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nothing to lose title

act.45

<side-CHIHARU>

 僕が人生初めてのおむすびを作ったその日から。
 僕は毎日、おむすびを作ることになった。
 シノさんが仕事終わりに必ずあのスーパーに寄ってから帰るという生活が始まったからだ。
 僕は、いろんな細々とした仕事で遅くなる時も、必ず決まった時間にはどちらかの家に帰っておむすびを作り、シノさんを迎えに行くというのが日課になった。
 休日もシノさんはスーパーに行って、敷地内の掃除やら他の業者の搬入作業やらを手伝い始めたので、僕らが一緒に過ごせる時間は少なくなってしまったけど、僕のシノさんを想う気持ちは益々加速した。
 シノさん、本当に頑張り屋さんなんだよね。
 そのシノさんが身体を壊さないよう、それを精一杯フォローするのが僕の役目だと肝に銘じて。
 そのお陰でシノさんとセックスするチャンスも激減したけど、今はじっと我慢。
 僕は岡崎さんのツテで知り合った有名な料理研究家のところまで押し掛けて、毎日食べても飽きないように様々なおむすびの具と味噌汁について研究した。その熱心さは、料理研究家の山原さんや岡崎さんがあんぐりと口を開ける程だった。
 だって、シノさんを労るおむすび作るなら、最高のものを作ってあげたいじゃないか。
「恋は盲目って言うけど・・・、あなたがこれほど尽くす男になり果てるとはね・・・」
 呆れ顔の岡崎さんにそう言われたけれど、僕は一切気にしなかった。
 カッコ悪くったっていいんだ、別に。
 僕はそんなことをツラツラと考えながら、いつものコインパーキングからスーパーの敷地内を掃除して回っているシノさんを見つめた。
 実のところ、シノさんの頑張りはスーパーの従業員さん達にはかなり浸透してきて、最近では従業員の幾人かがシノさんに差し入れをくれるようになったり、帰りがけに声をかけてくれるようになっていた。元々、従業員やパートのおばさん達にはウケのよかったシノさんだ。
 こんなことをして一体何が変わるのかと思う人もいるかもしれないけど、シノさんの頑張りが報われればいいなぁと切に思う。
 そして最近、気づいたことがある。
 閉店間際のスーパーの駐車場。
 一番店舗から離れていて、それでも全体が見渡せる位置に必ず停まっているベンツが一台。
 黒塗りであまりよくは見えないが、ベンツでもかなりハイクラスの車種だ。
 最初は特に気にしていなかったが、シノさんと社長さんの帰りの一悶着を見届けると必ずひっそりとスーパーから去って行くのだ。
 でもその車は毎日現れる訳ではなかったから、僕の気のせいかもしれないけど・・・。
 シノさんにその疑問をぶつけてみたけど、知り合いにベンツ持ちはいないとシノさんは断言したのだった。


 一方、流潮社の写真週刊誌に対する抗議に関しては、なしのつぶてだった。
 相手は、のらりくらりとした返事をよこして来るだけで、僕たちが裁判に訴えても大した効果にならないということを見越しての対応だと思った。
 この対応に怒り心頭になったのは、僕よりも岡崎さんの方だった。
「完全に舐められた」
 と鬼瓦のような顔をして、流潮社の法務部に再び突進して行った。
 しかし、このような対応じゃ、訂正記事を載せてもらったとしても、たかが知れてる。
 目次ページの隅っこに、三行ぐらいで小さく掲載されて終わりだ。それでは、あまり意味をなさない。
 さて、どうしたものか・・・。
 久しぶりに出向いた岡崎さんのオフィスでぼんやりとコーヒーを飲んでいると、岡崎さんが渋い顔で戻ってきた。
「やっと訂正記事、掲載してくれるって連絡があったってさ」
 岡崎さんはそう言ったが、その顔はムッスリとしたままだった。
 どうやら、僕が考えていたことと同じことを法務部で言われてきたらしい。
 憮然とした表情で僕の目の前に座ってコーヒーをがぶ飲みしている岡崎さんを見つめながら、ふと僕は思い出した。
「そういえば岡崎さん、相手の出版社に知り合いがいるって言ってましたよね?」
「え? ええ。でも問題の写真週刊誌発行してる編集部とは全然違うところにいるのよ」
「平社員?」
「いいえ。一応、デスクやってる人だけど。でも、彼が編集してるの、おじさん雑誌よ。おじさん向けの趣味雑誌。まぁ、それなりにメジャーだけど」
「え? それって、『キャラバン』? 」
「ええ、そう。それが?」
 『キャラバン』といえば、中高年向けの歴史や文化、グルメや旅などを扱う雑誌だ。
 確かに僕が読むには少々落ち着き過ぎる内容だが、上品で高尚なイメージがある。
 あの世俗的な週刊誌を発行してる同じ会社で出している雑誌とはまるで違う。
「岡崎さん、今でも仲がいいの?」
「まぁ、仲はいい方だけど・・・。でも今回の一件で散々文句言ってやったから、最近は飲みに行ってないわ」
「飲みに行ってるんだ」
「そうよぉ? 悪いぃ?」
 岡崎さん、最近未婚の自分が夜飲み歩いていることに若干の後ろめたさを感じているらしい。
「何て名前の人?」
「中山さん」
「どんな人?」
 僕がそう訊くと、岡崎さんは視線を巡らせた。
「まぁ、ひと言で言うと趣味人よねぇ。休みの日は真空管オーディオなんかいじってるオヤジよ。焼き物も好きだしね。ちょっと癖はあるけど、いい人よ。曲がったことは好かないって感じだし。その割に、したたかな面もあるし。そうでないと、長期発刊の雑誌の編集長は勤まらないわね」
「ふ~ん・・・。ねぇ、その中山さんと、一席設けてくれないかな?」
「え? 中山さんと飲むの?」
「ええ。まずは岡崎さんに捕まえてもらってて、後で僕が合流する形がいいかもしれないですね。僕、シノさんを迎えに行かなきゃいけないから。それが終わってからの方が都合がいい。10時半とか、11時とか」
 僕がそう言うと、岡崎さんはきょとんとした顔つきをした。
「なに考えてるの?」
「ん? いや、まだ妙案は浮かんでないですけど。でもこうなったら、敵前に乗り込むしかないかなぁ・・・と。 ── だって僕、負けず嫌いですしね」
 そう言って僕がニヤリと微笑むと、岡崎さんは僕と同じようにニヤ~と笑って、
「やっぱり澤君、根底は澤君のまんまね」
 と呟いた。

<side-SHINO>

 ああ、仕事が全然終わらない・・・!
 俺は、顧客の発注リストをエクセルデータにまとめる仕事に四苦八苦していた。
 例のスーパーに通い始めて早二週間。ここのところは日中も暇を見ては例のスーパーに通っていたから、その分しわ寄せが来てしまった。
 他のお客様に迷惑をかける訳にはいかない。
 でも、早くこの仕事を終わらせて行かなければと気持ちばっかり焦る・・・。
 そんな俺を余所に、うちの課はおろか、他の営業課の営業や事務職の女性陣達でさえも、そそくさと退社して行く様子に、俺は小首を傾げた。田中さんでさえも、素知らぬ顔をして「お疲れさまでした~」だなんてしおらしい声でそういいながら、小走りに会社を出て行った。
 俺も最近では定時ですぐに会社を出るという毎日を繰り返してきたから気づかなかったけど、皆、残業しなくなったんだなぁ・・・って思った。前はうちの会社、結構残業してるヤツ、多かったんだけど。
  ── まさか、俺のせいで全体的な仕事が減ってるんじゃないだろうな・・・と、俺は不安になった。
 俺と同様に、どうしても残らざる終えなかったという様子のワイン課の西宮に「仕事減ってる?」と声をかけたのだが、営業陣の中でも一番の下っ端の西宮は「え?!」過剰な程に驚いて、「いや、べべべ別に減ってなんかいませんよ!」と返事を返してくる。
 その妙な反応に、俺は顔を顰めた。
「本当かぁ?」
 俺がそう訊くと、西宮はバサバサと書類を俺の方に差し出して、「ほら! いつも通りです!」と食い気味に言ってきた。
 西宮の差し出した書類はワイン課の発注リストで、確かにその量はいつもと変わりない。
 でも・・・。それにしてもなんだ、その反応。
「お前、なんか俺に隠してる?」
「へ?!」
 西宮が飛び上がった。
「かかか、隠してなんか、いませんよぉ~」
 なんだ。怪しい。絶対。
「お前、何を隠してるんだ」
「隠してませんって~。第一、何をシノさんに隠すことがあるって言うんですかぁ」
 西宮の台詞に、俺は考え込む。
 確かに、何も隠すようなことはないよな。売り上げが減ってる訳じゃないんなら。
 でも何か俺は腑に落ちなくて小首を傾げたところで、部長室から帰ってきた課長に「おい、シノ」と呼ばれた。
「あ、はい!」
「ちょっと」
 課長に手招きされる。
 課長の席まで向かうと、俺は頭を下げた。
「すみません、受注リスト遅れてます」
「ああ、それは明日、手島に仕事を回せ。それから、地方出張もしばらくは川島に変わってもらえ」
 課長の台詞に、俺は眉間に皺を寄せて課長を見た。
 ドキリと胸が鳴った。
 口の中が一瞬で乾いていくのを感じる。
「それって・・・、営業から外れろってこと、ですか?」
 俺は、恐る恐るそう訊いた。
 ついに来たのだと、内心そう思った。

 

here comes the sun act.45 end.

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編集後記

先週は、誤字脱字もりだくさんで失礼しました(汗)。
これから直します・・・。

そして今週はというと、あんまりたくさん書けなかった・・・。
年度末は、仕事が忙しくって気がそぞろです。休日出勤当たり前になってくるし(涙)。


あ、そうそう。全然小説とは関係ないことですが。
コンクラーベ、始まりますねぇ。
国沢、キリスト教徒でもないんでもないんですけど、宗教学には興味あります。
なんか国沢、前世はアメリカで修道女をしていたとか。
そのせいでしょうか?
新たなローマ法王を決めるこのコンクラーベ。
今回は、いつにも増して意味合いが深いです。
というのも、この世の中には、どんな人がローマ法王になるかという予言書(マラキの予言書)があって、これが結構な確率で当たっているらしいのですが、その予言書では、次の112番目のローマ法王で最後になるらしい・・・(力汗)。
ようするに、112番目のローマ法王の時代に恐るべき審判が人類に下る・・・というものです。
その人類がキリスト教徒限定なのか、人類全体のことなのかはさっぱりわかりませんが、次に法王になる人はペトロと言う名前で、ローマ聖教会への極限の迫害の中で法王の座につくらしい・・・。
ということは、もめもめに揉めながら法王の座につくのでしょうか。
バチカンはここのところ、マネーロンダリングやら性的虐待問題やらで揺れていますから、そういうのも絡んで来るんでしょうか。
国沢は、ひょっとしたら黒人の枢機卿の方が法王になるんじゃないかなぁと思ったりしてます。なぜなら、枢機卿の中でペトロにまつわる名前の枢機卿はただ一人、ガーナのピーターさんだけだから・・・。
もしそうなったら、確かに揉めそうです。保守的な強硬派の人達が今だにたくさんいそうだもね。
なにはともあれ、国沢、コンクラーベに注目してるの。

・・・って、そんなことは、ブログに書けよ、ですね(ざぼ~ん)。

[国沢]

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