act.38
香倉がミンについてホテルを訪れるのは、これで六度目だった。
ミンは香倉の華やかな容姿を随分気に入ったのか、香倉の顔の傷が癒えてくると香倉に仕立てのいいスーツを着せ、外出時に連れ回すようになった。
ミンの取り巻きは、あの老兵士の他はほとんどが若い男達だった。男達の国籍は不明だが、その顔を見るといずれも東南アジア人だった。東南アジア人は概して小柄な人種だが、ミンの周囲を固めている男達は随分大柄で筋骨隆々だ。着やせする香倉の方がずっとスレンダーに見える。
ミンのグループと行動を共にするようになって気づいたことだが、このグループは完全にミンによってコントロールされていた。
最初の頃、香倉はミンのバックに更にボス的存在の男・・・ミンの愛人がいるのだろうと予想していたのだが、少なくとも今の段階ではまだそんな存在は微塵も臭ってこなかった。
ミンの側を取り巻く男達はおろか、例の工場で働く男達もまた全員がミンに魅入られていた。そう、まるで女神を見るような熱に浮かされた目つきで常にミンを見ている。
ミンは夜ごと取り巻きを取っ替え引っ替え自分のベッドに呼び込み・・・しかも一度に複数だ・・・夜の奉仕をさせていた。
それがよっぽどいいらしい。
ミンに呼ばれた男は誇らしげにそこのことを仲間に話し、その他の者は呼ばれる日を夢見る。
そんな風にしてミンは、圧倒的な魔性の女の魅力で男達を完全に支配していた。
そしてミンが男達を服従させられるもうひとつの理由がある。
それは、得体の知れない恐怖だ。
香倉もそれが一体どこからくる恐怖感なのかはわからなかったが、男達はミンに憧れを抱くと同時に恐怖心も同じように抱いていた。一度ミンの気分を害することをしてしまうと、彼らは皆途端に顔の血の気が引いて、その場にひれ伏す。その怯えた様子は、香倉にも少々異常に思えた。
ミンのグループ ── コムラン・ナーガと男達は言っていた ── の根城は複数あるようだった。
プノンペンでは主に3階建ての古いビルが彼らのアジトのようだったが、常に様々な男達が出入りしているところを見ると、他にも拠点があるのだろう。
時折ミンがジープに乗って出ていく時は、丸一日姿を消した。
おそらく、密林の奥地によく出かけるのだろう。利賀の言っていた薬草の仕入れに奔走しているのかもしれない。だが香倉はまだ完全に信用されていないせいか、ミンがジャングルの奥地に香倉を連れて行くことはなかった。
その代わり、プノンペンの街中にミンがいる時は常に香倉を連れ回した。
一見、ミンはそれを単に楽しんでいるように見えたが、ミンは周到に香倉を見張っているようだった。
むろんミンがいない時はミンの部下が常に香倉の側にいて、香倉と外界との接触を完全に遮断していた。
部屋に監禁されている訳ではなくなったが、状況的にはその頃と変わらない。
電話はむろん使わせてもらえないし、一人で外出もできない。
表面的には好意的に迎えられていたが、誰もが香倉の行動に目を光らせてた。
時間は刻一刻と経っている。
香倉がこれだけの長い期間、公安部と連絡を絶ったことはこれまでない。
おそらく警察庁はこの事態を重く見て、内部調査官を動かし始めている頃だろう。
早くこの状況を打開しなければ、自分の仲間達からも追われる立場になる。・・・いやもうなっている可能性が高い。
だが、今はミン達に信用を得るしか方法はない。
香倉の周囲の警戒が緩くなれば、公安部へ連絡を取るチャンスも訪れるだろう。
どうやらコムラン・ナーガは客との取引の際、ホテルのスウィートルームを商談の場として利用しているようだった。
一日の間に、複数のホテルをハシゴすることもあった。
ミンは香倉にホテルのエレベーターまでエスコートさせて、そこから先は六人の取り巻きを連れて行く。香倉は、その他の男達一緒にロビーで待たされる、といった感じだ。
ミンが一体どんな相手とどのような取引をしているかは分からない。
ミンがホテルを利用するのは、外部の人間に顧客相手を絞られないためなのかもしれない。
一見すると、どの客がスウィートルームに向かうのか分からないからだ。
ホテル側も、頻繁にスウィートルームを利用してくれる上客のプライバシーは厳守してくれる。
なかなか狡猾な手口だ。
香倉の目の前をたくさんの客が行き来する。
この中の誰かが、ミンの顧客なのだ。
おそらく、扱っている商品は『人間』。
香倉の脳裏に、工場で見たあの恐ろしい光景が浮かび上がった。
透明の棺桶の中で浮遊する解剖された人達の姿・・・。
目の前の客の中に、金で命を買った人間がいるのだ。
そう思うと背筋がゾクゾクと震えた。
周囲で軽口をたたき合いながら笑い合うコムラン・ナーガの男達の顔が死に神のように見えた。
ミンがロビーに降りてくる。
赤いドレスを着た彼女は、本当に人目を惹いた。
アジア人特有のなめらかな褐色の肌と、白人特有の足が長くメリハリのきいた肉感的なボディー。
ロビーを鋭いピンヒールで歩いてくる姿は、まるで女優かモデルのようだ。
ミンは大きなサングラス越し、部下の男達の元まで来るとにっこりと笑った。
「さぁ、帰るわよ。今日は気分がいい。今夜はパーティーだ」
どうやら今日の取引はかなり大口の取引だったようだ。
ミンは香倉の方を見て、ゆっくりと唇を舐め上げた。
接続 act.38 end.
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編集後記
ううう。明日天気悪いせいか、頭が痛い・・・というより右目の奥が痛い・・・。
右の目の玉を外してその奥をグリグリしたい(汗)。
ま~、いつものこととはいえ、困ります。偏頭痛。
ところで、連日ブログではミネラルファンデフィーバーの国沢ですが、プライベートでは大きなニュースができました。
オイラ、昔の職場に再雇用されることになりました(大汗)。
派遣切りが叫ばれる昨今、再び厚生年金のお世話になれるのは非常に喜ばしいことなのですが、フリーの気楽さを味わってしまった国沢に、果たして再び会社勤めができるかどうか・・・(脂汗)。
「帰ってこいよ」コールに、「前よりお給料上げてくれたらね」と適当に答えてたら、まさか本当に給料上げてくれるとは思わなかった(青)。
ということで、国沢、3月から会社員です。
若干不安です・・・。
[国沢]
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