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nothing to lose title

act.35

<side-CHIHARU>

 加寿宮の社長室は、なぜかトップフロアにはなく、三階という中途半端な階の片隅にあった。
 僕も小説を書く時に一般企業を取材することもあったが、こんなところに社長室がある会社は初めてだった。
 田中さんがおよそ社長室らしからぬドアをノックすると、「はい」といかにも会社経営者らしいバリトンの声で返事が返ってきた。
「社長、澤先生がお見えになってます」
 田中さんがそう声をかけるとドアが開いて、加寿宮社長が顔を覗かせた。
 どうやら社長自らドアを開けてくれたようだ。
 社長秘書って、いないのかな・・・と思ったんだけど、後で聞くところによると人払いをしてくれていたらしい。
「田中君、コーヒー出してくれるかね」
「わかりました」
 田中さんが社長室を出て行くと、必然的に加寿宮社長と僕の二人きりとなった。
 否が応でも緊張感は絶頂にまで高まる。
 ああ、今にも心臓が外に飛び出してしまいそうだ。
「はじめまして。澤清順です」
 僕が頭を下げると、加寿宮社長は僕に手を差し出した。
「それはペンネームかね」
「ええ。そうです。本名は、成澤千春と言います」
 僕は加寿宮社長の手を握り返そうとしたが、緊張で自分の手のひらが汗でべったりなことに気付き、あわててハンカチで手を拭って、握手をした。
 加寿宮社長がニヤリと笑う。
「随分緊張しているね」
 僕は思わず苦笑いした。
「正直言って、これまで著名な写真家の前に立ったり、映画の舞台挨拶にも出たりしましたが、それと比べても今が一番緊張してると思います」  
「何も取って食やせんよ。まぁ、お座りください」
「は・・・。失礼します」
 僕がソファーに座ると、加寿宮社長は向かいに座りながら言った。
「こちらも正直な印象を率直に言わせてもらおうかな」
「は、はい」
 僕は、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
  ── 一体、何を言われるのか・・・。
「思ったより、男っぽいんだな、君は。背も篠田より高いようだし、仕草も何というか、男だな。当たり前かもしれんが」
 加寿宮社長は、ソファーに座る僕の開いた膝頭を見てそう言った。
 僕は慌てて膝を閉じようとしたが、「いやいや、別に態度が大きいとかそういうことを言ってるんじゃないよ。自然にしてくれたまえ」と言われた。
「いや正直、篠田はごく普通の男だと思っていたから、きっともっと女性的な人物かと思っていたんだよ」
 加寿宮社長はそう言った。
 彼がそう思ったのも無理はない。
 『男が好きな男』というので一般的な人がまず思い浮かべるのは、性同一性障害の人達のことだろう。いわゆる『ニューハーフ』や『オネェ』と言われる人達だ。
 僕らのような、『男として男が好き』というのは最も一般人には受け入れがたいケースのはずだ。
 僕は、気づけば「申し訳ありません」と加寿宮社長に頭を下げていた。
 加寿宮社長は少し面食らったような顔をした後、真顔に戻ると、「なぜ謝るんだ。それはどういう意味かね」と訊いてきたのだった。
 僕自身、なぜ謝ってしまったのか自分でも少し混乱したが、少し考えてからこう答えた。
「 ── きっと僕は、ずっとこうして謝りたかったんだと思います。シノさんをこの道に引きずり込んでしまったのは、この僕ですから。僕にさえ引っかからなければ、シノさんはごく普通の人生を歩むこともできたはずです。それをこの僕が、壊してしまった。そのことをずっとシノさんにも謝ってきたけれど、彼が僕の謝罪を受け入れることはなくて、いつも『謝るな』と僕に言ってくれます」
 僕がそこまで言うと、社長は思い当たる節があるとでもいいそうな顔つきをして、「まぁ、あいつならそう言うだろうな」と呟いた。
「変な拘りなのかもしれませんが、それでも僕の中の罪悪感は消えることはありません。多分、シノさんと付き合っていく限り、ずっと消えないでしょう。それは苦しいことだけどでも、僕に取ってそれは甘い苦しみです。僕はそれに溺れている・・・いや、自惚れてると言ってしまった方が近いでしょうか。・・・そういうのを含めて、僕は責めを受けるべきなんです。シノさんをずっと大切にしてきてくださった方々から」
 そこまで僕が話した時、ドアがノックされ、田中さんがコーヒーを持って入ってきた。
 会話は一旦そこで止まり、再び田中さんが部屋を出て行くと、加寿宮社長が口を開いた。
「いきなりそんなことを話してくるとは思わなかった」
 僕は目線を上げて、加寿宮社長を見た。
「す、すみません」
「いやいやいや。悪い意味で言っている訳じゃない」
 加寿宮社長は手を横に振りながら、そう言う。
 その言い方がシノさんがよくする仕草にとてもよく似ていて、それは加寿宮社長の影響だったんだということがわかった。
 きっとうちの親子関係よりずっと深い絆が、二人の間にはあるんだと感じた。
 加寿宮社長は続ける。
「もっとこう・・・あっけらかんとしているかと思ったんだ。女子社員に聞く限り売れっ子の作家さんらしいし、まだ二十代半ばということらしいから、今時の若者のように開き直っているのかと思っていた。『シノと付き合ってますけど、何か?』・・・みたいな反応だろうと。それがまさか罪悪感を語られるとはね。意外だった」
「僕は、物心ついた時から恋愛対象が男性でした。僕自身、理由はわかりません。別に女性に対して嫌な思いをした覚えもありませんし、どうしたらこういう風になるのか、または、こうなってしまったのかの答えを出せる人間は、少なくとも僕の家族の中にはいません。両親は僕にさほど興味はないですし、そのことで僕を責めることもなければ、僕がこうなってしまったことの責任を両親に負わせるつもりもありません」
 僕は、加寿宮社長にこれまでの僕の生い立ちを話した。
 僕のすべてを知ってもらった上で、判断してほしいと思ったからだ。
  ── 僕がシノさんと付き合っていっていいのかどうか、を。
 シノさんは今回のことで別れる気はまるでない、という感じだったが、やはり僕は違っていた。
 加寿宮社長が僕らの関係を認めなければ、やはり別れるべきだと僕はまだそう思っていた。
 それで僕の心が死のうと、知ったことか。
 シノさんの社会的な地位を奪ってまで僕の幸せを優先させるべきではない。 ── そう思っていた。
 僕がこれまでの経緯を話し終わると、加寿宮社長はフゥーと深く息をついた。
「君は、随分辛い生い立ちをさらりと他人事のように話すんだな」
「辛い・・・でしょうか?」
「辛いとは思っていないと? 両親は今でも連絡のひとつもよこしてこないんだろう?」
「それが当たり前として育ってきましたからね。何かを諦めるのは、得意です。 ── まぁもっとも、こんなの自慢にもなんにもなりませんが」
「では篠田のためなら、篠田のことを諦めることもできると?」
 じっと真っ直ぐ目を見据えられ、そう訊かれた。
 ちょっと栗色がかった不思議な目の色をしていた。
 僕はしばらくの沈黙の後、きゅっと唇を噛み締め、そして小さく震える息を吐き出した。
 そして僕は真っ直ぐ加寿宮社長を見つめ返すと、こう答えた。
「シノさんは認めたがらないと思いますが・・・。僕にはできます。彼のためなら、彼を諦めることが。僕の存在がシノさんにとって徹底的な悪になるのだとすれば」


<side-SHINO>

 千春が社長室から帰ってきたのは、丁度40分後のことだった。
 思ったより短い。
 何かあったのだろうか、と思わず田中さんと顔を見合わせてしまった。
 俺がエレベーターホールまで出て行くと、意外にも千春はこざっぱりとした顔つきをしていた。会社に来た時とは全然違う。
「どうだった?」
 俺が単刀直入に訊くと、千春は肩を竦めた。
「僕が話すべきことは話してきました」
「それで? 社長は?」
「 ── わかった、と。君の言いたいことはよくわかったと言ってくださいました」
「それだけ?」
「ええ。それだけ」
「俺達の関係を認めた、とか、納得した、とかそういうのは・・・」
「後でシノさんに言うって、言ってましたよ」
 ケロリとした顔で千春にそう言われたので、逆に俺が「はぁ?」と顔を歪めた。
「なんだよ! それ!! 人を呼びつけといて、そんな答え?!」
 大きな声を上げる俺に、千春は「まぁまぁ、落ち着いて」と苦笑いする。
 何事か、と田中さんが顔を覗かせてきた。千春が、田中さんに気づく。
「じゃ、僕は帰ります。仕事の邪魔になるといけないし。田中さん、すみませんが最寄りの駅まで送っていってもらえませんか? まだ外にマスコミがいそうなんで」
 田中さんは、俺と千春の顔を見比べながら、「え、ええ・・・、もちろん構いませんけど」と言って出かける準備をしてくれる。
「あのオヤジ、何考えてんだ・・・」
 俺が憮然とした顔つきでそう呟くと、千春は僕の身体を肘鉄で小突いた。
「そんな風に言ってはダメですよ。加寿宮社長、いい方でした。シノさんのこと、大切に思ってくれている素敵な人です」
 千春は穏やかな微笑みを浮かべて、そう言った。
「千春・・・」
「成澤さん、お待たせしました」
 俺が千春の名を呟いた時、田中さんがエレベーターホールに飛び込んできた。
「じゃ、行きましょうか」
「はい。お仕事中に本当にすみません。じゃシノさん、行くね」
「う、うん・・・」
「今日はどっちに帰るの?」
「え? あ・・・、俺ん家の方・・・」
「じゃ、夕食、用意しておく」
 千春は軽く一回手を振ると、田中さんと一緒にエレベーターの向こうに消えていった。
 なんだか俺は、その場にぽつねんと残されてしまった。
 ・・・・・・。
 こ、これって一体、どういう展開・・・・???
 背後に視線を感じたので振り返ると、課長が壁越しに俺のことを覗き込んでいた。
 俺と課長の目が合う。
 課長は言った。
「 ── なんだ、シノ。結局フラれたのか」
「違いますよ!!」
 俺はそう叫ぶと、社長室のある三階に向かって猛然と階段を下りて行ったのだった。

 

here comes the sun act.35 end.

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編集後記

前回に引き続き、やっぱりなぜが笑いのシーンで終わるっていう・・・。
なんか、課長とシノさんコンビ、かわいいです。





(え?! あとがき、これだけ?!!)

[国沢]

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