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nothing to lose title

act.20

<side-CHIHARU>

 翌朝、僕は何とか早起きして ── といっても普通の人からすると当たり前の起床時間だけど ── 、隣で爆睡しているシノさんを起こすことができた。
 夕べは一回だけって約束して、確かにその通り一回だけしたんだけど、その一回がやっぱり濃厚になっちゃって・・・。
 そんな話をすると葵さんには絶対に「ノロケてる」って言われるんだと思うけど、やっぱりケンカの後の仲直りエッチって、ちょっと燃えるというか・・・。特に相手がシノさんだと尚更で(汗)。
 シノさんと身体を合わせると、自然に素直になれるのが不思議だ。あんなに漠然とした不安感に押しつぶされそうになってた僕の心も、シノさんの逞しい腕にギュッとされるだけで心も身体もふっと軽くなっていく。
 座位になって抱きしめあった後、思わず僕が「ごめんね」と呟くと、シノさんはキュッと唇を引き締めた後、泣きそうな表情を浮かべて「千春が謝ることは何もない」って言って、「謝るのは俺の方だ」と続けた。
 僕はシノさんい謝ってほしくなくってシノさんの唇を塞いだのだけど・・・シノさん、本当にごめんね。僕が変なプレッヤーをかけてしまったばかりに。
 僕は、シノさんになら何度でもごめんと言えるよ。
 パーティー会場でも、僕がシノさんに謝る素振りを見せただけで周囲の人達は驚愕の表情を浮かべていたけど、僕はシノさんの前では、常にピュアな自分でいたいと願っているんだ。ピュア・・・というよりフェアという方が近いのかもな。
 僕は、本当に変わった。
 僕自身がそう思うくらいなんだから、昔の僕を知ってる人間達からすると、それはもう相当のものだろう。
 なかには、そういうのがカッコ悪いって思う連中もいるかもしれないけれど。
 そんなの、僕は気にしない。
 シノさんにとって、相応しい人になりたいから。
 素直にそう思える。
 ミスチルの歌じゃないけど、シノさんはたくさんのギフトを僕にくれた。
 だから僕もシノさんにたくさんのギフトをあげたい。
  ── ・・・ホント、昔の欲しがってばかりの、与えられるのが当然と思っていた愚かな自分を返り見ると、随分遠くまで来れたんだなぁと思う。

 「いってきます!」
 寝癖を手櫛で撫で付けながら部屋を出て行くシノさんを見送って、僕はリビングまで戻った。
 夕べは、帰ってそのまま直ぐに仲直りエッチに突入したから気にも留めてなかったが、朝の光の中で部屋を見渡すと、地味に散らかってきていた。
 そういえば、最近シノさんの家に来てなかったからな・・・。
 連休開けてからというもの、シノさんが仕事が跳ねてから直接僕の仕事場に来ることも多くなっていたせいだ。
 僕は、ふーっと息を吐き出すと、「よし」と腕まくりをして部屋の掃除とたまった洗濯物の片付けをすることにした。
 自分の部屋は家政婦サービスを雇ったりしているくせに、自分の部屋でないところを嬉々として掃除できている自分が、いまだに不思議でならない。
 頭の中には、『ザ・甲斐甲斐しい奥様』のネオンサインが僕の頭上に瞬いている映像が浮かんだ。
「はぁ・・・、結局は奥様生活、か」
 口ではそう呟いていた僕だが、意外にも心では気持ちの切り替えがもう既にできつつあった。
 『シノさん、夜だけ奥様作戦』は成功せずに終わったが、それならそれで、シノさんに飽きられないように僕が完璧な奥様になればいいわけで、別にぼくだってそれが苦痛じゃないというところに着地しつつあった。
 ああ、本当に僕は、シノさんのことが好きでたまらないんだなって思う。
 僕は、ベランダの柵に身体を凭れかけさせると、ひらひらと風に揺れる白いシノさんのTシャツを見上げた。
 しばらくそうして見つめた後、僕は誰に聞かすでもない台詞を呟いてみた。
「・・・一緒に住もうって・・・い、言って、みようかな・・・」
 なるだけさり気なく呟こうと思ってみたけど、結果は僕らしくなく、どもってしまって。
 やっぱり自分の中で『一緒に住む=結婚→大それたこと or 失敗したらどうしよう』という方程式ができあがっているんだなぁと痛感してしまう。
 シノさんにとって「僕に抱かれる」ことが大きなハードルであるのと同じように、僕にとって「一緒に住む」というのが大きなハードルなわけで。
「あ~・・・カッコ悪・・・」
 僕は頭をクシャクシャと掻き乱しながら、部屋の中に入った。

 <side-SHINO> 

 「順調ですね」
 ふいに隣の席からそう言われ、「え?」と俺はパソコンの画面から顔を上げた。
 営業に出ている川島の席に、田中さんが座っていて、俺のデスクのパソコン画面を見つめていた。
「薫風の個人発注先リスト、まとめ終わったんでしょう?」
 そう訊かれ、俺は「ああ」と頷いた。
 薫風は、去年のクリスマスに発売が始まってから好調な売れ行きで、小売店舗出荷数はもとより、加寿宮のホームページから直接発注される個人顧客からの受注数もグイグイと伸びて来ていた。その効果もあってか、これまでうちのホームページでの直売りはさほど発注がなかった洋酒やワイン部門の売り上げも伸びて来ていて、嬉しい悲鳴と言った具合だった。
 ただ薫風も他の多くの日本酒と同じく、冬場の寒仕込みでしか生産していないので、蔵の中に在庫している数は限られており、それをうまい具合に小売店用と直販売用に数を調整しなければならないのが難しいところ・・・といった具合だった。
 大手の百貨店より先日大口のリピート発注がかかった影響を受けて、現在ホームページでの販売は一時休止することになったのだが、それでも顧客の数はかなりのもので、そのリストを配送部に渡すための情報の整理と顧客に対するメールの対応にここのところ多くの時間を割くような状態になっていた。
「こんなにホームページからの注文が来るとは思わなかったですよね。うちのサイト、ちゃんとしたオンラインショップの形にしてないから、こうして篠田さんがリスト作らなきゃいけない状態になってるなんて、効率悪いですよね」
 田中さんが溜め息をつく。
 俺も「そうだなぁ」と苦笑いをする。
 実際、田中さんの言う通りで、うちの会社は個人への直販はあまり力を入れていなかったので、サイトの受注ページも日本酒課にいた先輩社員が片手間に作った簡易の商品ページからメールで直接受注を受けるという形になっていて、他のショッピングサイトにあるようなカートや自動メール配信のような便利な機能は全くついていなかった。
 これまでサイトの管理は、「日本酒課が一番暇だろう」というなんとも消極的な理由から、同じ日本酒課の手島さんがやっていたが、薫風の受注が増えるに従って「お前の管轄だろう」と俺に十八番が回って来てしまった。
 薫風の好評が、まさかこんな形になって弊害を生むなんて思いもしなかったよ(汗)。
「すぐにでも社長に、ちゃんとしたサイトを作れって言わなきゃいけないですね」
 と田中さんは腕組みをしている。
 田中さんは課長の補佐役兼日本酒課の事務・伝票処理作業を仕事にしているのだが、最近はとかく課内での発言力が増して来ていて、いわゆる「お局様化」している節がある。 ── いや、まだまだ全然若いし、見た目もカワイイし、別に誰かを虐めてるわけでもないんだけどさ。何となく存在感に迫力が出て来て、あの課長でさえ、田中さんの一言に圧倒されてる節があるんだ。
 ま、結局、課内の動きはおろか社内の動きにも彼女は精通しているので、男性陣は頭が上がらないのが実情っていったところなんだけど。
「ところで、そういや川島は今日どこに出張してるの?」
 今朝、俺に何も告げずに出て行った川島の後ろ姿を思い起こしながら、俺は訊いた。
  ── あのスーツの一件以来、案の定川島は機嫌が悪くなって、最近ちょっと無愛想なんだよな。
 田中さんは、ええと~と天井を見上げて、「確か長野の方だって言ってましたけど。何でも、掘り出しモノの酒蔵があるとかなんとか・・・」
「掘り出し物?」
「ええ、経営が苦しくて立て直しが必要な酒蔵なんですって。篠田さんが柿谷酒造を立て直したように、川島さんもそれを狙ってるんじゃないですか? ライバル意識っていうか」
「ライバル?」
 俺は川島を一度もそんな風に思ったことはなかったので、田中さんにそう言われ、きょとんとしてしまった。
「ライバルって・・・。俺とあいつは仲間だろ」
 俺がそう言うと、田中さんが「やだ~」と言いながら、俺の肩をグッと押した。
「何を呑気なこと言ってるんですか? ここのところの川島さん、凄く篠田さんのこと意識してるってこと、気づいてないんですか?」
 いや、機嫌悪いなぁ・・・的なことぐらいは思っていたけど。
 俺がそう返すと、田中さんに溜め息を吐かれてしまった。
「篠田さん、相変わらずそこら辺鈍いんだから・・・。これじゃ川島さんの熱意だけが空回りね」
「そんなに?」
「そうですよ」
「いつから?」
「そうねぇ・・・。篠田さんのルックスが劇的に変わってから少し経ってからの頃ですかね・・・。ほら、篠田さんがテレビに出た映像がネットに流出した事件の頃からかしら」
 そうなのかぁ・・・。
 俺って、田中さんの言う通り、本当に鈍いんだろうな。
 川島が高級スーツを新調したのも、そういう事情があったのか・・・。
 俺って、知らない間に川島のこと傷つけていたのかも。
 川島に、悪いことをしてしまった。
 俺がシュンとしていると、田中さんが俺の肩を叩いた。
「やだ、落ち込まないでくださいよ。別にそれは篠田さんのせいじゃありませんし」
「そうかな」
「そうですよ。篠田さんはただ単に一生懸命お仕事を頑張っただけでしょ? そのお陰で、今成果が上がってるわけで。     
それをどうこう言うのは、実際変な話ですし。でもこれで、のらりくらり営業をしていた川島さんの本気に火がついた訳だから、課長は喜んでますよ」
 田中さんにはそう励まされたけど。
 川島にはちゃんと謝っておこう。
 そして、川島の新しい仕事が順調に進むよう、俺もできるだけサポートしていこうと俺は思った。

 

here comes the sun act.20 end.

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編集後記

ストックがなくなった話は先週行いましたが、今週も書き立てほやほやの不安感満載の中での更新でございます。
そのライブ感たるや、五割り増し(笑)。
だって書いてるうちに本当に、訳がわかんなくなってきちゃって・・・・
よもやシノさんがこんなにも「夜の奥様化」に反発してくるとは思っても見なかった・・・(汗)。その凄さたるや、ついに千春も根を上げてしまいました(大汗)。シノくんがそれなりに抵抗するのはある程度想定していたのですが、千春が引かざるを得なくなるくらいまで強く抵抗されるとまでは想像してなかったので、もっと安易に奥様作戦は成就すると、国沢自身も思ってました(脂汗)。
ムムム・・・。やはりノンケの方は攻略が難しい・・・。
千春がギブアップした今となっては、この先一体どうなるんだか。
当初、ヒヤカムのゴール地点は「二人の同棲生活スタート」だったんですけど、ゴールが一体どこになるのか、国沢自身がわからなくなってきました(オイ!)。
ああ、なんとしても『接続』の二の舞にならないようにせねば・・・。

[国沢]

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