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act.18

<side-SHINO>

 儀市くんと呼ばれた千春の友人からは、以前クラブであった人達から受けた嫌な雰囲気は一切感じなかった。
 こんな友達が千春にいたとは、意外だった。
 同い年だからか二人の口ぶりも凄く親しげで、雰囲気も良く似ている。
 それになにより、千春が凄くリラックスして話しているのがわかって、正直ビックリした。
 葵さん以外の友人と話している時の千春は、所謂『澤清順』として身構えて話していることがほとんどのようだった。さっきドリンクコーナーからここまで移動してくる合間にもたくさんの人に声をかけられていたが、その雰囲気というか受け答える様子とかって、やはり俺の知らない千春なんだ。いかにも作家先生というか、セレブの一員っていうか。
 でも、儀市くんと話している時の千春は、「千春のまま」だった。
 葵さんや俺といる時の千春と同じ雰囲気で。
 今もソファーに座って互いの共通の話 ── 仕事関連の話のようで、およそ俺が知らない世界のこと ── を凄く楽しそうに話している。
 おまけに儀市くん、千春のこと、「ハル」って呼んでた。
 葵さんでさえ「成澤くん」なのに、千春のこと、そんな愛称で呼んでる人なんか初めてだ!
 どこからか帰って来たっていってたけど、旅行とかに行ってたんだろうか。
 こんな親しい友人がいたのなら、早く紹介してくれればよかったのに。
 儀市くん、クラブであった人達と違って、いい人そうだし。
 あぁ、でも俺なんか紹介しても話が全然合わないし、紹介のしがいがないか。
 話している様子を眺めていると、二人はとても『対等』なイメージがした。
 年齢とか仕事のこととか、華のある容姿とか、飲んでる酒の種類とか・・・。
 俺と千春はまるっきり住んでいる世界が違ってる感満載だけど、儀市くんはその真逆って感じ。
 二人が話している様が凄く自然で、俺なんかがおいそれと入り込めなさそうで、これってなんていうかその『お似合い』っていうのかな・・・。
 ああ、俺、またろくでもないことをグルグル考え始めてる。 
「俺、飲み物取ってくる」
 なんだかいたたまれなくなった俺は、千春のグラスが空になっていることを言い訳に、立ち上がった。
 二人が俺を見上げる。
「え? あ、シノさん、いいですよ。自分で取りにいきますから」
 千春が立ち上がりそうになるのを、俺は止めた。
「いいから、いいから。久しぶりに会ったんだろ? 話してなよ。お酒、ウィスキーかなんかでいいよな」
 俺は千春の返事を待たずに千春の手からグラスを取ると、人ごみの中に潜り込んだ。
 「すみません、すみません」と声をかけながら進んでいくと、皆いい人みたいで俺の顔を見ると進んで道を譲ってくれた。葵さんの友達だからだよな、きっと。
 意外とすんなりドリンクコーナーまで辿り着くと、そこは相変わらず大盛況の様子だった。
 う~ん・・・、また勝手に入れちゃおうかな・・・。
 千春の分のウィスキーはそのまま入れればいいだけだけど、俺も同じもの・・・という訳にはいかない。
 明日は仕事だし、今日は結構これで飲んでる方だから、軽いものがいいんだけど。
 う~ん、ビールにでもするかなぁ・・・。
「なにかカクテル、作ってあげようか?」
 ふいに右隣から声をかけられ、俺は声の方に顔を向けた。
 ロマンスグレーを絵に描いたような壮年の男性が、俺のグラスを手に取って、グラスに残る残り香を嗅ぐ。
「イエーガーマイスターをグレープフルーツで割ったのを飲んでるの?」
「え、ええ。よくおわかりですね」
「これでもバーテン崩れでね」
 そう言いながら、彼はさっさとカクテルを作り始めた。
 バーテン崩れと言っていたが、手際が凄く良くて、シェイカーを振る姿も明らかにプロという風情だった。彼が雇われバーテンダーにシェイカーを借りようとした時に、雇われバーテンが物凄く畏まった受け答えをしていたから、この人ってバーテン崩れどころか、バーテンダーの重鎮か有名なお店でも経営してそうな雰囲気だった。
 俺、日本酒課だから洋酒業界のお店のことまでは今ひとつわからないんだよな・・・。
 あっという間にカクテルを作り終わって、鮮やかな手つきで新しいグラスにカクテルを注いだ。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「で、もうひとつのグラスは?」
「え? あ、これ?」
 俺が千春のグラスを目の前に翳すと、「そう」と返してくる。男性はクンと匂いを嗅いで、「同じものかい?」と訊いてくる。
「あ、これは同じものなんですけど、こっちは次、ウィスキーかなんか、もっと強いお酒の方がいいんです」
「そうだろうねぇ。澤クンはそんなカクテルじゃ、飲んだ気がしないだろうね」
 男性がそう言ったので、俺は目を丸くした。
「え? ご存知なんですか? 俺と彼が一緒だってこと」
 男性は苦笑いする。
「君、あんなに派手な登場をしておいてそれはないだろ? 君達は今夜の注目の的だよ。現に今だって ── 」
 男性は周囲を見回して、俺と自分の会話に興味津々の人達がいることを改めて確認した後、俺の腕を取ってドリンクコーナーから少し離れた柱の影に引っ張っていった。
「ところで率直に訊くけど、澤クンと君の関係ってなに?」
「え?」
 いきなり訊かれたから面食らってしまう。
 男性は苦笑いした。
「いきなりで申し訳ないけど。もったいぶってもまどろっこしいだけだし。カクテル作ったお礼で教えてくれないかな」
 俺は一度キュッと唇を引き結んだ後、「恋人です」とはっきりと答えた。だって、はぐらかしたくなかったし。本当のことだし。千春は嫌がるかもしれないと思ったけど、嘘はつきたくなかった。
 男性は、なぜかニコニコと笑顔を浮かべた。
「はっきり言うねぇ、君。何というか・・・うん、あの澤清順が君を選んだ理由が、今の一瞬で全てわかったような気がするよ」
「そ、そうですか?」
 俺にはなぜそう思われたのかさっぱりわからなくて、途端に不安げな声で聞き返してしまった。
 男性は、やれやれと首を左右に振りながら、「君、全然艶っぽくないからさ、てっきり噂の恋人とは違うんじゃないかって思ってたんだけど」と言う。
 俺には、益々わからない。
「どういう意味ですか?」 
「いやいや、色気がないってことじゃないよ。男性としての色気はある。充分魅力的だ。だけど、君には、受ける側の子特有の艶っぽさがないからさ。澤クンの恋人ではないんじゃないかって、淡い期待を抱いた訳だ」
「それって・・・」
 俺は目をぎょろぎょろと動かして、一生懸命考える。
「ああ、そんなに深く悩まなくてんだよ。ようは君、開発途中な訳でしょ。元はノンケだったりとか?」
 ノンケという言葉はわかる。
「ええ、そうです」
「やっぱり。ノンケの子は花が開くのに時間がかかるからね」
 ???
 やっぱりなんかよくわからない。
「しかし意外だったな。あの澤清順が、ウブな子が育つまで根気よく付き合うだなんて。今までの即物的な彼からは想像できないけど、さっきの受け答えをしている君を見てたら、やはり澤クンの目は肥えてるって改めて思ったよ。君は凄くカワイイ。きっと凄く大きな花になるだろうね」
「あの~・・・」
「ん?」
「花って・・・なんの花ですか?」
 男性は一瞬きょとんとした顔をして見せたが、次の瞬間にはハッハッハと声を出して笑った。
「君、本当にウブなんだね。よく言うだろ? 女性がセックスを覚えて大人の女性の花を咲かせるのと大体同じ意味だよ。ゲイの世界では、受ける側の子も抱かれる相手の腕前がよければいいほど、艶に磨きがかかる。そういう話だよ」
 そう言われて、俺は頬が熱くなるのを感じた。
 俺の無知さ加減もやたら恥ずかしかったのだが、俺が「受け手」だという前提で話が進んでいることもなんだか恥ずかしくって、俺は顔が真っ赤になるのを感じた。
「お、俺、そっち側じゃありません」
 俺が慌ててそう言うと、男性は今度、目を丸くした。
「え? 君、ネコじゃないの?」
「ネコって何かわからないけど・・・。受けてる側じゃありません」
 俺がそう言うと、男性は心底驚いた顔をした。驚き過ぎてしばらく声が出ない・・・といった雰囲気だった。
「そ、そうなの?」
「はい」
「本当に?」
「ええ」
「まぁ、確かに。そうだと辻褄は合うけど・・・」
 男性は、人ごみの向こうにチラチラと見える千春の姿をみやった。
「あの澤清順が、抱かれてるっていうのかい? 君に? ずっと? 交代することもなく?」
「そ、そうなりますね」
 まさかこんなところで赤の他人に夜の生活の話をあからさまにされるとは思っても見なかったので、俺の顔は熱いままだった。
「うわぁ・・・。澤クン、今度は本気なんだ。それにしても、君、凄いな」
 男性は、なぜか尊敬の眼差しで俺を見た。
「澤清順は、ゲイの業界では滅多なことではネコにならない高嶺の花として有名なんだよ。彼がネコになることを承諾するのは、余程その気になった時か、何かのゲームに負けた時か。それも大概一回切りで、それ以上続けて抱くことができた人間は極々まれだ。若い頃の大失恋後は、どこかタチにこだわっているイメージも強かったしね。だからこそ、彼を抱けるというのは究極に選ばれた人間のみしか味わえない至福の一時だと言えるんだよ」
 えぇ・・・そうなのか・・・。俺なんか、もう何回も千春を抱いてる。
 それって、そんなに凄いことだったのか・・・・。
 なんだか、脂汗が出て来た。
「現に今、澤クンと話している赤坂儀市なんかも、一時は澤清順の本命と言われて、僕らの間では随分と話題になったけどね」
 俺は、それを訊いてドキリとする。
 儀市くんと千春って、前、つきあってたんだ。
 そうなんだ・・・。
 どおりて似合いだと思ったんだ・・・。
「美男同士のカップルで、赤坂儀市はバリバリのネコだから完璧な相性だって言われてたけど、なんであの二人、別れちゃったんだろうね・・・・って、これは余計な一言だったかな。今は君がいるんだしね。いやはや、君は凄い男だよ。あの澤清順をしっかり乗りこなしてるんだからね。せいぜい、パートナーがタチの頃の快楽を思い出して浮気しないように気をつけた方がいいよ」
 男性がそこまで言った時、俺のと男性の真ん中に、にゅっと女性の細い腕が伸びて来た。
「ちょっと! 堺さん! 余計なこと言って、私の弟を虐めないでください!!」
 葵さんだった。
 葵さんは、俺達の間に割って入ってくると、俺をぎゅっと抱きしめた。
「いくら堺さんでも許さないから」
「え? 彼、葵ちゃんの弟なの?」
「実際は違うけど、気持ち的には弟同然なの! この子は堺さんのモノになり得ないから、さぁ、あっちへいったいった!!」
「葵ちゃんは相変わらず怖いなぁ」
「もう、しばらくは堺さんのお店、行ってあげないから」
「わかった、わかった!」
 堺さんと言われた男性は、降参・・・といった具合に両手を上げると、その場を立ち去った。
 葵さんが、俺に向き直る。
「大丈夫? シノくん。堺さんの言ったこと、ぜんっぜん気にしなくていいからね。成澤くんがシノくんを置いて浮気なんて、絶対にしないから。断言できるから。・・・ね、シノくん、訊いてる?!」
「え? あ、は、はい」
 俺が瞬きをしながら葵さんを見ると、葵さんは俺の両頬に手を添えて「今の成澤くんは絶対に浮気なんてしないから」と再度言った。
「はい・・・」
 俺は頷いたけど、葵さんは小首を傾げて眉を八の字にした。
「オネェさんはなんだか心配。やっぱりダメね。シノくん、成澤くん共々強制送還決定」
 葵さんはそう呟くと、俺の腕を掴んで千春のところまでグイグイと引っぱっていった。
「ちょっと、成澤くん!」
 葵さんは、千春がこっちを向いたのを確認すると、千春の胸元に向かって俺を押し付けた。
「うわっ、わわわ!」
 俺は危うくまたもやカクテルを零しそうになって、慌てる。幸い、千春がうまく抱きとめてくれて、なんとか難を逃れた。
「シノさん、大丈夫ですか?!」
「全然大丈夫じゃないから」
 俺の代わりに、なぜか葵さんがその質問に答える。
 千春が葵さんを見上げた。
「旧友に会えて嬉しいのはわかるけど、大事な彼氏をほったらかしにしてたらダメじゃない。シノくん、他の人に盗られちゃってからじゃ、遅いのよ」
 葵さんの台詞に、千春の顔色がはっきりと青ざめたのがわかった。
 千春が俺の身体をぎゅっと掴んで、「誰かから何かされなんですか?!」と訊いてくる。
 俺はバツが悪くて、しゅんとした。
「されたんじゃなくて、言われたの。成澤くんが男の快楽を思い出して浮気しないように気をつけろって」
「何を馬鹿なことを・・・」 
「目を離してたら、そんな馬鹿なことも言われちゃうでしょ! 今日はもう二人で帰りなさい。これは命令です」
「篠田さん、ごめんなさい、僕、気がつかなくて・・・」
 儀市くんがそう言ってきたんで、俺は千春の腕から逃れると、「いやいやいや」と手と首を横に振った。
「いや、悪いの俺だから。俺が慣れない場所で一人になったのが悪かった訳で・・・」
 そう言う俺の口を、ふいに千春の手が塞いだ。
「シノさん、謝らないで。悪いのは全て僕です。だからシノさんは、絶対に謝らないで」
 千春がそう言った時、周囲で野次馬をしていた人達がざわりと揺れた。
 儀市くんも驚いた顔をしてた。
 なぜなら千春が、今にも泣きそうな声でそう言ったからに違いなかった。

 

here comes the sun act.18 end.

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編集後記

4月に貰って来た子猫が、物凄い勢いで大きくなってます(笑)。
顔の大きさはあんまり変わらないのに、身体の長さがハンパなく長くなっていってます。最初に来た時の3倍増し・・・。子どもの成長はマジ早いっす。
そして、家の中で暴走族のような勢いで走り回っている・・・。更に、家族の人達の足や手に絶え間なく引っ掻き傷をつけまくっている・・・。
これまで飼って来た子達は、こんな感じだったかしらん。なんかあまりにも元気よすぎないか・・・?まぁ、元気なことは善きことかな、か(汗)。
先日、無事動物病院にて、病気を持っていないこともわかって、先住ネコとも一緒のトイレを使えるようになりました。なぜか毎回鳴き声をあげながらトイレする(笑)。面白い子です。
しかし、この引っ掻き傷は何とかならないかしら(大汗)。
来月末には、ミッチロリンパーティーに行く予定になっているので、こんな傷もつれの足で膝上スカートなんかはけないyo!!

[国沢]

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