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act.13


<最後の聖(性?)戦>

  獲物までの距離は二メートル足らず。
 芳がレジに座る老婆の様子を再度伺うと、老婆は相変わらず微動だにせず文庫本を読みふけっている。
 芳は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
 その音がいやに大きく聞こえて、ドキリとする。
 何だか自分の動揺振りが老婆に丸々伝わっているようで、本当に生きた心地がしない。
 ── ええい、ここで怯んでる場合じゃないじゃん・・・。
 芳は心の中で自分を叱咤激励した。
 ここで引き下がると、わざわざこんな異様な格好(シャネルの大きなサングラスに暑苦しいトレンチコート+コートにまったくそぐわない夏仕様のパナマ帽+巨大マスク)までして隣町からきた意味がない。全くない!
 ここは素早くタッチ・アンド・ゴーだ。
 芳は、手の中にある五枚の図書券(とおまけの婦人画報)を再度握りしめると、ついにいよいよ攻撃に出た。
 素早い動きで『その手の』雑誌を手に掴むと、くたくたに歪んだ婦人画報とクシャクシャになった図書券と共にレジが置かれた机の上にドンと置いた。
 幸いなことに老婆は、芳の顔を見ることなく、たんたんとレジを打つ。
 老婆が例の雑誌を手に取ったところで芳の心臓の高鳴りは最高潮に達したが、事に成り行きは異常なほどの静寂の中で進んでいった。
 老婆が本を紙袋に入れ終わったその直後、芳は奪い取るようにその荷物を手に取った。
 その瞬間、脳内ではクィーンの『We Are The Champions』が華々しく鳴り響く。
 世界中の誰もが自分を祝福しているように思えて、芳は勝ち誇ったようにもの凄い勢いで店を出ようとした。
「ちょいと、あんた」
 老婆に声を掛けられて、芳の身体は出口に至る前に硬直する。 
 ── えっと・・・あの・・・そ、空耳?
 全身からブアッと脂汗が出るのをなんとか無視しながら芳が次の一歩を踏み出すと、再び「あんただよ、今本を買ったあんた」とけだるい声が再度芳の足を止めた。だって、明らかに客は芳しかいないんだからして、当然芳に掛けられた言葉だ。
 芳は瞬きもせず、ぎょろりと見開いた目のままソロリソロリと振り返った。
 案の定、老婆が芳の方向を返り見ている。
 ── 何?! なんなのっ?!! 年がバレたとか? そ、それとも・・・・
 いろんな思いが脳内をグルグルと物凄いスピードで回った訳だが、そんな芳の挙動不信感をよそに、老婆はゆっくりと三枚の図書券を翳した。
「貰い過ぎ」
「へっ?!」
 芳が思わず上擦った声を上げると、老婆は図書券を上下に揺らして「だから、こんなにいらないよ。これを持って帰りなさい」と少々力強い声で言った。
 芳は、右の頬に顔面神経痛を感じながら、それでもゆっくりと老婆に近づいて恐る恐る図書券の先をちょいと摘んだ。少し力を込めて図書券を引っ張ったが、一向に引き抜けないのを感じて怪訝そうに老婆を見ると、老婆は芳が来た時と同じ魚の腐ったような目つきのままこう言った。
「今度は普通に買いにきなさい。別に万引きしてる訳じゃないんだから、恥じる必要はない。その代わり、今度は18禁になってる本は売れないけどね」
「は、ははははは・・・っ」
 老婆のコメントに著しく衝撃を受けた芳は、もはや『こわれ』である。
 芳がマスクの下で笑顔を浮かべると、老婆もニヤリと笑顔を浮かべ(それは途轍もなく恐ろしい笑顔だった)、やっと図書券を放してくれた。
 芳は小脇に紙袋を抱え、震える手で図書券を掴んだまま、取り敢えず店を出た。そして十数歩歩いた段階で、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。
 急に息苦しさを感じ、芳は自分を苦しめている『変装グッズ』を乱暴に脱いで地面に叩き付けた。通行人は、厳つい変装グッズの下から突然現れた美形の少年に皆驚きの顔つきで、行き過ぎていく。
 芳は両手を固いアスファルトの上につくと、両肩で大きく息をした。
 そして傍らに転がっている紙袋を見つめ、ようやく一言呟いたのであった。
「 ── い、いい試合だったな・・・」
 本当にそうか? 小泉芳。
 
 
 という訳で。
 二週に渡ってお送りした紆余曲折がありつつ、今芳の目の前には『例の』雑誌が鎮座していた。
 自室のドアには生憎と鍵なんてものはついてなかったので、ドアの前にはありとあらゆる荷物を積み上げて、容易にドアが開かないようにしてある。
 母親には一応テスト勉強をするからと前もって断っておいたが、何だか少し良心が痛んだ。もちろん、端からテスト勉強する気などない。今回の実力テストはもはや完全に捨てていた。何せ、それよりも大事なことがあり過ぎる。
 目の前に鎮座する小さい割に分厚い雑誌が、芳の持つ疑問の答えを指し示しているに違いない。
 これまで芳が想像すらしなかった世界の話だ。
 本屋の老婆との『死闘』をなんとかやり過ごして手に入れてきたが、正直この本の表紙を捲るのは、ある意味買った時より勇気が必要である。正直・・・怖い。
 本屋ではろくに表紙も見ずにひっつかんできたが、よくよく見ると芳には少々強烈に見える表紙だ。
 マッチョなヒゲおじさんが油ギッシュな笑顔を浮かべている。何だか少し選択を間違えたような気がしてならなかったが、せっかくここまできたのに今更引き返せない。
「・・・よし・・・」
 芳は顔を両手で叩いて気合いを入れると、万を侍して雑誌を手に取った。
 そして勢いよくページを捲っていったが、そのめくるめくハードゲイな世界にめった打ちされ、45秒後には本を宙に放り出し、床にぶっ倒れた。そしてそのままたっぷり一時間そのままでいた。
 ── く、くじけそうかも・・・オレ。
 半泣き状態の芳である。
 取り敢えず、もう一度頑張ってみたが、芳には少なくとも雑誌の中の住人のようにはなれないとメチャクチャ思った。
 ── だって、愛し合うのに縛る必要ってあんの?! 第一、カメのコウラ縛りってなんだよ?!!
 何だかちょっと吐きそうな芳少年である。
 ── やっぱり俺って、その気がないのかなぁ・・・
 もう二度と開くことはないだろう本の表紙を遠くから眺めながら、芳は溜息をつく。
 こうなれば、どっちがどっちという問題の前に、できるかどうか、が問題だ。
 ── まぁ取り敢えず、縛るのとかは絶対に無理だと思うけど。
 芳の精神的ダメージが回復するには、もう少し時間がかかりそうだった。

 

公務員ゴブガリアン老舗 act.13 end.

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編集後記

一週明けての更新です。でもちびっとしか書けなくてごめんなさい(汗)。
無事に週末の温泉旅行から帰って参りました。おみやげ話については、内容がまとまった段階でp-talkにてご報告しようと思います。
さて、ゴブガリアンはというと、すっかり芳少年はドツボにはまっている訳ですが(っていうか、いつもドツボか)、国沢のオフラインも少々ドツボでございます(汗)。
旅行に行ったせいとは言いませんが、今年はなぜか珍しく、いつもは暇な筈のこの時期にタイトなスケジュールの仕事が入っててんてこ舞いしております(脂汗)。
去年の今頃は、プリセイを暇にかこつけて纏め書きしてたってのにね・・・・(涙)。
三十も半ばが近くなると朝の四時まで働いたら、体力回復にいったいいつまでかかるんでしょう(青)。現在国沢、舌の先に口内炎ができて、とんでもなく痛いです。
なんだよぉ~、折角温泉での~びのびしてきたってのにさ。数日後にはコレか(汗)。
現在チョコラBB愛飲中でございます。

[国沢]

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