act.83
<side-SHINO>
関係者パスを入口で見せると、すんなりと会場内に入ることができた。
今日は、千春の初連載小説『だいじ』の発売記念のトークショーの日だった。
柿谷酒造の皆が「トークショーを見たい」と言ったので、急遽俺はハンディカムと三脚を片手に、加寿宮の業務として会場入りすることになった。むろん、流潮社の許可は取ってある。
あの日から、約1年半の時間が経っていた。
あの日・・・つまり征夫さんと川島の行方が判明してから約1年半。
俺から柿谷の皆に川島達の現状とこれまでの経緯を報告し、彼らにもう一度チャンスを与えてほしいとお願いすると、千春が推測したように柿谷の皆は了承をしてくれた。
タイミング的に新た薫風の仕込みが無事に済み、千春の連載小説の掲載が開始されるという、柿谷にとっては喜ばしい出来事が重なっていた時期だったお陰かもしれない。
千春・・・澤清順の初めてとなる連載小説は、流潮社が発行する書籍情報誌の巻末に掲載されることになった。
昔ながらの分厚い月刊小説雑誌だと若い世代の読者や女性に届きにくいとの判断で、ライトテイストな雑誌 ── 書籍情報誌に掲載することで幅広く読者を獲得しようとの岡崎さんの作戦だった。
その思惑がぴったりはまって、小説の連載が始まるとみるみる書籍情報誌の発行数が上がった。
最初は物珍しさから雑誌を購入した読者がそのまま定着してくれたのはもちろんだが、電車の中吊り広告や流潮社の他の雑誌で念入りに宣伝したことはもちろん、千春自身が小説の広報のため、様々なメディアへの露出を増やしたためでもある。
『つぶれかけの酒蔵を再生させるまでの奮闘記』というこれまでにない”人間臭いホームドラマ”を題材にして挑んだ初めての連載小説は概ね好評可を得て、約1年半の連載期間を終えた。そして今月、晴れて一冊のハードカバー書籍として出版される運びとなったのだ。
俺は、トークショーの会場の入口から中を覗き込んで、目を見張った。
俺としてはこのような場に参加したことがないので、いろんなタイプのカメラがたくさんきていることにまず驚いた。
テレビ関係らしき大きなカメラや雑誌関係のカメラマンが壁際や観客席の間にみっちりと詰まっている感じで、作家・澤清順の注目度の高さを改めて思い知らされた感がある。
かえって俺みたいな上下黒のビジネススーツ姿の人間は少なく、完全に場違いなのか、「すみません、すみません」と人をかき分け進む度に、頭の上から足先までジロジロと見られた。
「あ~、篠田さん! こっちこっち!」
岡崎さんが観客席のすぐ後ろ、ど真ん中の位置に立っていて、こちらに手を振っていた。
やっとの思いで岡崎さんのところまで辿り着く。
「篠田さんの為に場所取りしておいたわ。ここから撮影すれば、他のカメラに邪魔されないと思う」
「すみません、ありがとうございます。なんか素人が一番いい場所独占したみたいで・・・」
「他ならぬ篠田さんの頼みだもの。澤先生がまた小説を書いてくれるようになった影の立役者なんだし、これくらいはお礼させてもらわないと」
岡崎さんはそう言って、我が社のカメラをセッティングするのも手伝ってくれた。
そして会場の他の人がしてきたように、岡崎さんも俺のことを頭の先から足の先まで見る。
「篠田さん、相変わらず普通のビジネスマンにしておくには惜しいわぁ・・・」
俺はその台詞に思わず笑ってしまう。
「何を言ってるんですか、岡崎さん」
「昨日も篠田さんが関係者パスを取りにきてくれたじゃない? そしたらその後、うちの編集室はそれはもう大変な騒ぎだったんだから。 ── あのハンサムさんは一体何の関係者なんですか~って感じでね。皆てっきり売り込み中の新人モデルだとばかり思ってたみたい。まさか澤先生の恋人・・・カッコ 一般人 カッコ閉じる・・・とは思わないわよね」
僕は顔が熱くなるのを感じた。
千春にも「もうちょっと自分がカッコいいことを自覚した方がいい」と言われたりするんだけど、俺は未だに今ひとつ、ついていけてないんだ。
なので容姿のことを褒められると、正直どう対応していいか、わからない。
「今度うちのファッション誌の読者モデルで出ろ」と言い出す岡崎さんに、「ファッション誌なんてどこのも買ったことないですから」と断りつつ、会場内を見回した。
「凄い人の数ですね」
話題転換のために俺がそう声をかけると、岡崎さんは腕組みをして意気揚々とした表情を浮かべた。「今回はうちも本腰入れて宣伝費かけてるから」と言う。
「せっかく作家本人がやる気になってるだもん。 ── 本人の熱が冷めないうちになんとかしてやろうって寸法よ」
岡崎さんはまるで自分に言い聞かせるようにウンウンと一人頷いた。
どうやら流潮社では、『澤清順がやる気をみせるのは一瞬だから、その時を逃すな』という掟が以前から決められているらしい。
── 千春、相当頑張ったもんなぁ・・・。
二週間に一回来る締め切りに追われつつ、柿谷に出かけたり、取材を受けたりと、連載を始めてからというもの、千春は多忙を極めた。
そのせいで結果俺の夕食がコンビニ弁当になることも増えたけど、俺は正直言ってこの状況が嬉しかった。
そんなことを言うと千春に「僕と一緒に過ごす時間が減ったというのに嬉しいとは何事か」と叱られそうだが、千春が千春の才能や魅力を余すところなく発揮しているのを見ていられるのは何より爽快だし、やっぱり嬉しい。
確かに俺のためだけに千春が時間を使ってくれるのも嬉しいんだけど、それよりは千春にしかできないことをおもいっきりしてほしいんだ。
だって千春は、俺が独占するには勿体ないくらい素晴らしい人なんだから・・・。
一方、柿谷酒造も『いい影響』が出てき始めていた。
千春が取材やインタビューで『だいじ』のモデルは柿谷酒造だとたくさん言ってくれたお陰で、柿谷の方にもその効果が次第に現れてきている。
「あざといと言われても、僕は一切気にしない」と宣言した千春が露骨に宣伝活動を行ってくれたため、例の騒動の後遠のきかけていた販売店がまた扱ってくれるようになったり、中には『あの小説のモデルとなった酒蔵の酒』と宣伝ポップをつけて柿谷の酒を売り出すところも出始めた。
柿谷の酒は元々が質のいい酒だから、一度知ってもらうとリピーターも増え、販売数も伸びてくる。当然、柿谷の酒を店頭に置いてくれるところが増えてきたし、百貨店のバイヤーから特設コーナーを設けたいという話も舞い込んできた。
柿谷酒造の皆も、その手応えを確実に感じている。
あの堅物の親父さんが、千春が取材されている記事を集めてスクラップしていることを知った時は、俺も心底驚いた。今回のトークショーについても、最初に見たいと言い出したのは親父さんだったし。今では、ともすると俺以上に柿谷に通っている千春のことを、親父さんは可愛くて仕方がないようだ。現在でも唯一、柿谷の親父さんを叱れるのは千春だけだという事実がなによりそれを証明している。
千春の起こしたプラスのスパイラルが、どんどん上昇して、いい流れに繋がっている・・・・。
── 千春、いつから千春は、こんなに強くなったんだい?
俺と付き合う前から、確かに千春は強いところはあったけれど、葵さんに言わせればそれは『自分を守る鎧』として身につけた偽りの強さ・・・虚勢みたいなものだったそうだ。
でも今の千春は。
今の千春から感じる強さは、決して虚勢でもなんでもない。
彼の心の奥底から湧き出る、『真実の強さ』だと俺は感じている。 ── 俺の感じていることが果たして正しいのかは葵さんに聞いてみないとわからないけど、でもきっと俺の感じていることは間違っていないと思うんだ。
付き合い始めた当初の、時折不安げで脆そうな表情を浮かべていた千春は、もういない。
それどころか、取材先でも活き活きとして屈託のない表情を浮かべたりするから、益々巷の澤清順人気に拍車がかかったような気がするんだ。
本当に今の千春は輝いている・・・。
報道関係者のスタンバイが終わる頃には、ステージの前の空席に今回抽選で当たった澤清順ファンが会場に通されて座った。
やはり女性が多い。年齢層は若い人が多いかと思いきや、かなり幅があった。
何だかアイドル歌手のコンサート前みたいな妙な高揚感と緊張感。会場内はサワサワと揺れながらも、主役の登場を今や遅しと待ちわびている。
今回の司会進行役のフリーアナウンサーが打ち合わせを終え、壇上に上がった。
カメラが回り始める音が背後でいくつも重なったので、俺も慌てて録画ボタンを押した。
その瞬間、キャーーーーーーーという黄色い声が会場内を包む。
俺は反射的に耳を塞いだ。
澤清順の登場だ。
「リアル王子様が降臨された」
と俺の前に座る女の子達が口を揃えて言うのが、何だか面白い。
── そうかぁ、普通の人からすると、やっぱ千春ってリアルに王子様のように見えるんだなぁ・・・。王子は王子でも、ドS王子だけど。
ステージの真ん中まで進んだ千春は、椅子に腰掛ける前、俺に気がつき、少し手を振った。それが勘違いされたのか、またも会場中が黄色い悲鳴に包まれる。この世の中に、こんなに黄色い声援を受ける小説家っているんだろうかと思う。
マスコミの露出の多さとあまりのアイドル的人気に千春のことを批判する同業者の人もたくさんいたが、千春はまったく気にしていなかった。「皆が面白いと思ってお金を出して買ってくれる小説が書けている限り、何と言われようが知ったことか」という訳だ。
現に、文壇の重鎮・長田計子が「澤清順には、今のうちにやりたいことをやりたいだけやらせていればいい。人が腹をくくってやった行いをとやかく言う他人は、よっぽどの無粋な人間か才能がなく嫉妬心だけ一人前の者のすることである」とどこかのインタビューに答えた時点で、表立った澤清順は次第に鳴りを潜めていった。
千春は自称『人間嫌い』だと以前はよく言っていたが、不思議と彼自身は人の心を惹き付ける。
皆きっと、千春が表面上は尖っていても、心根は凄く優しくて一生懸命な人だってことわかってるんだと思う。
トークショーの間も、千春は女性ファンばかりか報道のカメラマンまで魅了した。
「いくら僕には書かねばならない理由があったとはいえ、小説を連載するなんてこと、普通ならするものじゃありません。考えてみてください。二週間に一回締め切りがくる生活なんて、スランプに陥ってる暇すら許されないんですから。そこのところ、わかってます? 皆さん。そこでポカンと口開いて座ってるのあなた達に、僕の苦労が伝わりますか?」
── 毒舌は相変わらずだけど(汗)。
しかしこんなに毒舌な発言をしても、なぜか和やかな雰囲気で許されるんだから、相手を魅了してないとこんな技、できない証拠だよ。
司会者から「すでに続編の連載も決定したとお聞きしてますが」との発言に、会場内がワァッと盛り上がり、自然発生的な拍手が沸き起こった。
千春はクールな表情のまま、「ええ。だからこのトークショーもきっちり定刻で終えるようにしてください」と答える。え~っというブーイングに千春は会場を一瞥すると、「愚かにも更なる苦行をすることを選んだ僕に時間の猶予はありません。あなた達もこの後お茶してゆうゆうと家に帰れる時間ができるんだからいいでしょ」と言い放つ。
いつものこととはいえ、流石に見てるこっちが冷や汗掻くよ。
それでも時折見せる千春の笑顔に会場中が黄色い歓声に包まれるのを見ると、小説の魅力もさることながら彼自身の魅力もあいまって、人気に繋がっているんだなぁと実感する。
リアル王子様・・・か。
俺だって今だに、彼と一緒に暮らせてるのが不思議でならない。
<side-CHIHARU>
トークショーを終えた僕は、その後流潮社に戻って今回の出版に関しての契約書の最終チェックやら今後のスケジュールの確認をした後、晴れてお役御免となった。
流潮社の車で家まで送ってもらうと、僕は一息ついてから荷造りを始めた。
この後、シノさんを僕の車で会社まで迎えに行って、そのまま柿谷に行く予定になっている。
シノさんも今回は仕事の名目があるから、終業時間を待たずして柿谷に向かえる。
今夜は柿谷でも出版記念のパーティーを開いてくれるらしい。
僕の鞄の中には、初版の『だいじ』のサンプル本が突っ込んである。
タイトルの『だいじ』は柿谷酒造の皆がよく使っている言葉だったから、それをタイトルにした。
『だいじ』というのは、どうやら栃木の方言的なものらしい。
最初聞いた時は『大事』かと思っていたが、どうも文脈が繋がらない。そう思っていたら、栃木では「大丈夫」とか「心配ない」っていう意味で「だいじ」というらしい。
── 大丈夫。シノさんがよく使う言葉だよね(笑)。
それに相手を労る言葉でもあるから、物語には相応しいと思ったんだ。
それに朝の連ドラって、ひらがなで短いタイトルが多いしね(笑)。
周囲の人は今だに冗談かと思っているようだが、少なくとも僕と岡崎さんだけは本気だ。
サンプル本、よろこんでくれるといいけど・・・。
僕は荷造りを終えると、携帯をチェックして、シノさんに『今から出ます』と連絡をした。
here comes the sun act.83 end.
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編集後記
今週だけでは終わりませんでした(汗)。
書く馬力が段々弱ってきてるのは加齢のせいか・・・。
いや多分首のせいだろう(大汗)。
というころで、次回の更新が最終回となります。
あまりに不定期な更新により、いかほどの方々が最後までお付き合いしていただいているか定かではありませんが、よく考えたら初回のアップが2012年1月だから、2年と半年ぐらい時間をかけて更新したことになります(今は9月だけど。途中お休みも多かったから、実質それぐらいになるのではと思います)。
こう見ると長いですね(汗)。
アメグレよりは短いけど、それに匹敵する勢いじゃないか・・・。
前作オルラブから含めるとほぼアメグレと同じくらいの話数になるんじゃないでしょうか。
最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございます(次回も多分同じこと書きますが)。
それでは、次回最終回、お見逃しなく!!!
[国沢]
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