act.42
櫻井がジャケットに腕を通している間に、クライドは手慣れた手つきで付け髭をつけ薄汚れたキャップを被り、部屋を出る頃にはすっかり華見歌壇の掃除夫の恰好になりきって部屋を出たのだった。
そして部屋を一歩出た途端、彼の歩き方さえ変化して夕べの何とも妖艶な魅力のある中性的な美男子の面影は全くなくなってしまった。
櫻井がその余りの変わりように呆気にとられていると、クライドは細い路地に停めてあったポンコツの白いセダン車を顎でしゃくった。夕べは暗くて気がつかなかったが、どうやらクライドの車らしい。華やかなアメリカのスパイというには何とも見窄らしい車だ。
「どこに行くんですか?」
車に乗り込んだ後、櫻井がそう尋ねた矢先、櫻井の携帯のベルがなった。
櫻井の携帯電話は、盗聴防止処理がなされてある最先端のものだ。櫻井が懐から取り出すと、クライドは遠慮なくジロジロと櫻井の携帯電話を観察してきた。技術力の高い日本の携帯電話に興味津々といった風だ。
「はい」
櫻井が電話に出ると、公安部の通信係である沖本からだった。
今朝方公安部が掴んだ情報によると、今回の事件に関わりがあると目されていた八名の日本人がいずれも半年という限られた期間に香港に入国した形跡があることが分かったとのことだった。
櫻井は、沖本が上げる八人の名前を聞くに及んでピンときた。
その名前は、どれも櫻井が聞いたことのある名前だった。
同じ不可思議な夢を見続けているという、問題の井手の患者達だった。
櫻井が日本を発つ直前、井手に会った時、彼女は患者達の渡航記録を調べてみると言っていた。どうやら、その骨の折れる仕事を井手はやり遂げたらしい。
井手の働きかけなのか、はたまた誰かの後ろ盾が得られたのか、井手の『仮説』が公安部に受け入れられたことがこれで理解できる。
しかも、渡航記録と井手の診察カルテを照らし合わせると、多少の誤差はあるにせよ、香港旅行から帰国してから一週間以内に、例の症状が発症していることが分かった。
彼らが香港に入国してからの足取りは不明だが、香港で彼らが関わった何かが夢を見始めるきっかけとなっている可能性があるということだ。
一体彼らは、重い病を抱える身で、一体香港まで何しに来たのか。
何が、あの謎の夢を誘発しているのか・・・。
櫻井が電話を終えた後、メールで八人の顔写真つきのリストが送られてきた。
今はまだ小さな手がかりだが、いつか大きく化けるかもしれない。
櫻井がクライドにこの情報を説明すると、クライドは櫻井の携帯電話以上に興味を持ったようだ。
「同じ夢をみる患者達?」
これはクライドにとっても初めてもたらされる情報だったらしい。
櫻井は、ざっと遡って井手が調べた情報をクライドに教えた。
臓器移植を受けない限り完治しない病気を抱えた患者ばかり八人が、謎の夢を見続けていること。
その夢を見始めた時期は、重い病気をおして香港旅行を終えた後だということ。
患者達はいずれも、香港旅行を機に体調がすこぶる回復していること。
そして八人の患者は全員オゾッカ製薬との関わり合いを否定しているものの、その証言に虚偽の疑いがあるということ。
「俺は、全ての元凶が違法な臓器移植にあるのではないかと思っています」
「違法な臓器移植?」
「もちろん、あくまで推測ですが。これについては、日本の捜査本部もまだ認めていません。ですが、この八人の渡航記録が送られてきたということは、少なくとも公安部はその線での捜査を自分に任せると言っているのだと思います」
「つまり、オゾッカ製薬はやっかいな生物化学兵器の原料をしているのではなく、違法な臓器移植を斡旋しているというのか?」
櫻井は頷いた。
「米国ではどうですか? 似たようなケースは報告されていませんか? 同じ夢を見る患者について」
クライドは渋い顔を浮かべて顎を撫でた。首を横に振る。
「そんな視点で捜査したことはないからな。調べれば出るのかもしれない。だが、臓器移植の件はない話ではないな。東南アジアでは大ぴらに臓器売買が行われているし、身寄りのないストリートチルドレンを誘拐してうっぱらっちまうなんて荒手の連中もいると聞く。それに医療設備や技術がそれほど発達していない東南アジアよりも、実際の移植手術は香港で行った方が安心・・・ってこともあるな。マフィアの力が強い香港では闇医者の規模も他の国ではないくらいに組織的で大きい。そこにオゾッカが関わっていても不思議じゃない話だ」
クライドはニヤリと笑うと、車のエンジンをかけたのだった。
接続 act.42 end.
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編集後記
ごめんなさい、今週本当に少ししか書けませんでした(汗)。
というのも、国沢。風邪をひきました(涙)。
せっかくのゴールデンウィークっちゅーに・・・。
なんとなく、なぜかまとまった休み中によく身体の調子を壊すのよね・・・。
ホント、なぜだかね・・・。
そのせいで29日に更新できなかったのかというと、29日の更新は純粋に
忘れてただけです(脂汗)。
ああ~・・・もう~・・・ホントくだくだだ・・・。
最近、小説書くモードにならなくって、ホント困ります・・・。
[国沢]
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