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act.15


<果たし状=???> 
 
 「前から、好きだったんだ」
 真摯な瞳の真司が、そう言った。
「きっと自分でもそう気付く前から、ずっと好きだったんだと思う」
 薄暗がりの中でも、真司の情熱的な瞳の輝きは失われることはなかった。
 誠実で、強く、真っ直ぐな目。
 ── ああ、なんてきれいな目をしているんだろう・・・
 芳は、ほぅと溜息をつく。
 そんな中で、ふいに真司が視線を外し、唇を噛みしめる。
「だから・・・その・・・」
 真司はそう口ごもった。その頬にぽあんと朱が差す。
 不思議と芳には、この暗がりだというのにはっきりとその可愛い様が見てとれた。
「欲しいんだ、凄く。その・・・あんたのことが」
 そう言ってこちらを見つめてくる真司の、なんと色っぽいこと!!
 芳がドキューンと盛り上がって、ガバリと両手を広げたその時。
「僕もさ」
 ── あれ?
「僕も前から、真司のことが気になっていた。もちろん・・・そういう意味で」
 ── あれれ?
「愛してるよ、真司」
「霧島さん!」
 ── ドッドドドドドッドエ~!!!
 気付けば、芳の目の前で真司と霧島が抱き合っていた。
 大柄の真司がまるで甘えるように霧島の身体を抱き込み、霧島はその美しく艶やかな横顔に大人の笑みを浮かべて、真司の逞しい背中に白い手を沿わせている。
「僕に妻や子がいても、いいと言うんだな」
「── そんなの、関係ねぇ・・・! あんたが、ここにいてくれだけでいいんだ」
「いるだけでいいのか?」
 霧島の問いに、真司が顔を上げる。
 霧島の長い指が真司の唇をなぞって、「僕はそれだけじゃ、満足できないよ・・・」と囁く。
「・・・霧島さん・・・」
 真司の囁き声を飲み込むように、二人の顔が近づいていき・・・。
 
 
 「キョエェ~~~~~!!!」
 芳は、ガバリと身体を起こした。
 隣の妹の部屋から、ドンドンと壁を叩く音がしてくる。ようは、「うるさい」というサインだ。
 芳は額に浮かぶ冷や汗を右腕で拭いながら、今し方自分の口から発声された叫び声を思い出して、顔を真っ赤にする。
 ── 今時、『キョエェ』なんて悲鳴、ありえるもんかよ・・・。
 自分がどんどんアホ人類に属していっているようで、益々生きた心地がしない。
 ベッドの下には、例の果たし状が転がっている。
 芳の最後の記憶では、自分はそれを両手で掴んだままベッドに寝っ転がり、今夜は全然眠れる気がしねぇ・・・なんて呟いていたはずだが、どうやら立派に眠っていたらしい。
 ── おまけに、酷い夢見ちゃったし。
 道理で、えらくスムーズに真司の告白が進んでいったはずだ。
 あれが本物なら、きっとああいう風にはなるまい。
 けれど、あのまま夢を見続けていたら、一体どうなってたんだろう。
 夢の舞台は、明らかに電気が落とされ、静まり返った道場だ。
 そんな中で、汗まみれの胴着のまま、熱烈に抱き合う男と男。
 キスをし終わった後は、当然、チョメチョメでアチョアチョなことに・・・・。
「あ」
 ふいに芳は、目を見開いた。
 ゴソゴゾと掛け布団の中をさぐる。
 芳はそこに、勇敢なる力を感じ取って、パァッと笑顔を浮かべた。
「やった! やった! 元気になった!!」
 ベッドの上に飛び上がり、ジャンプしながら己の息子の生還を喜ぶ自分を、次の瞬間には客観的に眺めることになった芳は、すぐにショボ~ンとして、壁際に膝を抱えて座り込んだ。
 ── 恋敵に好きな人を奪われる夢見て、興奮してるバカがどこにいるんだよ・・・
 心の中でそう呟きながら、芳はハッとした。
「・・・ここにいるよ・・・」
 ハァ~と重い重い溜息をつく。
 ま、取り敢えず。
 油ギラギラ・グッドルッキング・『ゲイ』ガイに興奮せずとも、芹沢真司には立派に興奮することは立証された訳だから、問題のひとつはひとまず解決である。
 だが新たな問題は、この果たし状の真意だ。
 芳は、恐る恐る床の上の白い紙包みに再び目をやった。
 ── あ~・・・明日学校行きたくない・・・・
 芳はまた溜息をついて、頭を抱えたのだった。
 
 
 そうはいっても、朝はやってくる。
 この地球上で、明けない夜はないのだ。
 芳は少々不規則な睡眠で、すっかり朝から疲れきっていた。
 ゆるゆるとした動作で制服に着替え、カバンを持ち、念のため例の果たし状をカバンに入れる。
 多分それが学業になんの役にも立たないことは分かっていながら、それでも『念のため』と思ってしまう自分の小市民さ加減に、芳はまたひとつ溜息をついた。
 こんなことでは、真司に追いつくどころかどんどん離されてる。
 というより、世の中で一番最低最悪の人間のように思えて、芳はもはやウツ状態である。
 だがしかし、そんな状態の芳でも、外から眺めれば『憂いを帯びた薄幸の美少年』だった。
 多少日に焼けはしているものの、その深い悲しみに満ちた表情は、以前の本校はおろか他校の女子高生達をも釘付けにしていた小泉芳王子その人である。
 ── 王子健在。
 小泉王国の復興に、芳のクラスメイトの女子達は狂喜乱舞した。
 本日の教室では、隠しカメラのシャッター音もいつもより軽快に鳴り響いているように思える。
 三時間目の現代国語の時間では、先の実力テストの答案が返された。
 普段の芳からは想像できない点の悪さを心配して、女性教師が「大丈夫?」と声をかけてきたが、「すみません・・・」と憂いに満ちた横顔を見せながらため息をつく芳の様子に、教師は思わず顔を赤らめた。
 所詮教師と言えども、女性には違いない。
 その異様な雰囲気にあてられ、今や男子生徒までが妙な色の溜息をついている。
 以前とは違い、その心の内に甘酸っぱい恋心を秘めている芳には、殿方も惑わせる色香が漂い始めているのかもしれない。
 だが、いずれにしても本人は全く持って気付いていない『変化』である。
 むしろ芳にとっては、カバンの中の果たし状のことの方が重要なのであって。
 いくら周囲にキャーキャー言われようが、年齢性別を問わず超絶モテモテになろうが、唯一芹沢真司に『モテ』なければ意味がない。本当に死活問題なのだ。
 ── 今日、真司、学校に来てるのだろうか・・・
 芳は、授業中であるにも関わらず、思いを馳せた。
 真司の教室は一階下にある。
 自分の足下で真司も同じように授業を受けていることを思うと、凄く不思議な気持ちになる。
 ── 今、何考えてるんだろ・・・。
 そのことを知りたいと思う自分と、同時に知りたくないと思う自分がいる。
 それでも芳はとうとう耐えきれなくなって、様子だけ密かに伺おうと、昼休み下の階に降りて行った。
 丁度幸運なことに、階段を降りたところで小山健史に出くわす。
「小山!」
 芳が声を掛けると、健史は何だかテレ臭いのか、テヘヘと不可思議な笑みを浮かべながら近寄ってきた。
「丁度会えてよかったよ。昨日田中から聞いてさ。小山と姫が随分心配してくれてるって」
「へっ、あっ、ああ」
「何だか、ごめんな。余計な心配かけちゃって」
 芳がそう言うと、健史はラスタカラーの帽子の上からガリガリと頭を掻いた。
「いやぁ~、そりゃこっちが勝手に大騒ぎしたことだからさ。別に芳ちゃんに謝ってもらうことはないっスよ」
 そう言って浮かべた笑顔はいつもの健史のものだった。
 芳はひとまずホッとする。
「── よかった。・・・あ、ところでさ」
「ん? 何?」
「あの・・・・せ、芹沢、どうしてる? 今日」
 恐る恐る聞いてみる。健史はキョトンとした顔で芳を見た。
「真司なら、今日休んでるよ。何でも、『やんごとなき事情で休みます』って電話が主任にかかってきてたらしい。主任も『おい、そんな理由あるかぁー!』ってツッコミ入れようとしたが、『やんごとなきといったら、やんごとなきだ。男に二言はねぇ』って殿の迫力に押されて、思わず『はい』って返事しちゃったとさ。ホント、石橋ちゃん(主任のこと)も教師のプライド傷つきまくりだよね~」
 それを聞いて、芳はアワアワとなった。
 多分、きっと、いや間違いなく、真司の指す『やんごとなき事情』っていうのは、今夜の『果たし合い』を指しているに違いない。
 肝心の果たし合いは夜の八時のことだったが、どうやら真司にはそれに至るまでに相当の準備が必要ということか。
 ── え? え? それって、それってなに?????
 芳は、無言のまま、動揺し続けた。
 ── たたた、例えば、刀研いでるとか?
 や、真司、刀持ってないし。
 ── ええと、ええと、チェーンソウ買いに行ってるとか?
 それじゃジェイソンだし。
 ── まさか、まさか・・・・・今夜の『性戦』に備えて・・・み、御祓!!!!!
 それは、ありうる。ただし、『性戦』かどうかは、知らんよ。
 芳は、ガシッと健史の腕を掴んだ。
 多量の汗を掻きつつ、ぎょろりとした目で健史に縋り付いた芳は、一言こう言った。
「し、死んじゃいそう・・・」
 芳の意識は、そのまま暗転したのだった。

 

公務員ゴブガリアン老舗 act.15 end.

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編集後記

ゴブガリアン。とうとう15話目ですわ(汗)。
ついに「nothing~」と並んじまっただ・・・。
こんな支離滅裂話を15話も・・・・。というより、支離滅裂だから15話なのか・・・。
早く終わらさにゃと思ってはいるんですが、どうにもこうにも土俵際で食い止まっているようです、芳関(笑)。美少年にあるまじき、粘り腰。
もはや、『魚屋』の頃の儚い彼はどこにいったのか。
それもこれも、ひとえに作者のせいなんですけど(汗)。ごめんなさい。

ちまたはというと、すっかりW杯の盛り上がりも静かになっちゃってますが、皆様、いかがお過ごしですか?
国沢はというと、自分がスポーツできないんで、スポーツ番組観戦が凄く好きなんですよ。プロ野球以外(汗)。
まぁ、こんなお話は、以前にも度々させていただいているとは思いますが、現在国沢、毎日ウハウハな状態です。
だって、W杯は決勝リーグに進んで白熱してるし、おまけにF1も中盤に差し掛かり、なおドラマチック。更にウィンブルドンまで始まって、もうてぇへんだぁ、てぇへんだぁ、です。
はっきり言って、毎日寝不足・・・。
取り敢えず、今は、ウィンブルドン男子を最優先で見てます(笑)。
かわいこちゃんとかもいるし、純粋に面白いもんね。それに、下世話なお話になりますが、「チラリズム」に猛烈な浪漫を感じる国沢にしてみれば、テニスのサービス打つ時に発生する「チラリズム」が大好物です!!(←もはや病気。今に始まった事じゃないか・・・)

[国沢]

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