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nothing to lose title

act.11

 最近、やっぱり僕の身体はおかしいんだ。
 ここのところ感じていた憂鬱な気分が、今では不安に変わって、心臓がドキドキする。
 僕の身体の具合は、以前よりもっと悪くなってる。
 でも驚くことにそれは、僕だけじゃないってことに最近気がついた。
 日が経つにつれ、周りの皆も僕と同じようにソワソワし始めたんだ。
 内心僕だけじゃないんだってホッとしたけど、自分が感じている不安が消えてなくなる訳ではなかった。
 中には、「お家に帰りたい」って言い出す小さい子とかも現れ始めて、白い人達は凄く驚いたり慌てたりしていた。
 最近新しい宿舎が二つ増えて、一つの建物の中にいる白い人達が少なくなっていたから、余計大変そうだった。
 何でだろう。
 何で、こんなに怖い気持ちになるんだろう。
 特に毎日のことで変わったことはないのに、何でか酷くソワソワする。
 まるで僕が僕でなくなっていくようだ。
 また僕の側で「家に帰らせてくれ」という人が現れた。
 僕と同じくらいの年のその子は、最近ここに来た子だ。
 黒いバンドをした人達が慌ただしくやってきて、その子を連れて行く。
 それを見て僕は、更にドキドキするんだ。
 一体、何が起こっているのだろう。
 そもそも・・・『家』ってなんだ?
 

 利賀には、どうやら女の影がある。
 何気なく香倉は利賀との会話を楽しみながら、内心そう思っていた。
 話の内容は香倉のことばかり話していたが、それを聞く利賀の表情を見るにつけ、香倉は確信していた。
 利賀には、遠距離で付き合っている相手がいる。しかもその相手は、海外に住んでいる。
 遠距離恋愛と聞いて、すぐに「海外?」と聞き返してきたのが何よりの証拠だ。
 自分の中に近しい経験がない限り、そんな発想はすぐに出てこないはずだ。普通なら、遠距離恋愛と聞いても、せいぜい国内で離ればなれになっている程度にしか思わないものだ。
 しかも、この手の話題は、意外にも利賀の中で大きく占める話題だったらしい。
 今までいろんなスイッチを押しても響いてこなかった利賀だったが、今日の反応は極めて分かりやすかった。
 ── 海外か・・・。
 利賀が関わりのある国といえば、やはり東南アジアの国々のいずれかだろう。
 利賀は菅原について東南アジア圏の様々な国に渡航している。
 特にベトナムやカンボジアには頻繁に通っている。
 彼が長年取り組んでいる研究論文のテーマがベトナムからカンボジアに至る植物生態連鎖の解明だし、菅原教授抜きでも二・三ヶ月に一回は渡航することがあった。
 ── 渡航目的は案外研究だけじゃなかったのかも・・・
 香倉はそう思った。
 利賀は日本にいるとそういうことには一切興味を示すようなことはなかったが、海外では違うのかも知れない。
 これまで、海外まで香倉がついていくことはできなかったので、海外で利賀がどうしているのか探る術がなかった。
 利賀が、少し香倉に心を許すような素振りを見せたことは、大きな収穫だった。
 香倉は、利賀の仕事を手伝いながらも、今日彼が会いに行こうとしている人物は誰だろうと思った。
 あの話しぶりじゃ、当然『恋しい彼女』ではない。
 香倉が願う展開とすれば、オゾッカ製薬の河田だが、そうことがうまく行くとは限らない。
 これまで香倉が知る限りでは、プライベートの時間、利賀が誰かと会っているようなことはなかった。香倉が、この研究室に貼り付けになって、初めてのことだった。
 本当なら、その相手まで探りたいところだが、香倉はあえてそれを止めた。
 あまり一気に深くまで詮索すると、かえって相手に警戒されてしまう。
 せっかく利賀が、香倉に少し気を許そうとしているのなら、ことは慎重に運ばねばならない。
 ── 今夜尾行してもらう人間を手配するか・・・
 いそいそと帰り支度をする利賀の背中を眺めながら、香倉はそう思った。

 
 その日、河田の私宅で夜の交代要員とスイッチする段階で、河田が陣野に声をかけてきた。
「ちょっとすまないんだが」
「何でしょう」
 櫻井は山田と共に交代要員に引継をしながら、陣野が解放されるのを待った。だが、陣野はすぐに解放されるどころか、櫻井まで陣野に呼びつけられた。
「何ですか?」
 河田の書斎の前の廊下で、陣野が渋々しい顔つきで口を開いた。
「高橋、悪いんだが勤務時間を今日だけ延長してもらえるか」
「延長?」
「ああ。今日、大事な取引先との会合があるそうなんだが、先方の都合で大人数で押し掛けるわけにはいかないらしい。一人だけ護衛を連れていきたいらしいんだが、河田さんはお前がいいと」
 陣野にしてみれば、昼組でも規定労働時間を有に超える時間既に河田にはついていたので、申し訳ないといったところだろう。河田の会合が長引けば、ヘタすれば24時間勤務になってしまうような話だ。
「自分は別に構いませんが」
 即座に櫻井はそう言った。
 元々、刑事時代でも通常の勤務時間なんてあってないようなものだ。一度事件が起これば、署に泊まりがけで働きづめになることも多かった。それに比べれば、簡単なことである。やはりいくら警備という特殊な職種とはいえ、一般企業ともなると労務関係の問題は気にしないといけないのだろう。
 陣野は「すまないな」と断りを入れてきた。
「むろん、超過勤務手当はつくから、何時に解放されたかを後で総務に報告してくれ」
「分かりました。夜のシフトのスタッフはどうなりますか?」
「とりあえず家の方に待機だな。河田氏の方には、高橋の超過勤務は出先から帰ってくるまでとお願いした。帰宅後の警備は夜のシフトの者に任せてくれと。その点は、納得してくれたよ」
「ありがとうございます」
 櫻井が頭を下げると、陣野は肩を軽く叩いてくる。
「さすがにずっと付き続けると疲労で警護の勘も鈍るからな。でもクライアントのリクエストだか仕方がない。堪えてくれ」
「分かりました。お疲れさまです」
 陣野は山田と連れだって帰っていく。
 櫻井は、夜のシフトの連中からの同情じみた視線を受けながら、河田の書斎のドアをノックした。
 すぐに河田の返事が返ってくる。
 ドアを開けてはいると、河田は薄いコートを羽織って出かける準備をしていた。
「すぐに出られますか」
 櫻井がそう訊くと、河田は「ああ」と頷いた。
「何だか悪いね。残業なんて。でも一人連れていくとなれば、やっぱりより安心できる人間に護衛してもらった方がいいからね」
 榊が仕組んだ例の襲撃は、よほど河田に影響を与えたらしい。
 河田は絶対の信頼を櫻井に寄せていた。
「まぁ、そんなに遅くなるような相手じゃないからね。今日中にはきちんと帰れるから」
 河田はそう言った。
 気を使わせてしまったようですみませんと櫻井が頭を下げると、河田は益々機嫌よさそうに櫻井を見た。
 河田が指定した行き先は、都内の小さな料亭だった。
 その場所は、過去数年間河田が訪れることのなかったところで、さすがの櫻井も一瞬往き道がどうであったか迷った。河田から住所を聞き、ようやくどこだったか思い出す。
 その場所は、公安が作成した資料の中でもほんの僅かしか触れられていない場所だった。
「ここは、今まで滅多に来られていませんよね」
 バックミラー越し、櫻井は思わずそう訊いた。
 河田の最も近い位置で身辺警護を始めたばかりでもう、河田が怪しい動きを始めたことの幸運さに、櫻井は内心興奮していた。
 河田が、「ああ、そうだね。何か気になるのか?」と一瞬疑い深い瞳を向けてくる。
 櫻井は、心の中で浮き足立っていた自分を戒めた。
「いえ・・・。事前に訪れたことのない場所だとどうしても落ち着かなくて。特に今夜は人員が一人ですし、店で何かあった場合の対処に迷いが生じると困りますから」
 櫻井が冷静になってそう答えると、河田もそれに納得して数回頷いた。
「それはそうだね。君の言うことももっともだ。だが安心したまえ、その店は絶対に安全なところだ。それは保障する。君は行き帰りの時にだけ気を付けていてくれればいいよ」
 河田のその自信が、その店とただならぬ関係なんだということを想像させた。
 その料亭のことに公安はもっと関心を寄せるべきだと、櫻井は報告することに決めた。
 河田の口振りだと、日付が変わる前に公安部に新たな収穫が上げられるだろう。
 料亭は静かな住宅街の一角にあり、一見するとお店のようには見えなかった。
 櫻井は河田の指示で、一般の月極駐車場に車を止めると、素早く下りて周囲の安全を確認して後部座席のドアを開けた。
 河田は、料亭の敷地に入る手前で櫻井に声をかけた。
「ここで待っていてくれたまえ」
 櫻井はぴたっと歩みを止めた。
「── ここで、ですか?」
 怪訝そうに櫻井が聞き返すと、「この店は警備のシステムがきちんとしてるんだ。だから店の中は安全だよ。安心してくれたまえ」と河田は櫻井の背中を軽く叩いた。
 櫻井は、料亭の入口で河田の背中を見送りながら、相手の用意周到さを思った。
 河田はどうやら、よほど公にしたくない人物と今夜会うらしい。
 しんと静まり返る料亭の門扉前で櫻井はボディーガードらしく立ちんぼを決め込んだが、河田に続いて料亭を訪れる客は皆無だった。
 河田の相手は、河田が到着するまでに料亭に着いていたということだろうか。
 これでは、河田の密会相手が誰なのか、見当もつけられない。
 用心深い河田が、帰り際密会相手と共に料亭を出てくるとはとても思えない。
 今夜は櫻井にとって最大のチャンスであったが、そのチャンスを自分は活かせそうにない・・・と内心気落ちしていた矢先、櫻井の第六感がふと不穏な気配をキャッチしたのだった。
 急に櫻井の中でスイッチが入る。
 丁度先日、襲撃を受けた時に入ったスイッチのようなものだ。
 櫻井はギラリとした目つきで、周囲を見渡した。
 目には人影など一切見えなかったが、櫻井は肌で相手の気配をひしひしと感じていた。
 ── これは、絶対に素人の持つ気配なんかじゃない。
 櫻井はそう確信した。

 

接続 act.11 end.

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編集後記


皆様、おまんたせいたしました!(大阪世界陸上・織○裕二風味)

一週空けての更新でございます。
ここで、皆様に話しておかなければならない、大切なお話がぁあります。


ストック、もうない・・・・(脂汗)。


連載11回目にして、もうこの体たらく。
こう書くと言い訳になってしまいますが、仕事忙しすぎて書く暇まったくなかった・・・・(涙)。
いやね、年度末ってのは・・・。でも働かないと、食えないから・・・。フリーランスの悲しい性ね・・・(遠い目)。

おかげでブログも現在放置プレイ中。
そんなドキドキプレイのおかげなのかどうかのか、現在ブログは、エロい方々(笑)のコメントが満載になっております(!)。
早くお掃除しなくては・・・・。
皆さん、くれぐれも貼られたリンクアドレスにアクセスしないでくださいよぉ。
アクセスしちゃったら、どんなエロサイトにとんじゃうか分かりませんからねぇ。
(そんなこと、わざわざ言わなくても分かってらっしゃいますわね)

一応、確定申告の書類作成も何とか無事すんだし、仕事の方も忙しい第二の山は越えたようなので、ブログも更新したいのですがね。
え?
そんな暇あったら、続き書けって?

・・・・。


皆様のおっしゃる通りでございます。


[国沢]

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