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nothing to lose title

act.75

<side-CHIHARU>

 大晦日。
 加寿宮社長から頂いた最上級のドンペリを二人して飲み干す頃には、時計はいよいよ12時を指し示そうとしていた。
 互いに忙しない年末を迎え・・・特にシノさんはぎりぎりまで仕事と引っ越しの準備に追われていたから、本当に無事に正月を迎えられるか自信がなかったけれど、一先ず親しい人達への新居のお披露目まで済ますことができた。
 まさかシノさんが引っ越しして直ぐに「みんなを呼んでお披露目パーティーしよう」だなんて言い出すとは思わなかったけれど、結果的に言えばこれでよかったように思う。身体的にはハードだったけれど。
 こうして二人きりになってみると、逆になんだかこの真新しくて広い空間が手持ち無沙汰に思えて、僕は今更ながらにソワソワしてしまった。それはシノさんもそう感じているようで、ドンペリも含めて今夜はかなりの量のお酒を飲んでいるはずだったが、彼はまだ今の時点でもシャッキリとしていた。
「なんか、質のいい酒って、あんまり酔わないんだな」
 空瓶になったボトルを電気に翳しながらそう言うシノさんに、僕は「あ、シノさん、年が明けますよ」と声をかけた。
「え? ホントだ」
 シノさんが反射的にテレビをつける。
 ほとんど同時にテレビから寺の鐘がゴーンと鳴り響いてきて、新しい年が幕を開けた。
 続いて、テレビからは「あけましておめでとうございます」と騒がしい声が溢れてくる。
「あけましておめでとうございます」
 僕がそう声をかけると、シノさんが僕の方を見た。
 僕はきちんと姿勢を正すと、「これからよろしくお願いします」と頭を下げた。
 年明けは、信じられないくらいあっけないものだったけど、でも今日から二人で暮らす新しい一年が始まるのだから、きちんと挨拶をしておきたかった。
 それはシノさんにもちゃんと伝わったようで、シノさんも一人がけソファーの上に正座をすると、「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」と頭を下げた。
 全然ロマンチックでもなんでもない年明け。
 引っ越す前は、「年越しの時はキスをしながら向かえるっていうのもいいよね」・・・だなんて思っていたけれど、そのもくろみも脆くも崩れ去り。
 でも、こういうのが僕とシノさんらしいって思えた。
 こんな不器用な感じの僕らも、悪くないって。
 シノさんは、僕を真っ直ぐ見ると、
「これからは、楽しいことも嬉しいことも・・・それに不安なことも、これまで以上にもっともっとたくさん話していこう。お互いに」
 と言ってくれた。
 僕はうんと頷く。
 これから、いよいよ『二人一緒に暮らす』生活が始まるんだなぁとようやく実感めいたものが生まれてきた瞬間だった。
 去年の今頃は、シノさんから離れるために必死になった結果、精神的バランスを崩して破れかぶれな生活をしていた僕だったのに、今はこうして目の前にシノさんがいてくれているだなんて。
 そして目を落とすと、そこにはシノさんがくれた指輪まで光っていて・・・。
 それを見るだけで心がギュッとなってしまう。
 どこまでシノさんに僕の暗く渦巻く本音を打ち明けられるかわからないけど、僕も努力しなきゃ。ずっとずっとシノさんと一緒に暮らしていくためにも・・・。

 <side-SHINO>

 新年の挨拶を終えた後、千春は少しだけテーブルに残っていた食器をキッチンに運んで食器洗浄機に入れた。
 俺は部屋のあちこちに点在していた空き瓶を集め、キッチン下のダストスペースの籠の中にそれをまとめていれ、テーブルを拭いた。
 キッチンに取って返すと、千春は先に女性陣が洗い上げしてくれていたレンタル品の皿を袋に片付け終わっているところだった。
「さて。本当にこれで片付けは終わりましたね」
 さっぱりとした口調で千春にそう言われ、急に俺の心臓がドキリと跳ね上がる。
 だって、もうやるべきことは全てやりおえて、てことは後は風呂に入って寝るだけ、だろ・・・。
 夕べは引っ越して初日だったにも関わらず『初夜』はしなかった訳で。 ── まぁ今更、何度もエッチしちまってる俺達が初夜もクソもないんだけどさ・・・。
 妙になんだか意識しちまって、俺はゴホンゴホンと咳払いをした。
「?」
 千春が怪訝そうに小首を傾げる。
「シノさん、大丈夫?」
「えっ、あ、あぁ。大丈夫」
「じゃ、どうしたの?」
 そうマジマジと訊かれると・・・・(脂汗)。
 俺は思わず明後日の方角を見ながら、「ええっと・・・その・・・。風呂、入りますか」と言った。
  ── ああ、顔がカッカする。今の俺、物凄く不自然だった?
 案の定、「何でシノさん、急に丁寧語なの?」と突っ込まれた(汗)。
「それって、シノさんがお風呂入りたいから、準備してほしいって意味?」
 下から指をさされて、半笑いされてしまった。
「違うよ! ほら、新しいお風呂は広いから、二人一緒に入れるなぁ・・・とかって・・・思って・・・」
 言ってるうちに、声がどんどん尻すぼみになっているのが、自分でもわかった。
 だって今の流れで言うと、千春にバカ笑いされて終わりそうだったからさ。
 ところが、千春の反応は意外だった。
 こちらがガチガチに緊張しているのが伝わったのか、「あ、そういう意味・・・」と硬い声で呟いた後、少し固まって、ふいに無言で風呂場に行ってしまった。
  ── なんだ、なんだ、千春。さっき、無表情になってたけど・・・。
 俺は慌てて千春を追いかけた。
 千春は蛇口を捻ってバスタブに流れ落ちる湯の温度を手で確認しているところだった。
 千春が何を考えているのかがわからなくて、俺は思わず戸口から顔を出して中を窺うと、「ええと・・・千春?」と恐る恐る声をかけた。
 すると千春はぶっきらぼうに、「だから、一緒に入るんでしょ、お風呂」と返事をした。
 最初は怒ってるのかなぁと思ったんだけど。
 よくよくみたら、俺に背中を向けたままの千春の耳が真っ赤に染まっているのが見えて、なんだぁ、テレてんのかと思ったら、物凄く千春が可愛く思えた。
 千春って、このギャップがいいんだよな、凄く。
 いつも千春は年上の俺なんかより超然としていて、エッチモードになっても俺のことをリードすることがほとんどだから、こんなことはマレなんだけど、一度テレ始めると、俺より赤面症だったりする。
 この前のクリスマスパーティーでも、俺が他の人と話している間は俺の横顔をかなり見ているらしく、そのくせ、いざ俺が千春の方を見ると、途端に視線を外して顔を赤くする場面がよくあった。そこを儀市君に指摘され、「そんな訳はない」って食って掛かってたけど、あまりに健気な顔をして俺の顔を見ていたようなので、そこを儀市君にスマホで写真に撮られ、猛烈に凄い勢いで「消せ!」と怒鳴り散らしていた。
「だってさ~、あまりにもハルが乙女な顔してたから、思わず」
 確かに、どさくさまぎれに見せてもらった俺を見てる時の千春の顔は、従順で可愛い子犬のような表情をしていた。正直、そんな顔でいつも俺を見てるんだと心の中で驚愕の声を上げたくらいだ。知らなかった。
 儀市君や他の友達・・・昔からの千春を知ってる人達も一様に驚いていたから、きっとそんな顔をするようになったのは、俺と付き合い始めてからなんだろう。
 それが葵さんが言う、「千春は変わった」ってことなんだろうか。
 葵さんには、俺も変わったって言われた。
「なんか艶っぽくなって、男前度が上がった。偉い偉い」
 って頭をよしよしと撫でられた。「頑張ったのねぇ~」とかって言われながら。
 俺は別に頑張った覚えは特になかったので、「そんなことないですよ」と答えておいたが、葵さんは「シノ君がそこまで努力できる人で私は嬉しい!感激した!」と言われ続けるものだから、何だかわからないままに「はい」と褒められることにした。最後には葵さんが少し離れた場所にいる千春に向かって意味深なウインクと親指を立てたグッドサインを送っていたいたことも俺にはまったく意味がわからなかったんだけど、その後千春がウィスキーを吹き出していたんで、千春には意味がわかったんだろう。まぁ、艶っぽくなったって言葉は、最近会社でも女性社員達によく言われていることなんだけど・・・。
 俺自身は、毎日鏡で自分の顔を見ているけど、別にそんな変わった感じはしないし、年末は忙しかったから少し痩せたと思うくらいで、男の色気が出てきたと言われても、今ひとつピンときていない。


 バスタブに湯が注ぎ込む音を聞きながら、俺達は脱衣所で服を脱いだ。
 なんだか互いにテレてしまって、二人事務的に服を脱いでしまう。
  ── ええとこの場合、どういう風にしたらロマンチックな雰囲気になるものなのか。
 これって、言い出したのは俺だから、俺が何とかしなくちゃいけないんだろうけど、如何せんこういうことにはいつも以上に疎い俺様・・・(大汗)。
「あぁ・・・全然ロマンチックになれない・・・」
 思わず口に出して呟いてしまい、俺はハッとして自分の手で口を塞いだ。
 しまった。千春、今の聞いてたかな?
 千春が、こちらを振り返り、俺を見る。
  ── ああ、やっぱ聞こえてたか・・・。
 まるで千春を責めるような意味合いに取られてたら嫌だなぁと思っていたら。
 ふいに千春がプッと吹き出して笑い始めた。
 片目を細めて、本気笑いしている。
「え? お、俺、なんか面白いこと言った?」
「いえ、別に、そういうことでは・・・あはははは」
「じゃ、なんだよ?」
「いや、何だか、考えてることは一緒だったかと思ったら、おかしくって・・・」
「一緒?」
「ええ」
 千春は、目尻に浮かんだ涙を指で拭って、「あー、笑った」と呟いて、その後、深呼吸をした。   
「シノさん、僕もね。さっきからずっと、どうしてこんなにロマンチックのかけらもないことになっちゃってるんだろうって思ってたんですよ」
 千春にそう言われ、俺も何だか肩の力が抜ける。
「なんだ、そうだったの?」
「ええ。だってシノさん、緊張で顔ガチガチになってたし」
「え?! ホント?!」
 両手で頬を挟み込みながら俺が言うと、千春は頷いた。
「それが僕にも伝染して、僕も何だか落ち着かないし」
「お互い様ってことか」
「そうですね。 ── ま、新居に引っ越してきたばかりだし。身体も疲れてますから、そういうせいにしておきましょうか」
 俺も笑いながら、「うん」と頷いた。
 確かに、疲れてるとエッチモードにはなりにくいしな。
「で、どうします?」
 上半身裸の千春が、俺に訊いてきた。
「取り敢えず・・・キスから始めま・・・す?」
 小首を傾げて千春が可愛く訊いてくれる。
 俺は、フフフと笑った。
「これから俺達、やっとロマンチックなモードだな」
 「うん」と頷いてくれた千春の笑顔が最高に幸せそうで、俺は胸が熱くなったのだった。

 

here comes the sun act.75 end.

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編集後記

またあまり内容のない更新をしてしまった・・・(汗)。
そしてエロまで書けなかった・・・。
こんなにヤマナシオチなしな感じでしたけど、意外にこう見えて難産でした、今日・・・。

まぁ、エロは次週に持ち越すとして、そろそろ話を進めねばなりませんね。
頑張ろ。

さて、皆様、ゴールデンウィークいかがお過ごしでしょうか?
国沢は、家に籠ってひたすらDVD三昧の日々です。

で、その中の一本の『エンド・オブ・ホワイトハウス』が余りにも突っ込みどころ満載の映画で、ずっこけました(笑)。
出てる役者が好物だったのと、ホワイトハウスが襲われるという設定だったんで結構期待して観たんですが、あまりのB級っぷりに逆に盛り上がったという・・・。
過去、あんなに弱っちいアメリカ政府の姿は見たことねぇな(笑)。
あわせて、ビン・ラディンの暗殺までをドキュメンタリータッチで映画化した『ゼロ・ダーク・サーティ』を直前に観たんで、余計そう思ったのかも。

しかしなんで、ジェラルド・バトラー!モーガン・フリーマン! アーロン・エッカート! アンジェラ・バセット!と名だたる役者を連ねておきながら、あの内容になっちゃうかなwww
監督と脚本家を呼びつけて、廊下に正座させたいです(笑)。
役者や題材なんかの素材はいいのに、料理の仕方を完全に間違ったパターン。
まー、脚本家が悪いんじゃろうなぁ・・・あれは。
あまりのソコの薄っぺらさに「うが~~~~~」となって、思わず画面に向かって、「俺にメガホンかせっ!」と怒鳴りつけてやりました。←いや、無理だけど。

大統領のSPが主人公ってだけで・・・しかも守るSPがジェラルド・バトラーで、守られる側の大統領がアーロン・エッカートってだけで、萌え要素満載なのに、人間描写が薄っぺらすぎて、全然萌えられなかった・・・。
ということで、映画見た後、脳内で再度ストーリーを構築(またの名を妄想)しなおしてやりましたwww
大統領にプラトニックな愛情を寄せるSPって設定で!!!!!

てか、アメリカ軍、あそこまでアホアホじゃないと思うけど(青)。
よくぞ怒られなかったなと思います。

どれだけダメダメな映画か、確認したい方だけ借りて観てみてください。

[国沢]

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