act.22
<side-CHIHARU>
夕べシノさんとセックスをしたにも関わらず、僕は朝早い時間にすっきりと目覚めた。
昨日は、小出さんのスタジオを出た後、森ビル内のレストランで食事をした後、僕の仕事場に帰った。
思ったより小出さんのスタジオで長い時間を過ごしていたため、月島のシノさんの部屋に帰って食事を作るには些か遅過ぎたからだ。
スタジオで過ごした時間はあっという間のように感じたが、実際のところほぼ一日中、スタジオの中で過ごしたことになる。
それだけに、小出さんは素晴らしい写真を数多く撮影してくれた。
今日撮影した写真をお手製の写真集にまとめる作業は小出さん自らが必ずしてくれると約束してくれた。
「他の仕事の合間にやるから、随分お待たせしてしまうことになると思うが」
小出さんは申し訳なさそうにそう言ったが、写真の中にはかなり際どいものもあったので、僕はその方がありがたかった。
シノさんの裸体をできるならあまり人目に触れさせたくない。
むろん、全カットが収録されたDVD-ROMもつけてくれるということだったので、間違いなくこれは僕の宝物になるに違いない。絶対に棺に入れてほしいアイテムの筆頭になること間違いなし、だ。
結局、スタジオでシノさんの肌を見て、モヤモヤとしてしまった僕だったので・・・さすがに小出さんの前で欲情したりはしなかったけど・・・、僕の仕事場に帰ってから直ぐに僕らはセックスをした。
だってその日は待ちに待った土曜日だもの。寝坊することになんの気兼ねもなくセックスができる日だから。
そういうことで、僕らは心行くまで愛し合ったわけだが、どういうことか僕はほぼ明け方と同時ぐらいの時間に目を覚ました。
でもそんな時間に起きた割に、寝たりない感は全くなくて、むしろ爽快な寝覚めだった。
思えば僕は、温泉旅行の頃辺りから、シノさんと同じ布団で眠ると、かなり質のいい眠りを得られているようだ。
以前は、他人の頭が隣の枕にあるだけで落ち着かなくて、浅い眠りを繰り返していたのにね。
シノさんって人は、どんなサプリメントより快眠の効果があるのかも(笑)。
僕はそう思いながら、隣で眠るシノさんを見つめた。
シノさんは相変わらず爆睡中だ。
ちょっと涎が出てて、隙だらけの顔。
── う~ん・・・。かわゆい・・・。
僕はしばらくシノさんの寝顔を見つめて、そのなんとも言えない幸福感を味わった後、シノさんの裸の肩にキスを落として、ベッドから抜け出た。
白いシャツにベージュのカプリパンツを履いて、顔を洗い、髭を剃る。
── 髪の毛、ちょっと伸びてきたかな・・・。
僕は鏡に映る長い前髪を指で摘んだ。
そういやもう、しばらくの間、デフォルトに行ってない。
そろそろ行かなきゃ、美住さんに愛想着かされるかもしれないな。
明日、取材の仕事が一件だけだから、その後にでも行こうかな。
タオルを首に引っ掛けたまま、僕はキッチンの向かった。
冷蔵庫を開ける。
中身は、シノさんの家の内容より貧弱だ。
基本的に食事はシノさんの家で作っていたから。
まぁでも、独身の一人暮らしの冷蔵庫の割に中身はバラエティーに飛んでいるから、何かできないこともないだろう・・・。
僕はそんなことを思いながら、冷蔵庫から材料を取り出して行った。
きちんと献立も考えず、ありものの材料で何となく料理が進んで行く。
その間も僕は、別のことを考えていた ── 料理を作ることが当たり前になってきたお陰で、意識しなくても勝手に手が動くという芸当を僕は身につけていた ── 。
なんか、シノさんの平和そのものな寝顔を見つめたら、急に自分の中でまたあの感情が盛り上がってきた。
それは『シノさん夜だけ奥様作戦』じゃない。シノさんに「一緒に住もう」って言ってみようかな・・・の方である。
でもそのことを思い浮かべるだけで、頬がすぐに熱く火照るほど、頭に血が昇った。
ああ、こんなのまったく僕らしくない。
たったその一言を言おうかどうしようかとドギマギしてるなんて、中学生の坊やじゃあるまいし・・・。
実際、今の僕と中学時代の僕を比べたら、きっと中学時代の僕の方が随分大人びた態度をしていただろう。
つらつら思いを巡らせている間に切り刻んでしまった野菜を片っ端からボールに入れ、そこにクリームチーズを千切り入れる。
なんかその動作がウジウジと悩んでいる青少年みたいで、僕は緩く首を振った。
でもここでクリームチーズを千切り入れるのをやめると、サラダが美味しくなくなるんで、まだ千切るけどさ。
── ああ、でも、例えきちんとスマートに「一緒に住もう」と言えたとしても、もしシノさんに拒否されたらどうしよう。
それだけで百万年は立ち直れなくなるかも。
シノさんの部屋で住もうにもデカイ男二人だとどうも手狭だし、僕の生活必需品をシノさんの部屋に持ち込むとなると、益々部屋が狭くなる。
かといってこの仕事場では他人の出入りが激しいから、シノさんだって落ち着かないだろうし、新しい住まいを構えるにもそれなりのお金がかかる。 ── まぁお金は僕が出せば全く問題はないんだけど、シノさんお金にはきっちりしてるから、僕だけが新居の負担をするだなんて話をしたら、それだけで激しく抵抗されそうだ。でも、シノさんが長年コツコツ貯めてきた貯金をこれ以上崩させるのは僕が嫌だし・・・。
「あ~~~~!!」
僕は思わず、声を上げて、馬鹿みたいなスピードでクリームチーズを千切った。
── う~ん・・・、千切り過ぎたかも・・・。
<side-SHINO>
目が覚めると、隣に千春の姿はなかった。
エッチをした翌朝は、大抵こんな感じだ。
大抵千春が先に起きている。
「シノさんは、エッチに全力使い過ぎなんですよ」とからかわれることもしばしばで。
でも、それって俺だけのせいなのか? 千春が、そうさせてるんじゃないだろうか。
昨日も、すっかり千春にのせられて、結局小出さんのカメラの前で、全部脱いでしまった。
「は、ハズかし過ぎる、俺・・・」
俺は思わず、誰も見ていないくせに両手で顔を覆ってしまった。
頬がカッと熱い。
だって、俺、モデルとか俳優さんとか、そんなのと全然違うのに、一流カメラマンの前でヌ、ヌードなんかになっちまってさ。美優にこのこと知られたら、絶対全力で笑われる・・・。
千春には、絶対に誰にも見せるなって釘刺しておかなきゃ。
俺は、フッと息を吐き出すと、寝床から起き上がった。
サイドボードに白いTシャツとジーンズが畳んで置いてある。
これを着てねってことだ。
── ああ、本当にできた嫁だよ、千春・・・。
寝室のドアを開けると、キッチンと一体型の広いリビングダイニングにいい香りが立ちこめていた。
キッチンの方を見ると、ゆっくりとした仕草で鍋の中をかき混ぜている千春の背中が見えた。
「おはよう・・・」
と声をかけたところで、俺はダイニングテーブルの上の光景を見て、「えぇ、どうしたの、これ・・・」と思わず口走った。
「え? あ? シノさん?」
俺の声に気がついて、千春が後ろを振り返る。
千春もテーブルの上の様子に気がついて、「うわっ!」と声を上げた。
テーブルの上には、これが朝食かってくらいの品数の料理が処狭しと並んでいた。
その量たるや、レストランのフルコースより多い勢いで。
しかもどれひとつとってしても、盛りつけまで完璧で、物凄く美味そうだった。
「これ、一体いつから作ってたの?」
俺が思わずそう訊くと、千春は「えぇと・・・」と頼りなげに呟いた後、「五時くらい? かなぁ・・・」と答えた。
「五時!?」
今は九時だから、四時間も料理してたのか・・・。
「ああ、なんだか考え事してて・・・。最初の方に作った料理、もう完全に冷めちゃってますね。温め直さないと・・・」
一体何を考え事してたんだか、あのしっかり者の千春にあるまじき天然ボケぶり。
「と、とにかく、一度に全部食べるのは無理だから、今食べるのと昼と夜食べるのと、グループ分けしよう」
「そ、そうですね。そうしましょう」
その料理の見極めは、千春がきちんとやってくれた。
しっかし、このボール一杯に堆く盛られたチーズと青野菜のサラダたるや壮観だ。
千春に指示された料理にラップをかけて冷蔵庫に入れようとすると、冷蔵庫が見事に空っぽになっていて驚いた。
夕べ、ミネラルウォーター取りに行った時は、もっと中身が詰まっていたと思うけど(汗)。
食材全部使っちゃったんだな・・・。凄い。
顔を洗った後、朝食は二人で、まるでヤギになったみたいにモシャモシャと青野菜とチーズをひたすら食べた。
そして二人同時にコンソメスープを飲み、ふぃ~と息を吐き出す。
「これだけでお腹いっぱいになっちゃった感じですね」
「そうか? 俺はもうちょっと行けそう」
「そしたら、そのカブと生ハムの和え物をさらえちゃってください」
「うん」
千春は、俺が依然としてモシャモシャと食べる様子をスープを飲みながら、ジッと見つめていた。
なんか思い詰めた表情のように見えて、俺は食べる手を休め、「何か言いたいことでもあるの?」と訊いた。
俺がそう言うと、千春は正気に戻ったように、「え?!」と驚いた声を出すと、「え、あの、ええと・・・」と口ごもる。
何だかいつもの千春じゃないみたい。
「なんか、言いにくいこと?」
「え? いや、そんなことは・・・」
歯切れが悪い。
何だかこれじゃ、いつもと役割が反対だ。
「悩み事?」
「悩み事だなんて、そういうのじゃ・・・」
「そう? そういうような雰囲気だけど・・・。もしかして俺、何かやらかした?」
俺は急に不安になって、千春にそう訊いた。
夕べのエッチがちょっと乱暴だったのかも。
俺ってば、ついつい快楽に捕われて、千春のことちゃんと気にかけてやれずいいたかも・・・。
「いえいえ、シノさんのせいじゃありません。ホント、違いますから」
「じゃ、なんだよ」
「なんでもないです」
「ぼんやりして、こんなにたくさんの料理作っちゃったのに?」
「いや、それは・・・」
「ちゃんと言ってくれないと、不安になる」
箸をギュッと握りしめて俺が言うと、千春はふらふらと宙に視線を泳がせた後、じっと俺を見つめてきた。
その口元がパクパクとする。
「シノさん・・・、いっ、一緒に・・・」
「一緒に?」
「一緒に・・・」
「一緒に?」
「一緒にデフォルトに行ってもらえませんか? 今日!」
「・・・・なんだ、そんなこと」
俺は思わずポカンとした。
美住さんのところに行くの、そんなに考え込むようなことかい?
俺は千春にそう訊くと、千春は「シノさんと揉めてからずっと僕デフォルト行ってないし、他の美容室で一度髪切っちゃってるから、行きにくくて・・・」
ま、確かにそう言われればそうかも。
「いいよ。ご飯食べ終わったら、電話かけてみよう。美住さんの身体があいてたら、一緒に行こう」
「う、うん。ありがとうシノさん・・・」
その笑顔、なんだか強ばってない?
here comes the sun act.22 end.
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編集後記
「一緒に住もう」がこれほど重い言葉だとは。
千春にとっては、特にそうなんでしょうね。
なかなか口から出てこない。
シノさんはもっとシンプルに考えそうだけど、そこが生粋のゲイ道を歩んできた千春と元ノンケのシノさんとの違いでしょうか。
国沢はといえば、ヒヤマイのストックも尽きたというに、新たなゲームを買ってしまいました(汗)。
モンスターハンターシリースでおなじみのカプコンが出した『ドラゴンズ ドグマ』。
実は、似たようなゲームで『スカイリム』という洋物ゲームもしたことがあるんですが、今回のは和物ゲームなので、キャラクターメイクで割と美しいキャラが作れます。
ということで、最初はメインキャラ(自分が操作するキャラ)をシノさん似に、サポートキャラ(付き従ってくれる仲間)をチハルにして(こちらは話の中の千春と違って金髪碧眼青年に)、「萌え萌えに萌えてやるぅ~」と息巻いたのですが、なんかシノさんにしろチハルにしろ、いざゲームをやり始めると思い通りの姿と声にならず、途中で断念。結局シノっていう女子キャラつくって、お供のキャラはシンシアちゃんに作り直しました。(シンシアっていっても、赤毛の大女だけど(汗))。
一周終わったら、もう一度シノさんかチハルのキャラを再度作り直してチャレンジするつもり・・・。
で、このお供のキャラクター。「ポーン」っていうんですけど、これがオンラインで他のプレイヤーに貸し借りができる仕組み。
ゆる~く他のプレイヤーと繋がる感覚がおもしろいです。
自分の作ったポーンちゃんが、余所様に選ばれて仕事をしてくると、経験値とご褒美のアイテム、そして評価を得て帰ってくる。これがね、微妙に嬉しいんですよ。
国沢は、モナハンとかの協力プレイとか苦手で、もっぱらソロでゲームをやることが多いのですが(オンライン上でも引っ込み思案・・・)、これぐらいのゆるいつながりなら、気兼ねがなくていいです。
まだまだ序盤なので、レベルの低いところをひた走っておりますが、もしここに来られている方で、『ドラゴンズ ドグマ』をプレイしている方がいらっしゃったら、ひょっとして、国沢があなたのポーンを借りてる・・・なんてことが起こりえるかも(笑)。むろん、その逆も可能性ありですな(とはいっても、シンシアちゃんもまだまだ力不足ですが・・・)
[国沢]
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