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nothing to lose title

act.80

<side-SHINO>

 車を街の郊外に向かって走らせていると、雪がはどんどん酷くなってきて、道路の両脇はあっという間に雪が降り積もって行った。
 時間はまだ午後三時にもなっていなかったが、辺りはどんよりとしていて、夕刻と夜の狭間のような雰囲気だった。
「やっぱり今日は泊まりかな・・・」
 ワイパー越しに視界の悪い道に目を凝らしながら、俺は呟いた。
 ホテルの部屋はまだ予約してないが、今は旅行シーズンでもないし、当日飛び込みでも何とかなるだろう。
 カーナビと外の風景を照らし合わせながら、ゆっくりと車を進めた。
 問題の小岩酒造跡地は、竹林に囲まれた脇道を奥に五分ほど進んだところだった。
 幹線道路からは見えずらい場所にあるため、地元の人も酒蔵の跡地がどうなっているのか、これでは窺うこともままならないだろう。
 道の両脇に広がる竹林は以前人の手が入れられていた形跡が確かにあったが、今は荒れている印象を受けた。
 竹林が途切れた先に、その酒蔵はのっそりと姿を表した。
 随分前に倒産した割に、塀から見える建物はまだ痛んではいない。それは先ほど通ってきた竹林の様子とはまったく違っていた。
 当たり前だが、鉄製の門扉は閉じてある。
 俺は塀の傍らに車を停め、外に出た。
「さ、さむ!」
 思わず口をついて出る。
 車の中は暖房をかなり効かせてあったので、当然と言えば当然だ。
 湿気の多い、重い寒さが身体にまとわりつく。
 あっという間に耳の先がジリジリと痺れてきた。きっと真っ赤になってるだろう。
 俺は、鉄格子状の正面門扉から中を覗いた。
 やはり人の気配はない。
 酒蔵の前はちょっとした広場になっており、そこにうっすらと積もった雪には、人の足跡も車の轍も見当たらなかった。
 やっぱり、無人なんだろうか・・・。
 俺はもっと奥まで目を凝らそうと、門扉に寄りかかった。
  ── ギィィィ
 予想外に軽い動きで、門扉が開いた。
 てっきり鍵がかかっているものと思っていた俺は、危なく前につんのめるところだった。
 転ぶ寸前のところで門扉にしがみつき、雪塗れになることは何とか回避できた。
「び、びっくりした~・・・」
 俺の代わりに投げ出される形になったビジネスバックを拾い、雪を払う。
 俺は二、三歩、先に進んで、奥に目を凝らした。
 酒のタンクがあると思われる蔵はシャッターが閉まっていたが、よくよく見ると地面から30センチくらい開いている。
 蔵の軒先があるせいで雪がそれほど積もっていない地面に、小型の車輪の跡と人の足跡がうっすら残っているのが見えた。しかも、さほど古いものではなさそうだ。ここを購入した『若い人』達のものか。
 俺は酒蔵に近づき、シャッターの中を覗いた。
 ここからでは、まだ人の気配はしない。
 俺はなんとかシャッターの隙間を潜って、中に入った。
「これって立派な不法侵入だよな・・・」
 思わずそう呟いて、中を見渡す。
 ここを買った人がまだ処分していないのか、中にはまだ酒を醸造するタンクが二つあった。
 比較的小規模な酒蔵だ。柿谷とよく似ている。
 蔵の中は、不思議と綺麗に整えられていた。
 目立った埃もクモの巣といった類いもない。
 今だにきちんと人に管理されている雰囲気がある。
 俺は思い切って、声をかけた。
「すみませーん!」
 蔵中に声が響く。
 だが、返ってくるのは静寂のみだ。
 俺は再度「すみませーん」と声をかけながら奥に進んだ。
 何度目か、声をかけた時、ふいに奥の扉が開く音がした。
「どちら様ですか?」
 ドアから顔を出したのは、俺と同世代らしき女性だった。
 色白で肩まで伸ばした真っ黒い髪をひとつに束ねている化粧っけのない人だった。あまり印象に残らない感じに顔つきをしていたが、目元には疲労感がうっすらと浮かんでいるように見えた。
「あ! ええと・・・この酒蔵を購入された方ですか?」
 俺がそう聞くと、女性は少しだけ苦笑いを浮かべ、バツが悪そうに首を横に振った。
「まぁ何と言ったら・・・。正確には前の持ち主というのが正しいんですけどね」
「前の持ち主・・・? ということは、小岩酒造さんの娘さんですか?」
 俺がそう尋ねると、彼女は驚いた顔をしてみせた。
「え、ええ。よくご存知ですね。ええと・・・あなたは・・・」
「ああ、申し遅れました。こういう者です」
 俺は懐から名刺を取り出して、小岩さんに渡した。
「 ── 株式会社加寿宮・・・・篠田さん」
「はい。以前、弊社の者がこちらにもお伺いしていたと思いますが」
 俺がそう言うと、小岩さんはハッとした顔つきをして、「ああ」と感嘆の声を漏らした。
 酷く驚いた顔をして彼女は俺を見ていたが、俺が「この酒蔵から最近売り出されていたかもしれないお酒のことついて、お聞きしたいんです」と言うと、彼女は深く長い溜め息をついた。
「そうですか。まぁ、ここは寒いですし、隣に事務室がありますので、そちらへどうぞ」
 小岩さんはそう言って、俺を奥に案内した。
  
  
 案内された事務所は、蔵の南隣にあった。
 ちょっとした小売りスペースの空間があり、カウンターで仕切られた奥が事務室となっている。
 作りは古いが、事務室には真新しいパソコンが置かれてあった。
 事務室の中央には年季の入ったストーブがあり、そこにおかれてあったヤカンから湯気が立ち上っていた。冬の柿谷でも同じ光景をよく目にする。馴染みのものだ。
 小岩さんは、「こんなコップで申し訳ないけど・・・」と紙コップでインスタントコーヒーを出してくれた。
「ああ、お気にさならず」
 小岩さんはテレくさそうに笑った。
「管財人がね、何でもかんでも持っていっちゃったんですよ。コーヒーカップや湯のみまで」
「そう・・・なんですか?」
「ええ。まぁ、借金をね返すのが道理ですから、仕方ないですけどね」
「では、やはりここはもう小岩酒造じゃないんですよね?」
「え? ええ。そうです」
「じゃぁ・・・なんで小岩さんは・・・」
 俺がそう聞くと、小岩さんはテレ笑いを深くした。
「ここをね、買った人のお手伝いをしてるんですよ。まだお酒の販売許可の免許申請が降りてないとかで、私名義の販売許可免許がどうしても必要でね」
 なるほど、そうか。
 小岩さんの販売許可証があったから、建前上はここで酒を販売しても法には触れないということなのか。
 しかしそれにしても、酒のラベルを張り替えて売ってる割に、小岩さんに悪びれた様子がないが・・・。
「ではやはり、岩風酒造としてここで酒を販売しているのは本当なんですね?」
 俺が詰め寄ると、小岩さんは少し身体を引いた。
「え、ええ。篠田さんはネットをご覧になってこちらに来られたんですか?」
「そうです。 ── いや、正確には取引先のお客様に教えてもらってなんですが・・・。でも、そのネットで売られている酒は、小岩酒造の酒ではないんですよね?」
「ええ、違います」
「それはどこの酒ですか?」
「どこって・・・」
「どこから持ってきた酒ですか?」
 小岩さんは戸惑った表情を浮かべたが、俺は自分が熱くなるのを止められなかった。
「ここを・・・この酒蔵を買った人物って、誰ですか?!」
 俺がそう言った瞬間。
  ── ガラリ。
 事務室のドアが開いて、男が二人、入って来た。
「おーい、綾子。表に停まってる車、あれ誰の車?」
 反射的に小岩さんと俺の視線が、男達に向いた。
 互いの顔を確認した瞬間。
 一瞬、時が完全に止まった。
 男達は、征夫さんと川島、その二人だった。

 

here comes the sun act.80 end.

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編集後記

なんだか毎週ちょびちょび更新ですみません(汗)。
なんだかんだでもう80話・・・。
あまり浮き沈みのない話なのに、ちょびちょび更新のせいで話数だけイタズラに長くなってますね・・・。
アメグレとは偉い違い。

電子書籍化プロジェクト第一弾として、昨日と今日、本を片付けました・・・。
国沢は本の管理がずさんなので、なぜかシリーズ物のコミックスの途中の巻が欠けているものがいくつもあって、困りましたw
中途半端に捨てるはずはないのだが・・・。どこにいってしまったんだ? オイラのバリバリ伝説・・・そしてホットロード・・・(←古い!)。
なんか昔の蔵書、妙にヤンキーじみてて笑っちゃいました。
ヤンキーとはかけ離れた学生生活送ってたのになぁ・・・。時代ですかね?

ではまた!

[国沢]

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