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act.28

 「よもやこれを再び使う日が来るとは」
 ガラス張りの部屋の中の様子に目を向けたまま、坂出メンタルクリニックの院長、坂出実がそう言った。
「使ったことがあるんですか」
 大石は坂出の隣に立ち、深い皺が刻み込まれた坂出の横顔を見た。坂出は苦笑いをする。
「ずっと以前、学会の論争が始まる前にね。血の気の多い若い科学者がこの装置を完成させ、実験を試みた。だが・・・それは失敗に終わった。最後までできなかったんだ。怖くて」
 ガラス張りの部屋の中では、診療用のベッドが二つ並べられ、そのひとつには吉岡が横たえられている。もう片方のベッドには、井手が腰掛けていた。二人の間には、物々しい機材がいくつも並べられ、その様子は物理学の研究室のようだ。
 患者服を着た吉岡の体には、無数の電極が取り付けられ、頭部にはヘルメットのようなものが被せられている。完全に視界を遮断するもので、ヘルメットの中からは時折短いパルスの光が漏れてきた。
 既に吉岡の脳波は、部屋の片隅に置かれた脳波計によってモニターされ、微弱ながらも彼の脳が活動していることを知らせていた。
 部屋の中には、井手の他二名の精神科医と一名の医学博士が入っており、一人は脳波計のところで二人の様子をモニターし、万が一の場合は装置の働きを止める手はずになってる。残りの医師は、二人の側で外的に彼らに異常がないかを確認する任に着いた。
「皮肉なものだな」
 ふいに坂出がそう切り出す。
「何がです?」
「このEEGコンタクト理論を最初に学会に提唱したのは、北原正顕なのだよ」
「!!」
 大石は驚きのあまり声も出せず、目を見開いて坂出を見た。坂出はちらりと大石を見た後、溜息をついて、壁際のソファーに腰掛けた。
「どういうきっかけで彼がその理論を思いついたかは分からないが、彼が自らの学術論文によって発表された内容に、日本ばかりか世界中が驚きと同時に戸惑いを見せた。そしてすぐに、この思想は問題視されたのだ。だから彼が急に学会から忽然と姿を消したのも、他の有力な精神科医らの猛烈な反発を受けたせいだ、とも考えられている。彼自身、理論を実証に移す前に姿を消したのだからね」
「ならば・・・、なぜこの装置が・・・」
 大石が坂出に詰め寄る。坂出は「うん・・・」と言葉を濁した。
「いつの時も、科学者というのは、それがどんな危険を秘めた研究であっても、事実を知りたいという欲望に勝てない時がある。それを世の中に利用できるできないは関係なく、ただ真実を証明したいという、純粋な探究心からくるものだ。そこが科学者であるべきか、その前に一人の人間であるべきなのかという大きな問題と関わってくるのだが・・・。事実、どんな時代も、その問題にぶつかり頭を悩ませた科学者は多い」
「・・・あなたもその一人なんですね。この装置を作ったのは、あなただ。そうでしょう」
 坂出は寂しい笑顔を浮かべた。
「私には、人の脳の奥に隠された秘密を最後まで覗く勇気がなかった。実際、人が何を考え、何を思ってるかを己の体験として再認識するということは、非常に恐ろしいことなのだよ。人間の汚い部分、怖い部分、狂気や欲望が誰の脳にも渦巻いている。それをダイレクトに突きつけられる訳だ。私は途中で自分を見失った。自分が体験している世界は擬似世界であり現実ではないのだと分かっていながら、その区別がつかなくなった。大石君。人の脳というのは、殆どがいまだ解明されていないのだよ。人間の脳は、殆どの部分が働いておらず、眠っているという。その使われていない脳に何が隠されているのか。人間の感覚・・・視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、その全てがどういう形で人間の経験記憶と連動しているのか、正確な脳の動きを知るものは、誰もいない。井手がこれから挑もうとしている世界は、深い深い、底のない沼と同じだ。ましてやそこには、外敵を阻もうとする明らかに悪意が満ちた何かが待ち構えているのだ。だが、彼女を止めることは私にもできない。医師である前に人間であるからこそ、誰も彼女を止めることはできないのだ」
 大石は、ガラスに両手をついて井手を見つめた。
 その大石の背中に向かって、坂出が言う。
「あなたも、相当な危険を犯しているのでしょう。あの患者をここに移送してきたことは、警察の組織構造を知っている私にしてみれば、越権行為に見える。唯一、あなたなら井手を止める事のできる立場にあった。でもあなたはそれをしなかった・・・」
 大石は、ガラスに手を押し付けたまま、額をガラスに押し付けた。
「・・・・私もまた、真実を知りたいのです。一人の人間として。人間の悪意というものが、どういう根源から来るものなのか・・・。今回の事件では、あまりにも多くの犠牲が払われました。これから生まれてこようとする赤ん坊の命まで・・・。 この世に絶対的な悪というものがあるのならば、それを打ち負かすことのできる正義があることを信じたい。それを彼女に託したいのです。私一人の、つまらない身分など、どうでもいい。そんなことは、取るに足らないことです」
 やがて井手も大きなヘルメットを被った。顔の半分が覆われ、表情が読み取れなくなった。
 井手が横たわる。井手の口元が、側の医師達に向かって何かを告げた。
 医師は頷くと、コントロールパネルの前にいるもう一人の医師に向かって合図を送った。
 ガタンと大きな音がして、室内の照明が落とされた。
 それに成り代わり、赤色灯の不気味な光が全てを支配したのだった・・・。


 花の香り。
 辺りを見回すと、赤い水の上に、無数のカキツバタが咲き乱れている。
 これはカキツバタの香りなのかしら?
 私はカキツバタの香りを知らない。
 一歩足を踏み出す。
 ぐちゃりと音がする。
 本当に不快な音。人の笑い声にも聞こえる。
 どこなの? 吉岡刑事。
 あなたはどこで、小さく蹲っているの?
 赤い湖の先に、黒い壁が立ちはだかっている。
 足を一歩踏み出す度に、私の身体は赤い湖に沈んでいく。
 大丈夫よ、大丈夫。
 これは現実ではないの。
 この血の湖に沈んだって、死ぬことはない。
 赤ん坊の泣き声。
 天を仰ぐと、胎児の大きな顔が見える。
 ここは、子宮の中なの?
 だとしたら、それは誰のだろう。
 小夜子さん? それとも、吉岡刑事のお母さん? いや・・・、あの男の母親の子宮かもしれない・・・。
 私は血の湖を泳ぐ。
 密度が濃くて、うまく先に進めない。
 誰かが、私の足を掴んでいる。
『ここはお前が来るべきところではない』
 振り返ると、中谷がいた。
『ただちに立ち去れ。ここはお前が死ぬべきパラダイス』
 反対側を振り返ると、橘がいた。
 これはアイツが仕掛けたトラップ。
 ここがどんなパラダイスだとしても、私にしてみればゴミ同然よ。
 ここが現実でないとすれば、私だって好き放題できる。
 私は思い浮かべる。
 正義の意味を。清廉潔白の白。
 お前達が私に触れられるはずがない。
 どうなの?
 私の身体を包むのは、純白のスーツ。
 血の湖に入ったとしても決して赤く染まることはない。
 男達の顔が苦痛に歪む。
 さぁ、退きなさい。
 こんなことをしたって、無意味よ。
 私はこの潔白の右手を、前に高々と翳す。
 さぁ、退きなさい。
 曲々しいもの。
 赤い湖が二つに割れる。
 私は、宙を歩く。一歩ずつ。一歩ずつ。
 真っ黒い壁。 突き当たる。
 冷たい壁。
 見上げると、先が見えない。
 私は握り締めた拳で壁を叩き割る。

 落ちた。
 気づくとそこには血の湖も黒い壁もなくなっていた。
 古い家。
 木造の立派な屋敷。とてつもなく大きな梁が見える。
 床も黒光りした板の間だ。
 廊下に出た。長い長い廊下。先が霞んで見えない。
 思わずぎょっとした。
 廊下に面した部屋の障子が次々と開き、そこには見世物小屋のように無残に晒された、女性達が檻に閉じ込められている。
 小夜子さんがいた。
 血まみれの西洋人形にお乳をやっている。
 笑顔を浮かべる横顔は、聖母の微笑みそのままのもの。
 だが、彼女の胸から出るお乳は真っ赤で、それが人形の顔を汚している。
『この反物がいいわ』
『この反物がいいわ』
 隣の檻には、和服の婦人が、黒い反物を自分の身体に巻きつけている。
『あなたも、首を締めるのを手伝ってちょうだい』
 そう言って婦人は、自分で自分の首を締め、舌を突き出す。
 やめて。
 こんなのは見たくない。
 けたたましい笑い声。
『あそこの奥さんときたら、ご主人を縛るのがお好みなのよ』
 隣の檻。
 銀髪の髪をギラギラと輝かせた老女。
 真っ赤な血の入ったコーヒーカップに口をつけ、口中を真っ赤に染めながら、笑い声を立てている。
『そればかりか、あそこの奥さん、ご自分の息子のあそこを縛るのも、とても大好きで。困ったものよねぇ、中谷の奥さんも』
『あら奥さん、奥さんが中谷さんじゃないの?』
『あら、ホント。そうだったわねぇ』
 ひとりで全部会話している不気味な光景。
『あなたも、お飲みになる?』
 老女がコーヒーカップを差し出してくる。
 そこに満たされているのは、彼女自身の血。
 私は走る。
 止ってはいけない。
 数々の女。
 数々の罪。
 分かってるわ。
 人間はそれほどきれいな生き物ではないということを。
 でもそれを責めてどうするというの。
 これは漠然とした女性に対する恨み。
 いわれのない暴力。
『どうして生まれてきたの?!』
 私はふと足を止めた。
『どうしてそんな風に生んでしまったの?!』
 檻の中にいるのは若い女。
 どことなく櫻井くんに顔が似ている。
 女は、金切り声を上げながら、自らの股間に向かって果物ナイフを振り下ろしている。
 何となく引っかかった。
 女の言うことが。
 どういうことなの。
 生まれたこと自体を、アイツは後悔をしているとでも言うの?
 そこに何か大きな秘密があるのかしら。
 吉岡刑事の心を閉じ込める壁は、アイツの心の傷そのものだということ?
 女が私の存在に気がつく。
 下半身を血まみれにしながら、女は私に近づいて来る。
 いやよ、こないで。
 女が檻に引っかかる。
 女はキョトンとした顔をすると、檻の間を手で測って、二ヤリと笑った。
 一体、何をするつもり?
 女がナイフを自らの下腹に突き立てる。
 獣のような声を上げながら、傷口を手で開く。
 足が動かない。
 逃げられない。
 大量に流れる血が、私の足元を塗らす。
 私の白いスーツがみるみる赤く染まって行く。
 女の腹の中から出てきたのは、幼い子ども。
 母親が落としたナイフを掴み、檻の間からすり抜けてくる。
 男の子は両手でナイフを持つ。
 見開かれた大きな瞳。
 その端には、小さな泣き黒子。
 男の子がナイフを振り上げる。
 その先には、私の喉元。
 吹き上がる私の血。


 「しっかりしなさい!」
 瞬きをすると、そこには坂出がいた。
 井手は、ガタガタと全身を震わせながら、診療用のベッドの上に身体を起した。
「何があった?!」
 大石が井手の手を掴む。
 井手はその手から乱暴な仕草で逃れると、自分の首元を摩った。
「大丈夫だ、首は何ともなっていない」
 坂出が落ち着いた声で井手に話し掛ける。
「水を持ってきてくれ」
 坂出の言葉に、助手が慌ててコップに水を汲んでくる。坂出は井手にそれを差し出した。
「まずはこれを飲んで大きく深呼吸しなさい。これはただの水だよ」
 井手は、恐々カップの中を覗きこむ。ひっと悲鳴を上げる。
「これは水だ。無色透明の。なんの害もない、ただの水・・・」
 坂出が、根気よく同じ言葉を繰り返す。
 やがて井手は、カップを受け取ると、一気にそれを飲み干した。
「さぁ、深呼吸をして」
 何度か深呼吸を繰り返すと、やがて彼女の身体の震えは徐々に収まってきたのだった。
「私、何時間潜っていた・・・?」
 大石が腕時計を見る。
「さぁ・・・三時間ぐらいかな」
「そんなに・・・? 私には一瞬のように思えたわ・・・。誰か、煙草をください」
 坂出が、胸のポケットから煙草とライターを取り出したが、ここで煙草を吸うのはまずいと思ったらしい。
「とにかく一旦この部屋を出よう。君たち、吉岡君の方を頼むよ」
 坂出はそう言うと、井手の身体を大石と共に支えながら、ガラス張りの部屋を出た。


 井手は、煙草の煙を肺の奥まで一杯に吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
 その手は、今だ微妙に震えている。
「一体何を見たんだ」
 大石が尋ねる。井手は長い髪を掻き上げて、ソファーに凭れかかった。
「女に対する憎しみ」
 大石と坂出が顔を見合わせる。
「やはりそこには北原正顕の影はなかったわ。それよりは寧ろ・・・。ねぇ、櫻井君には兄弟かなにかいるの? 男の兄弟」
 大石は首を横に振る。
「いや、姉ならいるはずだ。事件でも重要参考人の一人とされている。現在は加賀見真実と名乗っているようだが、本名は北原正実。櫻井より三つ年上だ」
「ああ、香倉のクラブに姿を現したという女ね」
「そうだ」
 井手は考え込む。
 あの女性に向けられた並々ならぬ嫌悪の情。
 本人が女だとして、あそこまでの憎しみを抱くことができるのか。
 性的虐待を受けた人間が、自分の内なる性に嫌悪感を抱くことはよくあることだ。だが、その傷は自分の中に向けられる傷であって、内向的なものである。しかし、吉岡の中に巣食っていたアイツの傷は、外に向かって突き出ていた。触るもの全てを傷つけようとしていた。
 これでは、辻褄が合わない・・・。
「分からなくなってきたわ・・・。本当に他に兄弟はいないの? 事実、吉岡刑事達を操ったのは、『あの男』でしょ? 第三の男が出てこないと、筋が通らない・・・」
「しかし、井手。当時の捜査資料を見ても、櫻井の戸籍を調べても、他に兄弟はいないんだよ。ありえない」
 井手は溜息をついた。
 煙草を吸おうとして、もう火が消えていることに気がついた。
 井手は、再度坂出に煙草を貰うと、一服をしてから立ち上がった。
「少し休息をとってから、また潜ってみるわ。今度こそ、吉岡刑事のいるところまで到達してみせる。誰も異論はないわね」


<第15章>



 香倉は、仲貝議員の葬列に参加していた。
 さすが次期総理大臣候補というだけあって、葬儀が執り行われている寺までは長い長い喪服の参列者が並んでいた。
 香倉は列をするりするりと潜りぬけ寺の入口を覗き込むと、そこには大きなテントが設けられ、何列もの記帳所が構えられていた。関係者は揃って腕に腕章をしている。
 香倉は、寺の裏手に回った。
 葬儀の関係者と思われる男が一人、木陰に隠れて煙草を吸っていた。年老いた男だ。
 香倉は、足音を立てずに男の背後に忍び寄ると、その襟首に腕を回して、男を締め落とした。男は、自分が何をされたか気づく間もなく、気を失う。
 香倉は男の腕から腕章を奪い取り、自分の腕にそれをつけると、気を失った男を寺の建物の下に隠した。
 香倉は、何食わぬ顔をして、表に出る。
 関係者の腕章を見せると、何の疑いもなく奥へと通された。
 寺の内部は、ごく限られた人間だけがいるようだ。
 議員の家族と彼が所属していた党の幹部連中。取材のカメラも、ここまでは入ってきてないようだ。
 香倉は本堂を抜け、奥の部屋に向かった。
 幾人もの人間がせわしなく動いている。
 香倉は、廊下を足早に歩く若い男を捕まえると、「金井さんはどこかな。彼に伝言があるのだが」と声を掛けた。
「ああ、金井さんなら、そこの部屋にいますよ。丁度今電話を掛けているところです」
「ありがとう」
 香倉は、男が指差した部屋に入った。
 数人の男が部屋の中にいたが、その中で携帯電話を使っている男はひとりだった。
 香倉は男に近づくと、さりげなく背後に立った。
 その40半ばの男は、「頼んだぞ。マスコミに洩れるとまずいことになる」と声を潜めながらそう言うと、電話を切った。
 と同時に、香倉が背後から金井に声をかける。
「金井さんですね」
 男は緊張した面持ちで「誰だ」と言った。振り返ろうとするところを、「動くな」と制する。金井の背中に、P229を突きつける。
「誰もいないところで、お伺いしたいことがあります。よろしいですね」
 金井は脂汗を滴らせながら、何も言わず頷いた。
「金井さん、どちらへ?」
 更に奥の間の方へ姿を消そうとする金井に、部屋の中の男が声を掛ける。
「ちょっと総裁から大切な伝言があった。話が終わるまで、この先に誰も通さないで欲しい」
「分かりました」
 さすがついている議員がこれほど大物だと、私設秘書も何かと演技力が要求されるのだろう。銃口を突きつけられているとはいえ、金井の言葉は自然なものに聞こえた。
 部屋を出るとそこには廊下があり、金井はその先にある襖を開けた。
 物置になっている部屋のようだ。薄暗くて、窓がない。
 秘密の話をするのに相応しい部屋だった。
「あんた、何者なんだ」
 金井が吐き捨てるように再度言う。
「そんなことは、あなたが知らずともいいことです。ただ、こちらの方が優位にあるということは、ご理解いただきたい」
 香倉はP229の銃口を金井の額に突きつけた。ひっと金井が悲鳴を上げる。
 実のところを言うと、香倉には何の後ろ盾もなかった。優位にあるというのはハッタリである。だがそのブラフは、香倉の落ち着いたものの言い方や雰囲気によって真実味を増し、相手は逸れを疑う隙もない。
「私は、あなたがここで額に穴を開けられても、ちっとも構わない。私が属する組織は、寧ろその方が都合がいいんだ」
 金井の顔から血の気が引く。
「だが、あなたが素直に話してくれるなら別です。組織があなた方に貢いだものがどこへ消えたのか。それを知りたい」
 金井がごくりと唾を飲み込む。
「ここで議員の後を追いますか?」
 香倉は淡々とした表情で、安全装置のロックを解除した。
「わ、わわわ、分かった! 言う! 金がどこへ流れたか、白状する!」
 香倉はにっこりと笑った。香倉の仕掛けた罠に金井は見事引っかかったのだ。
「議員の自宅の改築費とゴルフ会員権。そ、それから、党内部にも多少ばら撒いた。次期総裁選が近づいてきていたから・・・」
「それから?」
「そ、そんなものだ。私が知ってるのは・・・」
 嘘だと思った。汚い金の使い道がその程度では、こんなことにはなっていないはずである。
「本当に?」
 香倉は首を傾げ、更に銃口を押し付けた。
「しかし、君、こんなところでそんなものをぶっ放してみろ。外には警官だっているんだぞ・・・!」
「ああ、そんなことですか」
 香倉は懐からサイレンサーを取り出すと、手馴れた様子でそれを銃口に取り付けた。 「これで文句はないでしょう」
 再度金井の額に銃口を押し付ける。金井の身体がガタガタと震え、彼は失禁した。
「そんなに怯えるのなら、他にもあるんでしょう。言ってしまったらどうです? そうすれば、あなたに対するお咎めはないのですから」
「ほ、本当に?」
「ええ。私がお約束しましょう」
「そ、そのまえに、それをど、どど退けてくれ」
 香倉が、P229を下ろす。金井は、大きく息を吐いてそこへ蹲った。
「さ、話してもらいましょう」
「お、女だ。女に貢いでいたんだ」
「それもよくある話だな」
「ま、待ってくれ。これがただの女じゃないんだ」
 香倉は腕組みをした。銃の先を振って、話の先を促した。
「魔女のような女だ。議員もあの女には常識じゃ考えられないような金を貢いでいた。議員は、女と会っていた直後に事故にあった。ホテルの前だ」
 魔女のような女・・・。
「その女の名前は」
「か、カガミナオミ・・・・」
 香倉は目を見開いた。よもやこんなところでその名前を聞くことになるとは思ってもみなかった。
「その女の居所は? 分からないのか」
「女が指定した銀行口座を開いた時に登録された住所なら分かるが・・・」
「その住所で構わない。教えてもらおう」
 香倉は、金井が懐のメモ帳を取り出すのをじっと見つめていた。

 

触覚 act.28 end.

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編集後記

じゃんじゃらじゃんじゃ~んじゃじゃじゃ! じゃんじゃらじゃんじゃ~んじゃじゃじゃ!!
ぱらっぱら~ぱらら~! ぱらぱら~ぱぱら~!!

しつこいっちゅ~に。

今回は、香倉の兄貴のコスプレ・潜入編と井手姐さんの脳髄・潜入編の二本立てとあいなりました。いかがだったでしょうか?
もはや、一体どんな小説書いてるのか分からなくなってきたぞ、国沢(滝汗)ってなもんで、開き直りつつあります。(←酷い!!)
イマイチ主役の影が薄い感じですが(汗)。国沢は、今一番櫻井正道を可愛がっています。本当です。(え?愛情が感じられない?)

次週は、姐さん、再度「セル」の世界へ、です。
そして櫻井君は、見つけちゃうのかな?  限りなくカーネル・サンダース状態に近い正顕パパを。
どうなんでしょう。(としらばっくれる)
来週もこうご期待!!

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

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