irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

お正月スペシャル1

<side-CHIHARU>

 「まさか、引っ越しが年末に重なっちゃうとはね」
 段ボールからシノさんの服を取り出しながら、僕は言った。
 シノさんは僕の言った事が聞こえなかったのか、身体を起こして「ん?」と僕を方を振り返った。
 僕は今、寝室のクローゼットの中に僕らの服を片付けているところで、シノさんはダブルベッドの足元に置かれているテレビやオーディオ、ゲーム関係の配線を繋いでいるところだ。
 僕もシノさんの方に顔を向けると、「引っ越しが年末になるとは思ってなかった」と繰り返した。
「ま、リフォームしたてだからどこもかしこも綺麗だし、大掃除の手間は省けたけど」
 僕がそう言うと、シノさんは「うへぇ」と顔を顰めた。
「俺は、元住んでた部屋を引き払う時、盛大に大掃除する羽目になっちまって、そりゃぁもう大変だった・・・」
 あ、そうか。
 僕は基本的に仕事場に入れていた家具を動かす事はなかったから掃除に追われる事はなかったし、こちらに持ってきたのは洋服や雑貨ぐらいで、そんなに大したことはない。
 一方、シノさんは長年住んできた家を出ることになったんだから、僕とは違って荷物の量が違う。
 それでも、引っ越し前に二人で大分必要のないものは捨てて、身軽にしたつもりだったんだけどね。
 シノさんの引っ越し当日になる昨日は、生憎僕は地方の仕事で、手伝う事ができなかった。代わりに一応、引っ越し業者と清掃業者の人を雇っておいたけど、やはり本人が一番大変なのは変わらなかったようだ。
 そう。
 僕らはついに、二人の城を手に入れた。
 シノさんが僕の思い通りにしてもいいよ、と言ってくれたので、中古ながらも棟の入口のセキュリティーがしっかりしたマンションの二つ並んで開いていた部屋を買い取り、リフォームしてひとつの部屋にしてもらうことに僕は決めた。
 マンション購入やリフォーム費用はむろん僕の預金からの一括払いだったが、シノさんとはこれまでシノさんが支払っていた家賃分を毎月僕に入れてくれるという約束にした。
 そうでもしないと、お金に律儀なシノさんが納得しなかったから。
 でも僕はそのお金を、新しく作った口座に入れようと思っている。
 そのお金は、二人の共有資産として、二人のためだけに使いたいお金にしたかったから。
 一方、肝心の部屋はというと、ほぼ原型を留めないほど、徹底的にリノベーションしてもらった。
 以前は細かい部屋に仕切られていた部屋の壁をできる限り取っ払い、畳が多かった床も、無垢材のフローリングに敷き直してもらった。ただ、キッチンと洗面・脱衣所の床はテラコッタ材にしてもらって、床暖房を入れた。
 キッチンの作業台は白いタイルをびっしりと貼ってもらい、ドラム式の洗濯機もキッチンの並びにジャストのサイズで入るよう、オリジナルの作業台を作ってもらった。
 リビングダイニングと寝室に壁面はちょっと値が張りはしたが漆喰材を塗った。
 ちょっとラフな感じで塗ってもらったら、いい感じに柔らかい印象になった。
 一番広いリンビングダイニングや廊下は白で、寝室はちょっと落ち着いたモスグリーン。
 その他の壁は壁紙だったが、こちらは色で遊んだ。
 玄関は明るく爽やかなオレンジ。キッチンの壁面は思い切って深く濃いフォレストグリーン。
 トイレとバスルームは、ネイビーブルーのタイルを貼ってもらった。
 ダイニングテーブルやチェアーは、北欧のアンティーク家具。
 テーブルは、サイズが変えられるやつだ。
 友達を呼ぶ事はあまりないとは思うけど、もしものために。シノさんの妹さん家族が来る事もあると思って。とこんな調子で大多数の家具はアンティークで揃えたが、ソファーとベッドだけは新しいものにした。
 できるだけシンプルだけど、ちゃんと丁寧に作られているもの。
 マイナーブランドだけど品のいいタモ材を使った三人がけソファーと、カリモク60の黒のKチェアの1シーター。オットマンも揃いのものにした。
 シノさんは、仕上がった部屋に入ったなりに「どこかのお店みたいだ」と目を丸くしていたが、気にってくれた。
 特にキッチンは、ドイツかブリティッシュのハブのようだと喜んでくれた。「これじゃ、益々外の飲み屋に行く必要がなくなるな」、だって。
 ここまでこぎ着けるのに、僕も相当仕事の時間が割かれたけど、僕にとっては凄く楽しい時間だった。
 つい興味をそそられて、リフォーム中の現場にも度々出入りし、部屋が変化して行く様を写真に撮ってリフォーム日誌をつけたりするところを見ると、意外に僕はこういうの好きだったんだなって、改めて思った。
 僕は、自分のことを全くなんにもわかっちゃいない。
 シノさんと出会ってから、発見のしどおしだ。


 30日の晩頃になって、ようやく全ての片付けが済んだ。
 シノさんは、会社の仕事納めが済んでも、ちょくちょく休日出勤していたので、片付けが手間取った。
 なんだか中途半端だったけど、二人暮らしのスタートは、明日大晦日から始まる。
 お正月は、二人っきりでロマンチックに過ごそうね・・・と僕がシノさんに言おうとした時。
 シノさんは新しいダイニングチェアに座りコーヒーを飲みながら、
「急だけど、明日みんな呼んで、年越しと引っ越しのお披露目、済ましちまおうよ」
 と言った。
 えぇーーーーーーーーーーーーー!!!!
 内心、僕は悲鳴をあげた。
 初めての夜に、皆を呼んでどんちゃん騒ぎする気なの?! この人は!!
 僕は、危うくコーヒーを吹き出しそうになった。
「そんな、シノさん。こんな年の瀬に急に言ったって、皆忙しくて誰も来れやしませんよ」
「えぇ? そうかなぁ?」
 シノさんは椅子にだらっと座って、既にもう充分リラックスしている様子で、そう返してきた。
「皆、呼んだら、来てくれると思うけど」
「皆って、誰の事言ってるんですか?」
「皆って・・・。葵さんでしょ、儀市君でしょ、美住さんとデフォルトのスタッフに、うちの会社の手島さんとか田中さんとか・・・」
 シノさんが指折り数えて行く。
「あと、社長も」
「は?! 加寿宮さんも?! 呼ぶ気ですか?!!」
 僕が心底驚いた声を出すと、シノさんは不思議そうに僕を見た。
「え、だって。社長には、もうお前の結婚式には出られないんだなって愚痴られてたし、それなら呼んだ方がいいかなって思って。本当は柿谷酒造のみんなにも来てもらいたいんだけど、流石にそれは無理かなぁ・・・」
「シノさん、他の人だって無理だよ・・・」
「そんなことないって。待って、今電話する」
 シノさんは、テーブルの上に置いてあったスマホで電話をかけ始めた。
 この人、なんてチャレンジャーなんだ。
 ところが、相手の返事は僕の予想に反して速攻の二つ返事ばかりだった。
 シノさんの人徳の成せる技なのか、それともただ単にゲイカップルの新居に好奇心をそそられてのことなのか。
 家族がいる人は家族共々おいでよ、とシノさんが言った事も良い返事の理由になったのかもしれない。
 シノさんの職場の幾人かは県外に里帰りするということでダメだったが、ほとんどの人はOKの返事が貰え、その中には加寿宮さんご一家まで含まれるという有様だった。
「料理、どうするんですか?」
 僕が憮然とした表情で訊くと、シノさんは黒めがちな瞳をきょときょととさせた。
「皆、何か持ち寄ってくれるって。それに俺一応ボーナス出たし、ケータリング頼めばいいだろ?」
 僕は、バンッとテーブルを叩いた。
 シノさんがビックリして、ビクッと身体を跳ねさせる。
「加寿宮社長が来るのに、ケータリングで済ませられるはずがないでしょ!!!」
 僕は立ち上がると、猛然とキッチンに向かった。
 冷蔵庫を見る。
 ああ、案の定、二人分の食材しか入ってない・・・。
「・・・ち、はる?」
 後から追いかけてきたシノさんが、冷蔵庫とにらめっこしてる僕の顔を恐る恐る覗き込む。
「あのぉ~・・・」
「買い物」
「え?」
「今から買い物に出かけます。この年の瀬だというのに、まるで戦場のようなアメ横に繰り出す事になるなんて・・・。それを見越して、二人分の食材の買い物は既に済ましておいたのに・・・」
「千春、料理、作るの?」
 弱々しい声で僕に訊いてくるシノさんに向かって、僕は吠えた。
「当たり前です!!! 加寿宮社長に、そんじょそこらのケータリング料理など、食べてもらう訳にはいきません!!! ほら! 出かける用意して!!! 荷物持ちは、あなたです!」
 シノさんは、まるで主人に怒られた柴犬のように、首を竦ませたのだった。
  なんか僕、酔って帰ってきたバカ亭主が夜中に会社の同僚を大勢連れ帰ってきた時の妻の心境がわかったような気がする。
 二人して髪の毛をバサバサに振り乱しながらの怒濤の食材買い出しから戻り、予想通りヘトヘトになった僕達は、帰ってきてからソファーで暫し呆然としていた。
 外はもう真っ暗で、木枯らしが窓を揺らしていた。
「千春・・・、今日の晩ご飯・・・」
「少し早いですけど、赤いどん兵衛で年越し&引っ越し蕎麦です」
 本当はそんなつもりで買ってきてたわけじゃないけど、この際仕方ない。
 シノさんは、いかにも「え? インスタント?」という表情を浮かべたが、僕がギッと睨みながら「これから明日の料理の仕込みをしないといけないんです!」と僕が言うと、「謹んで、お湯をいれさせていただきます」と深々と頭を下げた。
  ── ああ、この分だと、明日の準備の段取りとこれまでの肉体的疲労が重なって、引っ越し後の初エッチとはいきそうにもない・・・。しかも明日どんちゃん騒ぎするとなると、明日もまたお預け・・・。 
 せっかく快適なセックスライフを送ろうと、ベッドサイドに小さな洗面台も構えたというのに(涙)。
 一体いつ、僕の望むロマンチックな夜が訪れることになるのか・・・。
 ソファーに寝っ転がったままの僕を見て、シノさんは今更ながら大変なことになったと思ったのか、「千春、ごめんね。俺の所為で面倒かけて・・・」と謝った。
 頭をゴロリと動かしてシングルソファーに座っているシノさんを見ると、彼は両手にどん兵衛を握りしめたまま、しょぼんと小さくなっていた。
  ── ああ・・・。迂闊にも、そんなシノさんがカワイイと思ってしまう。
 神様、僕はどうしたらいいんですか。
 僕は溜め息をひとつつくと、シノさんの方に手を伸ばした。
 シノさんが僕の側に来て跪く。
 僕はシノさんの頬を柔らかく撫でた。
「お詫びにキスして」
 シノさんが、優しいキスをくれる。
 うん、ちょっと元気になった。
 ゆっくりと離れて行くシノさんの顔をもう一度撫でて、僕は言った。
「パーティーの準備、シノさんも手伝ってよ」
「は、はい。喜んで!」
 シノさんは、まるでどこかの居酒屋の店員のように、そう返事をした。

 

here comes the sun お正月スペシャル1 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

本当は、話の続きを書かなければならないところなんですが。
実はこれから、シノさんにとって厳しい話の流れに突入して行くので、年末のおめでたい気分にはそぐわないと思い、番外編として小ネタを書きました。

行き当たりばったりな感は否めませんが、ついに二人暮らしを始める・・・というシチュエーションです。
それをお正月バージョンにしてみました。

二人きりでロマンチックに過ごそうと考える千春と、みんなでワイワイ年越ししようと考えるシノさん。

まるで対照的(笑)。

今から千春の苦労が、目に見えますが。わはは。
でも結局のところ、千春が折れることになるんですよね・・・きっと・・・。

シノさん、千春にいつも一方的に怒られてるように見えて、実はシノさんの方がキングなんですよね、この二人の関係。
多分、シノさん自身は気づいてないんでしょうけど。

このお話の続きは、年明けに更新しようと思います。
多分、イレギュラーに更新することになると思います。

本年中は、更新のお休みも多く、失礼いたしました。
来年も、きっとそんなダメダメ更新になると思いますが、どうかよろしくお願いいたします。

では皆様、よいお年を!!!

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2017 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.