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act.02

 

<鴨部公団3号棟・小泉芳孝家>
 芳の父は、公務員だった。
 しかも、10数年に渡り皆勤賞を総なめにしていたりする生粋のお役所勤め人だった。
 勤勉第一と豪語する父親に、窓際族だってこと知ってるんだからと思う芳である。
 けれど・・・。ちゃんと考えてみると、ほんの少し昔まで、父のその生き方・考え方が芳の生活の基準そのものだった。小泉家の長男として、世間様に恥ずかしくないようにと厳しく躾られ、父の言うことは絶対間違いないと言い聞かされてきた。父の出た中学、父の出た高校、父の出た大学・・・。自分の辿ってきた道を、息子にも歩ませたいと強く父親は期待していた。
 そんな父の思いが重荷だと感じてきたのはいつの頃からだろう。ある時芳は、不幸にも気づいてしまったのだ。そんな父の思いは、職場で満たされることがなくなった自己顕示欲の唯一のはけ口だということを。
 芳の父は、学生時代優秀だと常に言われ続けてきた。親戚の中で唯一都会の大学にも進学した。大学での成績も実家に帰って自慢できるようなものだったし、大学卒業後すぐに結婚した妻は、田舎町にはいそうにもないあか抜けた自慢の美人だった。
 それなのに今は、そんな時代を懐かしむようになってしまっている。
 頭の固い、話の分からない課長補佐として、一日席に座っていても不都合がない毎日を送っている。
 そのことを芳は偶然にも知ってしまった。母からの言付かり物を届けに行こうとして、父親が「うだつが上がらない」という事実に直面してしまった。家とはまるで違う父親の姿に、芳はとうとう声をかけることが出来なかった。
 父さん、今自分がそんなになっても、自分が歩んだ道が正しいと俺に押し付けるの・・・?
 わき目も振らず勉強して、隣に机を並べているヤツより常にいい点を取れ。遊んでいる間に、ヤツらはお前を出し抜いて勉強しているんだぞ。
 そんな学生時代を送っていたから、人と上手に付き合えなくなったんじゃないの? それでもまだ、そんな生き方を俺にしろというの?
 人生の大きな壁にぶち当たっていた高校二年生の頃、小泉芳は、芹沢真司の存在に気づいたのだった。
 何にもまして輝いている高校生活を送っているアイツに。


 芳が家に帰ると、ダイニングキッチンの奥にある居間から、オーケストラの演奏が聞こえてきていた。
 今日は土曜日。役所は休みだ。普段の日なら、母がつけっぱなしにしているテレビの音が聞こえるはずだが、父のいる日は決まってオーケストラのCDがかかっている。父の趣味だった。
「あ、おかえりなさい」
 ご飯ごしらえをしながら、母が声をかけてきた。母は、専業主婦である。
 母は目ざとく芳が手にしているトロフィーに気がついた。
「まぁ、どうしたの? それ」
 母は明るい笑顔を浮かべてトロフィーを指差した。
「うん、バンドコンテストで優勝したんだ」
「本当に?!」
 母にトロフィーを渡すと、母は興味深げにトロフィーを眺めた。
 それを聞きつけて妹の芳美も自分の部屋から顔を出してくる。
「お兄ちゃん本当にバンド始めちゃったんだぁ~。それですぐ優勝しちゃったの?」
「他の皆がうまいんだよ」
「でも凄いじゃない。優勝なんて」
 何だかテレ臭かったが、悪い気はしなかった。芳に取ってこのトロフィーは『自由』の証のように見えた。
 トロフィーは他のメンバーが芳にくれたものだった。バリカン刈りを見事成功させた功績(?)を称えてのことだった。今まで、英検や書道の賞状などは貰ったことがあるが、こういう類のものは初めてである。自分自身が本当に心の底から欲しいと思ってもらった賞。仲間の皆と喜びを分かち合えるもの・・・。
「うるさい。何を騒いでるんだ。音楽が聴こえないじゃないか」
 歓声を上げる二人の声を引き裂いて、父親の声がキッチンに響いた。
 一瞬シンとなる。
「お父さん、芳がバンドコンテストで優勝したんですって」
 努めて明るく母が言う。
 母は元来お嬢様育ちで明るい性格だ。
 父親がイギリス人の母は、当然若い頃その美貌で周囲を唸らせていたし、大学時代はミスコンにも周囲の薦めで出場するぐらいチヤホヤされていた。だからこういう華やかな話題は好きな方である。だから、芳がバンドをやり始めたことにも一定の理解を示していたし、何よりバンドを始めたことにより芳の表情が生き生きとし始めたことに母は気付いていた。
 だが父親は違う。彼は、芳が吹奏楽部を辞めたことが気に入らず、この間も大喧嘩したばかりだった。
 案の定、父親の雲行きは怪しい。
「バンドだなんて、そんなチャラチャラしたことに現を抜かす暇があったら、勉強したらどうなんだ! そんなことじゃ、大学にだって受からんぞ。いい加減、バンドなんてやめなさい! ちょっと優勝したからって浮かれて。もう変な連中と付き合うのはやめろ!」
 父親の言うことは予想していたが、カチンときた。
「勉強がそんなに大事なの? 俺は勉強より大事なものってあると思う。このトロフィーだってそうだ。今じゃなきゃ経験できない大切なものを切り捨ててまで、大学なんか行きたくないよ!」
「なんだと! 口答えする気か?! 生意気に・・・・!! こんなもの」
 父親はトロフィーを母の手から奪うと、ゴミ箱にそれを捨ててしまった。
「なんてことするんだよ!」
 一気に頭に血を登らせた芳は、力任せに父親を投げ飛ばしてしまった。
 その場がシンとなる。
 ジャジャジャジャーン!
 その時、父の部屋からベートーベンの変響曲第五番『運命』がタイミングよく聞こえてきた。
 まさに劇的な瞬間だった。
 母親も妹も、投げられて床に転がっている父親も、そして投げた本人である芳でさえ、唖然としてその場に立ちつくしていた。
 よもや息子から力だけで強引に投げ飛ばされるとは思っていなかった父。今まで父親に力で適うことは決してなかった息子。
 家庭の中の純粋な力関係が逆転した瞬間だった。
 芳は、動悸を覚えた胸元を右手で掴む。その手のひらにはびっしょりと汗をかいていた。
 父親は、目をまん丸にして投げ飛ばされた格好のまま、情けない姿で息子を見上げていた。
 そして次の瞬間に父親が見せた目の色・・・。
 芳はそれが何であるかすぐさま悟り、たまらなくなって家を飛び出した。
「芳!」
「お兄ちゃん!!」
 母と妹の声が追いかけてきたが、公団住宅の階段を駆け下り、自転車に飛び乗った芳に追いつくことはなかった。
 ── どうしよう・・・どうしよう・・・。
 芳は心の中でそう呟きながら、夕闇迫る空気の中、自転車をひた走らせた。


<自分は不器用な男じゃけぇの>

 気づけば芳は、あの魚屋がある駅前商店街まで来ていた。
 酷く動揺した自分が、無意識にも会いたいと思った相手が真司だと改めて痛感して、自分は本当に真司のことが好きなんだと思った。だけど、こんな時についつい彼を頼ってしまう弱い自分も嫌だったりして・・・。
「・・・何考えてんだろ・・・」
 ひとりそう呟いて自転車を反転させたところに前からカブがぶつかってきた。
 ぶつかってきたと言っても、エンジンを止め、タイヤでゆっくり小突いてきたのだから、芳の自転車が吹き飛ぶようなことにはならなかった。だが、芳は心臓ごと吹き飛んだのだが。
 自転車を放り出し、「ンガ!」と悲鳴(?)を上げながら無様に道路に転がった芳を見て、「え? そんなに驚いたのかよ?!」と意外な効果に逆にドキドキしている袴姿の真司がそこにいた。
「お前、見上げたリアクションだな。お笑い目指せるかもよ。なぁ~んてな」
 だなんて珍しくフォローなんか入れちゃったりして、限りなく悪い方へ悪い方へと傷口を広げていくお殿様である。人間、慣れないことはしない方がいい。
 見事なこけっぷりをあろう事か想い人に見られた芳は、頬を赤らめながらも憮然とした顔つきで立ち上がり、服の汚れを叩き落とした。彼は無言のまま自転車を起こすと、そのまま真司に背を向けて去ろうとする。
「おおお、おいおい! 何だよ、俺ん家に来たんじゃねぇのかよ」
 芳がぴたりと足を止めた。振り返るが、その顔は未だに暗雲たれ込める顔つきである。
「あれ? 違う?」
 冷や汗を垂らしながら、薄く引きつった笑みを浮かべる真司である。
 真司にとって小泉芳という男は、時としてどう扱っていいか分からなくなる謎の生き物だった。
 ── う~ん、美少年って奥深けぇ・・・・。
 実のところはたいして奥深くない小泉芳はただ単に芹沢真司に惚れているだけなのだが、恋愛沙汰に疎いお殿様は、まったく未知の世界の話なのである。
「と、とにかくだな。俺ん家来い。肘擦り剥いてるみたいだから。な」
 芳少年は、今更気が付いたというような顔をして自分の右肘を覗き込む。口は以前尖らせたままで、ムスッとした顔つきをしている。
「な!」
 真司が念押しをすると、芳は幼稚園児が頷くようにコクリと頷くと、真司の後を大人しくついてきた。
 真司は芳に背を向け、自分もカブを突きながら、ほっとため息をついた。
 お殿様、珍しいことであるが、本当に身が縮む思いである・・・。
 「ただいま」
 真司が店の裏口から家に入ると、「おかえり。あら、小泉君。いらっしゃい」という威勢のいい母親の声が帰ってきた。真司の父親は入口に背を向け、ちゃぶ台で新聞を読んでいる。「おじさん、今晩は」と芳が挨拶したが、「ん」と言ったきり、振り向きもしない。だが、芳の父親とは違って、親方肌の人情が厚い男の背中だ。冷たい印象は与えない。むしろその堅物具合が、真司の父親らしいと芳は思った。
「お前、晩飯食った?」
 真司が下駄を脱ぎながら芳に訊く。
「え・・・。そういや・・・まだだけど・・・」
「あら、そうなの?」
 おばさんが台所から顔を覗かせる。
 だが真司が剣道場に行く日は、決まってその帰りに道場主の家で晩飯を食ってくることを芳は知っていた。
 それなのに芳が芹沢家の夕食にお呼ばれになるのは気が引ける。
「で、でも・・・」
 と芳が言い淀んでいると、突然、
「食ってけぇ!」
 大きな声がお茶の間から聞こえてくる。ヒッと身体を振るわせてそちらに目をやると、真司の親父さんが背中をこちらに向けたまま、頭だけ横に向けて、目を細め一言先を続ける。「うちの晩飯・・・旨いぞ」と。
 ミニマム菅原文太だぁ~。(←親父さんの身長が低いため)
 芳少年の頭の中に包丁一本サラシに巻いた小文太の姿が浮かんだのを、誰も止めることはできないのである。
「お前、親父に気に入られているんだな」
 真司に感心したようにそう言われ、「いや、それほどでも」と脂汗を拭う芳君。真司と知り合ってから、真司の家に来たのはこれでまだ二回目なのにな・・・と首を傾げる。
「もう少しでご飯出来るからね。出来たら呼んであげるから、真司も着替えといで」
「ウスッ」
 親父さんより随分若く見える母だ。すらりと背が高くて、魚屋のオカンというよりは気の利いた旅館の女将といった風情がある。その母親に、真司はまるで道場の先輩に頭を下げるように挨拶して、廊下の奥に進んで行った。芳も慌てて追いかける。
 真司の家は店舗と住居が一緒になっている古い木造の建物で、非常に入り組んだ作りになっている。
 廊下は狭いし、まるで迷路のように階段やら廊下やら部屋やらが並んでいる。
 身体的特徴は絶対的に親父さん似ではない真司は、でかい図体ながらもスイスイと器用に身体を進めていく。
 真司の部屋は、二回階段を上がった上にある屋根裏部屋だ。
 入口はドアではなく、階段を上がりきったところの突き当たりにある天井を持ち上げて入る。
 真司の部屋に行き着くまでの階段の向かいは壁沿いに棚になっており、そこには真っ赤に浸かった自家製の梅干しや酒盗、梅酒の瓶がずらりと並べられてあって、酷く懐かしい気持ちにさせられる。こんな世界に全く縁のない芳でさえ。
「おい、入れよ」
 上から覗き込んでそう言う真司の声に押され、芳は棚の瓶達と別れを惜しむようにしながら、真司の部屋に上がった。
「おい、肘見せてみろ」
 真司は入口を閉めたなり、防具一式が入ってある袋を下ろして、オーディオセットが置いてある木製の台の下を探った。救急箱が出てくる。
 屋根裏部屋といっても意外に広い部屋。
 入口を入った向かい側に大きな窓がある。その他は三方とも壁で、入口から見て右側に黒のパイプベッド。左側にはオーディオセットが置かれてある。押入のようなものは一切ない部屋なので、ベッド側の片隅にクローゼットやカラーボックスが詰まれてある。窓際の直接日が当たらない場所にギターケースが立てかけられてあった。その中身は黒のオールドレスポール。何でも中学時代に死にものぐるいでドカチンバイトをして手に入れた高価なギターだと言う。ネックが太いので、真司ぐらい手が大きくないと裁けない。この重いギターをぶら下げてクールに弾く彼は、本当にかっこいい。真司は心根の熱い男だが、ライブステージに上がると、意外なほどの大人びたパフォーマンスを見せる。
 オーディオセットの隣にはCDやテープが無造作につっこまれたラック。その向こうには小型の冷蔵庫があって、その中には剣道の練習で受けた痣を冷やすクーラーピロとビールが入っているのを芳は知っている。
 適度に散らかった部屋。無駄な飾りがない如何にも男っぽい部屋だ。
 真司は、芳の前にあぐらをかくと救急箱を開けた。意外にも几帳面に薬やら包帯やらが並んでいる。
「おら、早く出せって」
 乱暴な口調だが、芳の腕を取る手は優しい。擦り剥いて血が滲んでいる肘に消毒液を垂らし、余分な液を拭う。
「痛むか?」
「平気」
 真司は、大きな絆創膏を貼り付けながら切り出した。
「何かあったのか?」
「え」
 芳がドキリとして声を上げると、真司は救急箱をテキパキとした手つきで片づけながら、「でないと、こんな時間にわざわざ家までこないだろうが」と言った。
 いくら鈍いお殿様でも、芳の沈んだ顔を見て何か感じ取るものがあったらしい。
 真司は、救急箱をもとにあった場所に返し、冷蔵庫を開けるとミニサイズの缶ビールを取り出して芳に投げつけた。
 缶ビールを受け取ったものの、何となく居心地悪い感じがして、芳は手の中で冷たい缶をゴロゴロと転がした。そんな芳を見て、真司が溜息をつく。
「隠すな。正直に言えよ」
 相変わらずキツイ口調だったが、それは真司なりの優しさだった。
 芳とてそれが分かっていたからこそ、重たい口を割り開いた。
「・・・今日、思わず親父を投げ飛ばしちまったんだ」
 次に続く沈黙が恐くて、芳は次々と話しを続けた。
「自分でもビックリして。まさか、あれぐらいのことで親父が吹っ飛ぶだなんて思わなくてさ。今まで、まともに力で刃向かったことなんてなかったし、自分の力が親父より強くなってるだなんて、まるで想像してなかったし・・・。情けないけど、そのことにビビッちゃってさ。どうしていいか分からなくなって・・・」
「何だ。そんなことか」
 実にあっさりとした答えが、真司の口から返ってくる。
 芳はぎょっとして真司を見上げた。
 真司はビールのプルトップを開けて一気に飲み干した。
「何だ、そんなことって・・・。俺、真剣なんだけど」
 芳がそう言うと、真司は空き缶を缶用のゴミ箱にそれを投げ入れ、棚の上に腰を掛けた。
「別に茶化してるつもりはねぇよ。ただ、そんな当たり前のことに、何悩んでやがるんだ、と思ってよ」
「当たり前のこと?」
 芳が怪訝そうに眉を顰めると、真司は畳みかけるように返した。
「だってお前、ボーカルに迫力がないからって筋トレ始めたじゃねぇか。親父より力が強くなって当然だろうが」
 芳はハッとして息を飲み込んだ。
 確かに、真司のバンドに入ってからというもの、皆の出す音に負けないようにしたいと相談したら、筋トレしろと真司に言われた。今では、万喜子が通っているスポーツジムで毎日最低一時間はトレーニングするようになっていた。
「自分の腕見てみろよ。俺が最初にお前に会った時より、腕周りが太くなってきてるだろ? 二週間でそれなら、結構効果が上がってる証拠だ」
 芳は慌てて自分の二の腕に目を向けた。自分ではあまり意識していなかったが、真司がそう言うのならそうなのだろう。
 芳は妙に納得したが、それでも心のモヤモヤはスッキリしなかった。
「でもさ・・・。確かに、筋トレの効果かもしれないけど、自分の中ではさ、やっぱ親父を実質的に越えてしまうことに抵抗を感じるというか・・・。その、投げ飛ばした時に、親父、完全に俺を怯えた目つきで見てたんだよね。何か、そういうの・・・辛くてさ」
 芳は唇を噛みしめた。
 あの時の父親の表情を思い浮かべながら。
 力で敗北してしまった父親は、純粋な恐怖を露わにした顔つきで息子を見上げていた。
 できるなら一生見たくない顔だった。
 例え、うだつが上がらない父親だったとしても、やはり父親としての威厳を持っていてもらいたかったからだ。例え力で負けたとしても、精神的に強くあって欲しかったのかもしれない。簡単に完全なる敗北を認めて貰いたくなかったのかもしれない。自分が人間としてきちんと成熟してないうちに、目標とすべき『男』を越えてしまうという感覚は、何とも不安で居心地が悪い。
「・・・芹沢はそういうことないのか?」
 芳はそう訊き返した。
 真司の家庭の場合は、どっからどう見ても真司の方が父親より体躯的に勝っていた。
 真司は物事に疎い割に、妙に達観したところもある。
 時折、バンドキャプテン田中・秀才・彰より大人びたことを言ったりすることもある。
 きっと真司なら、高校・中学と言わず、小学生の頃にこういうことを体験しているのかもしれない。そう思えた。
 あの厳しい親父さん相手のことだ。真司が迎えたその瞬間の方が、芳の場合より何倍も衝撃的だったに違いない。
 真司が超然としているのは、そういう瞬間を上手く乗り越えてこそだと、芳には思えた。
 芹沢真司は、まさに男の中の男。
 ある意味、芳の父親より男らしく感じる。
 剣道の胴着から覗く腕は逞しく、こうして目の前にどっかりと腰を据えられ、上から視線を受けると物凄い迫力と重量感がある。
 切れ長の瞳。黒く真っ直ぐ伸びた眉。その面構えは、五分刈りにして一層精悍さが増した。
 そんな眼で真っ直ぐ見つめられ、動悸が激しくなってしまう自分に芳は気づいていた。
 こんな相談事を持ちかけていながら、トキめいている自分が些か情けなく感じたが、好きだからしょうがない。
 あの道場での肉襦袢(和田兄※1)との決闘の時、ついつい勢いで告白めいたことをしてしまった芳だったが、その後の真司と芳の関係は非常に微妙だった。
 真司は一応自分のことを意識してくれるようにはなったのだが、果たしてどういうつもりで気にかけてくれているのか全く分からない。元々芹沢真司という男が、そういう方面にまったく疎いということを承知の上で恋した自分が悪いのだが、それでも不安になってしまう。なぜなら、真司の態度といったら、時に本当に不躾で、芳の気持ちなどお構いなしなところがあるのだから。例えば、今この場でも・・・。
 真司は、「俺の場合は・・・」と言いながらおもむろに立ち上がり、クローゼットの前でいきなり胴着と袴を脱ぎ始めた。何気なしにそれをみていた芳は、次の瞬間、確実に心臓を絞め殺されそうな光景にお目にかかることになる。
 つまり、芹沢真司の見事に鍛え上げられた若く躍動的なオールヌードを。
「せせせせせせせりざわ!!!」
 昨今の天才ラッパーでさえ刻めないほどの音速リズムで思わず叫ぶ小泉芳である。
「あ?」
 まったく警戒心の・・・というかデリカシーのない真司は、間が抜けた顔つきで振り返る。
「うわうわ!! そそそそれ以上振り返るな!!!」
「何で?」
「かかか、帰る! 帰る!!」
 小泉少年は、真司の答えを聞く前に、転がり落ちるように階段を下り、真司の母親と父親に「おおおおおじゃましました!」と辛うじて挨拶をして(ここら辺が優等生)、逃げるように魚屋を後にしたのであった。
 想い人の突然のヌードに動揺し無様に逃げ出す小泉少年と想われ人の前で何の配慮もなくマッパになってしまうノン・デリカシー男芹沢真司。
 果たしてどちらがより不器用な男なのか・・・。


[注釈説明]

※和田兄:前作『魚屋ドレッド本舗』に登場した和田の兄。ペラペラハンサムーな和田弟と比べ、体重0.15トンを誇る巨漢。和田と真司の決闘に『道具』としての扱いを受けながらも大活躍。柔道技とは思えない重量級の技を繰り出し、見事真司を粉砕(いや、圧殺?)。お役目を果たす。角界デビューも間近?

 

公務員ゴブガリアン老舗 act.02 end.

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編集後記

すみません、更新お昼になっちまいました(汗)。
実は夕べも遅くまで仕事してまして・・・。
年度末・・・こわい・・・。

そう、怖いと言えば。
読●新聞のトリノオリンピック用の宣伝。
めちゃめちゃおもろくないですか???
そう、あの『騙されてリュージュ』編。
爆笑ですよ~。まだ二回しか見てないんですけど。オイラの周辺では、あの宣伝、話題沸騰です。あ~、トリノ終わったら、きっと放映されることもないんだろうなぁ~・・・。
見たい。もっと見たい。
アペオス(だっけ?)の、アタシのハートを射抜いた謎のオイリー外人さんも見られなくなってしまった今、飢えてます。パンチのあるCM。

・・・・あのオイリー外人、今どこで何してるんだろう・・・。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

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