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act.73

<side-CHIHARU>

 シノさんとの待ち合わせ場所は、銀座の某有名デパート近くにあるスタバだった。
 時間は夜の9時という遅い時間にも関わらず、店内は客でいっぱいだった。
 クリスマスカラーに染まった店内で、誰もが浮き足だっている。
 二人で期間限定のフラペチーノを分け合っているカップルやテーブルの上でプレゼントを開けて歓声を上げている家族連れ、そして少し泣きそうな顔つきで窓の外を見つめている女の子・・・。
 僕はと言えば、日もとっぷり暮れた時間帯だというのに仰々しい大きめのサングラスをかけて、店の一番奥の席で息を潜めている状態。
 返って悪め立ちしてるかもしれないけど、あちこちで自分のヌードポスターと遭遇してしまった僕としては、こうでもしてないと落ち着いて座っていられない心境だった。
 しかも少なくとも、僕が目にしたいくつかの本屋の店先に貼られていたポスターには「ただいま売り切れ。予約受付可」との赤字で書いた張り紙がくっついていた。意外に世の中には、クリスマスイブに彼氏でない男のヌード写真集を嬉々として購入する女性がたくさんいる、ということだ。
  ── ま、売り上げは小出さんへのギャラの意味でもあるんだから、売れるのはいいことだけどさ・・・。
 そう自分に言い聞かせるしか、平常心は保てそうにない。
 僕は少しヌルくなったドリップコーヒーを啜りながら、腕時計に目をやった。
 シノさんが店頭販売を手伝っていたデパ地下は夜の8時で閉まるはずだから、もうそろそろ来そうだけど・・・。
 そう思った矢先、シノさんが入口から入ってきた。
 長身でタイトなブラックスーツに身を包み、ワインの入った紙袋を抱えながら颯爽と入ってきたシノさんは、一気に店の視線を集めていた。
 最近抱かれることに抵抗感がなくなってきたシノさんは、近頃その雰囲気にどこか華やかさが出てきて、以前よりも更に人目を惹く存在になっていた。
 僕の姿を探して店頭でキョロキョロしているシノさんを見上げ、スタバの店員が注文も訊かず呆然と立ち尽くしている様を見て、僕の身体の奥底が少しチリチリとする。
 そんなことにまでいちいち嫉妬していたらきりがないのは百も承知だけどさ。
 でも、もともとノンケだったシノさんのことを思うにつけ、やっぱり不安になってしまうんだ。
 シノさんが、「やっぱり子どもが欲しい」とかって考えたりすると、僕は大人しく身を引くしかなくなる・・・とかさ。
 僕の視線の先でシノさんが僕を見つける。一瞬「あ!」という表情を浮かべ、その後すぐに花のように瑞々しい笑顔を浮かべた。
 彼氏連れの女の子達でさえ、頬を赤く染めシノさんの姿に見入っているのがわかる。しかもその彼氏でさえ、彼女の視線を追った後に、怒ることも忘れポカンとしているんだから、シノさんの姿のよさは相当の破壊力だ。
  ── ああ、どんどん魅力的になっていくね、シノさん。僕が不安になってしまうくらいに。
 そしてシノさんが僕の方に向かって手を挙げたものだから、店内の視線が今度は一気に僕の方に集まった。
 ひえぇ~~~~~。人からガン見されるのは慣れてるけど、今日はさすがに・・・。
 僕は、早くこの場から立ち去りたい衝動に狩られ、席を立ち、飲み残しのコーヒーを始末しにカウンターに向かった。
 すぐ隣にシノさんが立つ。
「お待たせ。随分待った?」
 僕は俯き加減で首を横に振った。
「ワイン、こんな感じでよかったかな?」
 シノさんが紙袋を僕の方に差し出したので、中を覗き込む。
「ああ、丁度いい感じの品じゃないかな」
「よかった。ワイン課の子にわざわざ選んでもらったんだ」
「なるほど。シノさんにしてはいいチョイスだと思いました」
 僕がそう言うと、シノさんはクスクスと笑いながら、「相変わらず手厳しいなぁ」と呟いた。
「早く、行きましょう」
 僕が早口にボソボソとそう言うと、シノさんは不思議そうに小首を傾げる。
「ん? 千春、気分悪い?」
 いつもは鈍感なはずのシノさんだが、僕の発するネガティブオーラだけは見逃さない。
 僕はスタバを出ながら、首を横に振った。
 後から追いかけてきたシノさんが、「じゃ、機嫌悪い?」と訊いてくる。
「そういう訳じゃありませんよ」
 僕はそう答えながら、流しのタクシーを探した。
 なんとなくこの会話、前にもしたな・・・と思っていたら、シノさんも気がついたらしい。
 僕の横に立ち、ニヤニヤと笑った。
「あ~、わかった。千春、またテレてるのかぁ」
 その『俺がいかにも優位に立ちました』という顔つきが憎々しく。
  ── ドスッ。
 僕はシノさんのボディに肘鉄を食らわせた。
「ぐえっ」
 丁度いい具合にタクシーが停まる。
「僕はもうお腹がペコペコです。さ、早く葵さんの家に行きましょう」
「う、うん・・・」


 葵さんのマンションは中目黒にある。
 随分以前につきあっていた恋人(男性)が出て行った時のままだから、今一人で住むには少しばかり広い。
 それだけに、ホームパーティーを開くには丁度いい家だ。
 1階ロビーで部屋番号を押すと、賑やかなバックのBGMと共に葵さんの声が聞こえてきた。
「成澤です」
『いらっしゃい! すぐ開けるから!』
 僕らはそのまま五階に上がり、一番東にある部屋を目指した。
 チャイムを押す前にドアが開く。
「こんばんは。遅くなってすみません」
 僕がそう言うと、葵さんは僕とシノさんを交互に見て、「ちゃんと二人で来てくれたのね、嬉しいわ。丁度いいタイミングよ。今、ピザが焼き上がったところだから」と僕らの手を取り、中に導いてくれた。
 なかなか人で賑わっているリビングに入ると、ワッと歓声が上がった。
「皆、首を長くして到着を待ってたよ」
 儀市が僕らにスパークリングワインの入ったグラスを差し出してくれる。
 葵さんは、ソファーで寛いでいた友達を追い払って ── 相変わらずやること荒っぽいが彼女のキャラクターなら許されてしまうのが不思議なところ・・・ ── 、僕らをそこに座らせた。
 シノさんはそんな葵さんを見るのは始めてなのか、焦った表情を浮かべながら「え? ここに座っていいんですか?」とドギマギしている。
「ああ、いいの、いいの。だってもう皆、食べるものは食べちゃってるんだから。二人はまだなんでしょ?」
「え、ええ」
「強引に誘ったのはこっちだし、晩ご飯きちんと食べて行って。お仕事、お疲れさま!」
 葵さんが僕らの目の前のテーブルを片付ける側から、葵さんのダンサー友達であるアンヌが次々とオーブン料理を並べた。
「えぇ! まだそんな料理隠してたのかよ!」
 周囲でそんな悲鳴が上がる。
「クマちゃんはもう充分油は採ったでしょ!! これは成澤君達の分だからダメよ!」
 僕は思わず微笑んだ。
 最近、なんだか塞ぎ込んだような素振りを見せていた葵さんが、いつもの葵さんに戻っていたからだ。
「わぁ、ホントに美味そうだ」
 きっと僕以上に腹ペコ状態のシノさんは、目の前のボリュームたっぷりな料理を見て目を輝かせている。
「あ、シノさん、忘れないうちにお土産、葵さんに渡してください」
 僕がそう言うと、シノさんは「あ、ご、ごめん!」と・・・ということは既に忘れてたな・・・目をシバシバさせて、紙袋を葵さんに渡した。
「あら、差し入れなんて。そんな気を使わなくったってよかったのに」
「タダより怖いものはないですからね。一応」
 僕がそう言うと、僕の傍らに座った儀市が、「相変わらず可愛げないなぁ、ハルは」と笑った。
 僕は肩を竦めて、取り皿に目の前の料理をさっさと盛りつけると、「はい、シノさん」と手渡した。ウエットテッシュで手を拭っていたシノさんは、「ああ、ありがと」と受け取り、無言で食べ始める。
 シノさんが、「うんうん」と頷くのを見てから僕は自分の分を取り分けて、身体を起こした。
 そこで僕は、自分がソファー周辺の人達から随分注目されてることに気がついた。
 皆、ちょっと驚いたような顔つきで僕を見ているものだから、僕はその視線の意味がわからず、首を傾げる。
「僕の顔に何かついてます?」
 思わずそう言うと、今度は儀市が肩を竦めた。
「皆、随分貴重な場面を見てしまったと思って固まってるんだよ」
 そう言われて、思わずハッとする。
 確かに、葵さんの友人達のほとんどは、シノさんと付き合い始めてからの僕を知らない。
 昔夜遊びでワガママ放題暴れていた僕が、甲斐甲斐しく他の人の世話を焼いているところに出くわしたことがないんだろう。
 最近の僕にとってごく当たり前なことが、以前の僕では考えられないことだっていう自覚が、僕自身抜かっていた。
 僕の額に妙な汗がタラリと垂れる。
 そんな僕を見て、今度はシノさんが怪訝そうな顔をして見た。
「千春、どうした? 大丈夫か?」
 今の僕しか知らないシノさんは、当然この微妙な空気が読める訳もなく。
 しかも周囲の人達は、僕が次にどんな反応をするか、無言で注視しているのがありありとわかって。
 僕は自分のグラスのスパークリングワインをゴクゴクと飲み干すと、シノさんの分や儀市の分も奪ってゴクゴクと飲み干した。
「おっ、おい!」
 シノさんが心底心配げな声を上げる。
「いくら来る前から喉が渇いてたからって、一気にそんなに飲んじゃ、千春、悪酔いしちゃうよ?」
 いちいち天然な発言をするシノさん。
  ── いいですか、シノさん。僕は喉が渇いている訳でもないし、これしき飲んだくらいで酔うことすら叶わない身体なんですよ。
 側の儀市を横目で見ると、明らかにシノさんの発言にときめいて、萌え萌えになってるのがわかる。「なにこのカワイイ生物~~~」と彼が頭の中でそんな風に悶えながら鐘を鳴り響かせているのが手にとるようにわかった。
 僕は手の甲で口を拭うと、「これしき飲んだくらいで酔ったりしませんよ」と毒づいた。
  ── ああ、神様。いっそシノさんくらい酒が弱かったのなら、どれだけ僕は今夜救われていたでしょう・・・   
「儀市、酒!」
 僕が高圧的にそう言うと、クスクス笑ったままの儀市は「はいはい」と返事をしながら、酒のボトルを取りに行った。
 周囲の人はまた昔の高飛車な僕が戻っていたことに安堵したのか、魔法が解けたみたいにおのおのの談笑に戻って行った。
 ソファーにどっかりと凭れる僕をシノさんは若干不安げに見つめながら、「そりゃ酒が強いのは知ってるけどさ。空きっ腹でがぶ飲みするのはよくないよ」と口を尖らせた。
  ── ~~~~~~~ッッッ!! 何そのちょっと拗ねたような顔つきは!!!
「食べます。食べますよ、ちゃんと」
 僕は、猛然とローストビーフを口に突っ込んだ。
 その様子をキッチンの入口から葵さんが眺めているのがわかって、益々僕はバツが悪かった。
 なんだよ、葵さん。その仏のような顔つきは。
 ああ、許されるなら、サングラスかけたい。
「それにしても千春、美味しいなー、このチキン」
「それ、ターキーです」
「このアワビも食べてみな。コリコリして美味いしぞー」
「それはエリンギ」
「この豆腐も美味いよな」
「モッツァレラチーズ」
「なんかよくわかんないけど、美味しいものを食べてると、幸せだよなー」
「それについては否定しません」
 ワインとブランデーのボトルを既にとって返ってきた儀市は、側の一人がけソファーで僕らの会話を聞いて悶絶している。そして不意にガバリと起き上がると、僕の両手をがしっと掴んで「夫婦漫才でデビューしてくれ。マジで」と懇願してきた。
「誰がするか、バカ」
「え? 誰か漫才でデビューするの?」
 シノさんの更なる天然発言に、儀市はまた腹を抱えながらもんどりうって倒れた。
  ── 今夜、儀市は笑い死ぬかもな・・・。
  
 
 僕らのお腹が満たされて少し落ち着いてきた頃、葵さんがパンパンと手を叩いた。
「えー、皆さん! 今夜はクリスマスだというのにこうして集まってくださってありがとうございます。ここで皆さんに大切なお知らせがあります」
 皆が葵さんに注目した。
 葵さんが手を伸ばして、誰かを呼び寄せる。
 その柔和な表情から察するに、葵さん新しい恋人ができてたんだと僕は悟った。
 誰だろう・・・と思っていたら。
 それはアンヌだった。
 フランス出身のフリーのバレーダンサー。プリマではないけれど、各国のバレー団にゲスト客員で呼ばれる実績のある職人家気質のダンサーだ。葵さんとは随分前からの友達で、アンヌが日本で公演がある時には一緒に飲みに行ったりもしていたけど。まさか付き合ってたとは知らなかった。
「私達、一緒に暮らすことに決めました。なので、来年の二月にはフランスに引っ越します。これまでお世話になった皆さんに今日はお礼が言いたくて、無理矢理みんなに来てもらったの」
 突然の発表に、室内が「えぇ!」とどよめいた。
 無理もない。フランスに移住だなんて。
 葵さんはアンヌを見つめ、はにかんだ笑顔を浮かべるとこう言った。
「随分遠距離で頑張ってきたけど、やっぱり好きなら一緒にいて、お互いを支え合っていかなきゃって二人で決めたの。勇気がいる決断だったけど、私を後押ししてくれた人がいたから・・・」
  ── へぇ・・・そうなんだ。誰だろ。
 僕がそう思っていたら。
「成澤君、シノ君」
 ふいに名前を呼ばれた。
  ── え? 僕?
 僕は思わず自分を指差した。
 葵さんが頷いて、こっちに来いとジェスチャーする。
 僕はシノさんを見た。
 シノさんもまた、きょとんとした顔つきをしている。
 葵さんに「早く」と更に強くジェスチャーをされた。
 僕は慌ててシノさんの腕を取って立ち上がると、葵さんの元に急いだ。
 葵さんは僕とシノさんの手を握ると、
「彼らが私に力を与えてくれました。人を愛することの意味を再確認させてくれたの。本当に感謝してます」
 と言って、僕達の頬にキスをした。
 間近で見る葵さんのエキゾチックな瞳が潤んでいて、何だか胸が熱くなる。
 葵さんが冗談でもなんでもなく、本気でそう言っていることがわかった。
「僕はそんな感謝されるようなことは何一つ・・・」
 僕は緩く頭を横に振った。葵さんに両手で頬を挟まれる。
「何言ってんの。あなたは自分の力で自分の世界を変えたのよ。そしてシノ君は、成澤君に力を与えた。あなた達を見ているだけで、胸の奥がギュッとなるの。だから、アタシも愛する人のために自分の世界を変えようって思えたのよ」
 葵さんは僕とシノさんの手を一纏めにして握ると、「今度こそ、私幸せになる。だから二人もどうかずっと幸せでいて」と言って涙を零した。その葵さんの肩をアンヌが優しく撫でた。それを見て僕は、「ああ、そうなんだ。大丈夫なんだ」と思えた。
 その後、葵さんとアンヌは指輪の交換をした。
 正式には結婚できないけれど、今夜は葵さんの結婚式みたいなものだったのだ。
 室内に温かい拍手が沸き起こる。
 僕もシノさんも、手が真っ赤になるまで拍手をしたのだった。

 

here comes the sun act.73 end.

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編集後記

先週はお休みをいただき、すみませんでしたー。
ミッチロリンのツアーに行って参りました。
もちろん完全燃焼で、翌日には全身筋肉痛に(笑)。筋肉痛が翌日にくるのは、まだ若い証拠よ~~~~~!!!
しかしまぁ、苦節十何年とミッチロリンツアーに参戦しておりますが、今年は衝撃の出来事が。
チケットに2列目と書いてあったんで、会場左側の前から2個目の席に座ってたんですが、開演前に「あの~、ここ、私の席だと思うんですけど」と声をかけられ。
「え~~~? なになにぃ? ダブルブッキングなんてあるのぉ~~~??」と思って席のプレートを見たら、「3列目」と。

・・・・・・・・。


え~~~~~~~~~~~!!!

この会場の、この席だと、1列目がなくて2列目が1列目になるの~~~~???!!!

瞬く間にパニック。
あろうことか、この開演直前にパニック。
友人は「どうしよう・・・」と手が震える始末。

いやぁ~~~、最前列と2列目以下との間にはとてもとても大きな精神的壁があることを思い知ったwww
普通にビックリしました(笑)。

おかげさまで、最前列特権で、ミッチロリンとも握手できましたし、よかったです。

[国沢]

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