act.12
<パーフ●クト・キル> ※なぜ伏せ字かは、編集後記へ・・・
「お前は、霧島に絶対に負けてはならない男の意地を背負い込んだからだよ」
久重の言った言葉は真司には全く意味が分からず、真司は顔を大げさに顰めた。
「男の意地? そんなもん、今までだってかけてきたぜ」
なんせ、髪の毛まで伸ばして願掛けしてたぐらいだ・・・と真司は口を尖らせた。
その頭を、再度久重に小突かれた。
「分かってねぇなぁ、お前は。── ま、もっとも、日本で平和に暮らしてるガキじゃ仕方ねぇか」
真司はムッとした顔をしたが、反論はしなかった。
真司だって久重がどういう場所で仕事をしているかは理解している。久重の言うことは説得力があった。
「お前が今までかけてきた男の意地なんざ可愛いもんさ。別に負けたって、痛くも痒くもねぇ。確かにお前の剣道は、他のガキからすりゃ、そりゃ気合いの入り方はまるで違う。まさに生き死にを想像させる剣だ。けれど負けたって、実際には死にゃしねぇ」
真司は、頷いた。
確かに、真司の剣道に対する姿勢は他の門下生とはまるで違っていた。精神性は極めて高く、道場主の八島久蔵も一目置くものがある。その真っ直ぐな姿勢は鋭く尖っていて、絶壁の際を伝い歩きしているような緊迫感がある。剣道をしている時の真司は、学校や部活で気の知れた連中と騒いでいる時の彼とは全く別人であったし、だからこそバンドメンバー達は剣道をしている時の真司にはタッチしてくることはなかったのだが。
けれどいくら真司が感覚を研ぎ澄ましても、霧島との試合での敗北が、直接実害に結びついたことはなかった。ただ、己の修行が足りぬせいだと思っただけだ。
けれど、状況で言えば、今の自分とそれ以前の自分とで何が変わるというのだろう。むしろふぬけ具合を考えると、益々霧島と水を空けられる結果になるのではなかろうか。それを埋める大きな差が、今の自分にあるというようには到底思えなかった。
「確かに久重さんの言う通りだけど、今だって状況はおんなじじゃねぇか。今負けたって、死にゃしねぇ」
「死にはしないが、そこにはお前の想い人の気持ちの行方がかかってるんだぜ。これでも前と一緒だって思うのか?」
あっ、と真司は思った。
今まで恋愛事とは全く無縁の生活をしてきたから、端からそういう思考になっていなかった。
久重は、ようやく分かったかという風にニヤリと笑う。
「男の意地なんざ、どうしても譲れない極限の状態に追い込まれないと、力を発揮しないクサレものだ。それを思えば、女の意地の方が相当働き者だぜ」
実際に思い当たることがあるのか、久重は天を仰いで苦々しい表情を浮かべる。けれど、次の瞬間には大まじめな顔つきをして、真司に向きあった。
「けどなぁ、男が一度譲れないと決めたら、それは絶対に負けてはならんものなんだぞ。お前は、恋敵である霧島にどうしても負ける訳にはいかないという『意地』を背負い込んだんだよ。それこそ、お前のこれからの一生を左右する大きな意地をな」
久重の言うことをじっと聞きながら、真司は身体の中心に熱いものが滾ってくるのを感じた。元来、とても実直にできている心と身体である。真司は久重の言う言葉をスポンジのように吸収し、自分のものにしていく。
「今度こそ、霧島秀造を完璧に倒してやれ。男の意地を、惚れた女に見せつけろ」
久重にだめ押しのようにそう言われ、真司の顔つきがみるみる変わっていく様を、久重は心をウズウズとさせながら見守っていた。
ああ、久しぶりに日本に帰ってきてみるものだ、と心底思う。
こんなに面白いことが他にあるだろうか。
一人の人間が目の前でどんどん成長していく過程を目の当たりにできるなんて、余程の指導者でない限り見る機会なんてなかなかないのだ。
久重にとって、言い方は悪いがこれは第一級の『娯楽』だった。
どんなタイプの人間であれ、ワイドショー好きの奥様方と等しく、他人の恋愛沙汰ほど面白い娯楽はない。
── まぁもっとも、超絶気合だけで今まで勝てなかった相手に簡単に勝てるとは、普通は考えないけどね。
久重は、目の前で猛烈に盛り上がる真司を眺めながら、鼻の下をカリカリと掻いた。
はっぱをかけた張本人がそんなことを思うなんて何とも無責任ではあったが、久重だって真司が霧島にこの『超絶気合』だけで勝てる可能性が全くないとは思わなかった。だからこそ、はっぱをかけたし、真司の恋愛がどういう結果になるのか見届けるまで、当分日本にいようと今決めた。
── この男なら、ひょっとして、ひょっとするかも。
猛烈な素振りを始める真司を見つめ、久重はすっかりミーハー気分な自分を自覚するのであった。
一方その頃、小泉芳はと言うと、隣町の本屋に一歩足を踏み入れていた。
その町一番の大きな書店は選ばず、如何にも古びた小さな本屋を選んだ。
芳とて、そんな本屋に果たして自分が手に入れるべき種類の本があるとは分からなかったが、大手の煌々と明るい蛍光灯に照らされた店内で、その手の本をレジにまで持っていく勇気はなかった。それならば、少し薄暗い寂れた本屋の方が、いくらかはマシである。大きな本屋に行くのは最後の手段にしようと思った。
本屋に入ると、店の中央部分に小さなレジがあり、両側の壁は本棚でびっしりと覆われていた。そして店の中央に店を二つに分断するように両面から本が入れられる背の高い棚がそびえ立っていた。その中央の本棚の下は長細い台になっており、様々な本や雑誌が平積みされている。
小さくて古い本屋だったが、品揃えは悪くなかった。
レジには老婆がポツリと座っており、芳が横を通った瞬間、魚が死んだような目つきで芳を見た。しかし老婆は特に何のリアクションもせず、また自分の手元にある文庫本に目線を落とした。
芳は、老婆に背を向けたまま、ゴクリと生唾を飲み込む。
なんだか知らないけれど、『敵』はなかなかの強者のようだ。
── が、頑張れ、オレ。
芳は冷や汗を拭いながら自分で自分を励ますと、取り敢えず奥の方からぐるっと本棚をこまめに調べることにした。
何せ今までに買おうとしたこともないようなジャンルの本だからゆえ、どんなところにあるのかも分からない。
芳が想像するに、『成人』コーナー周辺だろうか。
芳は、あくまでさり気なく(でも格好からすると全然さりげなくなってない)視線を本棚に走らせた。
どうやら、店の奥のレジから一番見晴らしのいいところに漫画本のコーナーがあり、その隣の一見すると死角になっているところに岩波文庫等のかたい内容の書籍が、そして手前に行くにしたがって壁際にはハードタイプの本、中央の本棚には文庫分が並べられている。その反対側の壁際は、参考書や専門書等の学術系の本や辞書、その手前に趣味などの実用書。なんとも隙のない配置だった。
芳は、店内の様子に感嘆して、そおっと老婆を見る。
老婆は芳の視線を感じたのか、老眼鏡越しちらりと芳の方を伺うと「どうだ」と言わんばかりの視線を芳に向けてきた。おそらく、これまで幾多の万引き犯と戦い抜いてきたプライドが老婆から漲るただならぬオーラをにじみ出させていた。
── 敵も然る者。
まさに沈黙の戦場絵巻である。
芳は、店内をぐるりと回ったが、目的の本は本棚から探し出すことができなかった。
── やっぱり置いてないのかな・・・。
そう思いながらも、念のため平積みしているところも確認しようと視線を走らせようとした次の瞬間。
芳は、ガガーンと衝撃を受けてその場に立ちつくした。
なんと、いわゆる成人系小説雑誌が置かれてあったのは、老婆が座るレジの背後の平積み台に陳列されていたのである。老婆は店の奥に向かって座っていたので、位置的には店の真ん中のやや出入口側というところにある。
しかも、芳が見るところ、一般向けの成人雑誌に混じって、芳が所望している所謂『そっち向けの本』も数種類あって、堂々の品揃えであった。
── お主・・・できるな・・・・。
芳の脳裏に、ソニー・千葉(※1)の唸り声が木霊したような気がした。
老婆は依然として芳に背を向けたままであったが、芳の気配の変化に気付いているような気もする。つくづく食えない相手だ。
しかし幸いなことに、この本屋には芳の他に客はおらず、この勝負、店番の老婆と芳の完全なる一騎打ちであった。
芳は、老婆に悟られないように大きく深呼吸をした。それも何度もした。
取り敢えず、自分を落ち着かせなければならなかった。
どうすれば、最小のリスクで『獲物』を獲得することができるのか。それを冷静に考えなければならなかった。
恐らく、勝負の山場は支払いを済ませる時だ。間違っても、そこでもたついてはならない。そこは極めてスムーズにことを運ぶ必要がある。
芳はポケットから五枚の図書券を取り出し、左手に握りしめた。
その手の雑誌が一体幾らであるかはまるで想像できなかったが、何を言っても五千円以上ということはあるまい。
図書券ではお釣りが貰えないことは重々承知だが、お釣りを端から貰うつもりはない。
風のような早さで『獲物』をかすめ取り、老婆に五枚の図書券を手裏剣の如く投げつけ、ピンポンダッシュが如き瞬発力で店を出る。
── うん、そうだ。その作戦が良い。この際、数種類ある雑誌のうち、どれがいいかなんていう品定めはしないでおこう。
芳は再びゴクリと生唾を飲み込む。
いざ、戦闘開始だ・・・!といったところで、何と主婦風の女性が「おばちゃ~ん」と明るい掛け声と共に店内に入ってきた。
── ずわぁぁ~~~~~!
と内心奇妙な声を上げながら芳はぐるりと身を翻し、そのまま手近な雑誌を掴んで店の奥に駆け込んだ。
今し方入ってきた客は芳など気にもとめず、「頼んでた本来てるかしら?」と老婆に話しかけている。老婆も、何事もなかったかのようにレジの手前の棚に置いてある取り寄せ品を手にとって、「これかい?」と客に話しかけている。
常連客と老婆の和やかな会話を聞きながら、芳は身を隠した本棚の影からレジの様子を覗き見る。
二人の身体の向こうに、目的の本の表紙が垣間見えていた。
── クソ~~~~~~
芳は手の中の雑誌をギュ~と握りしめて、何とか自分のこの動揺を落ち着かせようと必死になった。
ちなみに、芳が手に取った雑誌は『婦人画報』。
いずれにせよ、今の芳の格好とは限りなくちぐはぐな雑誌である。
芳が本棚の影に身を潜めている間に、馴染み客は「ありがとね~」と言いながら店を出ていった。
再度芳が様子を伺うと、老婆はまた文庫本に目を落としている。
先程までと同じ、恐ろしい静寂がまた訪れていた。
── ええい、ここまできて引く訳にはいかない・・・
小泉芳、必死である。
婦人画報で顔を隠しつつ(だから余計目立つって)、もといた位置まで戻る。
そんなにロイロイせずに、普通に手にとって普通に買えばいいじゃん・・・って第三者は思ってしまいがちだが、ガラスの十代である小泉芳にとってはそうもいかない。トレンチコートの中の身体は、全身緊張の汗でびっしょりだ。
なんとしてもここは、是が非でも『勝ち戦』でなければならぬ。
しかも、完全試合が望ましい。
一体、何を持って『完全試合』なのかは芳とてよく分からなかったが、とにかくここは、『パー●ェクト・キル』でいきたいのだ!!!
芳は、再度大きく深呼吸をすると、一歩また一歩と獲物との距離を詰めていった・・・。
[注釈説明]
※1 ソニー・千葉=千葉真一:日本を代表するアクションスターであり、ジャパン・アクション・クラブを設立した天才。あのクエンティン・タランティーノにとっての永遠のアイドルで、映画『キル・ビル』にも出演を果たす。当たり役としては、『影の軍団』シリーズの服部半蔵や柳生十兵衛など。いくつになっても戦っている、熱い男である。おそらく日本で彼に匹敵するほどの熱い男は、藤岡
弘氏ぐらいのものだろう。ちなみに、「ソニー・千葉」という名前は、アメリカ進出をはかった時の芸名である。
公務員ゴブガリアン老舗 act.12 end.
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編集後記
すみません、いきなりですが、来週は更新お休みとなります(大汗)。
実は来週、去年暮れから計画していたワクワク温泉ツアーに出かけるもので、到底更新ができません(汗)。その頃国沢、確実に九州に行っております。
帰ってきたら、ちゃんとおみやげ話に花を咲かせますので、お待ち下さい・・・。
で、今週のゴブガリアンはというと、二つのパーフェ●ト・キルなお話となりました(笑)。実はこのタイトル、分かる人には分かるタイトルとなっています。
実のところ今日、こんなタイトルにする予定はなかったのですが、本日WEB拍手の感想で、匿名希望さんより「燃●る男。 ってクリ●シィシリーズのアレ?
だとしたら全巻イイですよ!!(大スキーーー!!)」っていう書き込みをいただき、「そうそう、そのアレですよ、アレ(にやにやり)」という気分になったので、本日はク●ーシィシリーズ第二弾「パーフェク●・キル」にオマージュを捧げる意味で、つけたのでした。(でも検索にかかるとあれなんで、伏せ字。・・・って、先週は伏せ字にしなかったんで、時既におそしか・・・?)
や~、しかし、分かって下さった方がいたとは。
嬉しいですよ、国沢。
ホント、面白いですよね!! クリ●シィシリーズ!!!
クリ●シィシリーズは、映画の原作にもなった小説で、組織犯罪者やテロリストにまったく屈しない、元傭兵の復讐劇を題材したもので、現在国沢、その第二弾を読んでいるところです。
主人公にとって大切な人間が非業の死を遂げ、彼らの仇を打つ戦いを、毎回繰り返しているこの主人公ですが、その復讐っぷりといったら、物凄いです。道徳的にいいのかよ、これ?って思ってはいけません(笑)。そんなことぶっ飛ぶくらいな見事さで、悪い奴らを木っ端微塵にしていきます(名実ともにホント木っ端微塵)。
文章も硬くて、軍事的な専門用語や武器銃器等についてのことも詳しく書かれており、女性が読むにはちょっと取っつきにくいんですが、これがなんだか面白い。
あれよあれよという間に、一冊目を読み、今二冊目。これまた、もん凄いことになってるんですのよ、奥様!!! 悪いヤツが車ごと吹き飛んでます(笑)。市街地でバズーカー砲なんかかる~くぶっ放しちゃうタフガイ・クリ●シィ。しかも年齢が50近くっていういぶし銀なオジサマてんだから、更に凄い。
しかし、このシリーズ、いくつまで話があるんでしょうか?
第二巻目までしか調べてないんです、国沢。
三つか四つぐらいまであるのかしら???
しかしその度に、クリ●シィの身内が不幸になってくんだろうね(青)。そんでもって、また新たな敵に復讐しちゃうんだろうね。このオジサンの本当の幸せって、くるのかしらんと一抹の不安を感じたのは、オイラだけでしょうか・・・・。
[国沢]
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