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nothing to lose title

act.40

<side-SHINO>

 二度目のドライヤーを俺が使っていると、先にTシャツ・タイパンツに着替えた千春が、「シノさん、電話!」とこざっぱりした声とともに、真新しい俺のiphoneを持ってきてくれた。
 さっきまで激甘だった千春が、もういつものキリッとした千春に戻ってて俺としては何だか寂しかったが、きっともうこれ以上俺を挑発しないために、わざとそうしてるんだって思った。
 いつもの流れなら、裸のまま寝室に行って第二ラウンドに突入・・・といったところだけど、明日俺は普通に仕事な訳で、一回こっきりで我慢しろ、ということだ。
 うう、物足りない・・・。でも、我慢しなきゃ。
 とはいえ、電話を渡してくれた時に指先が少し触れて俺が千春を見ると、千春は直ぐに俺に背を向け洗面所を出て行ったが、その頬が少し赤く染まったのを発見して、きっと千春も俺と同じようにちょっと物足りないって思ってるんだろうなった思った。
 内心、ほっくり暖かい気分になりながら電話に出ると、一気にその気分が覚めた。
『お兄ちゃん、アタシになにか言わないといけないこと、ない?』
  ── あ、わ、忘れてた(汗)。
「美優!」
 俺が思わず驚いた声を上げると、『何よ、その反応』と不機嫌そうな美優の声が聞こえてきた。
 千春がさっきの俺の声を聞いて、また洗面所に顔を覗かせる。その表情はさっきとは打って変わって、不安そうな顔つきをしていた。
「いや、純粋に驚いただけだろ」
 俺は美優にそう言いながら、千春には目で”大丈夫”と目配せをした。
 千春は不安げな表情のままだったけれど、わかったといった具合に頷いて姿を消した。
「なんだよ、お前」
 俺がそう言うと、美優に『なんだよ、じゃないでしょ!』と怒鳴られた。
 俺は思わず電話を耳から放した。
「電話口でそんなに大きな声を出すなよ。ハルもびっくりするだろ?」
『ハルならもう寝てるわよ。今だって、家の外で電話かけてるんだから。大体、話の内容が微妙過ぎて、ハルにもシゲちゃんにも聞かせられない』
 美優にそう言われ、やっぱり”あの事”で電話をかけてきてるんだって思った。
「おう、そ、そうか」
 と俺が答えると、美優は『なにすっとぼけてんのよ』と突っ込まれた。
『アタシが何も知らないとでも思ってるの?』
「え、お前、あの雑誌買ったの?」
 そう訊くと、受話器の向こうから溜め息が聞こえてきた。
『 ── 私が買う訳ないでしょ、写真週刊誌なんか。ゴシップ好きのママ友が家まで持ってきたのよ。凄くお兄さんに似てるけどって。取り敢えず、そのママ友には「人違いだと思います」って答えておいたけど、やっぱりあれ、お兄ちゃんのことだったのね・・・。って、あのマンションの近所で撮影された写真見たら、間違えようがないけど。自分が昔ずっと住んでたとこなんだし。 ── それにしても、成澤さんとのこと、なんで言ってくれなかったの』
「言おうとしてたんだけど、タイミング逃しちまってさ」
『隠してた訳じゃないのね?』
「違う」
『ま、お兄ちゃんの性格なら、コソコソはしないだろうと思ってたけどさ・・・。でもまさか、ホントに成澤さんと付き合ってたなんて。正直、ビックリ』
「すまん」
『今まで浮いた話ひとつもなかったのは、昔からお兄ちゃん、恋愛対象そっちの方向だったの?』
「いや、そういう訳では・・・。気づいたら、千春の事好きになってた」
 俺がそう言うと、今まで重苦しい雰囲気だったのに、不意に美優が笑い出した。
『まさかここにきてノロケられるとは思わなかった!  ── 今も傍にいるの?』
「千春?」
『そ』
「ああ。今日はこっちのマンションにいる」
『晩ご飯は何食べたの?』
 俺が今夜の献立を説明すると、美優は『それ全部手作りなの?』と訊いてきた。
「当たり前だろ」
『食べるだけの人がなに偉ぶってんのよ。ブリ大根って上手に作るの結構手間かかるのよ。下ごしらえとかさ。私は作ろうと思わない。 ── お兄ちゃん、随分愛されてるじゃないの』
 美優の声が幾分柔らかくなって、俺の肩から力が抜けた。
「いいのか?」
『いいのかって?』
「俺が、同性と付き合ってて・・・さ」
『じゃ、アタシが反対すれば付き合うの、やめるの?』
「いや、やめない」
『でしょ? なら訊かないでよ、そんなこと。お兄ちゃんが他人の指図を受けない人だったことは、痛いほどわかってますから』
「でも俺は、そういう意味で美優に俺達の関係を納得してほしくないよ。できれば、もっと前向きに受け止めてほしいと思ってる」
 俺がそう言うと、しばらく沈黙が流れた。
「・・・美優?」
 俺が恐る恐る訊き返すと、向こうで苦笑いする声が聞こえた。
『今度、こっちの家にも遊びに来て。二人、一緒にね』
「美優・・・」
『私は、お兄ちゃんの面倒をここまで見てくれてるんだから、それだけで成澤さんには凄く感謝してるわ。やっとほっとできた感じ』
 いつになく美優の声は優しかった。
 やはり世界でただ一人の妹だって思う。
 前はぶつかることも多かったけれど、根っこはしっかりと繋がっている。
『でもお兄ちゃん、気をつけてね。あの記事、結構酷い書かれっぷりだった。アタシの記事については否定できない内容だったけど、お兄ちゃんの方は全然違ってたじゃない。まるで遊びほうけて高校を中退したかのような書きようだった。あれじゃ知り合いの人達に誤解されちゃう。相手の出版社には抗議してるの?』
「そこら辺は、味方してくれてる人がたくさんいるよ。会社の同僚とか社長とか、千春の出版社の人達とか。だから心配ない」
『会社にもバレちゃったんだ・・・。お兄ちゃん、くれぐれも気をつけてね』
「ああ、心配するなって」
『わかった、そうする。だって私、現在妊娠三ヶ月。お兄ちゃんのこと心配してる場合じゃないの。じゃぁね。ばっはは~い』
「え?! お、おい!!」
  ── ガチャ。
 美優は、いつものように自分の言いたい事だけ言って、電話を一方的に切ったのだった。
「まったく・・・。あいつ、最後の最後に爆弾発言しやがって・・・」
 俺はそう呟きながら、洗面所を出た。
 リビングダイニングに入ると、千春は丁度食器を片付け終えたところだった。
「電話、妹さんから?」
 千春はさりげなくそう訊いてきたが、凄く緊張している様子だった。
 俺が「うん」と答えながら椅子に座ると、千春はホットミルクを出してくれた。
 だけど千春は一向に椅子に座る気配はなく、棚の中の食器を入れたり出したりしていた。
「千春」
「 ── ん?」
 食器棚に向き合ったまま、千春は気のない返事をする。
「千春、座って」
 俺がそう声をかけると、千春は観念したかのようにフーと息を吐き出して、俺の向かいに座った。
 俺がホットミルクの入ったカップを差し出すと、千春は少し笑って、両手で抱きしめるようにカップに両手を添えた。
「妹さんからの電話、ひょっとして、あの記事のことで?」
 千春がテーブルに目線を落としたまま、そう訊いてくる。
「うん」
 千春は、また大きく息を吐いた。
「 ── で、なんて?」
 硬い表情。
 俺は、ごく普通の口調で答えた。
「二人一緒に、遊びに来いってさ」
 千春は一瞬顔を上げ俺の顔を見た後、またすぐに俯いてしまった。
 カップを持つ手が、小刻みに震えていた。
 俺が左手を千春の手に添えると、千春は無言で俺の手をギュッと握り返してきたのだった。

 

here comes the sun act.40 end.

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編集後記

国沢、ノロから無事生還いたしました(大汗)。

ノロ、きつかった・・・(げんなり)。
最悪な事に仕事を休めないタイミングだったので、いけないとはわかっていながらも仕事を休まないでいたら、やはり長引いてしまいました(汗)。
インフルエンザ並みの熱が出るなんて、知りませんでした(青)。
仕事場で流行っていたものが、回り回って最後に国沢のところにまで回ってきた形だったので、凝縮されてたのかな(笑)。
自然にダイエットできたことが、唯一よかったことです。
わはは。

皆様、くれぐれも手洗い、うがいをこまめにして、お気をつけあそばぜ・・・。

[国沢]

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