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nothing to lose title

act.40

 俺は、罪深き罪人。
 俺が愛した者達は、俺の目の前で悉く死んでいった。
 俺は救うことが出来なかった。
 救うと約束したのに、いつも約束を果たすことが出来なかった。
 なのに俺は、自分の心が弱い故に、数々の人間を愛してきた。
 そして『失って』きたのだ。
 俺と出会わなければ、失われずにすんだ生命。
 たくさんの悲しみ。痛み。
 己の孤独を貫き通さねばならないはずなのに。
 俺はまた、罪を重ねようとしている。
 ああ、何と言うことだ。
 俺が悪い。すべてこの俺が。
 どう償えばいいというのだろう。
 なぁ、櫻井。
 俺はお前を目の前にして、また、罪を重ねる。
 俺は、どうすればいい?
 俺は、どうすべきなんだ。
 答えは、すぐそこにある・・・。


 助手席に安部が乗り込んだのを確認して、櫻井は車をスタートさせた。
「お前、どういう体力してんだ」
 安部が上がった息をどうにか殺しながら言う。
 安部は櫻井のフェンス越えに驚いているのだ。あっという間に背丈を遙かに越えるフェンスをやり過ごす櫻井のバネのようにしなやかな身体に純粋に感心して見せた。
 だが櫻井は、それに答えることはしなかった。
 気持ちが急いて、スピードメーターはあっという間に三桁を指し示した。
 夜の幹線道路は車の往来が少ないとはいえ、まったくない訳ではない。 おまけに地元の暴走族が騒ぎ出す時間帯だった。
「おいおい、あんまり無茶をするな・・・」
 百戦錬磨の安部刑事も、シートに張り付き冷や汗を掻いている。
「しっかり捕まって下さい。この先、障害物が増えますから」
 櫻井はアクセルをふかす足下とは逆に、やたら冷静な声でそう言った。
 目指す高速道路の入口はすぐそこだ。
「お、おい、道路塞がれてるぞ・・・」
 改造した暴走車両が点在する道路。
 そこへ向かって櫻井の乗る何の変哲もないセダン車が突っ込む。
「ぶ、ぶつかるって・・・」
 と安部が呟いている間に、櫻井はカースタントさながらにアクセルとサイドブレーキを駆使しながら車の間を縫っていく。
 暴走車両の連中は、文句をつけることも忘れて、誰もがポカンと普通のセダン車の尋常でない運転裁きを見送っていた。
「お、お前さん、公安に再就職したらどうだ・・?」
 はははと引きつった笑みを浮かべながら、安部が額の汗を拭う。


 櫻井達の乗った車は、櫻井が昼間来たばかりの櫻井の実家を目指した。
 香倉が連れ去られた場所に残されたプラモデル。
 間違いなく櫻井の姉、北原正実が残していった代物だった。
 だってあれは、あの隠し場所は姉しか知らない筈だったから。
 まさしくそれは、櫻井にしか分からないメッセージだった。
 榊警視が櫻井に目を付けたのは正しい判断といえる。榊も必死なのだろう。
 姉は・・・北原正実は、最後の決着をつけようとしているのだと思った。古の場所で、古の罪を精算しろと言っているのだろう。
 ならば、受けて立つしかない。
 今度は、俺が香倉さんを救う番だと思った。
 必ず救ってみせる。どんなことをしても。そして、どんな結果が待っていようとも。


 ついに雨が落ちてきた。
 すぐに、どしゃぶりになった。
 ワイパーが多量の雨を押し流す先に、真っ黒く浮き上がった櫻井の実家が現れた。
 車の外に出ると、木造の建物にバラバラと激しく雨が叩き付ける音がしていた。そのお陰で、中の気配が全く伺えない。
 一見すると、中には誰もいなさそうだった。安部も袖で雨を避けながら塀越しに中を軽く覗き込み、「本当にここに居るのか?」と櫻井を見た。
「居ます。絶対に」
 櫻井はあっという間にびしょ濡れになった髪を掻き上げながら、表の門を見つめていた。櫻井が来た時にあったはずの、門を結わえていた鎖がなかった。そして門は、誘うように少し開いている。櫻井を出迎えていることに他ならなかった。
 櫻井が門を押し開け中にはいると、安部もすぐについてきた。櫻井はふり返る。
「大丈夫ですか。あなたにも、危険が及ぶかもしれない」
 安部は再び肩を竦める。
「ここまで来ておいて外で見学ってこともないだろう」
 櫻井は玄関のドアに触れた。案の定、鍵が開いている。
 雨音に混じって、古いドアが開く嫌な音がした。
 家の中に踏み込む。 暗くて中の様子が分からない。だが、櫻井にとっては身体にしみこんだ空間だった。
 躊躇いもなく足を進める。
 ふいに背後がぼんやりと明るくなった。振り返ると、安部が、火を灯したライターを翳していた。もう片方の手には、銃が握られている。それを見て、櫻井は肌が泡立つのを感じた。何とも言えない緊張感が辺りに漂う。
 櫻井が足を進める度に、廊下に小さな水たまりができていく。廊下が軋む音は、激しい雨音にかき消されていた。
 ライターの小さな明かりに照らされる黒光りした廊下の壁が、湿気のせいなのか妙に艶めかしく見えた。息が詰まるような閉塞感を感じさせる。
「随分広い家だな・・・」
  ため息にのせて安部の囁き声が聞こえる。
  だが、櫻井の目指す部屋はひとつだった。
  すべての始まりの場所。
  罪深き印が残っている部屋。
  その部屋にまで続く廊下に出た時、二人はふいに足を止めた。
  廊下の一番奥、ピッタリと閉じられた重厚なドアの隙間から、細い線状の明かりが漏れていたからだ。
 ゴクリと安部が喉を鳴らす。 このドアの向こうに、向かい打つべき相手がいる。
 ・・・武者震いだろうか・・・。
  櫻井の身体は小刻みに震えていた。妙な浮遊感を感じる。
  櫻井は慎重に足を進めた。
  ドアの向こうには、気配を一切感じない。
  思い切ってドアを開けた。
  その途端。
  耳の奥を突き刺すような破裂音が響いた。

 

触覚 act.40 end.

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編集後記

ついにあと一回のみの更新になっちゃいました。この「触覚」。41話で終わりなんて、ちょっと中途半端な感じだなぁ・・・。来週、どうなっちゃいんでしょうね?!(お前がいうな?)
櫻井君、かなり気に入ってたんで、これが最後になるとはちょっと淋しいです。(美筋肉だし(笑))
これまでに張った伏線が、次回で全て解決しているかというとたまらなく不安なんですが(汗・・・自分がこれまでどんな伏線を張ってきたかすらよく覚えてない・・・)、一応きちんと完結してます。
しかし、それにしても、今までの国沢の小説を書くペースを考えたら、この触覚は驚異的に早く書けた話ですね。というか、ネットを始めてから、やたら小説を書く時間が早くなりました。それまでは、へたしたら書きかけで二年間ほたくりっぱなし・・・なんていうのはザラで、酷いのになると五年くらい熟成させたっていうのもあるかも・・・。人間、鍛えれば何とかなるものです。

残るはアメグレ。・・・・。あれ・・・・・・・・・、いつ終わるのか・・・・・よ??

[国沢]

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