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act.14

<side-SHINO>

 翌朝、俺が千春の仕事場のベッドで目を覚ましたのは、昼近くのことだった。
 俺は身体を起こすと、寝乱れた髪を手櫛で整えながら、大きく深呼吸をする。
 そのまま掛け布団の上に頭を落として、ほうと息をつく。
「 ── この休み中、しまくってるよなぁ・・・俺ら」
 昨日は、柿谷酒造から直接千春の仕事場訪問になった訳だけど、部屋の説明もそこそこに、リビングのソファーでいたし始めて、結局のところ夕食一回外に出ただけで、その他の時間は二人ほぼ裸ん坊で過ごす始末で・・・(汗)。
 普段、なかなかセックスできない鬱憤をはらすように、ゴールデンウィーク中は確かに俺らは『しまくっている』状態だった。
 これまで経験できていなかった回数をまるで取り戻さんばかりの勢いだ。
 俺にしてみれば、それが嫌という訳ではなかったのだが、こんな頻度でしていたら、まるでガッついているみたいで恥ずかしさを覚える。
 でも千春に挑発されてしまったら、もうどうしようない・・・。
「千春・・・、可愛い顔して、凄いこと言い出すからな・・・」
 俺はまたハァと息を吐く。
 近頃の千春は、本当に少年のようなあどけない表情を見せる事が多く、時々俺もドキリとするぐらい、子どものようにはしゃぐことがある。俺に取っては、そういうのがたまらなく可愛く感じるんだけど、そんな表情のままドギツイことを平気で言う千春にハラハラしてしまう。
  ── よもや、外でもそんな風じゃないだろうな。
 ただでさえ格好よくてモテモテの千春なのに、それに可愛さまでプラスしてしまったら、世間の人は益々千春の虜になってしまう。そうなったら、俺の敵も必然的に増えていく訳で・・・。
「・・・こうしてる場合じゃない」
 俺はそう呟くと、ベッドから向け出して、ストレッチを始めた。
 俺はジム通いをやめてからも、毎日欠かさずこの5分間ストレッチを行っている。
 千春にずっと好きでいてもらうためにも、自分を磨く事をやめてはダメだと自分に言い聞かせた。
  ── 朝飯食べてから、ランニングでも行こうかなぁ・・・。朝飯って言っても、もう昼に近いけど(汗)。
 俺はベッドから起き上がって、リビングダイニングに出る。
 そこには誰もいなくて、キッチン脇のダイニングテーブルの上には、ピザトーストとコーンスープ、セロリと何かの葉っぱのサラダに厚切りのハムを焼いたのとスクランブルエッグが添えてあった。『温めて食べて』と千春のメモ書きが置いてある。
 仕事で忙しいのに・・・。ホントに俺にはもったいないぐらいのできた嫁だ。
 ふと、仕事場とプライベートルームを仕切るガラス戸の向こうに人の気配がする。
 それは一人ではない。複数の人の気配がして、荷物を運び入れるような音と声が聞こえていた。
  ── そういえば、午前中から取材の仕事が入ってるって言ってたっけ・・・・
 俺は欠伸をかみ殺しながら、ぼんやりとそう思う。
 そしてハッとした。
「ヤバい。トイレ行きたい、俺」
 よくよく考えると、トイレはガラス戸の向こうにある。
 ガラス戸のこちら側にいる分には、千春の仕事相手と顔をあわせる事はまずないのだが、ガラス戸の向こうに出るとなると、そうもいかない。
「どうしよ・・・」
 俺は頭を掻いたが、それでどうなる訳もなく、自然の欲求が消える訳でもないので、意を決してガラス戸を開けた。
 まず見えたのは、大きく戸口が開放された仕事場にカメラ機材を運び込む男が三人と、その様子を腕組みをして眺める女性の後ろ姿。
 だが幸いな事に、その取材関係者と思われる人々は俺に背を向けていて、誰も気づいている様子はない。
 俺は、そそくさとトイレに入ってドアを閉めた。
 ホーと溜め息をつく。
 別に後ろめたい事はなかったが、千春の仕事の世界にいる人なんて俺には想像もできない世界の事なので、妙に警戒してしまう。自分みたいな一般人が、関われる世界ではないと。
 トイレをすませて手を洗い、ドアを開けると、目の前に立ってるショートカットヘアの女性が腕組みをした格好のまま、頭だけこっちを向けて俺の方を見ていた。
 俺は、思わずその場で硬直する。
 その女性は40代ぐらいでキレイに化粧をし、プラム色のタイトスカートスーツを見にまとっていた。
 いかにもキャリアウーマンといった風情。
 俺がその威圧感に思わずゴクリと喉を鳴らすと、その女性は「あら、あなた、あの時の」と俺を指差してくる。
 俺は女性と面識がある覚えはなかったので怪訝そうに女性を見たが、女性は笑顔を浮かべて、「実物は可愛い感じなのね」と呟く。
「へ?」
 俺が目を見開くと、仕事場のソファーに座っていた千春が気がついた。
「シノさん」
 千春は、目の前に座るライターの若い女性に「すみません、ちょっと失礼します」と断りを入れて、こちらにやってくる。
「シノさん、岡崎さんと会うの、初めてだよね」
「え? あ、うん」
「こちら、僕のマネージメントをしてくれてる岡崎さん」
「初めまして、流潮社の岡崎です」
 岡崎さんが名刺を差し出してくる。
「初めまして、篠田です」    
 俺は、反射的に懐を探る仕草をしたが、今自分が着ているのがTシャツだということに気がついた。
「あ! す、すみません。俺、こんな格好で・・・」
 思えば、起きぬけのまま、顔も洗ってないし髭も剃っていない。
「本当、申し訳ない・・・」
 俺が恐縮しきりといった風に頭を掻くと、千春と岡崎さんが目を見合わせて笑った。
「なかなかチャーミングな方ですね。澤先生が好きになるのもわかるわ」
 俺は、岡崎さんのその発言に、ギョッとした。
 千春は公に二人の関係がバレるのを極端に嫌がっているから、俺もつい心配になって、千春の向こうに見えるカメラマンとライター、スタイリスト達の様子を伺った。
 皆、俺の方を見ている。
「千春・・・」
 俺が不安げに千春を見ると、千春は対照的に朗らかな顔つきで、見つめ返してきた。
「大丈夫ですよ、シノさん。今日の取材は流潮社で発行してる雑誌の取材で、身内みたいなものです。それにカメラマンは、小出さんだし」
 千春が、いかにもベテランといった風情の無精髭をはやしたカメラマンを少し見る。カメラマンは、軽く手を挙げた。
 千春は俺に向き直ると、顔を少し寄せて言う。
「僕のヌード写真を撮影した人です」
「え!」
 俺が驚きの声を上げると、その小出というカメラマンが近づいてきた。
「彼は随分僕の名を上げてくれたんですよ」
 小出さんはそう言って、豪快に笑う。
「何を言ってるんですか。小出さんは前から認められてるじゃないですか」
「いやいや。小出は男を撮らせてもいけるって評判になったおかげで、仕事も増えてきてな。嬉しい悲鳴だよ」
「篠田さんは、あの雑誌をご覧になりました?」
 岡崎さんに間髪入れずそう言われ、俺は素直に「はい」と頷いた。
 そして葵さんにあの雑誌を渡された時の事を思い出して、俺は頬が熱くなった。
 あの時、千春の写真を見て身体が露骨に反応してしまったのだ。
 思えば、あの写真を見た事がきっかけになって、千春とのこの関係が始まったと言っても過言ではない。
「シノさん、露骨に顔に出過ぎですよ」
 千春が苦笑いしながら、俺の顔を両手で覆い隠す。
「ご、ごめん・・・」
 俺は自分で改めて顔を覆った。
 その様子を見て、岡崎さんと小出さんが笑い声を上げる。
「彼かい? 写真を撮った時に君が考えていた想い人は」
「ええ、まぁ」
「純朴そうなのに、罪作りな男って訳だ。君の恋人もなかなか興味深い」
 小出さんが言った事に、千春が反応した。
「あ、そうだ。小出さんって、個人依頼の写真って撮ります?」
「え? 滅多にはないけど、撮らないことはないよ」
「じゃ、僕がギャラ出すので、今度シノさんを撮ってもらえませんか?」
「え?!」
 俺は、思わず叫んだ。
「何言ってんだよ! 無理無理、無理だって、そんなの!」
 千春がお得意の怖い目つきで俺を見る。
 ううう。物凄い目力・・・。
 俺は思わずピタリと口を噤んだ。
「僕と一緒なら、いいでしょ?」
「いや・・・、でも・・・。俺、そういうの、全然慣れてないし・・・」
「一緒なら、いいですよ、ね???」
「 ──は、 はい」
 俺が渋々頷くのを見て、岡崎さんが大爆笑する。
「やだ~、夫婦漫才じゃないの~、まるで~」
「ギャラは、小出さんの言い値をお支払いしますよ」
 千春がそう言うと、小出さんは手を横に振った。
「いや、いいよ。金はいい。その代わり、この間撮影した写真で、本作ってもいいかな」
「え? 写真集ってことですか? 僕の?」
「そう。雑誌のページ数は限られていたから、惜しい捨てカットがたくさんあるんだ」
「曲がりなりにも僕は単なる作家ですからねぇ・・・。そういうのが写真集出すっていうのも違和感ありますけど」
「でも、あの雑誌、あっという間に在庫がなくなって、今じゃネットオークションで高値つけてるぐらいなんだぞ。皆、見たいんだよ、君を」
「じゃぁ、小出さんの作品集として出版したらどうですか? そしたら、幾分かは澤くん色が和らぐでしょ?」
「お、岡崎さん、それはいいアイデア」
「まぁ、それならいいかな。出版社間の版権問題とかクリアしてくれたら、いいですよ」
「じゃ、肖像権の買い取りということで撮影料をそこに当てて、残りは出来高報酬にしよう。印税の3%を澤くんに入れるようにする」
「そこら辺は面倒くさいんで、岡崎さんにお任せします」
「了解」
 俺の目の前で、どんどん商談が進んで行く。
  ── 凄いなぁ、出版業界は。スピードが速い。
 俺が感心して三人の様子を見ていると、三人が一斉に俺を見た。
 俺は思わず姿勢を正す。
「じゃ、篠田くん。スタジオの段取りがついたら連絡するから。澤くんと一緒にスタジオにおいで」
「あ、小出さん。シノさんは会社員なので、土日、祝日にお願いします」
「あ、そうか。おい、高柳! スタジオの予定はどうなってる? 一番近くで空いてる休日のスケジュールは?」
「直近だと、14日の土曜日が空いてます」
「じゃ、土曜日においで。場所は澤くんに伝えておくから」
 ということで。
 物凄い勢いで、プロカメラマンによる撮影会の日程が決定したのだった。

 

here comes the sun act.14 end.

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編集後記

先週はお休みをいただきまして、すみませんでした。

実はその日、仕事が終わる頃に、中学校時代から仲のいい同級生がくも膜下出血で倒れた知らせを受けました。
今年の三月に、会社の上司のお姉さんが同じ病で突然死していたので、真っ青になりました。
倒れた友人は、中学時代ともに創作活動にいそしんだ仲で、国沢が男性同士の恋愛小説を書いていることも知っている、数少ない友人の一人です。
とある雑誌に国沢の書いた小説が掲載されたおりも、一番に喜んでくれたのは、彼女でした。
このサイトの名前の「イレギュラー・AO」は、元々その友人が考えたもので、元は二人で不定期に発行する予定をしていた同人誌のタイトルにする予定のものでした。
「AO」の「A」は私の血液型。「O」は友人の血液型。
結局、その同人誌は実現することはありませんでしたが、国沢がサイトを始めるときに、「使ってもいいか」と聞いたら二つ返事で「いいよ」と言ってくれました。
多分、彼女がいなかったら、今の私はこのサイトを開けてなかったし、ひょっとしたら小説を書き続けることもしなかったと思います。
幸い彼女は緊急手術を受けて、一命は取り留めましたが、ひょっとしたら何かの後遺症が残るかもしれないとのことだそうです。
正直、ショックです。
彼女は、国沢が願っても得られなかった才能を持っていて、でもそれをずっと過小評価してきた人でした。彼女は繊細過ぎて、ずっと社会とうまく馴染めずに過ごしてきたけれど、震災を期に、やっと彼女自身が自分の生き方を見直した矢先の出来事でした。

今度のことに、一体なんのお役目があるというのか・・・。

どうやら一週間前から体調がおかしく(多分、頭が痛かったんだろうと思います)、自分で大きな総合病院の救急に行っていたらしいのですが、そこでは「貧血」と診断されて、的確な処置をしてもらえず、放置されたあげく倒れたとのこと。
もし、その時に脳の異常が発見されていたなら・・・と悔やまれます。本当に・・・悔やんでも悔やんでも悔やみきれないけど、悔しいです。
今、彼女はまだICUにいて生きる力を取り戻しつつあるとのことですが、できれば後遺症が残らないことをただただ祈るのみです。本当に本当に、ただ祈っています。

[国沢]

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