irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.56

<side-SHINO>

 俺が会社に到着したのは、朝の四時だった。
 会社の前で降ろしてもらった俺が千春に礼を言うと、千春は苦笑いして「暇を見つけて寝てくださいよ」と釘を刺した。
 東京に帰る道すがら、千春は何度も俺に「今のうちに少し眠ったら」と言ってくれたが、千春にだけ運転をさせておいて俺だけのうのうと眠るのなんか気が引けたし、何よりなんだか脳が腫れぼったくて神経が昂り、眠気は襲ってこなかった。
 社の表玄関は閉まっているので、俺は裏口に周り、非常口から会社の中に入った。ここの鍵は、社員全員が持っている。
 営業課のあるフロアに上がると、日本酒課のブースにだけ明りがついており、手島さんがいた。
 辛うじてスーツは着ていたが、顎には無精髭が生えていた。きっと俺も似たような顔になっていることだろう。
「おぅ、お疲れ」
「お疲れさまです」
「課長は今、休憩室で仮眠を取ってる。柿谷での様子は、課長から聞いた。お前、大丈夫か?」
「え? ええ、大丈夫です」
「本当にそうか? お前、寝ずに柿谷と東京を往復してきたんだろ?」
 そう訊いてくる手島さんの表情はいつものおどけたそれではなく、酷く真面目だった。
 俺は苦笑いする。
「それが、運転手は代わりの人がいてくれて・・・」
 手島さんはピンときた顔をした。
「そうか。そりゃお前、助かったな」
「はい。おかげで、向こうに向かっている間に電話処理ができました」
「お前、足向けて眠れねぇなぁ」
「は、はい・・・」
 俺が手島さんの隣の席に腰掛けると、手島さんは出力したリストらしき書類を俺に手渡した。
 そこに記されている会社の名前と数字を見て、思い当たった。
「手島さん、これって・・・」
「そうだ。ここ最近、薫風を出荷した小売店さんの一覧だ。お前が柿谷に向かっている間、課長とも話し合ってな。小売店の受注を飛ばすのならともかく、百貨店系の受注を飛ばすのはかなりマズい。それぞれ25本ずつだから、うちと懇意にしてくれているこの小売店から、まだ売れてない在庫分を少量ずつバックしてもらって、なんとか穴埋めできないかと思ってな」
 なるほどな、と思った。さすが経験豊富な課長と手島さんだ。
「そうですね・・・。ここにリストアップされてる小売店さんなら、事情をきちんと話せば、理解してもらえるやもしれません。二、三本しか入れてないところはダメだとしても、十本単位で出したところなら、ある程度纏まって在庫が残っているかもしれませんね」
「そうだな。朝になったら、手分けして電話してみよう。それで百貨店分がカバーできれば、まだ何とかなる。今回50本仕入れてくれる予定だったハセベさんは・・・」
「多く在庫瓶を回収できたら、ハセベさんにも回しますが・・・。多分すべてを構えるのは難しいですね・・・おそらく」
 俺と同様にリストを覗き込んでいた手島さんは大きな溜め息をついた。
「そうか・・・。ま、取り敢えずうちの倉庫にあった13本は何とかハセベさんに回したいな」
「柿谷に僅かに残っていた三本もここに持って帰ってきてます」
 俺は、足下に置いた段ボール箱の蓋を開けてみせた。手島さんが覗き込む。
 今では大変貴重になってしまった薫風が三本、新聞紙に包まれて入っていた。
「ハセベさんに回せる本数は、よく見積もってもせいぜい25ってとこだな」
「 ── はい」
 俺達は同時に身体を起こすと、互いに腕組みをして大きく息を吐き出した。
 しばらく重い沈黙が流れる。
 それを破ったのは、手島さんの方だった。
「俺さぁ、お前から連絡貰った後、川島の家に行ってみたんだよ」
「え?! 本当ですか? それで・・・」
「ま、ご想像の通り、まったく反応なかった。電気メーターも見たけど、家の中に人がいる気配すらなかったよ」
「そうですか・・・」
 俺は懐からスマホを取り出したが、こちらからの不在着信ばかりで、川島からの連絡は皆無だった。
「まったく・・・、川島はどこで何をしているんだか・・・」
 俺がそう呟くと、手島さんは派手に顔を顰めた。
「あくまで俺の勘、だがな」
 手島さんは、俺の目線が手島さんに向かうのを待って、先を続けた。
「多分、川島の野郎、もう引っ越ししてるか引っ越すつもりだな、あれは」
「え?!」
 俺は思わず、大きな声を上げてしまった。  
「どうしてそう思うんですか?」
 手島さんはパラパラとリストを捲りながら、
「郵便受けが新聞やらDMやらでいっぱいになって溢れてよ。いくら無精なやつでも、あそこまでなってる郵便受けをそのままにはしておかないだろう。さてはアイツ、別のねぐらを構えてるんじゃないかな」
 俺は少なからず、手島さんのその発言にショックを受けた。
 もしそれが本当なら、今回の一件は、川島が征夫さんに促されて突発的に行ったことではなく、随分前から計画的だったということだ。
 俺が少なからず衝撃を受けていることを手島さんは敏感に感じ取ったらしい。
 手島さんが俺の肩を叩いた。
「 ── ま、ずっと同期で頑張ってきたお前には少々酷な話しかもしれんがな。とにかく、もう数時間後には薫風の在庫をかき集めることで、てんてこ舞いになるぞ。少し寝るとしよう。ほら、お前にもこれ、貸してやるから。元気出せ」
 そう言って手島さんがデスクの下から出してきたのは、寝袋だった。
「前回使った後、あんまりちゃんと天日干しにしてなかったらか、俺の臭い満載かもしれんがな。ま、ないよりはマシだろ」
 手島さんはそう言うと、デスクの下の床に寝袋を敷いて、そそくさとその中に入っていったのだった。


 社長が社に到着したのは、七時半のことだった。
 いつもは九時ぐらいに会社にくるので、大幅に早い出社となった。
 おそらく、課長からの報告が部長を通じて耳に入ったのだろう。
 俺達日本酒課の面々は会議室にて、無精髭の生えた状態の者も含め全員で社長への報告とこれからの対応について説明をした。
「その在庫回収をお願いする店のリストは、既に作ってあるのか」
「はい。作成済みです。これから皆で手分けをして電話をし、協力してくださるお店があれば、配送部と協力して、直接店舗に取りに行く手はずになっています」
 課長が報告をしながら、手島さんの作成したリストを社長に手渡す。
 社長は、そのリストに目を通した。
「よし、わかった。すぐに進めなさい」
「はい」
「あ、おい! 奥野!」
「はい」
 社長の後ろに控えていた秘書の奥野さんが一歩身を寄せる。
「今日の予定は全てキャンセルしなさい。運転手の岩戸には一日外回りになることを伝えておけ。それから、萩野達は、協力してくれる小売店がわかったら、逐一私に連絡すること。店側への礼は私に任せて、君達は薫風の回収に集中しなさい」
 それを聞いて、俺は身体が総毛立った。
 社長自らが、今回無理を承知で在庫瓶を提供してくれる店を回って謝罪とお礼をしてくれるんだとわかったからだ。
 明日の朝には出荷をせねばならず、しかも回る小売店の数はかなりになる。
 社長の申し出に、日本酒課一同、胸が熱くなった。
「考えないといけないことはたくさんあるが、一先ずはこの難局を乗り切ろう」
 社長にそう言われ、その場にいた者達全員が「はい!」と声を張り上げたのだった。


 それからは、電話をかける班と薫風を回収する班に分かれた。
 俺は回収する班に回った。
 俺が一番よく、店の位置関係が頭に入っていたことと、協力してくれるお店の方に直接顔を見てお礼が言いたかったからだ。
 「出て行く前に無精髭剃れ」と課長に言われつつ、俺は配送部の浅川に電気ひげ剃りを借りて、車の中で髭を剃りながら、手島さんからの連絡を待った。
 九時頃になると、続々と連絡が入ってくるようになった。
 予想に反して、多くの店が協力を申し出てくれた。
 店よっては、店頭分以外の在庫を全て提供してくれるという店もあって、百貨店卸分はおろか小売店の大手ハセベ分も集まりそうな具合だった。
 俺と浅川は、連絡のあった店をひとつずつ回った。
 「すみません!」と頭を下げると、どの店の店主も「困ってる時はお互い様だから」と言ってくれた。
 加寿宮はまだ会社が小さかった頃から、足で店同士の縁を繋いできた会社だ。
 だからこそ、こういう時にも協力してくれる店が数多くいる。
「一先ず、よかったですね。篠田さん」
 回収した薫風をトラックの荷台に積みながら、浅川が言う。俺は「うん」と頷いた。
  ── なんか俺、加寿宮社長に拾ってもらって、本当によかった・・・と思った。
 車に乗り込んだ浅川は、車の中の時計を見て言った。
「もうお昼過ぎてますよ・・・。どこかで腹ごしらえしないと、持ちませんよ?」
 確かに、浅川の言う通りだった。
 結局、朝飯も食いっぱぐれていたから、エネルギーが切れつつあった。
「どこに食いに行きます?」
 浅川にそう言われ、俺は何気なしに車の外の景色に目をやった。
 東京タワーに六本木ヒルズ。
 俺は、なんだか無性に千春の作ったおにぎりが食べたくなった。
「浅川、ちょっといいか?」
「え、ええ。なんです? 行きたい店、決まりました?」
「ああ。店じゃないんだけど・・・。それに急に言うことだから、無理かもしれんが、ダメもとで連絡していいか?」
 浅川は俺の言ったことにチンプンカンプンといった表情を浮かべたが ── 当然だ。まさか作家の澤清順にこれからおにぎりを作って食べさせてもらおうだなんて、思い浮かぶはずがない ── 、一先ず浅川は「うん」と頷いてくれた。
 俺は千春に電話をした。
「 ── あ、千春? ごめんな、忙しい時に。今どこ? 仕事場? そうか。ちょうど良かった・・・。あ、いや、よかったのは、俺の都合なんだけどさ・・・。え? うん、そうなんだ。察しがいいな。そうなんだ。今近くにいるんだ。え? あ、うん。おにぎり・・・。大丈夫そう?」
 俺が「おにぎり」と言うと。
 電話の向こうで千春のクスクスと笑う声が聞こえた。

 

here comes the sun act.56 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

今週は、台風の中での更新でございます。
皆様の地域は大丈夫でしょうか?
なんだか、ピンチが続くシノさんですが、加寿宮はいい社員さんと社長さんがいて頼もしいですな。
こういう会社、理想です。

大ヒット放映中の半沢直樹もついに佳境に入ってきて、今日を入れてあと二回ですか? あれ、収拾つくんでしょうかね?(笑)。
ああいう企業戦士ものを見ると、シノさんもそうなんだよなぁと思ってしまいます。
まぁ、あんなに大手の銀行なんかじゃないので、大分環境は違いますが。

国沢の務めている会社は、地方の小さなデザイン事務所なので、ああいう企業戦士感はまったくありません。もっとゆるゆる・・・(汗)。
それでも、社員がすくないだけに、一人でいろんなことをしないといけないので、そこが大変かな?

立派な中間管理職なのに、ついに新生FF14を初めてしまった、ダメな大人です・・・。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2017 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.