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act.34

 「それは一昨日撮影されたものだ」
 写真に見入っている櫻井に、クライドは落ち着いた声で言った。
 櫻井は息を呑んだ。
 迷彩服や作業服を着た東南アジア系の男達が建物から出てくる様子が連続写真で撮影されている。
 香倉らしき日本人が現れたのは、三枚目の写真からだ。
 彼だけは周囲の男達と違って、黒のスーツ姿だ。
 望遠レンズで撮影されたのか少しポンボケ気味で、写真の色も少し色褪せた感じだったが、櫻井には分かった。
 間違いなく、香倉の姿に違いなかった。
 日本を発つ時に肩まで届いていた髪はそのままで、後ろで一つに纏められている。
 その高い鼻梁に顎の線・・・。
 確かにそれは、櫻井が愛する人の姿だった。
 一瞬、香倉の無事を確認してほっとした櫻井だったが、しかし事はそれほど穏やかでないことは一目瞭然だった。
 香倉の顔には、明らかに真新しいアザが見て取れた。
 香倉は目の周りのアザを隠すように、五枚目の写真ではサングラスをかける様子が写されている。
 そんな傷もつれの顔なのに、なぜか彼は他の男達に連行されているという感じでは全くなかった。
 櫻井にとっては、そちらの方が更に悪い状況であるように思えた。
 なぜなら、写真の中の香倉は、まるで男達の一員のような扱いを受けていたからだ。
 周囲の男達と二、三言葉を交わし、時には軽く笑みを浮かべている。
 周囲の男達は香倉に対して友好的な雰囲気で、到底囚われの身のようには見えない。
 櫻井の額にたらりと冷や汗が浮かぶ。
「どうやらオタクらがお探しの特務員は、あちら側に寝返ったようだぜ」
 だめ押しのようにクライドが言う。
 櫻井は、はっとしてクライドを見る。
 クライドは机の上に肘をつき、その手で顎を支えながら、じっと櫻井を見つめていた。
 さっきまではどこか調子がいい、うわっついたイメージのある男だったが、その研ぎ澄まされた瞳の輝きは櫻井でも背筋が竦むほど鋭かった。
 櫻井は首を横に振る。
「そんな・・・。香倉さんが裏切るなんてこと、絶対にありません」
 櫻井は強い口調で言った。
 クライドが軽く眉間にシワを寄せる。
「カクラ?」
「自分が日本でこの人と出会った時に彼が使っていた名前です」
「ふぅん・・・。俺が出会った時はユウキと名乗っていたがな」
 その呼び名は、櫻井も聞き覚えがあった。
 香倉から以前教えてもらったことがある。
 櫻井と知り合う前、香倉が外事担当の特務員として香港で活動していた時に『結城和重』という名を使っていたと。
 香港での香倉の仕事は、大成功を収めた。
 日本に進出しようとしていた香港の麻薬シンジケートをひとつ壊滅させたのだ。
 しかし、その代償も大きかったと聞く。
 共同戦線を張っていたCIAの諜報員の中に一人死者が出て、香倉自身も深い傷を負ったらしい。
 その怪我について香倉は多く語ろうとしなかったが、それだけに重い傷だったに違いない。
「ユウキの名前を知っているあなたなら、彼が裏切るような人間ではないことは知ってるでしょう」
 櫻井はそう返したが、クライドの目は冷たかった。
「 ── 甘いな、坊や。俺らの世界では、憶測で事を運んだりしない。たとえ裏切ってないにしろ、それならばそうだという証拠が必要なんだ。今回のユウキに関しては、この写真が全てだということだ」
「・・・でも! 写真だけでは、彼の心の中まで分からないでしょう!」
 櫻井は、クライドの冷たい視線にも怯まなかった。
 その真摯な瞳で見つめ返した。
「彼は、絶対に寝返ったりしません」
「 ── なぜそうまでして断言ができる? 俺の同業者だって、そう言われながら闇の組織に願った男なぞ星の数ほどいる」
「それでも。彼は絶対に正義に反するようなことはしません。分かるんです、俺には」
 櫻井は言った。
 必死だった。
 櫻井の心の中にいる香倉は、クールな顔の下に燃えるような正義心を抱いている男だった。
 その正義心が、苦しい時期の櫻井を時に支え、時に引っ張っていってくれた。
 組織の枠に填ることに反抗しながらも、香倉は一際公安特務員という仕事に誇りを持っているし、愛している。それが例え、誰が知り得ることのない仕事だったとしても、だ。
 その香倉が正義を裏切ることなどあり得ない。
 少なくとも櫻井が知っている香倉は、そんな人ではない。── 絶対に。
 しばし、痛い沈黙が流れた。
 完全なる静寂が訪れたが、見つめ合う二人の間には厳しいせめぎ合いがあった。
 その沈黙に先に耐えられなくなったのはクライドの方だった。
 彼はまたもや顔を顰めると、櫻井の目を覆うように櫻井の前髪を手で掻き乱した。
「お前が仲間を信じたい気持ちは分かるがな」
 クライドはそう言って、別の封筒から新たな写真を三枚取り出した。
「これは、夕べ撮影されたものだ」
 それを櫻井の前に投げてよこす。
 それを見た櫻井は、まるで頭を後ろから殴られたような衝撃を受けた。
 高級レストランらしき建物の前に横付けされた黒塗りの車。
 時間は、丁度日が傾きかけたぐらいの時間帯だろうか。
 早めのディナーを楽しもうと車から降り立ったのは、大胆なスリットが入った深紅のドレスを身にまとったブロンドの美女。
 そしてその女をエスコートする香倉の姿だった。
 しかもただエスコートしているだけではない。
 女は親しげに香倉の身体に手を回し、さも満足そうな笑顔を浮かべている。
 その瞳は色の濃いサングラスを掛けているので分からないが、その分厚い唇には真っ赤なルージュをひいている。
 『セクシー』というよりも、『妖艶』といった方がしっくりくるような女だ。
 そして三枚目の写真。
 その写真を持った瞬間、自分の手が小刻みに震え始めたことに櫻井は気づかないほど、彼の心は動揺した。
 それは驚愕というよりも、純粋な嫉妬だったろう。
 写真には、人目も憚らず濃厚にキスを交わす二人の姿がしっかりと映し出されていた。

 

接続 act.34 end.

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編集後記


先週は風邪でお休みしてしまってすみませんでした・・・。
幸い風邪は、ほぼよくなりました。久しぶりに寝込んじゃったけど、どうやらインフルエンザではなかった模様です(汗)。

前回かかったインフルエンザでは、膀胱炎に血尿という恐ろしい副産物まで併発して、散々でしたが、今回はさすがにそこまで酷くはなかったです。
でもいまだ鼻水がすごいけど(青)。

で、前回の編集後記で書いたファイナルファンタジーXは、風邪で寝込んだのと今週意外に仕事が入ってきたのとで(人が病気してる時に限って忙しくなるって、これどういうこと?)、当然最後までいってません(脂汗)。
でも話は大分進んだかな。
主人公のお父さん世代の思い出話とかが、更によく見られるようになりました。
そして益々ブラスカ萌え(笑)。

国沢の頭の中では、完全なる三角関係が形成されてます(笑)。
ちなみにブラスカ様は総受けなのよ。
で、ジェクトがフィジカルな愛で、アーロンがプラトニックなラブなのよ。
しかも、本当はフィジカルに行きたいのに、いろんなしがらみに絡まっちゃってプラトニックにしかなれない自分に苦悩するアーロンっていう設定が究極おもしろいと国沢は思うのよ。
(↑確実、妄想大魔神)

しっかし・・・・。
そんな設定を思いつく人間なんて・・・。


いねぇだろうなぁ・・・・。


[国沢]

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