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nothing to lose title

act.33

<side-SHINO>

 短い外出を終え、俺は会社に戻った。岡崎さんと一緒に。
 俺と千春の関係が写真週刊誌に掲載され、雑誌は明日発売だという。
 川島に金を渡して俺の情報を得たのは、写真週刊誌の記者なのだろう。
 川島は、俺の自宅の場所と俺の簡単な生い立ちを記者に話したのだという。
 確かに、川島のしたことは許すべきことじゃないのかもしれない。現に川島は、責めを受けるのは当然のことと、何度も額を床に擦り付けて俺に謝ってくれた。
 俺はといえば、川島を責める気にはなれなかった。
 川島が自暴自棄になった気持ちもわからないではなかったし、俺としてはむしろこれ以上千春との関係を隠し続ける必要がなくなるのだから、かえってよかったのではないかと思えたほどだ。
 千春は、自分達の関係が俺の周囲にバレることにかなり怯えていた。
 それは以前からの様子でわかってはいたが、まさか問題の記事を読んでぶっ倒れてしまうほど深刻に捉えていたとは思わなかった。
  ── ゲイの男と付き合ってることがバレたら、普通に暮らせなくなる。
 千春はそう言ったけど、俺にとって千春が傍にいなくなることの方が”普通じゃない”もの。
 あの時千春は、絶対「別れよう」っていうつもりだったんだろうけど。
 俺はそれを言わせなかった。
 嫌いで別れるなら仕方がない。
 でもあの時の千春は、俺を守るために別れを選択しようとしてたんだ。
 そんなの、間違ってる。
 俺達は、悪いことをしてるわけじゃない。恥ずかしいことをしてるわけでもない。
 そうなんじゃないのか?
 だから俺は、「一緒に住もう」と千春に言った。
 千春が気を失っている間、岡崎さんから千春にとっての「一緒に住む」ことの意味を聞いた。
 岡崎さんは、「あくまで私が感じていることだけど」と断りを入れた上で話してくれた。
 ゲイにとって「一緒に住む」ということは「結婚」と同義であること。
 しかも千春は、両親の結婚の末路を見ているためか、「結婚」ということにある種恐怖心を抱いていること。
 だからこそこれまで、失うことの苦しみから逃れるために、「諦める」ことや「手放す」人生を選択してきたこと。
 そんな重い気持ちを抱え込んでいたにも関わらず、あの雨の晩、千春は俺に言ってくれたんだ。
 「一緒に住もう」と。
 俺は、千春が恐怖心があるにも関わらず勇気を振り絞って言ってくれたそのひと言を、ちゃんと意味を理解していなかったとはいえ、一度は拒否してしまったんだ・・・。
 俺が断った後も、千春はいつもと変わらず俺に接してくれたけど、今思えば、どれだけ傷ついていたんだろう。
 千春、ごめん。
 俺は千春をこんなに好きなくせに、俺はまだまだ君を本当に理解できていない。
 それなのに君は、今も変わらず俺の幸せを第一に考えてくれている。
 だからこそ千春は、俺のためにまた「手放す」選択をしようとしていた。
 でも、それは違うよ。
 俺は違うと思う。
 千春が「手放す」必要はもうない。
 俺は、千春、君と二人で生きていくと心に決めたんだ。
「一緒に住もう」
 俺がそう言うと、千春はポカンとした顔をした。
 だから俺は、千春に言い聞かせるようにもう一度繰り返しそう言った。
 やっと俺の言ったことを理解した千春は首を横に振りながら、「そんなことしたら、シノさん大変なことになるよ」と言ったが、俺は千春が納得するまで「一緒に住もう」と言い続けた。
 ゲイのカップルが一緒に住むことが結婚と同じ意味になるのであれば、早くそうすればいいんだ。
 週刊誌の記者だって、結婚した夫婦の浮気問題ならこぞって記事に書き立てるだろうけど、家庭円満の夫婦のネタなんか、そのうち興味を示さなくなるだろ。ゲイカップルだから最初は多少騒がれるだろうが、「これが俺達にとって自然な形なんです」と開き直ってしまえば、そのうちきっと話題にも上らなくなるに違いない。
 ひょっとしたら俺は、千春を得ることで何かを失うことになるかもしれないけど、千春だってその代償を負ってきているんだ。
 俺だって、千春を失うくらいなら・・・。
 俺は腹をくくった。
 これから何が待ち構えているか想像もつかないけど、俺は千春との生活を守っていきたい。
 一家の主が自分の城を守る苦労は、どの家にだってある。
 俺にとって千春との生活は、ごく「普通の」幸せな生活なんだ。

 社長に連絡をすると、丁度よいタイミングで打ち合わせの予定が変わって一時間ほど時間が空いているとのことだった。
 千春は「僕も一緒に謝りにいきたい。きっとシノさんの会社にも迷惑をかけるから」と言ったが、顔色は依然としてあまりよくなかったので、寝ているようにと言い聞かせた。
 今回の事情は岡崎さんの方が冷静に話せるから、と岡崎さんも一緒に説明をしについてきてくれることになった。
 例の雑誌を社長に見せると、社長は意外にも凄く静かに淡々と記事に目を通した。
 しばらくして雑誌から顔を上げると、「これは間違いなくお前のことだな」と確認するようにそう言った。
「はい」
 俺はすぐに返事を返す。
 社長室には、加寿宮社長と俺、岡崎さんの他に社員はいなかった。
 俺と岡崎さんの深刻な顔を見て、社長も何か感じるものがあったらしい。人払いをしてくれたのだった。「お茶も持って込んでいい」と総務の鈴木さんに声をかけてくれた。
 「すみませんね。お茶もお出しできず」と社長が朗らかに言ったものだから、最初緊張していた岡崎さんも今は幾分表情は落ち着いていた。
 加寿宮の社長室は、自社ビルの会社という割に狭い。
 社長は毎日今だに方々を飛び回っているし、会社に帰ってきてもいろんな部署に顔を出して、そこでお茶なんか飲んでいたりするものだから、「社長室が大きいのはスペースの無駄」と元々在庫置き場だった倉庫を設計段階で社長室にしてしまったような人だ。
 見た目は冷静沈着なロマンスグレーといった少し近付き難い雰囲気がある加寿宮社長だが、一旦言葉を交わすと、豪快な物言いの割に繊細な気遣いもできて、見た目と違って親父ギャグも好んで言ったりすることが多いので、政財界にも顔が広い。
 うちは加寿宮社長のワンマン会社ではあるが、小さいながらも東京で自社ビルを持ち、倒産することなく商売を続けてこられているのは、加寿宮社長の縁の強さによるところも多い。
 実際、俺自身、社長に拾われてからというもの、俺の親父代わりは加寿宮社長だった。
 本当に頼りになる人だし、信頼している。
 俺と千春の関係は、決して世間様に顔向けできないことではないとはっきり断言できるが、でも加寿宮社長が今回のことをどう捉えるのかについては、内心少し不安だった。
 家族にカミングアウトするのって、こういう感じに似ているのかなぁと頭の中でぼんやりと思った。
 社長室においてある小さな応接セットのソファーに腰掛け、俺と社長は向かい側、岡崎さんは俺の隣に腰掛けていた。
「これは・・・明日発売なんですか?」
 社長が岡崎さんにそう訊くと、岡崎さんは出版業界の仕組みの簡単な説明と、今回発売される雑誌の販売差し止めは難しいことなどを細かく説明してくれた。
 さすが百戦錬磨で気難しい作家さん達と渡り合ってきた岡崎さんだ。話す内容には説得力があった。
 社長は途中幾度も頷いていた。
「なるほど。状況はよくわかりました。今後、我が社にマスコミから取材攻勢をかけられる可能性があるということですね」
「はい。どこまで他社のマスコミが興味を示すかはわかりませんが、まったくないとは言い切れません。その場合の対策が必要だと思われます。法的なこともある程度理解しているマスコミ対応の選任スタッフを構えるのが一番だと思いますが、必要とあらば弊社から出向させることも可能ですが」
「それは頼もしいですな。ですが、ある日突然聞いたこともないような部署が現れて、見も知らない人が働き出すというのも・・・。対外的にはそれでいいが、社内的には不自然な細波が立ってしまい騒ぎが大きくなる。まずは篠田にとって身近な存在である同僚達に「変なことが起きている」と思わせないようにする方が大切なような気がしますな」
 社長がそう言うと岡崎さんもはっとした表情を見せ、「確かにそうかもしれません」と呟いた。
「マスコミ対応なら、うちにも広報部がありますのでそこにやらせます。万が一法的な問題が出てきた場合は、我が社にも顧問弁護士がおりますので、そちらで対応してもらうようにしましょう。ただ、岡崎さんが言う通り、マスコミ業界独特の”作法”や”流儀”もあるようですから、広報部で処理しきれない何かわからない問題が生じた時、アドバイスしていただける体勢だけ流潮社さんで組んでいただいてサポートしていただけるとありがたいですな。 ── ただ、その前に確かめておかねばならないことがある・・・」
 社長はふいに俺の方を見ると、真顔で訊いた。
「お前は、どうなんだ」
「は・・・」
 一瞬社長の言わんとしていることがわからず、俺は思わず聞き返した。
「は、じゃない。この記事のことは本当なんだろう?」
「は、はい」
「この澤清順さんとやらと付き合ってるわけだよな」
「はい」
「で、どうするんだ。週刊誌にすっぱ抜かれて、彼とのことをどうするつもりなのかと訊いている」
「別に、どうも」
 俺がそう答えたので、社長は「なんだ、そのちんちくりんな答えは」と拍子抜けした顔をした。
 俺は続けた。
「彼との関係を変えるつもりはありません。俺にとっては彼と過ごす毎日がごく普通のことだし、悪いことをしているとも思ってません。週刊誌に取り上げられようが何だろうが、そのせいで変わる関係じゃないです。しいて変わるところがあるとすれば、近々一緒に住むことですかね」
 社長は目を丸くした。
「一緒に住む? それは所帯を持つってことか」
「はい。まぁ、そういうことです」
「記事にされてこれから騒がれそうになるというのに、更に一緒に住もうというのか」
「はい」 
「 ── じゃ、お前、俺に反対されたらどうするつもりだ。恋人か仕事かどっちか諦めるつもりなのか」
 思っても見ないことを社長に言われ、俺は一瞬言葉を失った。
「う。う~・・・。そ、それは~・・・・・。俺にとっては社長も彼のことも大切なんで二者選択なんてできません。だから、社長に認めてもらうまで、なんとか頑張るしかないです」
 俺の言い草にほとほと呆れたのか、社長はハァと溜め息をついた。そして岡崎さんを見ると、「ほら見てください。これがうちの倅代わりですよ」と呟いた。
 岡崎さんはどう答えていいかわからなかったのか、ハァ・・・と曖昧な笑みを浮かべた。
 社長は緩く首を横に振るとこう言った。
「まったく。最初に会った日からお前は少しも変わっとらん。意固地というか頑固というか、バカ正直というか。どんなことも物事をオブラートに包むということをせん。  ── まったく、憎みたくても憎みきれんヤツだな」
 俺はそれを聞いて、目を輝かせた。
「じゃ、認めてもらえるんですね!」
「なんだこのキテレツな会話は。まさか俺は社長室で男同士の結婚を認める認めないと詰め寄られることになろうとは夢にも思わなかったぞ」
「そ、そうですけど。でも・・・」
「認めるかどうかは、お前の話だけ聞いても頼りにならん。その彼とやらをここに連れてきなさい。話は、それからだ」
 社長はそう言って、腕組みをしたのだった。

 

here comes the sun act.33 end.

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編集後記

先週は結局お休みしてしまってすみませんでした。
連休の最終日、夜の七時頃、妹家族は実家を満喫して帰ってゆきました。
その後の国沢はと言えば、まるで燃え尽きたか「あしたのジョー」のように真っ白になってました。
す、少し老けたかな・・・(遠い目)。
小さな子どもと遊び続けるパワーは、本当に体力を消耗しますね(脂汗)。
全国のちびっ子達を育ててるお母様方。ご苦労様です!

今週の更新内容はというと、なんか昭和のホームドラマのようになってしまいました。シノさん、親に(とういうか親代わりの人に)結婚を承諾してもらうため説得するの図、です。

なんかほのぼのしてるわ~。
いや、これからがきっと大変なんですけどね。ええ。

でもきっとシノくんの真っ直ぐさなら、頑張れるはず!!
お母さんは、そう思っております。

[国沢]

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