act.14
<果たし状=?>
── はぁ・・・・・・。
小泉芳は、教室の片隅で本日数十回目の溜息をついていた。
それを見て、クラスの女子達もまた、ピンク色の溜息をついていた。
「いやぁ~ん、何だか今日の小泉君、アンニュイねぇ」
「絵になるわね~。影のある美少年!」
「何だか見惚れちゃうわよねぇ・・・。でも何で溜息なんかついてるのかしら?」
「さぁ・・・。テスト、うまくいかなかったとか?」
「え~、小泉君に限ってそれはないでしょう」
「そうよねぇ」
と女子らが黄色い声を上げていたが、その実、芳の頭の中にあるのは本日のテストの答案用紙ではなく、口髭を生やした油ギッシュな短髪オヤジの笑顔であった。もちろん、オヤジの衣装はエナメル仕様。もう脳味噌の中は、テッカテカのピッチピチである。
── 全然ムラムラこないんだよね~・・・・
まるでそのことが『悪』のように芳は感じていた。
元はと言えば、真司の裸体に発情したのがことの発端だったくせに、今の芳はそのことをすっかり忘れてしまっている。それどころか、いざ想いが成就したとして、そういうようなシュチュエーションになった時に、まったくムラムラこなかったらどうしよう・・・とかと心配していた。
まさに五里霧中。
思考はまたもや霧の中である。
最終日のテストをだらだらと全てこなして、芳は溜息と共に教室を出た。
今日からクラブ活動は解禁だったが、何だか部室に行く気力がなかった。
霧島に助言をもらった直後は真司に告白する気満々だったが、新たな問題を発見してからはすぅかり萎え萎えである。
正直、今真司と顔を合わせたって、いい結果が得られるとは到底思えない。
── 姫達には悪いけど、今日は帰っちゃおう・・・・
と再び溜息をつきながら芳が昇降口まで降りた時、目の前の行く手を遮るように、人影が立ちはだかった。
沈みがちだった目線を上げると、そこに立っていたのは他でもない、バンド・キャプテン田中彰、その人だった。
いつもはバンドメンバー六人で来ている純喫茶店『モニカ』にこうして彰と二人でくるのは初めてで、芳には何だか店内がいつもと違う場所のように見えた。
二人は通りに面する窓際の席に座ると、彰はブレンド、芳はコーラを頼んだ。喫茶店のオーナーである雄大の父は何か良いことでもあったのか、オーダーを取った後、スキップをしながら去っていく。その不気味な様子に二人は敢えてその点には触れず、オーダーされたものがテーブルに置かれても、あえて雄大の父を見ないようにした。
「なかなか手こずらせてるよね」
少し緊張気味にコーラを啜った芳に、彰はそんな言葉を投げかけてきた。
「え?」
彰の言った意味が分からず、芳は思わず聞き返す。
彰はコーヒーを啜りながら、いたって冷静な声でもう一度言った。「手こずらせてるよね」と。
「どういう意味?」
芳は正直、手こずっているのは自分な訳で、誰かを手こずらせているつもりは全くない。だが、事情はそうでないらしい。
「姫も健史も、心配してるよ。君と真司のこと」
「え・・・ええ????!!!」
芳は、一気に100メートルほど引いたような顔つきをして見せた。
「知ってるの?! 俺と真司のこと!!!」
「── え? バレてないとでも思ったの?」
今度は彰の方が芳と同じ様な顔つきをしてみせる。
「そっちの方が無理があると、僕は思うが」
と彰は呟いた。
芳は顔を真っ赤にして、額の汗をおしぼりで拭いながら、「姫はともかく、田中や小山まで知ってるとは正直思ってなくて・・・」と返す。
彰はその場を落ち着かせるように、優雅な手つきでコーヒーを啜った。
「健史が慌てふためいてるのも珍しいが、万喜子があれほど壊れてるのも珍しい」
と彰は言う。
芳は眉間に皺を寄せた。
「姫が? どうして?」
芳がそう訊くと、彰は粗方説明をしてくれた。
姫も健史も、芳と真司の天然さパワーを読みきれず、自分達がコントロールしているつもりが逆に振り回されて、今では容易にその問題に触れられずにいるということを聞かされた。ましてや万喜子は、過去にそういう経験がなかったために酷く落ち込んでいるらしい。
「え・・・あの・・・大丈夫なの? 姫」
今の今まで周囲の変化など全く眼中になかった芳は、恐る恐る彰に訊いた。
だって、自分のせいで誰かが傷ついているだなんて、生きた心地がしない。
だが芳の心配は余所に、彰はか~るいウエハースのような笑い声を上げた。
「あ、大丈夫、大丈夫。そんなの小泉のせいなんかじゃないし、もちろん真司のせいでもない。万喜子が勝手に盛り上がって、撃沈しているだけの話だし。それにアイツのことだからもう少ししたら立ち直るって」
万喜子とは長い付き合いのある筈の彰の言うことだ。それは本当だろう。
芳はホッと胸を撫で下ろす。
「万喜子も、超ド級の天然キャラを一度に二人も相手にすることなんてなかったからさ。ちょっとした敗北感を感じてるんじゃないの。所詮凡人は、天才には叶わないものさ。いつの時代でもね。彼女も今回のことでいい勉強になったんじゃないのかな」
「ふぅん・・・。で、天然キャラって、誰のこと?」
芳がそう聞き返すと、彰はしばらく無表情で芳を見つめた。
「── 別に追求しなくていいんじゃない? さほど大した問題じゃないよ」
「そうかな」
「そうさ。それより、そっちの方はどうなんだい? 小泉の方も、小難しいことになっているんだろ?」
話題を振られ、芳は少し口ごもった。
確かに彰の言うと通り、小難しいことになっている。
どうやら真司が霧島に恋をしているらしいことや、自分がどうやら一般的なゲイ男子に全く魅力を感じないこと等。
芳が経験する人生初めての真剣な恋愛が、前途多難過ぎることを、芳は彰に正直に話した。
「── 父さんや霧島さんが言うようにさ、勇気を持って告白できちゃえば話は簡単だと思うんだけど、正直怖くてさ・・・。断られて傷つくことを考えると、益々臆病になっちゃうというか・・・。それに万が一うまくいったとしても、その先にはまだまだ問題がある訳で・・・」
── なるほど、なまじ頭がいいが故に考え過ぎちゃって、不安でいっぱいになっている訳か。
彰は、この恋愛がこんがらがっている原因がすぐに分かったが、当事者の芳は正に迷宮の中を彷徨っていた。
初恋にありがちなことではあるが、それにしても随分グルグル回っているようである。
それに重大なポイントは、「真司が霧島氏に恋をしている」という芳の説だ。
「それはないんじゃないの」
彰は、いつぞや武道館で客観的に見た光景を思い浮かべながら言った。
「真司が霧島さんに惚れてるだなんてことはないと思うけどね」
むしろ真司がおかしくなってるのは、君のせいじゃないか・・・と彰は思ったが、当の芳は「そんなことないよ! 真司は絶対霧島さんのことが好きなんだよぉ」と根拠のない自信を漲らせている。
彰は元々、万喜子ほどこの問題に肩入れしていた訳ではないし、健史ほど真司の変化に動揺したりもしていなかった。こう見えて実はバンドメンバーの中で一番恋愛経験の多い彰は、冷静に今回の騒動を眺めることができていた。
真司が完全に調子を狂わせているのは確実に芳のせいだと思ったし、それは間違いなく真司の芳に対する恋心だと思っていた。もちろん、芳の恋心は真司にまっしぐらなのは明らかだし、放っておいても自然にことはうまく行くと思っていたが、途中万喜子の『お祭り騒ぎ』に便乗した手前、若干今反省している次第だ。
けれど今更、彰が芳の誤解を解こうとしても、芳は聞く耳を持たないらしい。
この頑固さ、ある意味真司とよく似ている。
── こりゃ、参ったなぁ・・・
流石の彰も、この状況をどう打開しようかと頭を捻った。
今回のこの一件では、芹沢真司側からのまともなアプローチは絶対に見込みがない。
『恋愛デクノボウ』芹沢真司は、自分が恋心を抱いていることすら今だ気が付いてない可能性だってあるのだ。
やはりこの場合、突破口は小泉芳側だと思われるのだが・・・。
と、その時、彰達の座っていた席の側の窓ガラスがドンドンドンッと叩かれた。
二人がハッとして見ると、そこには慌てふためいてる筒井雄大がいた。
ガラスの向こうでワイワイと大声を上げているようだが、正直何を言っているか分からない。
彰と芳が呆れた顔つきで雄大を見つめていると、やがて窓ガラスを乱暴に叩き続けていた雄大は、彼自身の父親によって頭を叩かれ、半ベソ状態で店内に引きずり込まれたのであった。「店のガラスを壊す気か、このバカ息子!」とかって怒られている。
「とっととすぐに入ってきたらいいじゃないか。ましてや自分の家なのに」
ベソベソ状態で彰達の席にやってきた雄大に、呆れ顔のまま彰は言った。雄大はといえば「何かこうしたら盛り上がるかと思ってさぁ・・・」とかとのたまっている。全く持って無駄な努力である。
「で、何? 何かあった?」
芳がそう訊くと、雄大は「あ、そうそう!」と再び興奮した様子でカバンから長細くて白い紙包みを取り出して、テーブルの上に置いた。
その包みには表書きに豪快な墨文字で『小泉芳殿』と書かれてる。
裏返すと、紙包みの上下両端が折り返してあり、『芹沢真司』と裏書きしてある。
一見すると、見事に立派に『果たし状』。
「なんじゃこりゃ」
日頃から知的さをウリにしている彰も、思わず松田優作である。
芳はもちろん、大きい目ん玉を更に大きくして、例のブツを見入っている。
「雄大、これ、どうしたの」
「それがさぁ、今日部室に行ったらさぁ、殿に捕まっちゃって。物凄い形相でこれ押しつけられたの」
「何で雄大に? 万喜子や健史は?」
「姫は部室にいなかったし、健ちゃんは今日学校自体休んでた」
── 健史のヤツ、さてはテスト逃れのズル休みだな・・・
ムムムと彰は唸り声を上げる。
「で、これは何だ」
彰が雄大に訊くと、雄大も肩を竦ませた。
「知る訳ないよ。絶対に開けるなって言われたし。何せ殿、物凄く凶悪な顔してたし。ねぇ、芳君、殿の怒りを買うようなこと、しちゃったの?」
芳はそれを聞いてショックを受けたらしく、顎を外しっぱなしで驚愕している。彰は「バカ、そんな訳ないだろ」と雄大の頭を叩いた。「いたぁ~い!」と泣く雄大。つくづく頭頂の富士山が治る暇がない。
雄大が言うところによると、少なくとも真司はいつもの調子を取り戻したようである。
「── まぁ、取り敢えず、開けてみたら」
彰が促して初めて、芳はまともに動き始めた。
「え? あっ、そ、そうだよね」
ハハハと乾いた声を上げて、芳が『果たし状』を手に取った。
ブルブルと震える手で芳が包みを開こうとしたが、彼はそれを投げ出してしまった。
「ああ! やっぱ無理! 絶対無理!! キャプテン、開けて!!」
「ええ? いや、でも、本人が開けた方がいいんじゃないの?」
「できない! 怖くて、とてもできない!!」
「でもさ・・・」
「手紙、入ってたよ」
言い争いをしている二人の間に、雄大が真っ白な紙を翳す。
「バカ、そこで何でお前が開けるんだよっ!」
バシッ!
「いたぁ~い!」
本日三発目の制裁である。
何はともあれ、『果たし状』の中身が白日の下に晒された訳だ。
芳と彰の目が、テーブルの上に広げられた手紙の内容に注がれる。
手紙には相変わらずの男らしい墨文字でこう書かれてあった。
『明日、午後八時に八島道場にて霧島さんと待つ。必ず一人で来られたし』
「なんじゃこりゃ」
彰は再び松田優作になった。
一方芳は顔面真っ青になって、うわ~~~~~っと頭を抱えている。
「何?! なんなの!!! 道場が終わる時刻に、人気のない道場で、霧島さんと何しよおっての~~~~~~!!!」
余りの衝撃に古びたオレンジ色のソファーの上で小躍りする芳を、その場の誰も止めることはできなかった。
公務員ゴブガリアン老舗 act.14 end.
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編集後記
どうも! 更に仕事が忙しくなってまいりました、国沢です。
皆様、いかがお過ごしですか?
このゴブガリアンも、ついに『果たし状』までに至ることとあいなりました。
しっかし、高校生が果たし状って・・・ねぇ・・・(書いたのはオマイだろうが)。
という訳で国沢もかなり壊れてきております。
でも口内炎は治りましたから! もうすっかり!!
いや~、ありがたいことです。友人に鍼をぶっさしてもらったら、すぐに治りました。東洋医学バンザイ!!
[国沢]
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