act.38
<side-CHIHARU>
シノさんの携帯に電話をすると、しばらくコール音が続いた。
当然だよね、今、仕事中だもの。
パーソナルな電話なんか、出られないよね・・・。
僕はそう思い返して電話を切ろうとした瞬間、電話が繋がった。
『千春?』
シノさんの声が聞こえてきて、僕は慌てて電話を耳に押し付けた。
『どうした?』
シノさんの声は、妙にエコーがかかっていた。
多分、階段の踊り場とかそういうところで話している感じだった。
「ああ、ごめんね、シノさん。仕事中なのに・・・」
僕は酷く罪悪感を感じて、そう言った。
いろんなことに鈍感なシノさんだけど、彼は僕の動揺している様に関してはとても敏感で、僕のその声を聞いただけで『何かあったのか?』と訊いてきた。
「うん・・・。今、シノさんの家の前まで来てるんだけど、何かの雑誌の記者が張り込みしてて・・・。あの身なりなら、多分写真週刊誌じゃない。きっと女性週刊誌の方だと思う。ある意味、こっちの方がタチが悪いかもしれない。晩ご飯作って待ってようかと思ったけど、ごめん・・・。僕、もうシノさん家に入れないよ」
僕がそう言うと、シノさんはすぐにこう言った。
『コソコソする必要はない。堂々としてりゃいい』
「え?」
僕はシノさんの言ったことに驚いて、思わず聞き返した。
『だって俺達、悪いことしてるわけじゃないだろ?』
そう言われて、僕は思わず涙が出そうになった。
── そう。そうだよね、シノさん。僕ら、悪いこと、してないよね。
『俺の家で俺の帰り、待っていて。いつもみたいに』
「シノさん・・・」
『大丈夫。なんとかなる』
力強いシノさんの声。
僕は思わず、フフッと泣き笑いの顔で笑ってしまった。
ホント、かっこいいよ、シノさん。
シノさんが大丈夫って言ったら、例え不可能なことでも大丈夫に思えてくる。
僕はハッと息を吐き出すと、「うん。ちょっと頑張ってみる」と返し、電話を切った。
<side-SHINO>
電話を終え、日本酒課のフロアに戻ると、田中さんが心配そうに俺を見つめてきた。
課長や他の社員は皆営業に出ていたので、課内は田中さんと俺だけになっていた。
「電話、成澤さんからでしょ? 何かあったんですか?」
「うん・・・。俺の家の前に週刊誌の記者らしき人がいるから、どうしようって電話だった」
俺がそう言うと、田中さんは激しく顔を顰めた。
「雑誌社って互いに情報交換でもしてるんですか? 一般人の自宅前で張り込みしてるってそれ・・・。篠田さん、帰り、大丈夫ですか?」
俺は肩をすくめた。
「うん、まぁ大丈夫だよ。俺は俺の家に帰るしかないんだし。千春にも、堂々としてればいいって言った」
田中さんは、少し呆れたって表情を浮かべた後、クスクスと笑い出した。
「ホントに篠田さんって・・・。大物なんだか・・・」
「ただのバカだって?」
俺が田中さんの言葉の先を繋げると、田中さんは「そんなこと言ってませんよ」と口を尖らせた。
二人で笑いあって、仕事に戻る。
千春は凄く不安げな声で電話してきたけど、俺は内心、嬉しかった。
あのいつも超然としていて、年下なのに頼りがいのある千春が、俺を頼ってくれていることが嬉しくて。
不謹慎かもしれないけど、不安げな千春が凄く愛おしかった。
千春、「頑張る」って言ってたけど、無理してないかな。
結局、俺がけしかけちゃったみたいになってしまったし。
でも、今晩家に帰ると千春が待っていてくれてるって思うだけで、凄く幸せな気分になる。
俺が思わずフフフって笑うと、田中さんに「やだ、ニヤけてる、この人」と突っ込まれてしまったのだった。
<side-CHIHARU>
僕は、意を決してシノさんのマンションまで歩き出した。
内心、気づいてくれなければいいのに・・・とか、勘違いであってほしいとか思ったけど、やはり記者風の男はカメラを構えながら近づいてきた。
「澤先生ですよね?! 作家の澤清順先生ですよね?!」
僕はその声に答えず、マンションの入口を目指した。
男は、後ろから小走りで僕についてきながら「交際は順調ですか?!」とワイドショーでよく聞くコメントを言ってきたので、僕は内心笑ってしまった。
本当に言うんだ、そんなこと。
随分昔に僕もゴシップネタは書かれてきたし、その頃はこういう記者にも追いかけられたけど、昔の僕は完全に素行不良の得体の知れない遊び人ゲイだったから、こんな気安い感じで声をかけられることもなく、写真だけバシバシ撮られて、いろんな暴れっぷりを脚色たっぷりで記事に書かれたものだが、今は”声をかけずらい”オーラはなくなってしまったらしい。僕もすっかり丸くなったということか。
「もう一緒に住まれてるってことでよろしいですか?」
無言を貫く僕に、矢継ぎ早に同じ台詞を何度も何度も繰り返しかけられて、シャッター音も続けざまに聞こえてきた。
幸い周囲にはそんなに通行人はいなくて、どこかのおばあさんが不思議そうに僕達を眺めているだけだった。
「先生! こちらはお付き合いされている方のマンションですよね?! もう同棲されてるってことでいいですか?!」
僕は、マンションの敷地内に足を踏み入れた瞬間にピタリと足を止め、振り返った。
突然のことに記者は驚いたのか、僕のすぐそばで立ち止まった。
記者は、まだ青臭い感じの残る若い男だった。
なんでこんな記者が、ゲイのスキャンダルを追っかけてるんだろう。
僕は更に彼に近づくと、僕より幾分視線が低い記者の顔を見つめ、小首を傾げつつ話しかけた。
「晩ご飯の献立、ブリ大根ってどう思います?」
「え? は?」
記者は、いきなりそんなことを訊かれたものだから、思いきり戸惑った表情を浮かべた。
「肉じゃがもいいかなぁって思ったりもするんですよね」
僕がそう続けると、記者は急に毒牙を抜かれたように「は、はぁ・・・」と相づちを打つ。
「どちらがお好みですか?」
僕が少し甘めの声でそう訊くと、記者は目をきょときょととさせながら、「に、肉じゃが・・・ですかね・・・」と答える。
ふん、肉じゃがかよ。あいにく、今日はブリ大根って、決めてるんだよ。
と僕は思いつつ、僕は人差し指で記者の顎のラインをすぅ~と辿ると、「ふぅん・・・、肉じゃがねぇ」と囁いた。
記者がブルリと身体を震わせた。
顔が真っ赤になってる。
僕はふいっと身体を離すと、今度は淡白な声で「食べます? 肉じゃが」と訊いた。
記者は、「いいえ!滅相もない!!」と物凄い勢いで首を横に振る。
「そうですかぁ。いいんですよぉ、別に遠慮しなくても」
と僕が答えると、記者は「いや、ホントに。お気遣いなく」と言いながら、ハンカチで額の汗を拭いた。
「ところで・・・・。ええと、どこの雑誌社さんですかね?」
「は? ああ、光章社です」
「光章社さん・・・。で、ちなみに、あなたのお名前は・・・」
「あ、先崎です」
「先崎さんね・・・。で、あなた、立派に不法侵入ですよ」
「え?! あっ!!」
僕のその台詞に、記者は自分の足下を見る。
彼はギリギリ、マンションの敷地内に足を踏み入れていた。
記者は、まさしく飛びのくといった表現がぴったりの動作で、後ろに下がった。
僕は、にっこりと笑顔を浮かべると、こう言った。
「僕のことを追いかけ回すのはいいですけど、相手は一般の方なので、こんな風につきまとうのはやめてください。彼は普通に仕事をしてる社会人ですし、あなた方が彼を追い回すことで彼の生活に支障が出るとしたら、僕は許しませんよ」
記者は紙のように白い顔色になった。
僕は笑顔のまま、小首を傾げて最後にこう言った。
「そうなったら、僕、先崎さんを訴えちゃおっかな」
完全に固まっている記者をそこに放置して、僕はそのままマンションのエントランスに入っていった。
here comes the sun act.38 end.
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編集後記
来週こそは・・・エロ書きたい・・・エロ・・・。そろそろ・・・。
なんか変なテンションの国沢です(脂汗)。
決して、トンの新譜が出たせいではないとは思うのですが(笑)。
先日、トンの韓国版おニューアルバムが手元に届きまして、遅ればせながらDVDとかネットに上げられてるテレビ番組の映像なんかを見たりして、ユノユノしました。
しかし兄さん・・・、なんか腰の辺り、肉が厚くなってきちゃいませんか・・・?!
いや、むっちり腰、好みですけどね、はっきりいって(笑)。
向こうの音楽番組の映像とかも見ましたが、しっかし衣装がまた凄いことになっていて(爆笑)、これはまたブログでいじらねばと思ったりもしました。
でも最近、スマホで遊びまくってるから、そんな時間、オイラにあるのかしらん・・・(遠い目)。
いかんですな、スマホ。
お陰で、眼精疲労から来る肩こりと首こり、そして頭痛に腱鞘炎と、もう立派な現代病にかかっているダメな国沢です(滝汗)。
あ~・・・、運動、せねば・・・。
[国沢]
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