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act.23

<side-CHIHARU>

 「澤先生、髪の毛切られたんですね」
 鏡越しにそう言われ、僕は「え?」と目線を上げた。
 スタイリストの女性が、僕の顔に大きなブラシを走らせながら、ちらちらと僕の顔を見ていた。
 彼女は、以前も数回雑誌の取材時についてくれた人だったから、僕の前の髪型を覚えているんだろう。
「以前より前髪が随分短くなって、イメージチェンジされたみたいで」
 確かに、僕はこれまでの前髪長めな髪型から、襟足もビンタもすっきりとした短髪になっていた。
 こんなにさっぱりとした髪型にしたのは、中学生以来かもしれない。
 まぁ、僕が狙ってこの髪型にしたんじゃないけどね(汗)。
 先日シノさんと共にデフォルトに行った際に、何となく歯切れの悪い僕の様子を察して、美住さんがその理由を僕に白状させている間に、こんなに短くなっちゃったんだ。

 久しぶりに行ったデフォルトは、以前と全く変わりのない笑顔で僕を迎えてくれた。
 美住さんは僕の肩を少しだけ押して、「ホント、死ぬほど心配したのよ」と言ってくれた。
 最初美住さんは、僕の少し伸びた前髪を見ても、「そんなに今すぐ切るほどのこともないんじゃない。今もいい感じだし」とか言っていたが、僕と美住さんのやりとりをニコニコと可愛らしい笑顔で眺めているシノさんを見てウ~ンってなってる僕に、何か感ずるものがあったらしい。
「篠田くんはまだ整えなくてもOKだからさ、下でシャンプーでもしてやって。で、澤くん。アンタはこっちよ」
 美住さんはそう言うと、僕の手を取ってロフトまで引っ張って行った。
「ね、アンタ、どうなってんの?」
「え? まぁ、僕らの関係は見ての通り・・・」
「無事付き合ってるってことは、篠田くんの緩みきった笑顔を見てたらわかるわよ! アタシが言ってんのはそういうことじゃなくて」
 美住さんはそこで言葉を切って、霧吹きで僕の髪を濡らした。
「 ── よかった。髪の毛、案外痛んでない」
 美住さんはそう呟いて溜め息を吐く。
 僕がシノさんから逃れて雲隠れしている間、散々危ないところで飲み散らかしていたから、その噂が美住さんの耳にまで入っているのだろう。僕が荒んだ生活の果てに、髪の毛すらズタボロになっているに違いないと思っていたに違いない。
「・・・本当に、ご心配かけてすみませんでした」
 僕がぺこりと頭を下げると、鏡の中の美住さんが少し笑った。
「素直に謝る澤くんなんて、不気味過ぎて仕方ないわ」
 僕もその言い草に思わず笑う。
「随分ですね」
「そういう澤くんもオツなものだって言ってるのよ」
 美住さんがハサミを僕の髪に当てる。
 シャクシャクと小気味のいい音がした。
「で? なんか悩みがあるんじゃないの?」
 ドキリとする。
 ホント、美住さん、鋭い。
「別に。何も」
 僕がそうシラを切ると、「嘘おっしゃい。笑顔の篠田くんを見る顔が意味深だった、さっき」と突っ込まれた。
 まさか美住さんも、僕がシノさんに一緒に住もうって簡単なそのひと言が言い出せないなんてこと、思っても見ないだろう。むしろそれを知られるのが無性に恥ずかしくて、僕は随分長い間すっとぼけていたが、仕舞いに美住さんに「丸坊主にしちゃうわよ!」と脅されて、結局白状する羽目になってしまった。
 オネェ言葉の髭ゴリラに噛み付かれんばかりの勢いで迫られ、さすがの僕も怯んでしまった。
 僕が「一緒に住もうのひと言が言えない」と答えると、美住さんは一瞬動きを止めて、きょときょとと瞬きをしていたが、直ぐにガッハッハと笑った。
「失礼だな。僕に取っては死活問題なんですよ」
「ああ、ごめん、ごめん。そうよね、真面目な悩みよね。いやいや、ごめん」
 そういう目がまだ笑ってる。
「何でそういう反応なんですか?」
 内心では薄々こういうリアクションをされるだろうなとは思っていたけど、実際そうだとヘコムというか。
「だってぇ。あの天下のドSキャラの澤くんが、そんなひと言が言えなくて悩んでいるなんて、最高にカワイイじゃないの」
「美住さんにカワイイと言われても、全然嬉しくありませんよ」
「そんなにヘソを曲げないの。やだ、益々可愛いわ、この子」
「ホント、やめてくださいよ」
 僕は側のツールワゴンから電気バリカンを手に取ると、美住さんの顎にそれを押し当てた。
「髭を逆モヒカンにしますよ」
 美住さんがぴたりと口を噤む。
「・・・・。本気でやりそうなのが怖いのよね」
 美住さんは、「もう降参」といった風に両手を上げた。
「さ、シャンプーするからこっちにきて」
 僕からケープを取り去りながら、美住さんが言う。
 僕はえっと目を見張った。だって、シャンプーに関してはいつも別のスタッフがやってくれていたから。
「笑っちゃったお詫びよ」
 美住さんはちゃかすでもない、本当にお詫びをいいたいというような声のトーンでそう言ったので、僕も素直にそれに従った。
 美住さんは優しく僕の髪にお湯を掛けながら、「澤くんは篠田くんと違って、サラサラの癖のない髪なのよねぇ・・・」と呟いた。
「たまには自分の髪の毛みたいに素直になってみたら? 今までのいろんなことが澤くんを躊躇わせてるんだろうけどさ。篠田くんはそういうの全部受け止めてくれると思うけど」
 そう言われて、僕はなんともいえない気持ちになった。
 確かに、シノさんの器の大きさはわかっているつもりなんだけどさ・・・。
 ブローまで美住さんがしてくれて全てが終わると、僕は鏡を見て「え!」となった。
「ちょっとこれ・・・。いつもより随分短いんじゃないですか・・・」
 ブローする前は髪の毛が濡れていたんでさほど気にしていなかったが、乾くとかなり襟足とか前髪とか短い。
「あっ、あら! ほ、ほんと」
 ・・・美住さん・・・、可愛く身体を傾けても、あなたがモヒカン髭ゴリラなのは変わりませんから。
 僕が沈黙していると、美住さんは「澤くんがなかなか白状しなかったからでしょ!」なんて言い訳してる。
「意外によく似合ってるわよ。ほら、男っぽくて。澤くんの新たな魅力が開花した感じ」
「いや・・・。僕がカッコいいのはわかってますけどね・・・」
 僕はそう言いながら、眉間を指で摘みながら大きな溜め息を吐いた。鏡の仲の美住さんが両手を握りあわせて、ヒッと身を竦ませる。
 似合ってると言われるのはいいんだけど、『男っぽい』っていうのはなぁ・・・。
 シノさんが引いてしまわなければいいんだけど。
 ほら、僕はシノさんの『奥様』だし、奥様がこんなに男臭いんじゃぁ、シノさん現実を突きつけられるみたいで嫌なんじゃないかな。『奥様=男』だってこと・・・・。
 まぁでも、済んでしまったことは仕方がない。
  ── ああ、僕も随分気が長くなったというか、大人になったなぁ・・・。
「美住さん、カットありがとうございました」
 僕が椅子から立ち上がると、美住さんは心配げな目で僕を見上げた。
「あの・・・、大丈夫?」
「はい?」
「だ、だからその・・・、そんなに短くしちゃって」
「いずれすぐ伸びますから」
「ま、また来てくれる?」
 僕はその言い草に、表情をふっと緩めた。
「当たり前じゃないですか」
 美住さんも目に見えてホッと胸を撫で下ろす。
 僕は美住さんの後についてロフトを降りた。
 シノさんの反応が気になって、随分ゆっくりと降りることになったんだけど。
 僕が階段を下りて行くと、一階フロアが「おぉ~」とどよめいた。
「わぁ! 澤先生、イメージチェンジ!!」
「王子様度が上がったぁ~!」
 真美チャンと由紀チャンが黄色い声を上げる。
 その声を聞いて、待ち合いのソファーで聡子チャンと話をしていたシノさんがこちらを見た。
  ── ゴ、ゴクリ。
 ・・・・・今鳴ったの、僕の喉だろうか(汗)。
 僕はなんて言っていいかわからなくて、短い前髪を指で摘みながら唇を噛み締めた。
「わぁ、男前度が上がったなぁ」
 シノさんのこれ以上にない清々しい笑顔。
 僕は、頬がカッと熱くなるのを感じる。
「あらやだ、澤くんが赤面してるの、初めてみた」
 僕の隣で、美住さんがボソリと呟く。
 僕がギロリと睨むと、また美住さんはヒッとすくみ上がった。
「支払い、お願いします」
 僕は、さっさとカウンターに向かうと、聡子チャンが慌てた様子でレジの前に走ってくる。
 シノさんはといえば、僕の隣に立つと、むっすり顔の僕を覗き込んで「機嫌悪いの?」と訊いてきた。
 僕は懐から財布を取り出すと、「カードでいいですか?」とクレジットカードを取り出した。
 美住さんも走りよってくる。
「ああ、澤くんいいのよぉ! 今日のお代は」
「なぜですか?」
 僕が毅然とした声でそう訊くと、美住さんはゴリラ眉毛を八の字にしながら、「だ、だってその髪型、気に入ってないんでしょ?」と聞き返してきた。
「え? 気に入ってないの?」
 シノさんもそう訊いてくる。
 なので僕も、「シノさんはどうなんですか?」と訊いた。
 これじゃ、誰も彼もが質問だらけだ。
 結局、この奇妙な会話に決着をつけたのは、シノさんのひと言だった。
「え・・・。よく似合ってると思うけど」
「・・・・・・。カット代、支払います」
 「い、いいのかしらぁ~」と美住さんは身体を小さくしていたが、レジに立つ聡子チャンは、くすくすと笑いながら、「一括払いでよろしいですね」とカード払いの手続きをしてくれた。
 さっきは、シノさんと随分親しそうに話していたから、ちょっとピクってなったんだけど、まぁよしとしよう。
 僕はさっさとサインをすると「ありがとうございました」と言って店を出た。
 僕の淡白な帰り方に、シノさんの方が慌てたようだ。
「え?! あ! ま、また来ます!」
 大きな声でそう言って、僕の後を追いかけてきた。
「おい! 千春!!」
 背後からそう叫ばれ、僕はふいに立ち止まると、くるりと振り返った。
 僕の側まで来ていたシノさんが、ピタリと立ち止まる。
 僕は低い声で「人が多いところで、僕の本名を大きな声で言わないでください」と言った。
 シノさんは、あっ!という表情を浮かべ、左手で口を覆った。
 ただでさえもう、人通りの多い道の真ん中で僕らは早くも注目を集めていた。
「 ── え~、あれ、澤清順だよねぇ」
「やだ~、髪型変えたんだぁ」
「すごぉい、背、高ぁい」
「かっこい~」
「ところで、向かいの男の人、誰?」
「もしかして恋人だったりして」
「キャー、ヤダー!」
 耳馴染みのある黄色い声の数々。
 彼女達は声を潜めているつもりなんだろうが、女性の甲高い声は小さい声でもよく響く。
「 ── 早く車まで戻りましょう」
 僕は身を翻して、再び歩き出した。
 僕の隣に並んだシノさんが、僕の顔色を伺いながら訊いてくる。
「なぁ、本当に機嫌悪いの?」
「別に、機嫌悪いんじゃありません」
「でも、そんな風に見える」
「僕は生まれつきこんな顔なんです」
「そんな訳ないよ! いつもはもっとキレイだよ!」
 僕は再び立ち止まった。
 ギッとシノさんを見る。同じように立ち止まったシノさんに、僕は無言で「めっ!」と怒ってみせた。
「声が大きい」
 またシノさんが、あっ!と口を覆う。
 僕は周囲を見回して、特に人が見てないのを確認すると、また歩き始める。しかし、すぐに赤信号に引っかかってしまって、僕は足を止めながら溜め息を吐いた。
 隣に立ったシノさんが、そっと呟く。
「でもムスッとした顔は千春に似合わないよ」
 僕はシノさんを見た。
「ムスッとなんかしてません」
「でも、唇、尖ってる。機嫌が悪いんじゃないんなら、なんでそんな顔するの?」
 シノさんに指摘され、僕は思わず唇を噛み締め、シノさンから視線を逸らせると、指で前髪を摘んだ。
 僕のその仕草を見て何を思ったのか、シノさんは突如、本当に声に出して「あっ!」と言った。
 僕が思わずシノさんを見ると、シノさんはふいにニコニコと笑い始めた。
「なぁんだぁ。俺、わかった。そっかぁ、千春、慣れない髪型になって、テレてんだぁ」
 そう言われ、僕の顔は一気に熱くなった。
  ── 多分、それ、図星だったから。
「あははは、カワイイ~」
 シノさんが僕を指差す。
「ちょ! やめてくださいよ!」
「ごめん、ごめん。でも・・・、カワイイなぁ、千春」
「だっ! だから! こんな人の多いところで、馬鹿なことばかり言わないでくださいよ!」
 確実に今、シノさんの背後で信号待ちをしてる有閑マダムが僕らの方見てるから(汗)。
 そうこうしてたら信号が変わって。
 僕は早足で、道路を渡った。
 それから後、僕は一度もシノさんを振り返らず、コインパーキングを目指した。
 さっさと支払いを済ませて車に乗り込むと、シノさんは僕とは打って変わって落ち着いた仕草で車に乗り込んできた。
「さ、早く帰りますよ」
 そう言いながらエンジンをかける僕に、シノさんはトドメのひと言を僕に言った。
「そんなにテレなくてもいいのに。凄く素敵だよ、その髪型。千春のこと、もっと好きになった」
 結局その日は僕の調子が狂いっぱなしで、「一緒に住もう」なんて言うどころに話ではなくなってしまったのだった。
   

 「でも素敵です。こういう男っぽい髪型も」
 スタイリストにそう言われ、一瞬ぼぅっしていた僕は、「え?」と聞き返した。
 スタイリストは苦笑いをして、もう一度繰り返した。
「素敵ですって言ったんです。男っぽい髪型も意外にお似合いっていうか。目元が凄くセクシーに見えて」
「そうかな・・・」
「ええ。凄くお似合いですよ」
 スタイリストはそう言って、「はい、仕上がりました」と僕の肩に掛けてあったタオルを取った。
 僕は立ち上がってふぅと息をして、少し浮き上がったジャケットの裾を掴んで引き下ろした。
 今日は黒のスーツに黒の光沢あるシャツという出で立ちだ。
 来月発売されるエッセイ集の宣伝を兼ねた女性ファッション誌の取材だった。
 僕がライティングされた取材用セット ── コンクリート打ちっぱなしの壁の部屋に都会的なデザインのソファーセットだけが置かれたシンプルなもの ── に入ると、なぜか「オ~」というどよめきが起こった。まるでデフォルトで、ロフトから降りた時に見たいに。
 取材時にチヤホヤされることはままあっても、どよめかれることはこれまでになったので、僕は思わずスタッフの人達を見回した。
 性別関係なく、その場にいるスタッフの人達すべてが、思わず声に出してしまったといった具合に、口元に手を置いていた。
「また予定以上に写真ページを設けたい雰囲気ね」
 インタビュアーの女性が苦笑いをしながらそう言い、僕にソファーに座るよう促した。そしてカメラマンにゴーサインを出す。同時に取材も始まった。
「髪型を変えられてまた一段と美しさが増した感じですね。きっと男の子達がまた真似をするようになりそう。髪の毛を切ったのは、何か心境の変化があって?」
「いえ。不可抗力でこうなったというか。プライペートでスタイリングしてくれている方がいまして、その方にお任せして切ってもらったんです」
「凄く大人びて見えますね。もっとも澤先生は以前から大人びてらしたけれど、何というか一段と色気が増したというか」
 そりゃそうだろうなぁ・・・と僕は思った。
 うぬぼれなんかじゃなく、何というか・・・。ほら、僕、ここのところずっと ── つまりシノさんと付き合い始めてからずっと『抱かれる』セックスをしてるから、自然そういう雰囲気がついてきてるんだろうと思う。
 ゲイの世界ではよく言われることだが、”ネコ”はネコなりの雰囲気ってあるし、”タチ”はタチなりの雰囲気ってうのがある。バイセクシャルの人間やリバーシブルOKの人間にしたって、「どちらかといえば○○」っていう風に、好みの役割で醸し出す空気が違ってくる。
 僕は若い頃・・・所謂パトロンと呼ばれるおじさま達に可愛がられていた頃は”ネコ”だったが、おじさま達から卒業する頃にはその反動でバリバリの”タチ”キャラになっていた。
 そりゃたまにはネコに戻ることもあったけれど、精神的にはもうすっかりタチだったから、抱かれたとしても主導権を握っていたのは常に僕だった。
 マスコミに取り上げられ始めたのもほぼこの”バリタチ”の時期からで、世間の人達が知っている僕は、ゲイでありながらも”男”らしい僕の姿を見ていたのだと思う。
 でも、完全にシノさんの嫁化した僕は、奇しくも髪型は前より男っぽくなったけれど、その雰囲気はどこか女性っぽいイメージも感じさせるのではないのだろうか。
 所謂その・・・『艶っぽさ』が出てきたということだろう。 ── ありがたいんだかどうなんだか、わからないけどね。
「そんな風に見つめられると、こちらの方が恥ずかしくなっちゃう。あはは、ごめんなさい、こんなオバさんなのに」
 ぼんやりしていた僕の耳に、スタジオ内のから一斉に湧いた笑い声が入ってきた。
「ん? え? あ、見つめてしまってましたかね。失礼」
 僕は少しゴホンと咳払いして、座り直した。
「本当に女性が嫉妬する美しさですね。その色気を別けてもらいたいと思ってしまうくらい。いい恋なされているんですか?」
 『恋話』に関しては、取材される度に訊かれることなので、僕もすっかり慣れてしまっていた。いつものように、「ええ。まぁ」と無難に答える。
「でも今回の恋は、いつもと違うんじゃないですか?」
 間髪入れずそう言われ、僕はドキリとした。
「え? どういう意味ですか?」
 僕がそう訊き返すとインタビュアーの女性はアッという表情を浮かべ、
「最近先生が書かれる文体というか、文章の雰囲気が変わってきたじゃないですか。こう・・・柔らかくなったというか。今回発売されるコラム集も、雑誌に掲載されていた当初に取り上げていたテーマと、最近のものでは随分変化されてきていると感じます。プライベートの充実が、作風にも影響してきているのかしらと思いまして・・・」
 僕はインタビュアーの声を聞きながら、カメラの向こうに立っている岡崎さんをチラリと見た。
 岡崎さんは僕の視線の意味を感じて、両肩を竦め、首を左右に振った。

 <side-SHINO>

 その日は一日中外回りをして終業時間ギリギリにいなって会社に戻った。
 鈍感な俺は、自分の席に座って今日の営業成果を売上伝票データに入力し終わった時点でようやく、課内の雰囲気がどんよりとしていることに気がついた。
 課長の席に回りに人垣ができて、皆一様に暗い顔だった。
「まぁ、こういうこともあるさ」
「仕方ないじゃないか。お前だけのせいじゃないよ」
 そういう声が聞こえ、輪の中の中心人物の肩を叩いて慰めている様子だ。
 俺は席を立ち上がり、目を凝らした。
 その中心人物は、川島だった。 
「おい、どうしたんだよ?」
 俺が輪の中に入っても、川島はずっと下を向いたままで答える気配がない。
「なぁ、何かあったのか?」
 俺が訊いても、答える気配がない。
「なぁ」
 俺が川島の肩に手をかけると、川島はふいに顔を起こして課長を見、「すみませんでした」と頭を下げると、「今日はもうこれで失礼します」と出て行ってしまった。
 その場にいた皆が、同時にふぅーと長い溜め息を吐く。
「どうしたんですか?」
 事情がすっかり飲み込めない俺は、隣に立っていた先輩の手島さんを見た。
 手島さんはバツが悪そうに顔を少し顰めると、「川島が肩入れしていた長野の造り酒屋が倒産したんだ」と言った。
「先日、川島さんからの要請でうちの会社もそれなりの金額の貸付金を出した矢先だったら、ちょっとマズいことになってるんです。経理課の方で」
 田中さんがそう教えてくれる。
「さ、この件はもういい。後は俺が始末するべき案件だ。皆とやかく言うな。こんな時間だから、今日はもう帰れ」
 課長がそう言って手を叩いた。
 ぱらぱらと解散していく。
 でも俺はその場に立ちすくんだ。
 だって俺、こんなに近くにいたのに川島のピンチに気づいていなかった。
 なんの助けもできなかった。
 なんで川島は、俺に相談してくれなかったんだ。
 どうしてだ。
 親友が困っているってのに。
  ── 俺、何やってるんだ。
「おい」
 ふいに課長に声をかけられる。
 俺は顔を上げた。
「この問題は、例えお前がもっと早くにわかってて、どうこうしようとしてもどうにもならん問題だった。お前まで自分を責めるな」
「課長・・・」
 課長に言われたことにドキリとして、俺は思わず呟いた。
 なんで課長、俺の考えてること・・・。
 課長は苦笑いを浮かべた後、丸めた新聞で俺の頭を叩いた。
「お前は顔を見るだけで何を考えてるかわかる」
 課長はひと言、そう言った。

 

here comes the sun act.23 end.

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編集後記

なんかちょっと中途半端な感じで終わっちゃいましたけど(汗)。
これが本日の限界でした(汗)。
二週間ぶりの更新、お久しぶりです。

国沢、今年も無事、ミッチロリンパーティー、堪能して参りました!!

今年はさらにステージのできの密度が増した感じで、国沢、迂闊にもバラードで泣いてしまいました(滝汗)。
これ、完全にしてやられたって感じだよなぁ・・・。
これまでオイカワさんのバラードなんかにゃ、まったく興味のなかったこのアタクシが、まんまと泣かされる日がくるとは・・・。
オイカワさん、結婚してよかったな。
本当に、よかった。

ファイナルでは、オイカワさん自身、意外なところで涙する場面もあり、なんだか互いに年取ったよなぁ・・・と妙に戦友じみた気分になりました。
思えば、十年以上も通ってるもんな。

来年も、更なる飛躍を期待しております。

ということで、今日、更新分をつらつらと書いてるうちに、なぜか髪を切る羽目になった千春くん。
美住さんに尋問されている間に、髪の毛短くなっちゃった(汗)。




いや・・・短いのも結局カッコいいんですけどね・・・(笑)。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

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