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act.18


<どこでもドアが欲しい> 
 
 今、芳の目の前には、八島道場へと続く長い坂道が伸びていた。
 これまで、まだ日があるうちにしか登ったことがない坂道だったが、こうして夜の静けさの中で見ると何とも重々しく見える。
 丘の上の道場までの道には外灯が数カ所しかなく、周囲には自然林が広がっている。
 お世辞抜きで、不気味だ。
 よもやこの坂を、こんな時間に登ることになろうとは。芳は何とも言えない気持ちになった。
 以前は、今と同じぐらいの時間、真司と共に下った坂だった。
 その時は、この景色が不気味だなんてちっとも思わなかったのに。
 むしろ、木々の合間から見える町の光が、とても素敵に見えた。
 真司と他愛ないことを話しながらも、この坂道が永遠に続けばいいとさえ思えたのに。
 今、目の前のに見える暗く歪んだ景色は、きっと今の自分の精神状態を映している鏡なんだと芳は感じた。
 なぜなら、この坂の上に芳が恐れる答えがあるから。
 きっと今頃、坂の上の道場では、真司があの霧島さんと一緒に芳が来ることを待ちわびている。
 わざわざそんな回りくどいことをしてまで芳に伝えたいことなんて、よっぽど重要なことに違いない。
 正直・・・・。
 自分の父親には「頑張って、行ってみる」と宣言したものの、いざこうして小高い坂の上の道場を見上げてみると、その気持ちは砕けていた。
 芳は、はぁと長い息を吐き出し、脇腹を押さえる。
 なんだか、息苦しくてお腹が痛い。
「ちょっと・・・、無理、かも」
 芳は思わず自転車にもたれ掛かって呻いた。
 いっそのこと、半強制的にドラエもんの『どこでもドア』なんかで、この身体が道場に叩き込まれればいいのにと芳は思った。
 けれど、現実はそんなに甘くなく。
 芳は、もう一度立ち上がって、木々の向こうに見える道場の影を見上げた。
「・・・やっぱ、無理かも」
 芳は顔を苦しげに歪ませると、坂道に背を向け、道の反対側に下って行った。
 
 
 霧島が道場の引き戸を開けると、既に芹沢真司は道場の真ん中に正座をして、瞑想をしていた。
「── なんだ、来ていたのか」
 気配を一切感じなかったので、霧島は純粋に驚いて見せた。
 今まで真司に関しては、そんなことがなかったからだ。
 いつもはやたら存在感がありすぎて人目を集めている男が、今は道場の暗闇に完全に同化していた。
 霧島はニヤリと笑う。
 ── なるほど、今までとは違うという訳か。
 道場に上がり込んだ霧島はあえて道場の明かりをつけず、真司の真正面に対峙した。真司と同じように姿勢を正し正座をする。
 道場内には、道場の外の明かりが適度に差し込んできていて、うっすらと明るかった。
 霧島が真司の前に座ると、真司がゆっくりと閉じていた目を開けた。
 五分刈りの頭に精悍な眼差し。
 ここのところ腑抜けていた彼とはまるで違っていた。むしろその表情は落ち着き払っていて、さっきまで霧島が八島久重と話していたような色恋沙汰が絡んでいるようには見えなかった。
 久重と話すことによっていよいよ腹が決まったのかもしれぬ。
 元々、『目的が定まったら一直線』な男だ。
 霧島は目だけで周囲を見渡すと、「待ち人はまだ現れていないようだな」と言った。
 真司は初めて、気持ちの揺らぎを表情に浮かべる。
「知ってるのか?」
 と返してきた。
 霧島は苦笑する。
「こっちだって暇じゃないんだ。娘を風呂に入れる当番を押してまでここに来ている。呼び出された理由を知る権利はあると思うが?」
 それを聞いた真司は、開けっ放しにしてある道場の入口を見やった。
 戸口にもたれ掛かって立っている久重の姿を見て、察したらしい。
「事情は聞いたという訳か」
「まさかお前が、恋、とはな」
 そう言われ、真司は少し唇を噛みしめる。道場内がもう少し明るければ、彼の頬がほんの少し赤らんだのが見えただろうか。
「霧島さん、俺は別にあんたを茶化すために呼び出したんじゃない」
 霧島に責められたと感じたのだろうか。真司が早口で捲し立てる。霧島ははっきりと笑みを浮かべた。
「いやいや。違うぞ。僕は何もお前を責めているわけじゃない。素晴らしいことだと思っているんだ。お前が、人を好きになる時がやっときたと知ってな。恋の鞘当てに使われるなんて、むしろ光栄だよ」
 真司は、眉間に皺を寄せる。
「鞘当て? あんたは鞘当て何かじゃないさ。あいつはあんたに惚れてる。だから俺は、あんたを倒さなきゃならん」
 どこからどうしてそんな誤解が生まれたのかは知らないが、霧島が否定をしたところで目の前の堅物がおいそれと信じることはなさそうだ。
 霧島は、芳が霧島に嫉妬するほど真司を好きなことも聞かされているし、真司が芳に惚れてることも今きちんと知ったわけで、そのことを知らないのは本人達ばかり・・・ということらしい。
 その事実に霧島は、何とも言えないジレンマを感じた。
 互いに随分不器用な恋愛だ、と。
 ── いや、恋愛なんて所詮、誰もがそんなものなんだろうか。
 霧島の心の中に、ふいに甘酸っぱいものが浮かんだ。
 昔は自分も経験してきたことだと懐かしく思う。
 だからこそ、今こうして真司に呼び出され、男の面子をかけた決闘の相手として選ばれたことを光栄に思った。
 真司の初めて抱いた恋心は、所謂『道ならぬ恋』だが、彼の真剣な眼差しの前にはそんなことも霞んでしまう。
 霧島は、キッと真司を見つめた。
「今夜僕を倒すというのか?」
 真司が頷く。
「今まで、一度も勝ったことなどないのに?」
 再度真司が頷く。
「言っておくが、お前の恋とやらがかかっていようとも、手加減はしない」
 三度、真司が頷いた。
「そんなに、好きか?」
「── 好きだ」
 初めて、真司は声に出してそう答えた。霧島の顔に再び微笑みが浮かぶ。
「そうか」
 霧島はそう言いながら、面をつける。真司も同じように面をつけた。
「待った方がいいか?」
 面を着け終わって霧島が問うと、真司は首を横に振った。
「時は、今だ」
 真司のそう言う声の後、両者は示し合わせたように竹刀を構えたのだった。

 

公務員ゴブガリアン老舗 act.18 end.

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編集後記

すみません、今週は更新が遅れた上に、少ししか書けませんでした(汗)。
さすがに普通の観光バスで夜行バス運行と同等のスケジュール遠征はかなり老体に応えます(青)。
全然・・・全然眠れんかった・・・。つ、疲れた・・・。
来週こそは実り多い更新をしたいと思いますが、実は来週の土曜日、三十路にして初の合コンに行く予定なんです(大汗)。
信じられないことだとお思いでしょうが、今まで合コンというものを経験したことがないんです、国沢。おほほほほ。
で、一生に一度は合コンというものを経験してみようと、友人の誘いにのることにしたのですが、はっきりいってどんなものかほっとんど想像がつかないわけで(笑)。
合コン参加って、なにか気構えとか必要なんですかね(笑)。
ってか、お前そろそろまともに仕事しろよって感じっすよね(汗)。

[国沢]

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