act.70
<side-CHIHARU>
シノさんの家の近くに借りてある駐車場に到着したのは、深夜 ── というよりか朝方に近い時間帯だった。
車のエンジンを止めて車外に出ると、冷たい空気が頬を刺す。
今年は暖冬だという話だが、それでもこんな時間だとそれなりに空気は冷える。
僕は、柿谷酒造の取材から戻ってきたところだった。
2泊3日。おかみさんには、「こんな夜に帰るのなら、もう一晩泊まっていったら」と言われたが、シノさんに早く会いたくてと白状すると、おかみさんに「それなら仕方がないわ」と笑われた。おかみさん・・・というか柿谷酒造で僕たちの関係は既にバレているせいもあって、そこら辺は気を使わなくてよくなった分、凄く楽だ。あの堅物の親父さんも口に出しては言わないものの、かといって僕を避けたりもしない。余程おかみさんに『言い聞かせ』られたのだろうか。
実のところ。僕は今週、火曜日からシノさんに会えていなかった。
今は土曜日の早朝だから、都合4日間もシノさんの顔を見ていない。
今週は前半にシノさんの地方出張があって、週の後半に僕の柿谷での取材があったから。
こうなることは覚悟していたとはいえ、やっぱりシノさんが足りないよ・・・。
吹越さんと付き合っていた時でさえ、僕はこんなにも人に執着したことはなかったのに、3日もシノさんに触れていないだけで「ああ、ダメだ・・・」と気分がヘコんでくる。
幸いにも、比較的僕は徹夜に強いタイプだったから、変な時間にこっちに到着することになるとはわかっていたが、帰宅することを選んだ。
僕はシノさんの家までの道を歩きながら、かじかんだ手に息を吹きかけた。
遠くで新聞配達のバイクらしき音が響いてくる。
今の時期は、クリスマスから年末にかけてシノさんの業種は一番忙しくなるから、今日はシノさんが週休二日をまともに取れる年内最後の休日となるはずだ。
多分シノさん、今頃はグッスリ眠っていることだろう。
エレベーターを降りると、僕は足音を忍ばせて305を目指した。
そうっと鍵を差し込み、ゆっくりと回す。
それでも鍵が開く音が辺りに響いて、ヒヤッとした。
── いや、別に疚しいことをしている訳じゃないんだけどさ。
部屋の中に入ると、当たり前だが真っ暗だった。
まずは真っ直ぐ洗面所に向かって、手と顔を洗い、うがいをする。
そして僕は大きく肩を使って息を吐き出した。
洗面所の中はシノさんの香りがほのかにして、「ああ、帰ってきた」って気持ちになったからだ。
ダイニングキッチンに向かうと、案の定、テーブルの上に、夕食の弁当の食べた跡がそのまま残っていた。
僕はそれを見て苦笑いする。
「もう、シノさんったら。ゴミ箱に持って行くことぐらいできるでしょうに・・・」
僕はそう呟きながら、お弁当の器を手に取る。
── お、これってコンビニ弁当じゃない。
シノさん、ちゃんと僕の言いつけ守って、商店街のお惣菜屋さんのお弁当買ってきたんだ。
ということは、金曜日は残業せずに帰って来れたってことだね。
自然と僕の頬が弛むのを感じる。
コンビニの弁当は添加物とかいろいろ余計なものがかけてあるからなるべく食べないでって、日頃から言い聞かせている。
でもシノさんが残業してくると、実質コンビニしか開いていない時間に帰宅することになるから、総菜屋の手作り弁当を買いたくても買えないんだよね。
僕は、弁当の器を軽く水で流して、流しの下のゴミ箱に捨てた。
ゴミ箱を覗くと、一昨日はやはりコンビニ弁当だったようだ。
僕がいない初日は作り置きしたご飯を食べてるはずだから・・・実質コンビニ弁当は1日だけか。
「ま、よしとするか・・・」
僕はそう呟いて、ドアを閉めた。
しかし、ゴミ箱を覗いてまでシノさんの食生活をチェックしてる自分に、正直引いてしまう。
── これじゃまるで僕はシノさんのお母さんみたい・・・。
最近、自分で自分がわからなくなってきている。
でも、結婚するってこんな感じなのかなぁとも思うんだ。
自分のことより、パートナーのことを何より優先するって感覚。
思えば、祖母が大好物のいちごを買ってきては、好きなくせにそれを僕に「全部食べていいよ」と差し出していたのって、そういうのと一緒なのかも。あの頃はそんな優しさなんて僕は全く理解できず、「ありがとう」も言わないで当たり前のように平らげていたっけ。
柿谷のおかみさんだって、普段あんなに親父さんとケンカをしていながらも、夕食では常に親父さんの食べている様子を気にかけながら食事をしているのが窺えて、いい夫婦ってそういうことだよなって思った。
だから、今こうして、まるでストーカーみたいにシノさんの食べた跡をチェックしているのも、彼女達に少し近づけている証拠なのかも、と前向きに捉えることにした。
ダイニングキッチンと寝室を隔てる引き戸をスーッと引くと、シノさんの寝息が聞こえてきた。
中を覗き込んでキョトンとする。
── なんでシノさん、自分のベッドで寝ないで、いつも僕が使っている布団を出して寝てるんだ???
シノさんは、頭半分布団に潜り込んで眠っている。
布団をわざわざ出して寝る方が手間がかかるのに、何してるんだろう、この人。
僕は頭を捻りながら、寝室の中に入った。
押し入れの戸を開け、僕用の部屋着に着替える。
ジャケットを脱ぐと、やっと肩の力が抜けた感じがした。
いくら柿谷酒造は慣れたところとはいえ、シノさん抜きで僕だけ取材でお泊まりというのは、やはりどこか力が入ってしまうのだろう。
僕はまた大きく息を吐いて、洗いに出すものを手に取った。
ついでに床に散らばっていたシノさんのワイシャツとタンクトップ、ソックス、パンツも拾う。
本当にシノさんって、僕がいないと『食べたら食べっぱなし、脱いだら脱ぎっぱなし』。
さぞや妹さんも苦労してたんじゃないかな。
まぁ最近では、僕が一緒にいる時は、僕に小言を言われるのが嫌でちゃんとするんだけど、僕が傍にいないと途端に元の『片付けできないダメ人間』に戻ってしまう。
僕は、汚れ物を洗濯機に放り込んでタイマーをかけた。
一眠りして起きる頃には洗い終わる設定にする。
そして欠伸を噛み殺しながら、寝室に取って返した。
── ああ、やっと横になれる・・・。
僕は布団を捲って、シノさんの背中側に身体を滑り込ませた。
僕用の大きめな布団なので、二人が潜り込んでもはみ出ることはない。
シノさんの体温で温かくなった布団は、最高に心地がいい。
僕はまるで温泉に浸かるみたいに、「はぁ~」と吐息をついた。
シノさんの項に顔を埋めて、思う存分、シノさんの香りを吸い込む。
── おちつく~・・・・・。
心地よい眠気に襲われながら、僕はシノさんの身体に手を回して、「ん?」と小首を傾げた。
腕に当たった感触に、眠気が一気に覚める。
僕は、前に回した手でシノさんの股間を触った。
── 朝勃ちしてる。
「シノさん、今日も元気だなぁ。体調はいいみたいだね」
僕は思わずクスクスと笑ってしまった。
朝勃ちは男にとって生理現象だから、僕も寝て起きると大抵同じような感じになる。逆にそうなってないと体調が悪いのかと心配するぐらいだ。朝勃ちは、別に性的に興奮してなるものではない。
そうはわかっているけど、こうして勃ってるシノさんに久しぶりに触れちゃうと、こっちがムラムラ来るってものだ。
「シノさん、ごめんね」
僕は極々小さな声でシノさんの耳に囁くと、本格的に体勢を整えて、シノさんを触り倒すことに決めた。
夜中に車を運転して帰ってきた疲労感よりもシノさんを味わう欲望の方が勝るぐらい、僕はシノさんに餓えているんだ。
<以下のシーンについては、URL請求。→編集後記>
here comes the sun act.70 end.
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編集後記
いや~、オリンピック、終わっちゃいましたね。
なんていいながら、突然の大人シーン突入でございます。
ラブが書きたかったんだよ~~~~。全然話としては進まないけれども~~~。
なんかこの二人に関しては、日頃の何気ないワンシーンを書くのが面白いです。
お弁当の下りなんか、メッチャ生活感満載(笑)。
大人シーンの中の会話も、結構生活感がにじみ出てたりして、メルヘンはないけどほのぼのさはあるかなぁと思ったりしてます。 ── その代わり、どんどんエロからは離れていってるような気もするけど(汗)。
次週もひょっとしたらほのぼの休日編になるかも。
シノさんのダメ男っぷりがまた発揮されるかな?
いやでも、もしシノさんみたいな子と付き合えるなら、少々ダメ男でも全然OKッス(笑)。←私生活、ほぼシノさんに近いお前が言うなって感じですが(汗)。
では、また来週!
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[国沢]
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