが久しぶりに全員集まると、社内で一番大きい第一会議室も全員が立った状態でもいっぱいになる。その誰の表情も晴れ晴れとしていて、気持ちがよかった。
「今回の取引先は決して大口ではないが、我が社は小さな取引のひとつひとつを大事にしてここまでやってきた。その精神が、社員の皆にしっかりと引き継がれてることを嬉しく思う。これからもぜひ、その気持ちを大切にして、頑張ってもらいたい」
自然と拍手が沸き上がる。
── ああ、俺、いい会社で働いてるなぁ・・・
ふいにそんな思いが沸き上がって来て、俺は胸がいっぱいになった。
社長がマイクを置こうとしたその時、少し離れたところから「おい、シノ! お前もなんか言えよ!」と声が上がった。
「え、ええ?!」
俺はギョッとして声の方を見ると、蒸留酒課の寺田がニヤニヤとしながら俺を見ていた。
寺田だけじゃない、その他の皆も俺の方を見てニヤニヤ笑ってる。
「今回の主役だろ~」
今度は違うところからも声が上がり、次第に次々と「早く早く」と促すような声が上がった。
「えっ、えぇ・・・、そんなぁ・・・」
皆の前で発言するなんて、正直俺は得意じゃない。そういうキャラじゃないし。
俺は身体の前で一生懸命両手を横に振ったが、仕舞いには「シーノ、シーノ」とコールされるまでになってしまった。その野太い声を聞くところによると、営業部の猛者達だ。うぅっ、恥ずかしい・・・!
「や、やめてくださいよ・・・」
俺は必死に首を横に振ったが、ついに社長が再びマイクを持って「なんだ、シノ。お前言いたいことがあるのか」と訊いてくる。
丁度モーゼの十戒の海が割れるシーンのように、俺と社長を結ぶラインから人がいなくなって、俺は益々ギョッとした。
社長に直接ガン見されて、俺の額に脂汗が浮かぶ。
「マイクを回すのもなんだから、お前こっちに出てこい」
社長に手招きされる。
「え! いいですよ!」
「いいから。お前に言いたいことはなかったとしても、言うべきことはあるだろう」
社長にそう言われ、俺はハッとした。
そうだ。
皆にお礼を言わなければ。
だって、俺の身近な部署で働いている人はもちろん、俺とは日頃あまり接点のない部署の社員まで協力してくれてたって聞いた。
確かに、社長の言う通りだ。
俺が社長の隣に向かうと、社長はマイクを俺に差し出した。
俺は軽く頭を下げてマイクを受け取ると、皆の方を振り返った。
物凄い人数から一気に視線を浴びて、俺は緊張から思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「えー、あー、マイク、入ってますかね?」
俺の第一声に、目の前の人々がドッと湧き、社長と視線の奥にいる萩原課長が頭を抱えたのが見えた。
「大丈夫! シノくん、声、ちゃんと聞こえてる!!」
年配の女子社員の声が響いて、また会議室が湧いた。
「あー、皆さん。今回の一件では、僕のことが原因で大変ご迷惑をおかけしました。それに、営業部の皆も僕の我が儘に付き合ってくれて、感謝しています。皆さんの協力なくしては、今回の取引再開はありませんでした。本当にありがとうございます。皆さんの優しさが胸に染みました。・・・この会社で働けて、皆と一緒に仕事ができて、胸がいっぱいです! ありがとうございました!」
俺が頭を下げると、ワァという歓声と共に大きな拍手が沸き起こった。
「かんぱ~い!」
田中さんの声につられて、俺達は湯のみをぶつけ合った。
周囲では、ズルズルと蕎麦を啜る音がしていた。
その日の昼食は課長が蕎麦を課の皆に奢ってくれると言うんで、お昼に蕎麦屋に集合となった。
「いやぁ、それにしても、今回の件は俺も肝をつぶしたよ」
お茶を啜りながら、課長は言った。
「す、すみません・・・」
俺はなるだけ身体を小さくしたが、課の中で一番図体がデカイのでどうしようもなく。
細々と蕎麦猪口の中の蕎麦を啜った。
「シノの頑固さは今に始まったことじゃないが、まさかここまで頑固だったとはな」
「あら、でもその頑固さのお陰で、またお客様が戻って来たわけでしょ? いいことじゃないですか」
上機嫌の田中さんがそう言う。
俺は慌てて、「いやいや、俺のせいじゃないよ。皆が助けてくれたからだよ」と口を挟んだ。
田中さんは、俺の腕を叩く仕草をした。
「何言ってるんですか。篠田さんが最初に始めなければ、皆だってやろうって思いませんよ」
「皆、意地になってたところもあったしな」
手島さんがカカカと笑う。
「意地?」
「そ。お前が切られた本当の理由が営業部の連中から漏れて、他の事務職までカチンと来た訳だ。我が社のお局様達に火がつけば後は早いからなぁ、うちの機動力。お前、おばさま社員達からもホント愛されてるな」
「こいつは、おばさんにはイヤにモテますからね」
隣に座る川島が俺を小突いた。
「あら、おばさんだけじゃなくて、若い子にだってモテますよ! あか抜けてからは」
田中さんがそう言うと、川島は「そういや男にもモテるんだっけ」と笑った。
今度は田中さんが、本気で川島の腕を叩いた。
「ちょっと、川島さ~ん・・・」
田中さんの表情が曇る。
う、最近、田中さんと川島、険悪ムードだからなぁ・・・。
「え、えぇと・・・」
俺がどもっていると、手島さんが「おい、そういやシノ、新しい仕事の方はどうだ?」と話題を変えてくれた。
手島さん、助かった!
「はい、今日の午前中にまとめた資料のPDFファイルを先方に送りました。送ったといっても、ごく触りだけなんですが・・・。来週直接会って、資料をお渡しする予定です。そこで記事についての編集方針も軽く打ち合わせしたいって言われています」
「そうか。順調なんだな」
課長が蕎麦を啜る合間に訊いてくる。
「はい。ただ、まとめる情報量が多いので、片手間にはできないところが難しくて・・・。やることは単純ですが、営業の連中を捕まえて情報の聞き取りをするのが厄介です。皆、帰ってくる時間がまちまちなので」
「ま、そうだよな。やはりしばらくは地方出張は難しいな。おい川島、よろしく頼むぞ」
「あ、はい」
「それに篠田、お前これまでの無理がたたってか、何となく顔色悪いな。ちゃんと眠れてんのか?」
課長にそう訊かれ、俺は思わず「は、はぁ」と返事をして顔を赤らめた。
そんな俺を課長が訝しげに見る。
「なんでそこで顔が赤くなる?」
「いや! 赤く何かなってませんよ?」
「そうか?」
「え、ええ」
俺は内心、冷や汗を掻いた。
実は夕べ、あまりに疲れが溜まった勢いで身体が性的に興奮したままになってしまい、そのまま野外でいたしたばかりか、家に帰ってももう一ラウンドいたしてしまって更に疲れがたまっている・・・とは言えず(大汗)。
でも、千春に相手をしてもらったお陰で、メンタル的には凄くすっきりしてるから、身体が疲労についてはさほど気にならない。
── ってか、いくら勢いとはいえ、駐車場で車から出ていたしてしまったことに猛反省しているところなんだけど、同時に凄く興奮してしまった自分がいるのも事実で・・・。
はっきりいって、千春と付き合えることになった時にしたのと同じくらい興奮してしまったとは、怖くて千春にはとてもじゃないが言えない。あんなのが癖になると、正直、困る。
「慣れない書類仕事が多いから、疲れがたまってるのかな?」
ハハハと俺が笑うと、手島さんが「確かにお前、体育会系だもんなぁ」と笑った。
なぜか田中さんが何の発言もしないのが怖いけど・・・。
「まぁ、とにかくだ。明日は休みだから今日はしっかり食べて、明日ゆっくり休め」
課長がそういいながらズルズルと蕎麦を啜り始めたので、皆、食べることに集中し始めた。
俺は天ぷら蕎麦を啜る川島に小さく声をかけた。
「出張続きになって、すまんな」
川島は俺の方を向くと、肩を竦める。
「いいさ。どうせこっちにいてもつまんないしな。それならいっそいろんな地方のホテルやら旅館やらに泊まる方が憂さが晴れていいもんさ」
「そうか。それなら、いいけど・・・。な、柿谷はどんな様子だ?」
「柿谷? ああ、いつもと変わらないよ。あっちは田舎だから、お前の週刊誌騒ぎも知らないしな。ただ、お前が忙しくてしばらく来れなくなったって言うと、オヤジさんと奥さんは残念がってたけど。まぁ最近、長男坊がやる気になって来たってことをお前に伝えてくれって言ってたな、そういや」
「征夫さんが?」
「ああ。 ── ほら、早く蕎麦食わねぇと固まるぞ」
「え? あ、あぁ・・・」
俺は川島に促され、蕎麦を口に運んだ。
here comes the sun act.47 end.
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編集後記
ごめんなさい、先週ロングランエロを書いたせいか、今週は少ししか書けませんでした(汗)。休みボケやわ~。
日がな一日、眠いったらありゃしない・・・。
皆様、休日はいかがお過ごしですか?
ちなみに、次週は、千春とシノさんのディナーデートの予定です。
[国沢]
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