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act.30

 香倉が、またも軟禁部屋から引きずり出されたのは、夜になってのことだった。
 これまで数日間、相手は手を変え品を変え、香倉が何者か探りにかかったが、いまだ成功していなかった。香倉としても流石に数日間も眠ることも許されず、ずっと尋問を受けた時は正直根を上げそうになったが、今だ彼は、尋問相手の前で声を発することはしなかった。
 今は何とかここから脱出する手段を得るまでは、なるだけ時間稼ぎをしなくてはならない。
 香倉が何者で何が目的なのかが分からなければ、相手も香倉を処分できない筈だった。
 一方利賀はというと、彼もまた連日軟禁部屋から連れ出されては、抽出システム改善のために働かされていた。
 しかし利賀自身、香倉から聞かされた臓器売買の話がかなりショックだったらしく、システム開発はなかなか進まなかった。
 相手の苛立ちは目に見えてきていた。
 だから香倉がその夜、部屋から連れ出されたのも、また新たな尋問でも始めるつもりなのか・・・と思っていたら、香倉が連れて行かれた部屋は、いつもの殺風景な尋問部屋ではなく、香倉も初めてみるような部屋だった。
 その部屋は赤い絨毯張りで、一目で高級な調度品や家具が設えられている部屋だった。
 とてもオンボロの工場の外装からは考えられないほど、豪華に飾られた部屋だった。
 日本人の香倉にとっては、西洋趣味の少々デコレイティブ過ぎる装飾は息が詰まりそうだったが、明らかに違う様子のこの部屋に興味は引かれた。
 香倉が、物珍しそうにキョロキョロと部屋を見回していると、香倉を連れてきた男達により部屋の中央に力ずくで跪かされた。
 香倉の目の前には、ビクトリア調のソファーが鎮座している。
 ── 一体こりゃ、誰の趣味だ・・・と香倉が思っている側から、背後のドアが開いた。
 複数の男の足音に混じって、ハイヒール独特の足音が聞こえた。
 香倉がちらりと視線を横にやると、黒光りする見事なピンヒールのブーツが目の前をよぎった。
 まさかこの場面で女が出てくるとは思っていなかった香倉は、女の顔を拝もうと顔を上げようとしたが、香倉を抑えつけている男の手に阻まれ、それは叶わなかった。
 足音を聞いていると、女の靴音は香倉の目の前で止まった。
 香倉をゆっくり吟味するように眺めているのが気配で分かる。
「下がりな」
 随分とブロークンな英語だった。
 東南アジアの訛りが相当強い。
 どうやら女の指示は、香倉を抑えつけていた男に出されたものらしい。
 香倉を抑えていた手が離れた。
 と同時に、警棒の先のようなものが伸びてきて、香倉は無理矢理顔を上げさせられた。
 緩くウエーブがかかったブロンドの髪はたっぷりとしていてゴージャスに女の顔を彩っていた。
 目鼻立ちは完全に白人のそれで美しく整っていたが、彼女の鳶色の瞳は残忍な光を宿していた。そのため、彼女を最初に見るものは、その美貌よりも恐怖心を先に抱く。
 女は身体の線がはっきりと分かる迷彩模様のつなぎを着ていて、その裾は攻撃的なピンヒールのブーツの先に消えていた。
 まるで絵に描いたようなアマゾネス。
 真っ赤なルージュがひかれた唇はとても官能的で、香倉の目の前で女は、ぺろりと舌なめずりをした。
 そして女が顎をしゃくって男達に合図を送ると、あっという間に支給品の白いTシャツを奪われた。
 朱雀の刺青が女の目の前に晒される。
 繊細な赤いラインで彩られた火之神。
 今にも羽ばたきそうな美しさを誇る見事な刺青だ。
「へぇ・・・」
 女が溜息をつく。
 見事な刺青に、女達を囲む男達も見入っている様子だった。その男達の中には、初日から姿を消していた老兵の姿もあった。彼だけは既にこの刺青を目にしていたので、冷静な目つきをしていた。
 女の一番近い場所で佇んでいるところをみると、彼らの中では地位が高いらしい。
 そして紛れもなくこの男達の頂点に立っているのは、目の前のヘビのような目つきをしたブロンド美女だった。
 女は満足そうな笑みを浮かべると、男達にこう言い放った。
「こいつは、日本人だ」


 『真の姿を見極めなければ、欲するものは手に入らない』
 ── どういう意味なんだろう・・・。
 一日その謎に捕らわれ続けた櫻井だったが、その日もまた華見歌壇の店の裏手にかじりついていた。
 もしかして昼間に何か手がかりが得られるかもしれないと、朝に市場で仕入れた菓子パンを片手にそこに陣取った。
 櫻井の根気強さには同僚も舌を巻いたが、それは華見歌壇の店員も同じだったようだ。
 店員の出勤時間は特に決められていないのかバラバラだった。
 まずは料理人とおぼしき人々が店内に入っていき、その後食材を納入する業者のトラック、それが終わるとメイド服に銘々の上着を着た中年の女性達が通勤してくる。それと同時に作業着や黒服に身を包んだ男達も次々と入っていく。そして昼過ぎには、ダンサーやシンガーとおぼしき美しい女達がやってきた。
 ほとんどの人間は櫻井の存在に気づくことはなかったが、稀に気づく者もいる。
 中には櫻井に話しかけてくる者もいた。
「あなた、夕べもここにいたでしょ」
 最初は広東語で話しかけられたが、櫻井が分からないとみるや英語で再度話しかけてきた。
「あなた、気をつけた方がいいわよ。店長に報告されたら警察呼ばれちゃうわ」
「あなたがいくら願ったって、蓮花姉さんは誰にも靡かないんだから」
 二人のダンサーからそう言われ、さすがの櫻井もウーンと唸った。地元警察を呼ばれるのは流石にややこしい話になってくる。
 困り顔の櫻井に、意外にもダンサー達は優しかった。
「あなた、ストーカーの割にとっても可愛いから、皆に店長への口止めはしておいてあげる」
「か、可愛い?!」
 櫻井が目を白黒させると、ダンサー達は楽しそうに笑った。
「そういう純なところがね。頑張ればひょっとしたらお姉さんも気に掛けてくれるかも」
「でも、あんまり肩入れすると、今度は姉さんのパパに怒られるかも。警察より怖いよ」
 きゃっきゃとはしゃぐダンサー達越し、夕べ大笑いしていたヒゲ面の若い掃除夫も通勤してきた。
 男は、櫻井がまだそこにいることに純粋に驚いているようだった。そして彼は呆れた風に肩を竦ませると裏口の向こうに消えていった。櫻井は男の目に引かれるように視線を動かした。と、裏口側に夕べも見た高級車が停まった。
 櫻井は、ダンサー達をかき分けるように側に寄った。
 夕べと同じように厳ついボディーガード達と共に蓮花が降りてくる。
 櫻井を先に見つけたのは、夕べ櫻井に抑えつけられたボディーガードだった。
「お前!」
 櫻井を険しい表情で指さしてくる。
 櫻井は男を避け、蓮花に話しかけた。
「夕べのメモはどういう意味なんです? 真の姿って、どういうことですか?」
 蓮花は黙ってじっと櫻井を見た。
 今日も蓮花は、色の濃い大きなサングラスでその魅力的な瞳を覆い隠している。
 なんだかその立ち姿は櫻井を拒絶しているというより、櫻井に同情しているような憐れみさえ感じさせた。
 櫻井は、その微妙な雰囲気を肌で感じ取る。
「 ── どういう・・・それはどういう意味ですか? なんでそんな風に・・・」
 櫻井は思わず日本語で呟く。
 その櫻井の身体を、ボディーガードが腕で跳ね飛ばした。
 蓮花に気を捕らわれていた櫻井は、まともにその腕を受け、地面に突っ伏す。先ほどまで櫻井をからかっていたダンサー達が悲鳴を上げた。
 櫻井は両手の平に痛みを感じる。見ると手を突いた拍子にアスファルトに擦られ、擦りむいていた。
 しかし櫻井は怒ることなくボディーガードを無視し、再び蓮花を見る。
「何か、伝えたいことがあるんですか? 何か、俺に言いたいことが・・・」
 蓮花は首を横に振った。
 それは拒絶とも「自分には言えない」と言っている風にも見えた。
 櫻井は、サングラスの奥の彼女の瞳をじっと見つめる。
 そして櫻井は・・・
「いい加減、しつこいぞ」
 再度ボディーガードが櫻井に向かって腕を振りかぶってきた。
 櫻井は顔を蓮花に向けたまま、男の手を難なく掴むと、その腕をねじり伏せた。
 男が呻く。
「お前!」
 仲間のボディーガード達が一斉に櫻井に掴みかかろうとする。
 その動きを制するように、櫻井はこう呟いた。
「分かりました・・・。何となく、あなたの言わんとしていることが」
 一瞬男達が動きを止める。
 櫻井は男達の顔を一瞥すると、手に掴んでいた男を解放し、スタスタとあっさりその場から立ち去った。
 ボディーガード達もダンサーも、その様子に呆気にとられ、皆しばし呆然と櫻井の後ろ姿を見送ったのだった。

 

接続 act.30 end.

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編集後記


今週、ついに30回を迎えてしまいました「接続」。
いかがだったでしょうか。

30回となった割に、あんまり話が進んでいないような気がするのは、国沢だけでしょうか・・いや、国沢だけであってほしい!!!(脂汗)
そんなこと、熱望してどうするって感じなんですが・・・。

近頃は、またもや母が妹夫婦のところに突如旅立ちやがって、また生活のサイクルがいつもと違うことになり、なんだかバタバタしている国沢です(汗)。
しかしママン、毎週毎に通ってませんか?妹の家。
しかも妹は隣の県に住んでいるので、むろん長距離バス移動です。
交通費のこと考えたら、もうずっと向こうにいた方がよさそうな気がするんですけど(汗)。やはり小さな子どもを抱えると、どうしてもおばあちゃんの手助けないとなかなか大変なようで、妹も苦労しているようです。
いやはや、子育てって大変ですね。


[国沢]

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