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act.16

<side-CHIHARU>

 その日の夜は、シノさんと二人連れで葵さんとディナーを一緒にすることになっていた。
 思えば、シノさんとこういう関係になってから、二人揃って知り合いに会うのは初めてのことだったので、僕は少しソワソワした気分になった。
 そう言えば、付き合い始めてから僕らデフォルトにも行ってない。髪を切るタイミングじゃないってこともあるけど、きっと美住さん、死ぬほど心配してくれてたんだろうなって思うと、逆に行きにくくて。僕ってホント、薄情だよね・・・。
 今日は葵さんの誕生日の前祝いということになっていた。
 ホントいうと、仲間内で企画されているホームパーティーはこの後10時頃から葵さんの友人宅で企画されていた。けれどそれはかなり大々的なものらしく、ゆっくり話ができそうにないからという葵さんの申し出で、事前に僕らだけで食事をすることにしたのだ。
 葵さんとシノさんとは、青山にあるレストランの前で待ち合わせをしていた。
 一番先に着いたのは適度に暇人のこの僕で、僕はレストランの前で待つことにした。
 通行人やレストランに入っていく人達が、ほぼ全員僕を見ていく。
 グレイの細身のスーツを着た若造が小脇に38本の真っ赤なバラの花束を抱えて立ってたら、確かに目立つよな。
 店の中で待ちたかったのはやまやまだったんだけど、シノさんが店を探し当てられなかったらマズいと思って・・・。う~ん、でもどうしよう・・・。
 僕が悩み始めたその時、通りの右手からシノさんの声がした。
「千春・・・!!」
 シノさんが軽く手を挙げて走ってくる。
「ごめん・・・! ちょっと仕事が残っちまって・・・遅くなった」
 僕はシノさんの腕を取って、彼の腕時計を見た。
「大丈夫、まだ8時前ですよ。葵さんも来てないし」
 シノさんがホゥと息を吐く。
 シノさんはいつも一生懸命仕事してて、残業が多いから。だから今日は、葵さんのために更に頑張って仕事を終わらせてきたに違いない。
 僕はシノさんの額に浮かんだ汗をハンカチで拭いた。
 シノさんは、「ああ、ありがとう・・・」と呟いた後、僕が小脇に抱える花束を見て、顔を蒼白にした。
「・・・あ!! 俺、プレゼント買って来るの忘れてた・・・!!」
 一気に不安そうな表情になる。
「遅れないようにって思うのに必死で・・・。どうしよう・・・」
 葵さんはきっと「シノさんが今日来てくれるだけで十分」って言うに決まってるんだけど、シノさんがあまりに慌てふためいている様子だから、バラの花束をシノさんに渡した。
「これ、シノさんから渡してあげて」
「え!!」
 シノさんが目を大きく見開いて僕を見る。
「僕は別に用意してるからさ。大丈夫」
「え、でも・・・」
「さ、もう店に入って待ってましょう。ここだと人目を集め過ぎますから」
 僕はドギマギしてるシノさんの背中を少し押して、店の中に誘った。
 青山で話題のフレンチレストランは、味もさることながら内装が凝ってておもしろい店だ。いかにもフランスから取り寄せたとおぼしき家具や建材で作られていて、とても日本にある店っぽくない。
 葵さんとは最近オーガニック系のシンプルな店に行くことが多かったので、「たまにはゴテゴテの店もいいよね」と葵さんと相談して決めた。
 店の中に入った時のシノさんの反応も見たかったし。
「ふぁ・・・」
 案の定シノさんは店の中に入った途端、圧倒されたように店の中を見回した。
 ふふふ、シノさん、ポカン口になってるよ。
「たまにはこういうところも面白いでしょ?」
 僕がシノさんに声をかけると、シノさんはやっと正気に戻ったかのようにパチパチと瞬きをして、「千春と出会ってなきゃ、絶対に来れないところだ・・・。俺、大丈夫かな・・・」と呟いた。
「ま、今日は葵さんが主役ですから」
 僕がそう言うと、シノさんは幾分表情を和らげ、「そうだよな」と微笑んだ。
「いらっしゃいませ」
 お店の人が声を掛けてくる。 
「3名で予約を入れた澤です」
「澤様ですね。承っております。こちらへどうぞ」
 僕らが歩き始めると、店内にいた人々が一斉にこちらを見た。いや、正確にはシノさんを見てる。
 意外にシノさん、バラの花束、似合ってるもの。
 僕だって、こんないい男が店の中に入って来たら、凝視しちゃうよ(笑)。
 結局、僕らは二階の一番奥の席に通された。
 他の客から見えにくい席だ。
「シノさん、食前酒でも頼みますか?」
 僕が訊くと、花束をしっかり胸に抱えながら椅子に座ったシノさんが、「葵さんが来てからにする」と言ったので、僕も素直にそれにしたがった。
 シノさんは、席に座ってからもキョロキョロと目だけ動かして周囲を見回している。
 その表情が凄く少年っぽくて、カワイイ。
「後で店の人に頼んで、ワインセラーとか見せてもらいますか?」
「ん?」
 黒めがちの瞳が僕を見る。これぐらいの少し気の抜けた目力のシノさんの視線なら、僕は真っ正面からでも受け止められる。いつものシノさんの目力視線だと、あまりに真っ直ぐ過ぎるから恥ずかしくなって、思わず視線を外してしまうんだけど。
「店がどんなお酒を揃えてるか見せてもらえたら、勉強になるかもと思って」
 僕がそう言うと、途端にシノさんは瞳を輝かせた。
「そうだな!」
 さすが千春、いいこと言う!と僕を指差す。
 その無邪気な仕草。どこまで僕を萌え死なせるつもりなんですか。
 そうこうしてたら、葵さんが来た。
「ごめんね、遅くなって。リハーサルが長引いちゃって」
 葵さんもまたシノさんと同じで仕事に一生懸命な人だから、そんなことは充分わかってる。
 葵さんは、来週からベリーダンスの地方公演を控えていた。
 僕は立ち上がると、店の人がそうするより先に、葵さんの席の椅子を引いた。
 葵さんが満面の笑顔を浮かべる。
 上品なコバルトブルーのサリーに身を包んだ今日の葵さんは一段と美しい。
 葵さんは僕ら二人を眺めると、「こうして改めて二人並んで立ってるところを見ると、壮観ねぇ。迫力あるというか。いい目の保養だわ」
 葵さんはそう言って、満面の笑みを浮かべた。
 花束を渡すなら、今ですよ。
 僕はそういう思いを込めてシノさんを見たけど、KYなシノさんは当然理解することなく。
 席を立ったまま、きょとんとした目で僕を見た。
 僕が声を出さずに「花束」と言うと、やっとシノさんはわかったらしい。
「あ! 花束!! ど、どうぞ」
 シノさんはゴクリと息を飲み込んで、ぎこちない仕草でバラの花束を葵さんに差し出した。
「ありがとう。素敵なプレゼントだわ」
 葵さんは初々しくてかわいいシノさんごと花束を受け取ったって表情をしている。
「葵さん、僕からは、これ」
 僕は懐から小さな包みを取り出して手渡した。
「あら? なぁに」
「今度の公演で使ってもらえたらと思って。・・・まぁ、座りましょうか」
 席に着くと、僕は店員さんに目で合図した。
 今日は予約を入れる際にあらかじめコース料理をオーダーしていた。
 きっと話に夢中になるからと、ワインのチョイスも店側に任せてある。
 葵さんが包みを開けた。
「わぁ、凄く素敵なピアス!」
「あまり高価なものでないので申し訳ないのですが。そういう感じのものの方が使いやすいかと思って」
「ありがとう! 嬉しいわ。気兼ねなくバシバシ使えるもの。絶対に次の公演でつける」
「よかった、喜んでもらえて」
「あの~・・・」
 シノさんが不意に声をあげる。
 なぜかテーブルの上スレスレに前のめりになって、声を潜めてる。
 それにつられて葵さんも同じような体勢になり、同じように声を潜めて「なに、シノくん? どうしたの?」と訊いている。
 なに、この人達。なに、この光景。おかしいでしょ、これ。なんか、カワイイ、この二人。
 僕は思わず、背を反り返らせて「あっはっは」と笑ってしまった。
 一方僕とは違って神妙そうなシノさんは、声を潜めたまま言った。
「実はその花束も、千春からのプレゼントです・・・」
「はっ」
 僕の笑い声がパキンと凍り付く。
 僕はハァと溜め息をついて項垂れた。
「どうしてシノさん、ばらしちゃうんですか?」
「あら、そうなの?」
 葵さんが臥せった姿勢のまま、僕とシノさんの顔を交互に見る。
「言わなきゃわからないのに」
「え、でも、だって・・・」
 口を尖らせているシノさんの頬に葵さんが手を添えて、「そういう正直なところ、シノくんのいいところよね」とシノさんの頬にキスをした。
「!!」
 シノさんがキスされたところを手で押さえて、大慌てで身体を起こす。
「ちょっ、葵さん!」
 僕が声を荒げると、葵さんも身体を起こして、ペロリと舌を出した。
「ごめん、やりすぎた?」
「やりすぎです」
 僕は憮然としながらそう言って、シノさんを見る。
 シノさんは頬に手をやったまま、顔を真っ赤にしていた。
 例え頬とはいえ、女性にキスされたの、多分初めてなんですよね。
「シノさん、満更じゃないって感じですね」
 僕が腕組みしながらそう言うと、シノさんは両手を前に出して、勢いよく横に振った。
「ちっ! 違う違う! そんなんじゃないって!」
 ああ、シノさんも言い訳する時は他の男と同じ反応なんだ。
 葵さんもそこのところわかってるのか、口元を両手で覆い隠して僕とシノさんを見ていたが、その目が明らかに笑ってた。
 もう! そもそもの原因なのに、酷くないですか? 葵さん。
 ぷいっと顔を背ける僕に、シノさんは「えっと、えっと・・・」と周囲を見回し、テーブルの上に一枚はがれていたバラの花びらを手に取って、僕に差し出した。
「いいです。そんなのいりません」
「わ! 成澤くん、ひど!」
 葵さんがキャッと肩を竦ませる。
 シノさんは、見るからにシュンとして、俯いた。
 ああ、カワイイなぁ、シノさん。
 僕って、本当に酷い男。
 僕は十分にシノさんの反応を楽しんで、テーブルの下でシノさんの手をそっと握った。
 シノさんが顔を上げ、僕を見る。
 僕はテーブルに届けられた白ワインのボトルを片手で取って、葵さんのグラスにワインを注ぎながら、もう片方の手でシノさんの手を柔らかく撫でた。
 ちらりとシノさんを見て、少し微笑む。
 シノさんも安心したように微笑んで、僕の手からワインのボトルを取ると、僕と自分のグラスに注いだ。
 シノさんがギュッと手を握り返して来たので、僕もギュッと握り返して手を離す。
 僕らのテーブルの下の「密会」を葵さんはお見通しだったようで、葵さんは僕に軽く肘鉄を食らわすと、
「あなた、ツンデレの鏡のような男ね」
 と言って笑った。
「こりゃ、シノくんも苦労するわ」
 シノさんは、エヘヘと言った風に笑って頭を掻く。
「ま、でも、成澤くんが大変幸せそうで、オネェさんは安心しました」
 葵さんのこの言葉に僕はハッとして、葵さんを見た。
 シノさんは、葵さんの言ったことをそのまま真に受けて「え?! 俺も幸せですよ!」とムキになって言ってたけど、葵さんは僕が本当に幸せだと感じることこそが重要なんだと強調したかったんだと思う。
 これまで本当の幸せなんて感じて来たことがなかった僕のことをずっと見守ってくれてた人だから。
 現に葵さんは、「シノくんも幸せだってことは、あなたの顔見てたらロバでもわかる」と鋭いツッコミを入れてたから(笑)。
 しかし葵さん。ロバって、なぜロバですか?

 

here comes the sun act.16 end.

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編集後記

今週は、葵さんに二人揃ってお披露目です。今までスポーツジムでしか二人同時に会ったことがなかったからね。それに付き合う前だったし。
ということで、恋のキューピットにお礼のディナータイムでございます。

一方、国沢のプライベートと言えば、バッタバタは相変わらずなんですが(詳しくはブログを参照)、毎日子猫のお世話に手を取られております(汗)。
おまけに先住ネコのmomoちゃんも、案の定ご機嫌ななめで、もうあっちのネコこっちのネコと右往左往しております(汗汗)。

たいへ~~~ん!!
でも子猫、かわいいっす。
特にちっちゃいシッポがピーン!と立っている姿が(笑)。

[国沢]

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