act.16
<それでも完全勝利な男>
結局、昼休みにぶっ倒れた芳は、そのまま家に強制送還された。
芳自身はそこまでのものでも・・・と思ったが、クラスメイトや教師達の方がやたら心配してくれて、家に帰らなければならないような雰囲気に追い込まれた。
芳としてみれば、今夜の果たし合いのことを考えすぎて、単に脳味噌がオーバーヒートをしただけだったのだが、クラスの皆は芳が完全に何かの病気を患っていると思ったらしい。事実、今日の芳は、他人から見れば明らかに様子がおかしかった訳で。
家に帰れば専業主婦の母がいる。何ともバツが悪かったが仕方がない。
ちょっと風邪気味なのかも、とか適当に茶を濁して自分の部屋に閉じこもった。その後、心配した母が体温計を持ってきたり、風邪薬を持ってきたりと忙しなく芳の様子を伺いに来たが、取り敢えず芳は母の言いなりになりつつも、本当のところは上の空だった。
意識は、カバンの中の果たし状のことだけだった。
『明日、午後八時に八島道場にて霧島さんと待つ。必ず一人で来られたし』
中を見なくても、あの豪快な筆の筆跡が脳裏に焼き付いてる。
気分はまるで、死刑囚のような気分だ。
へたしたら今夜八時、自分の心は芹沢真司の剣先にバッサリと切り捨てられてしまうのかもしれない。
── くそぉ、こんなことだったら、こんなことだったら俺・・・俺も剣道しとくんだった。呑気にピアノとかサックスとか習ってないで、八島道場に通っておくんだった。もっと言っちゃえば、高校とかで出会うんじゃなくて、もっともっと小さい頃・・・や、産院が同じで、お母さん同士が隣のベッドとかであってほしかった・・・。
そうすれば、そうすれば少しは、脈があったのかな、この恋。
夏布団にすっぽりくるまって小さくなっている芳の目尻から、熱い雫がポツリと零れた。
男が、こんなことで泣くなんて、情けない・・・。
自分でもそう思ったが、涙は粒に盛り上がってはぽろりと零れ落ちていく。
── もう勝手にしろ。泣くなりなんなり、好きにすればいいさ。
芳は、いうことをきかない自分の身体を罵った。そうして、何だか少し、自分の身体がかわいそうに思えた。
それでも、負のイメージがどんどん脳味噌を占領して、とても自分のかわいそうな身体のことなど労ってやる気分にはなれなかった。
今、芳の脳内では、真司と霧島が手をつないでお花畑をスローモーションで駆けめぐっている。きっともうすぐしたら、どこかの教会で結婚式でも挙げ始めるだろう。
八時になれば真司に会えるのに、とてつもなく遠い存在に感じた。
同い年で、同じ高校で、同じバンド仲間で。
見ているものや考えているものも同じでいいはずなのに。
なのに真司は、いつも俺達より別のものを真っ直ぐ見ているように感じるんだ・・・。
何だか、一瞬のうちに大きな不安にかられて、芳は大泣きした。
まさしく号泣だった。
幸い、布団の中だったから、昼ドラを見ている母のところまで声が届くことはなかったようだが、でも近年まれにみるほどの大泣きだった。
それでも、一時間ぐらいしたら猛烈に泣き疲れて、うとうととしてしまった。気付いたらもうすっかり夕方で、母の「夕飯よ」という声に起こされた。
芳は、がばりと身体を起こした。
その赤く目を腫らした息子の顔つきを見て、母は「もう一度薬を飲んだ方がいいわね・・・。でも、ご飯食べられる?」と心配そうな表情を見せた。
芳は鼻声で、「今、今何時?」と訊いた。母は、「六時半だけど」と答える。その後で、芳の額に手をやり、「熱はないようだけど・・・」と呟く。
── 六時半・・・。六時半! あと、一時間半じゃないか・・・っ!
急に動機が高まる。
死刑宣告を受けた囚人だというのに、何をするでもなく寝て時間を潰しただなんて・・・!
自分の愚かさ加減に芳がまた半泣き状態に陥ったその時、「どうしたんだ」と芳の父親が顔を覗かせた。
「ああ、あなた。芳が風邪をひいたみたいで・・・。熱はないようなんだけど」
「風邪?」
父はそう言って、芳を見つめる。
今の芳にとって、父は『学園のアイドル』を見事おとした『勝者』だったので、光り輝いて見えた。
「父さん~~~~~~」
うえぇと顔を歪ませる息子を見て、父は何かを感じ取ったらしい。
「母さんは先に食べていなさい」
父はそう言って、怪訝そうな顔つきの母を部屋から追い出し、ピシャリとドアを閉めてしまった。
父はてっきり家族に対して鈍感な男なんだと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
父は、芳の目の前にどっかりと腰を下ろすと、「何だ、フラれたのか」といきなり直球勝負できた。
きっと、この間、息子と仲直りした時のことが彼の頭の中にあったのだろう。
彼は、息子が恋に悩んでいることを忘れてはいなかった。
芳は、自分自身こんな姿を父親に晒すなんてみっともないと思いながらも、ぐじゅぐじゅを止められる術もなく、幼児みたいに目の端を手で擦りながら、「まだフラれてないけどぉ」とベソをかいた。
「予定では、本日八時にフラれることになってます・・・」
芳はそう言って、布団の上に突っ伏す。
「なぜ八時だ。それはもう決まっているのか」
ぶっきらぼうだが、父の声は充分息子を心配している。
「もう少し詳しく言ってみなさい」
芳はゆるゆると身体を起こすと、今日八時に好きな相手から呼出をされていること、そして呼び出されているのは、自分だけじゃなく恋敵も一緒だということを途切れ途切れながらも話した。
「恋敵とは、お前と二人で好きな子を奪い合っているのか」
「う・・・んと・・・矢印でいうと、俺→好きな子→恋敵って感じなんだけど・・・」
それを聞いた父は、流石にタフな状況だと感じたのか、腕組みをしてムムムと唸った。
「それで? お前は行くのか」
「え?」
「えって、八時に。その場所へ」
こうして改めて訊かれると、何だか行く自信がなくなってくるように感じる。
というより、昼学校から帰ってきた時点で、もうその勇気がなくなっていたのかもしれない。
芳が言い淀んでいると、父は芳の肩を掴んで、注意を促した。
「逃げるべきではない」
父は言った。
「どんな結果が待っていようとも、これは逃げるべきではない人生の局面だ」
力強い口調だった。
芳が今まで見たことのない父の姿だった。
父は自嘲気味の苦笑を浮かべると、「今まで事なかれ主義で逃げてきたこの俺が言うんだ。間違いない」と零した。
芳は、思わず顔を顰める。
「父さん・・・?」
父は、自分のこれまでの人生を振り返っているのか、宙に視線を這わせて物思いに耽った後、「公務員になってからというもの、生活を守ることに必死で、いろんなことから逃げてきたからな、俺は。お陰で、父親の威厳もどこかに飛んでいってしまった」と言った。その後で再び苦笑を浮かべ、「おまけに、息子にはとうとう投げ飛ばされるようになったしな」と続ける。
芳はあの夜のことを思い出し、顔を赤くした。
そう言えばあの日、真司の裸を見てしまって、この恋の暴走が始まったんだった。
「思えば、何とつまらない仕事人生を送ってきたのだろうと思う。俺は確かに無事公務員になれたが、『公務員のプロ』にはなろうとしなかった。今の役所には、そんな不抜けた奴らが一杯だ。プロなんて殆どいない。考えていることといったら、楽して何とかやり過ごそうという怠惰な気持ちだけだ。お前は、そんな大人になるな」
「父さん・・・」
芳の涙はいつしか引っ込んでいた。
そんなことを父が言い出すなんて、本当にビックリだったからだ。
けれど彼も、息子に投げ飛ばされてから、思うところがあったのだろう。
「今逃げると、逃げることが癖になる。後悔は、絶対に先には立たんのだ。人はいつでも、何かに挑戦し続けるべきなんだ。俺はそれを途中でやめてしまった。だからお前は、そんな俺に失望したんだぞ。お前も、そうはなりたくないだろう。お前はまだ若い。例えフラれることが分かっていても、あたって砕けろ」
父はそう言って、芳の頭に手を置いた。
「父さんはお前に、プロになってもらいたい。プロのスポーツ選手とかそういうんじゃない。生きることのプロになってもらいたいということだ。まぁ、確かにほんの少し前まで、プロの音楽家になってもらいたいとは思っていたが・・・今はそんなこと、どうでもいい。何でも良いんだ。サラリーマンでも、それこそ公務員でも、何でもいい。平凡でも、精一杯全力で生きる、『人生のプロ』になってほしい。──
結局、お前の父にはなれなかったのだからな」
芳は、涙まみれの顔で笑顔を浮かべた。
まるで金八先生のように熱いことを言う父は、はっきり言ってあんまり似合っていなかったが、でも芳の心を熱くするには充分だった。
やはり、見かけはあまり似て無くても、親子なのかもしれない。
父も、芳に負けず劣らず情熱家だったというわけだ。
「父さん・・・」
「ん?」
「俺、頑張ってぶつかってみる」
「ん、そうか」
父は満足そうに頷いている。
今や彼は、長年胸にため込んでいた熱き想いを吐露したせいか、実に清々しい顔つきをしていた。明らかに、自分で自分を褒めている様子が窺える。
そんなドラマチックな父の様子を見て、芳はハタと気が付いた。
── あれ? ええと・・・・。あれれれれ?
なんだか、なんだか、ちょっとおかしくない?
自分を『人生の敗北者』だと熱く語ってる割に、何か重大なことを見落としてないか?
「── 父さん」
「おっ、なんだ」
声も軽やかな父に向かって、息子は言った。
「母さんって、競争率が激しすぎるほどのアイドルだったんだよねぇ。それでも、父さん結婚できたんだよねぇ」
「ん、そうだな・・・・あれ?」
父も何だか気づき始めた。
その父にとどめを打つように芳は言った。
「── 何だか・・・矛盾してない? さっきの話と。ようは、俺が今一番欲しい勝利を、父さんは手に入れてる訳だよね」
「ええと・・・・」
父は視線をグルグルと回し、困惑したように息子を見ると、一瞬ニヘラとした顔を浮かべた。
「すまん。そうだったな」
「うわぁ~~~~~~ん」
再び芳は号泣したのだった。
公務員ゴブガリアン老舗 act.16 end.
NEXT | NOVEL MENU | webclap |
編集後記
(ひょっとすると本編より長いので注意(汗))
今週のゴブカリアン、いかがでしたか?もうさっさと道場行けって感じですよね(汗)。そう思ってますよね(汗汗)。すみません、寄り道しまくりで(汗汗汗)。申し訳ございません。
次週こそ、頑張りたいと思います。
で、最近の国沢はと言えば、急に仕事が忙しくなったり、八月の祭りに向けての練習が始まったりと、超過密スケジュール(大汗)。HDDに撮りためた番組すらもろくすっぽ見る時間がありません(青)。おかげで全然規則正しい生活してないっす・・・・。疲れは溜まる一方(泣)。ちゃんと寝てるんですけど、へんな時間に寝たりとかして・・・。ダメっすね、やっぱね。ああ、ホント、ちゃんとしなきゃ。
それでまたウィンブルドンの話になるんですけど、また見つけちゃった。
『おいしいキャラ』。
ええと、国沢の中での人を見るときの判断基準は主に五つに分かれておりまして、ひとつは「全く興味をそそらない人」。それについては、語るまでもないですね。どんな男前や美人でも、なんだかそそられない人っている。ま、これは完全に好みの問題でしょうね。
で、二つ目は「趣味でないけど、一定の敬意は表してます」って人。
ウィンブルドンで言えば、シャ●ポアちゃんみたい人。サッカーで言えば、ジダ●とかロナウ●ーニョかな。
熱狂的ではないにしろ、「あ~、頑張ってるよね~」っていうような、生き様を評価できる人。
で、三つ目が「かわいこちゃん」。
ま、これは読んで字の如くですね。ただ、国沢の場合、男子にも女子にもこの表現を使います。
最近の分かりやすい例で言えば、WBCのイ●ロー氏とか、ムネ●ンとかね。ウィンブルドンでいえば、ロディ●クとか。
そういう人を発見すると、「あ~、いるよ~、かわいこちゃん」って思う。
一番萌えを感じる人種の方々ですな。
で、四つ目が、「男前」。
これはむしろ女性に対して感じることが多い。不思議と。
シャラ●アを敗って見事ウィンブルドン女子決勝に進出したモレ●モ女史とかは正にそれ。決して「美人」じゃない。あくまで「男前」。多分、モ●スモの戦い振りを見た人なら絶対そう感じると思います。
で、最後。
「おいしいキャラ」。
多分ねぇ~・・・愛情の深さでいえば、このおいしいキャラっていうのに対して一番愛情が深いと思うんですよ、国沢(笑)。
サッカーで言えば、ポルトガルのデ●。
F1界で言えば、アロ●ソとかフィジ●ラとかかなぁ。世間的な認識では「かわいこちゃん」なキ●・ライ●ネン王子とかも実は国沢的には「おいしいキャラ」グループに片足突っ込んでます。
「おいしいキャラ」とは、いわゆる「ツッコミどころがあるキャラ」。
ポルトガルの●コに関しては、あのルックス。(まぁ大体ルックスとかでおいしいキャラ認定になるんだけど・・・)
彼、めちゃめちゃ日本人っぽいでしょ。それも、田舎の商店街をグレイのスウェット着てチャリンコこいでそうな感じ。あの小さくてつぶらな瞳。そして濃い髭。小さな口もと。いるって、絶対近所にいる、あんなおじさん。
でも、サッカーは天才なの(笑)。
そんなルックスでも、天才。
あだ名は、マジコ(魔法使いという意味らしい)。
おいしい~~~~~~~~~~!!!おいしいです、こんなキャラ。
元々ブラジル出身の彼は、ブラジル時代「ハポネス(日本人)」と言われてそうな。日本人に見えるから。でも、彼がアジアちっくなフェイスの所以は、おじいちゃんがインド人っていうんだから、接点まったくなし。こういうところもオイシイ。本当に。
F1チームの三人については、理由を書き出すと更に長くなるんで割愛。
で、本日のメインデッシュ。
ウィンブルドンで見つけた、「おいしいキャラ」。
ウィンブルドンでこれまで国沢的においしかったのは、ナ●ルだったんですよ。あの野獣系テニスプレイヤー。ポイント決まると「バモス!」と雄叫ぶその勇姿。
男前でもない、かわいこちゃんでもない、いわゆる「おいしいキャラ」。
(でも現在のテニスの王子様なフェ●ラーの濃いぃ顔もけっこうおいしいんですけど、彼は凄く立派な紳士だそうなので、選外)
でもねぇ、今大会、ナダ●を越える超おいしいキャラを発見してしまったんですよ。
その名もマ●コス・バグダ●ィス。伏せ字にするのが惜しいほどの濃い名前。
しかも、その名前に負けないその容姿。
濃い!濃すぎる!!!
いつぞやのアペ●スの宣伝に出てきてた外人のようだ。
(ちなみに国沢の中で究極的においしいキャラなのは、そのア●オスの外人)
そんな容姿で21歳って、そりゃ犯罪だ。
国沢より老けて見える。これ、ホントに。
なんだか分からないけど、気になる。凄く気になる、彼。
試合では必ず、横っ飛びで倒れ込むシーンがあるらしい。ガッツあるな、バグ●ティス。
しかも、先日●ダルとバ●ダティスの野獣対決がついに実現。
スタンドの応援も、ウィンブルドンにあるまじき盛り上がり振り(笑)。
客もどうやら野獣系が多いらしい(笑)。
まるで格闘技戦を見てるみたいだ。
もはや「バモス!」と「カモン!」の応酬戦。
互いに唸りあう、唸りあう。
熱い。熱いぞ、この試合。
でも、結局、前年の「おいしいキャラN0.1」だったナダ●にストレートで負けちゃった(涙)。ちぇ。
もう少し見ていたかったです・・・・。彼の濃いぃ勇姿を・・・・。
ところで、彼の出身地キプロスってどこですかね?
[国沢]
小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!