act.17
<side-SHINO>
葵さんとの夕食は、千春が凄く自然な表情で何度も笑っていて、凄くよかったなって思えた。
千春は葵さんが俺にキスをしたことで嫉妬に怒る素振りを見せたけど、葵さんと会話を交わしながら可愛く笑う千春を見てたら、例えそこに恋愛感情がないとわかっていても、何となく俺はハラハラして。
千春がもし男の人が好きな人じゃなくて、普通に女の人が好きな人だったら、俺と千春は付き合っていなかった訳で。
ひょっとしたら友達ぐらいにはなっていたかもしれないけど、俺は友達だけの関係でそのままいれたのかすら今はわからない。
それって、俺に男の人を好きになる素養が前からあったってことなのかな。
それとも、眩しいくらいに美しい千春がそう思わせるのか。
なぜか葵さんは千春が幸せでよかったって言ったけど、何で二人がってことにならなかったんだろう。
俺、ちゃんと千春に自分の感情を伝えられているのかな。
いつも千春に与えられてばっかりで、俺にはそれがたまらなく心地よく感じられて、凄く甘えてる。
でも俺は、千春の願いを叶えてあげられない男なんだ。
やっぱりまだ俺は、千春に抱かれることに抵抗感を感じてる・・・。
葵さんに友達主催のホームパーティーに誘われたが、意外にも千春は行くことに躊躇いを見せた。
なんでだろうと思っていたら、千春はこう言った。
「だってシノさん、あまりそういうところ行きたくないでしょ?」
きっと千春は、最初に二人で行ったクラブでの夜のことを思い出しているんだろう。
俺がいることで、千春の世界がどんどん狭くなっているような気がして、俺は慌てて「行きます!」と葵さんに言った。
「そ? 大丈夫? シノくん。いろんな人種の人が来るけど」
葵さんも心配げに俺を見る。
「行きます」
再度俺がそう言うと、葵さんは微笑んで、「わかったわ。遅くまでするから、疲れたら途中で帰ってもらってもいいからね」と言ってくれた。
「タクシー探しましょう」
葵さんが少し俺らから離れると、千春が俺のジャケットの裾を少し引っ張った。
俺が千春を振り返ると、千春が眉を八の字にして「本当に大丈夫? 無理する必要、全然ないんだよ」と言った。
「無理なんかしてないよ」
俺がそう答えると、千春は苦笑いする。
「シノさんって、いつもそう言うんですもん」
あ、俺、信用されてない(汗)。
俺はう~んと唸った。
ああ、なんて言ったらいいのかな。
う~ん・・・。
「たまには俺も、千春のために無理したい」
思わずそう口からついて出ると、
「やっぱり無理してるんじゃん」
と千春は言って、俺の肩をグイッと押した。
でも千春の顔を見ると、口調に割りに凄く嬉しそうな表情をしてて。
凄くキスしたかったけど、こんな人通りの多いところでする訳にもいかず、ジリジリしてると、「タクシー捕まった!」と威勢のいい葵さんの声がかかったので、俺達は大人しくタクシーに乗り込んだのだった。
<side-CHIHARU>
右腕に僕、左腕にシノさんを従えて葵さんが友達のマンションの部屋に入ると、わぁ!と部屋中が湧いた。「葵~、お前この日のために、どこのお店で同伴雇ったんだよ!」なんて声も掛けられ、パーティー会場中にどっと笑いが起こる。
「やだもう、失礼しちゃうわよね!」
ねぇと葵さんがシノさんの顔を見上げたが、シノさんはからかわれた意味がわからない様子できょとんとしてた。
もう、シノさん、年の割にウブ過ぎる。
僕ら、半ばホストと間違われたんですよ。
葵さんは瞬く間に友達の渦の中に巻き込まれてしまったので、僕はシノさんをエスコートして、ドリンクコーナーに誘った。
葵さんが言っていたようにパーティーは本格的なもので、有名なケイタリング業者がきちんと入っていて、凝ったオードブルから本格的な温かい料理まで、長テーブルの上に並べられており、夜景が瞬く窓の側では葵さんの友人のDJ達が代わる代わるターンテーブルでお気に入りの曲を掛けていた。
葵さんは交友関係が広いから、あらゆる業界の人達が数多く集まっている。パーティーの雰囲気はまるでアメリカの若い子達が開くホームパーティーのような様相で、そういうのは初めてであろうシノさんは、案の定レストランの時のようにきょときょとと周囲の様子を見回していた。一方、僕の方はというと、シノさんと付き合う前まではよく馴染んでいた世界だったからか、少し懐かしさを感じた。
ドリンクコーナーは大盛況で、雇われバーテンは大忙しだった。
とてもじゃないけど、こちらの方まで面倒は見切れないといった風情で。
「勝手に入れちゃいましょうか」
僕が訊くと、シノさんはうんと頷いた。
「シノさんどうする?」
「千春は何を飲むの?」
逆にそう訊かれ、テーブルの上を見渡す。
レストランで結構ワインは飲んでいたから、今は軽めの方がいいんだよね・・・と思いつつ、目についたのはイエーガーマイスターで。
側にグレープフルーツも籠に積まれてあったから、僕はそれを手に取った。
イエーガーのグレープフルーツ割りなら、シノさんも大丈夫だよね。
これならきっと明日にお酒が残らないで済む。シノさん、明日も仕事だもん。
「シノさん、これにしよ?」
「あ、イエガーか」
さすがシノさん。お酒は弱いけど、仕事柄お酒の種類には詳しいよね。
「これにグレープフルーツを足して、少しシェイクするとさっぱりしておいしいよ」
「そうなんだ」
お、なんだ、シノさん。俺に任せろと言わんばかりの目の輝き。
僕がバーテンダーさんにナイフを借りてグレープフルーツを半分に割ると、シノさんはここぞとばかりに絞り機でグレープフルーツをぎゅうぎゅうにした。
それを見て、僕は思わず口に手を当てて笑ってしまう。
だって、あまりにも物凄い勢いで果汁が搾られちゃったから。搾りかすは、もうクタクタ。物凄い握力(笑)。
周囲にいたドリンク待ちの人達からも、思わず「お~」という声が沸き上がった。
それに気を良くしたのかシノさんは、僕がお酒と氷と果汁をシェイカーに入れ蓋を閉めると、それを手に取って勢いよく振った。
その途端、シェイカーの蓋が外れて中身が真横の僕の方に飛び出してくる。
周囲にキャーと悲鳴が上がって、一気にスペースが丸く空いた。
「わ!!」
僕は避けきれなくて、中身が多少僕のスーツに降り掛かる。
一瞬、その場が凍り付いた。
「・・・・・」
シノさんは完全にその瞬間フリーズしちゃって。
「ご、ごめん、千春・・・」
シノさんは大慌てで側にあった紙ナプキンを手に取り、必死に僕の服を拭いてくれた。
「ああ、大丈夫ですよ、シノさん」
僕は少し笑いながら、一緒になってスーツを拭いた。
これくらいならクリーニングに出せば大丈夫だし。
周囲の人達は、僕のドS時代を知っている人達ばかりだったから、皆が僕の顔色を伺うように緊張した顔つきをしていたが、シノさんがお詫びにと再度カクテルを作り始めると、その神妙な顔と慎重すぎるほど慎重な手つきに一気にその場が和やかな雰囲気になった。
あはははは。凄い、学習してる。
でもちょっとその手つき、ビビり過ぎじゃない?(笑)
果汁の入れ方なんて、そろっとし過ぎ・・・。
ギクシャクした動きで、シェイカーの中蓋を閉めようとするシノさん。
ちょっとシノさん、中蓋、逆になってる。
あ、気づいた、気づいた(笑)。
うふふふふふ、あはははは。
な、なんて不器用過ぎる・・・・。
ああ、シノさん、もうやめて。動きが可愛過ぎて、僕は萌え死んじゃうよ。
シェイクの振り方なんか、さっきまでとは嘘みたいにしっかり蓋を押さえて、小刻みに振っちゃって。あの大柄なシノさんが、まるで子リスのように見えてきた。これがさっきオーバーアクションでシェイカーを振って中身をぶちまけた人かって思うくらいに。
僕は、シノさんの仕草や表情が完全にツボにハマっちゃって、笑いが止まらなくなった。
「で、できた」
シノさんが額の汗を袖で拭いながら身体を起こすと、周囲から「お~」という声とともに拍手が起こった。
凄い。
濃厚なドラマを一本見た気分(笑)。
「どう?」
そろそろとグラスに注いだカクテルをシノさんが僕に差し出す。僕は何とか笑いを納めてカクテルを口に含んだ。
うん、大丈夫。きちんとおいしい。
僕がOKサインを出すと、シノさんの顔がようやくほっと緩む。
その後シノさん、よっぽど喉が渇いてたのか、自分の分のカクテル、一気飲みしちゃった(笑)。
全く小心者なんだか、豪快なんだか。
この人、本当にカワイイ。
今度は僕がシノさんの分を作ってあげて、僕らはドリンクコーナーを離れた。
幾人かが、さっきの一幕を受けてシノさんに熱い目線を送っているのがわかって、僕は彼らから遠く離れるように部屋の隅の方にシノさんを連れて行った。
シノさんって、本当に気をつけてないとモテモテだから困る。
本人に自覚がないだけマシだけど、気をつけてないと絶対に下心ありありの人間に拉致られるよ、ホント。
「千春、本当にゴメンな。染みになってないか?」
シノさんはシュンとした顔つきで、僕のスーツを見下ろす。
確かにシノさんの言う通り、下半身の微妙な場所の色が変わっちゃってた。
今日はたまたまグレイのスーツにしてたから、余計に目立つんだよね。こういう風に濡れると。
「いいんですよ。わざとじゃないんだから」
「そうだけど・・・」
シノさんが僕のジャケットの裾を少し捲って覗き込んでいると、「なんか意味深な光景」と横から声がかかった。
僕らは顔を上げる。
「儀市(ぎいち)!!」
僕は思わず大きな声を出してしまった。
赤坂儀市は僕と同い年の早熟な作詞家だった。
約10年前から、若い女性に人気の実力派女性シンガーの作品を手がけるようになって、一気に名が売れた。
容姿も、目鼻立ちがくっきりとした甘いマスクに身長も180cmそこそこ・・・ということもあって、作詞家業界では目立つ存在だった。作詞家デビューも高校生の頃ということで、プロフィール的には僕と重なるところが多い。そういうこともあって彼は丁度、文壇での僕のような扱いを受けていた。互いに受けるストレスも似ていたせいで、葵さんの紹介で知り合ってから、あっという間に凄く仲良くなった。ちなみに彼はバイセクシャルで、男を相手にする時は受ける方が好み。なので僕も過去2回ほど手合わせをしたが、互いに友情の方を優先したいと思ってしまったから、その意思確認をしてからは寝ることをやめた。
彼は3年ほど前に世間からの騒がれぶりに嫌気がさして、フランスに長期滞在して仕事をしていたはずだと思ったんだけど・・・。
「帰って来てたんだ」
僕がそう訊くと、「ああ。あっちもなんだかつまんなくなっちゃってさ」と笑顔を返して来た。
「シノさん、こちら赤坂儀市くん。儀市、彼は篠田俊介さん」
「どうも」
「はじめまして」
二人が同時に頭を下げる。
儀市は僕とシノさんを見比べると、「”彼は”、なの? ”僕の彼の”、じゃなくて?」と僕に訊いてくる。
儀市のその発言を聞いて不意をつかれた僕は、思わず自分の頬が熱くなるのを感じた。
ハハハと俯く僕の脇腹を、儀市がグーでパンチする。
「信じられない。照れてるだなんて。ということは、噂は本当だったってことだな。こっちに帰って来てから、夜の街で全然見かけないからさ。人に訊いたら、何でも物凄い美形に堕とされたって聞いて。 ── そう、これが噂の物凄い美形さんね」
儀市にそう言われ、シノさんは顔を赤くする。
「そ、そんな俺、物凄い美形だなんて・・・」
シノさんにそんなこと面と向かって言う人はいなかっただろうから、シノさんは慌てふためいている。
「物凄い美形っていうか・・・確かに綺麗だけど、どっちかっていうとカワイイですね、凄く」
クスクスと笑いながら儀市が言う。
僕はむっとして、儀市の頬をむにゅっとつねった。僕は、脅しを掛けるように儀市の耳元で呟いた。
「ちょっと。やめてくれよ、人のものにちょっかい出すの」
儀市は顔をつねられたまま、極めてシリアスな顔つきで僕を横目で見ると、「僕が人様のものに手を出したことが一度でもあるか?」と返してきた。
それはない。間違いなく。
そういう性格だからこそ、僕と儀市の友情は長続きしたんだ。
here comes the sun act.17 end.
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編集後記
今回登場したイエーガーマイスターは、国沢がよく好んで飲むお酒です。お話の中のようにグレープフルーツで割ったり、ソーダで割ったり。甘めなんだけど、基本ハーブ系のお酒なんで、飲み口はすっきりしています。国沢にとっては飲み飽きないお酒ですね。瓶も綺麗な色と形で、ラベルには鹿の頭に十字架のイラスト。ちょっと変わってるなぁと思っていたら、名前の由来が「狩人の守護聖人」からきているのだとか。ちなみにドイツのお酒です。身体にいいハーブがたくさん使われてるから、ヨーロッパでは薬酒として扱われていることもあるそう。おいしいクスリだ(笑)。
シノさんがぶきっちょにカクテルを作るシーンは、トンの中国か台湾でのイベント(?)でユノヒョンがアイスコーヒー(?)を作る動画に国沢が萌えまくって(というか笑いまくって)しまったがために、今回挿入されたシーンです。
国沢は、ニコ動で見たけど、元々はyoutubeに上がっていた動画なのかな?
シェイカーの中身ををぶちまけて失敗した一回目と、その後あまりにも慎重になり過ぎる二回目のギャップに、もうハートを鷲掴みされ・・・(いや、はらわたが捩れるぐらい笑ったのがホントのところ・・・)。
学習能力ハンパない(笑)。
さすが兄貴。
[国沢]
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