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nothing to lose title

act.15

<side-SHINO>

 連休明けの会社は、なんとなく全体的に気の抜けた雰囲気に包まれていた。休みボケとでもいうのかな。
 でも、俺はというと、会社に着くなり田中さんに「ハネムーンどうでした?」って訊かれて、心底肝をつぶした。
「ハ、ハネムーンって・・・」
 俺は周囲を見回したが、まだ課内には俺と田中さんしかいなくて。
 溜め息をつく俺に、田中さんは「成澤さんと温泉行って来たんでしょ?」ときょんとした顔つきで訊いてくる。
「だって篠田さん、お肌ツルツルになってる」
 田中さんに指差されてしまった・・・。
 確かにこの連休の間、本物の温泉もさることながら、千春の仕事場でも温泉のもとを入れて風呂に入ってたんで、ツルツルになってるのはそうなんだが・・・。
 田中さん、ダイレクト過ぎるよ、質問が。
「ま、まぁ、温泉はなかなかよかったよ。これまで泊まったことのないような高級旅館だったから」
 俺が硬い声でそう答えると、肩を乱暴に叩かれた。
「もう! そんなこと訊いてる訳じゃないですよ! 成澤さんと一緒に旅行に行けて楽しかったかって訊いてるんでしょ?!」
 ごほっごほごほ・・・。
 俺は思わず咳き込んでしまう。
「た、楽しかったです・・・。凄く・・・」
「そ。それはよかった」
 田中さんは、安心したようにウンウンと頷いた。
 丁度その時川島が現れて、俺は胸をほっと撫で下ろした。
「おぉ、川島、おはよ」
 俺が声をかけると、川島は「え? あ、おう」とぎこちない挨拶を返して来た。
 俺が川島のその反応に小首を傾げていると、その理由を田中さんが解き明かしてくれた。
「川島さん、スーツ、新調したんですか?」
 田中さんに言われて俺もそれに気がついた。
 確かに川島の着ているスーツは、普段のそれと違っていた。
 何が違うのか、よくわからないけど・・・。
「え、これ、ブランドものなんですか?!」
 田中さんが、川島のスーツの襟首を覗き込んでいる。
「あ、田中ちゃん、わかる? さすがお目が高い」
「えぇ! これ、アルマーニじゃないですか! 凄く高かったんじゃないですか?!」
「ちょっと臨時収入が入ってさぁ・・・」
「すごぉい」
「ひょっとしたら、俺のスーツより高いかもな」
 俺がそう言うと、川島は顔を顰めて「お前のより高いに決まってるだろ」と口を尖らせた。
 そうこうしてたら、課長が出社して来た。
 田中さんが早速課長に報告する。
「課長、川島さん、アルマーニですって」
「あぁ? アルマー・・・なんだ」
「スーツですよ。アルマー二。高級ブランドの」
 そこまで田中さんが言って初めてピンときたらしい。
 課長は「ああ、スーツか」と言いながら川島の全身に視線をやった。
 川島が誇らしげに胸を張る。
 課長は川島となぜか俺とを見比べて、「川島、いくら高級とはいっても、スーツに着られてちゃダメだな。シノのように身体にあったスーツじゃないと、せっかくのスーツがもったいない」と言い放った。
 俺は思わず目を丸くする。
 課長って元々、思ったことをはっきりと口にするタイプなんだけど、そりゃちょっと言い過ぎじゃ・・・。
 俺はタラリと冷や汗を垂らしながら横目で川島を見た。
 案の定、川島はブスッと口を尖らせている。
 俺は助け舟を求めるように田中さんを見たが、肝心の田中さんもクスクスと笑い声を押し殺していて。
 川島がヘソを曲げると、俺にとばっちりがくるから皆、困るよぉ・・・。
「さ、外回り、行こうぜ!」
 俺はことさら元気に川島の肩を叩いて、不満顔の川島の腕を引っ張ると、何とかこの場から脱出した。
 
 
 「すみませんねぇ、加寿宮の営業さんにこんなことまでさせちゃって」
 床に膝をついて、スーパーの陳列棚に日本酒やワインを並べる作業を手伝っていた俺に、背後から声をかかる。
 俺が後ろを向くと、店長さんだった。50代後半で、いかにもベテラン店長って感じの人だ。
「いや、女性ひとりで酒瓶を運ぶのは大変そうだったんで・・・。体力だけが取り柄なんで気にしないでください」
「本当に助かったわぁ。売り場の入れ替えしてた時に丁度篠田くんが来てくれて。他のトコのお酒まで運ぶの手伝ってくれたんですよ、店長」
 こちらもベテラン店員の迫田さんが腰を叩きながら店長さんにそう言った。
「膝ついたら、せっかくのスーツが汚れるっていうのにねぇ。もう大丈夫よ、篠田くん」
「いや、もう少しなんで。二人ならすぐ終わりますよ」
「そう? 悪いわねぇ」
「じゃ、お言葉に甘えて手伝ってもらいなさい。加寿宮さん、よろしく頼んだよ」
「はい」
 酒の陳列を終えると、迫田さんが控え室に誘ってくれた。お茶を淹れるから一休みしていけと言ってくれる。
 時間的にまだ余裕があったので、お茶をごちそうになることにした。
 俺が迫田さんとお茶を飲んでいると、知らぬ間に周りに人が集まっていた。
 レジの三宅さんとか生鮮の田所さんとか、初めて見るバイトの子までいる。
 ちょっと、お店の方、大丈夫ですか?
「篠田くん、恋人できた?」
 この質問、先輩の手島さんからここを引き継いだ時から必ずされる質問なんだよな(汗)。
 ここだけじゃない。こういう量販店系のお客さんのところで、パートさんも含め女性社員が多いところでは、同じような会話が展開される。
 これまでは「いませんよ」と俺が答えると、「あら、そうなのぉ。早く見つけなきゃ」「結婚してなきゃ、アタシがお嫁さんになったげるのに」「あんたみたいなオバさんじゃ、篠田くんが可哀想よ」(その場が爆笑)っていう流れになる。
 でも今日の俺は、「できました」と答えた。
 ああ、それはもう正々堂々と。
 その途端、「えぇ!!」とその場がどよめいた。
「ホント?!」
「いつ?!」
「どんな人?!」
 いろんな人から矢継ぎ早に声をかけられる。皆さん、顔、近過ぎです・・・。
「そんなにいっぺんに訊かれても答えられないですよ」
 どやどやする周囲の様子とは違って、煎餅を齧っていた迫田さんは「どうも臭いと思ってたのよねぇ、アタシはぁ」と言いながらお茶をズズズと啜る。
「あら、どうしてよ」
 田所さんが迫田さんの椅子に無理矢理腰をねじ込みながら訊く。
 迫田さんは、田所さんに半分椅子を譲りながら、「なんか今日店に入って来た時から、妙に色気づいてるっていうか・・・」と呟く。
 俺は危うく、口に含んでいたお茶を吹き出しそうになって・・・というか、少し吹き出しちまって、田所さんにティッシュを手渡された。
「色気づくって、変なこと言うから篠田くん、顔真っ赤になっちゃったじゃないの」
 田所さんの言う通り、俺の顔は熱くなっていた。
 だって、色気づくって(汗)。
 休みの間中、エッチしまくってたのバレバレなのか? 俺って人間は(大汗)。
「あ、間違えた。色気づくじゃなくて、男の色気が出て来たって言いたかったんだ」
「あ、なんだ、そういうこと? あんた全然違うじゃないの、意味が」
「そうぉ? どっちも一緒みたいなものじゃないの」
 ここまできて、その場が大爆笑となった。
 結局流れの最後は同じ展開なんだけど、俺は内心ヒヤヒヤした。
 迫田さん、色気づくと色気が出て来たじゃぁ、全然意味が違いますぜ・・・。

 

here comes the sun act.15 end.

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編集後記

今週もまたプライベートがやたらいろんなことがあり過ぎて、わたわたしているんですが、本日は妹家族が揃って帰省してきていて、現在子どもにまみれながら更新作業をなんとかこなしてます(汗)。
なので、いろいろご報告できないんですけど、取り敢えず先週の友人の件だけは、お知らせしておこうかと思います。
突然のことだったので国沢自身かなり動揺してしまったのですが、結果的にいえば手術が無事うまくいき、意識も取り戻して、食事もとり始めたようです。後遺症についてはまだ何とも言えないそうですが、順調には回復しているようでほっとしています。連休明けにはきっと一般病棟に移れるのではないかとのこと。
本当に、お騒がせしました。
励ましのコメントをいただいた方々、本当にありがとうございました。

[国沢]

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