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nothing to lose title

act.31

 櫻井には、確信があった。
 それが果たして正しいのかどうか確かな裏打ちはなかったが、妙な自信があった。
 サングラスの奥に隠れされた蓮花の瞳をじっと見つめた時。
 彼女の胸の内の声が聞こえてきたような気がした。
 そんな櫻井が再度『華見歌壇』に姿を現したのは、その日の夜のことだった。
 もう櫻井はスーツなど着ていなかった。
 黒のジャケットに白のTシャツ、ジーンズというラフな恰好。
 もしも『相手』に逃げられた時のことを考えて、追走するのにこちらの方が都合がいい。
 香倉からプレゼントされたあのスーツは、かなりタイトなラインなので、プレゼントされた頃よりまた筋肉がついた身体には少々タイト過ぎる。大立ち回りをするには些か向かないことが、この二日間ボディーガードと手合わせした時に感じたことだ。
 今日こそ櫻井は、蓮花に手渡されたメモの本当の意味を突き止めるつもりでいた。
 もし自分の勘が当たっていれば・・・。
 時間を合わせてきたので、裏口からは続々と仕事を終えた従業員が出てきていた。
 櫻井は物陰に姿を潜め、目当ての蓮花が出てくるまで辛抱強く待つ。
 そしてついに、黒塗りの車が横付けされた。
 蓮花がボディーガードに囲まれて出てくる。
 櫻井は動いた。
 真っ直ぐ裏口に向かって進んだ。
 目ざとく櫻井を見つけたボディーガードが二人連なって、櫻井の行く手を阻もうと近づいてくる。
 しかし櫻井の足はすいっと蓮花一団を避け、やり過ごした。
 ボディーガード達は愚か、蓮花でさえ意外そうに櫻井の背中を目で追った。
 櫻井が本当に目指していたのは、蓮花一団ではなく、今し方蓮花達らから遅れて出てきたあのヒゲ面の若い掃除夫だった。
 突如目の前に櫻井が立ったことに、掃除夫は純粋に驚いた顔をして見せた。
「なんだい、あんた・・・」
 訛りの強い英語で掃除夫が言う。
 そんな彼をじっと見つめ、櫻井はこう言った。
「あなたが、本当の蓮花さんですね」
 その場の空気がざわりと揺れた。


 内心香倉は、生きた心地がしなかった。
 女は香倉のことを日本人だと言い放つと、香倉の正面にある高価そうなソファーに横柄な態度で腰掛けた。
 長くて美しい足をゆっくりと組む。
 女の台詞は確信に満ちていた。
 香倉が日本人だと断言していた。
 もしここで香倉の本当の身分がバレてしまったら、確実に数分後には命がなくなるだろう。
 ── こんなところでゲームオーバーになるとはな・・・
 流石の香倉も額に脂汗が浮かぶのを感じながら、女を見上げた。
 女は上目遣いで自分を見つめてくる香倉の顔を再度じっと見て、ふんと鼻を鳴らした。
「話には聞いていたけど。なかなかの色男じゃないの。昔噂で聞いた時、ぜひ会ってみたいものだと思ってたのよ」
 話の様子が自分が思っていたのと違う方向に流れて行き、香倉は怪訝そうに顔を顰めた。
「まさか、こんなところで会うことになるとはね。香港・黄一族、四神のひとり、カズシゲ・ユウキ」
 ざわりと室内が動揺した。
 香倉を抑えつけていた男は、反射的に手を離した。
 女は満足そうに香倉を見つめると、またペロリと舌なめずりをした。
「冷酷な殺し屋として有名だった四神の朱雀ともあろうアンタが、よくもまぁおとなしくこいつらの拷問を受けていたものねぇ」
 香倉はこの先を計りかねて奥歯を噛みしめた。
 よもや自分が『結城和重』と名乗っていた頃の話が飛び出してくるとは思ってもいなかったのだ。
 女の口にした黄一族は既に壊滅している。黄一族の子飼いだった結城和重を知っている香港の連中は、死んでいるか獄中にいる。しかも獄中にいる者のほとんどは生きて刑務所を出ることはないだろう。よもや東南アジアの地で結城の名前を聞くことになるとは、思ってもみなかったことだ。
 ── 果たして『結城』を知るこの女は、敵か味方か。
 たらりと香倉の頬に汗が流れ落ちた。
 女はその様子を見て再び香倉の側に寄ってくると、グイッと香倉の両頬を抑え、自分の顔の方に引き寄せる。
 女は、香倉の頬に光る汗をベロリと舐め上げた。
 そして熱っぽい声で耳元に囁きかける。
「そうやって醜く頬を腫らしているアンタも魅力的だわ。昔、アンタがあの憎きアメリカの雌犬の額をワルサーでブチ抜いたと聞いた時、アタシ、本当に股間が濡れたのよ」
 香倉は、両頬を女に捕らわれたまま、目だけで女の目を見つめ返した。
 女の鳶色の瞳は、興奮して潤んでいた。
「今も、その見事な朱雀にお目にかかれて濡れてるのよ」
 女は、ぴったりしたスーツのジッパーを下ろすと香倉の手を掴んで服の中に引き込み、その場所を触らせた。
 そこは確かに女の言った通りだったが、香倉は表情一つ変えなかった。
 むしろ彼らを取り囲む部下の男達の方が熱に浮かされているようにモジモジしたり、咳払いしたりしていた。
 女は、香倉の冷たい反応に逆に満足したようだった。
 女は、香倉の手をあっさり解放すると、ジッパーを上げつつすいっと身を翻し、ソファーに座った。
 女が顎で部下に指示を出す。
 ようやく香倉は、後ろ手に縛られていた手を解放され、椅子に座ることを許されたのだった。
「で、今は一体誰に飼われてるの? ヨーの話しだと、このラボに忍び込んであれやこれやカメラで盗み撮りしていたそうだけど?」
 女が、ちらりと傍らに立つ老兵を見て言う。どうやらこの老人は『ヨー』と呼ばれているらしい。しかし香倉同様、本当の名前かどうか怪しい。
 そして香倉にとっては、目の前のこの女こそ謎に満ちていた。
 これほどの組織を女が束ねていたとは、正直意外だった。
 しかも男達の様子や反応を見ていると、よく統制している。
 女の権力は絶対的に見えた。
「その質問に答える前に。まずはアンタの名前を聞かせてもらおうか」
 香倉がそう言うと、女はにっこりと微笑んだ。
 香倉の背後にいる部下に、目配せをする。
 香倉は身体を掴まれ無理矢理立たされると、今度は女の隣に腰掛けさせられた。
 女は、男に肩を押さえ込まれた香倉の腫れた頬に向かって、バシリと思い切り平手打ちをした。
「肝心なことを言うのを忘れてたわ。アタシの名前もそうだけど、それよりもっと肝心なのは、アタシとアンタは対等の立場ではないということよ」
 唐突に平手打ちされてまたもや口の中の噛んだ香倉は、高級そうな絨毯の上にペッと血を吐き捨てて、女を見た。その顔には、ニヤリと不適な笑みを浮かべて。
 それを見た女は、絨毯の汚れなど気にもとめないといった風に香倉同様の笑みを浮かべると、今度は愛おしそうに今自分が叩いたばかりの頬を優しく撫でたのだった。
「アタシは、ミン。でも皆は、アタシのことをカーリーと呼ぶわ」

 

接続 act.31 end.

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編集後記


ああ、ちょびっとしか書けなかった・・・今週・・・。
すみません(汗)。最近全不調で、じゃっかん引きこもり気味・・・。
とかなんとか言いつつ、香倉君は何だかエラい肉感的なオナゴに言い寄られておりますが・・・・。
アニキ、浮気するなよ。


[国沢]

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